マグヌス・ヒルシュフェルト Magnus Hirschfeld 1868-1935


 

ドイツの医学者。
服装倒錯、同性愛、性転換、に対する科学的研究の第一人者。

1868年ドイツのコルベルクにユダヤ人開業医の息子として生まれる。当初、作家になりたいと考えていたが、科学と医学に転じた。

彼は、医学をストラスブール、ハイデンブルク、ベルリンの各大学で学び、1892年学位を得た。その後、シャルロッテンブルクで診療所を開業した。

彼はルーマニアのブカレストとトルコのコンスタンチノープルで去勢者に対する研究を行い、「愛の自然法則」及び「去勢者の性的反応機序の研究」を発表(1912)。彼は睾丸と卵巣から産出される内分泌物が性衝動に決定的な影響を持つと主張した。

彼は同性愛の研究にも没頭し、「男と女の同性愛」(1914)を発表するなど、有史以来から当時に至るまでの同性愛に関する全ての知見を集大成することに努めた。彼自身も同性愛者であったという。

1928年、大著「(性の)系譜学」全5刊を表し、性科学を包括的に提示した。

ヒルシュフェルトは、同性愛者の人権獲得にも努力し、科学的人道委員会を設立した功績もある(1897)。

晩年は、ナチスに迫害される日々を送った。彼の学問はナチスに受け入れられるモノでは当然無く、研究所は破壊され、著書は公開の場で焼かれてしまった。

1935年の誕生日に、ヒルシュフェルトは路上で突然倒れ、劇的な生涯を終えた。

ヒルシュフェルトが性科学の研究を始めたきっかけは、彼の患者が同性愛を苦にして自殺を図ったことであった。

ヒルシュフェルトは患者に対して献身的な診療を行う、優秀な医学者であった。

同性愛の他に、エリスの提唱していた、男の女装症(Eonism)や女の男装症に関しての研究もおこなった。

やがてヒルシュフェルトは服装倒錯(Transvestism)という言葉を作り、服装倒錯者は同性愛とは異なりほとんどが異性愛者であることも明らかにした。

また性転換症を、細かく分類することにも努めた。

 

優秀なヒルシュフェルトのもとには、常に多くの来談者が訪れていたという。

マグヌス・ヒルシュフェルトの事例集でもある「性異常と性倒錯」には以下の事例が記されている。

恋人に噛み付いてその血を吸いたいという衝動に苦しんでいる女

・鶏の羽根でペニスの先端を撫でると絶頂に達するという青年

・音楽家の告白 「少女の体つきはなんて美しく魅惑的で清純なんだろう。それにひきかえ、おとなの女ときたら、ぶくぶく太って醜く不潔だ。世の男たちはどこに眼がついてるんだ

少女にたいする欲望を直接みたすことは法に触れるから、今までこんなふうにして埋め合わせしてきた。そばに女の子がいたり、女の子と並んで歩いたりするときに、手をにぎったり、そっと首すじや脚にさわったりしながら、気づかれないようにマスタベーションをするんだ。

女の子がいるそばでマスタベーションした後は、頭がすっきりし、体が軽くなり、生き返ったような気分になる。自分の存在全体がなんだかとても調和のとれたもののように感じるんだ・・・」

 

 


マグヌス・ヒルシュフェルト




















ヘルンフルト性科学研究所

ヒルシュフェルトは1919年にこの研究所を設立し、性科学の研究を進めた。同時に性教育、各種サービスセンターの機能も持たせ、同性愛者や性倒錯者に対してカウンセリングや結婚相談もしていた。相談料は無料で慈善事業ともいえる。医師としても極めて優秀だったので一般の人たちにも開放し、カウンセリングを行っていた。

 


このページは、心理学サイト「性と文化の革命家」と
「心理学を学ぶには?カウンセラーになるには?」の記事です。
性と文化の革命家(心理学の偉人伝)  心理学を学ぶには?カウンセラーになるには?(誰でもこれから実現できる方法)  参考文献