ワイルド Oscar Wilde 1854‐1900


 

イギリスの詩人、小説家、劇作家。

オックスフォード大学在学中に、W. H. ペーターの唯美主義やJ. ラスキンの芸術観に強く影響を受け、機知と才気を存分に発揮して詩作にふける。

卒業後ロンドンに出て社交界の人気者となり、芸術至上主義を身をもって実践する才人として、多くの若者のあこがれの的となる一方、そのキザな言動は笑の的にもなった。

私生活では、クイーンズベリー侯爵の息子アルフレッド・ダグラスと同性愛の関係を結んだが、これが表ざたとなり2年間レディング監獄に収容された。

1897年釈放後フランスに移るが、不遇な生活の後パリで死亡。

主な作品は、《幸福な王子》(1888童話)、《ドリアン・グレーの肖像画》(1891小説)、《意向集》(1891批評論集)、《社会主義下における人間の魂》(1891)、《深淵より》(獄中からダグラスにあてた手紙の形)、《レディング監獄の歌》(1898年詩集)他。

彼の才能が今日でも高く評価されているのは、劇作品とされる。機知にあふれた風俗喜劇《ウィンダミア夫人の扇》(1892初演)、彼の唯美主義が如実に示されている《サロメ》(フランス語で書かれ1893年パリで出版。英訳は1894年発表)、《誠こそ大切》(1895)等。

 


ワイルド
「誘惑から逃れる唯一の方法、それは誘惑に屈することだ」

《ドリアン・グレーの肖像画より》

唯美主義---審美主義、耽美主義ともいう。美をなによりも優先させる態度一般。19世紀以降の唯美主義は観念的美の世界と悪魔的な官能美への惑溺を表す。

 

 

ワイルドは幼少の時、母から「女児として」育てられた。この体験が、「ワイルドの二面性」に大きな影響を与えている。

母フランセスカは、長男ウィリアムが生まれた二年後にワイルドを産んだ。

母は女の子が欲しくて仕方がなかった。ワイルドが生まれる以前、すでに女児用の衣装を数多く用意してしまった。

そしてワイルドが生まれた。女児願望とワイルドへの愛情が複雑に交差して、彼女は実に5歳頃まで女児の服装をさせ、女児として育てた。(5歳の時にワイルドの妹アイソラが生まれた)

 

ワイルドはオクスフォード大学に進学しても、その後の人生にしても女装をすることがあった。彼は明らかに服装倒錯者(Transvestism)であった。

そしてアルフレッド・ダグラスとのスキャンダル。

彼の破滅的晩年も、幼少の頃の体験に関係があるといえよう。

 


女装をさせられたワイルド
(2歳頃)

 

 


このページは、心理学サイト「性と文化の革命家」と
「心理学を学ぶには?カウンセラーになるには?」の記事です。
性と文化の革命家(心理学の偉人伝)  心理学を学ぶには?カウンセラーになるには?(誰でもこれから実現できる方法)  参考文献