奥田輝一郎・伏見人形版画集
2006.7.20開設
「伏見人形・土人形のふるさと」へ

一覧・目次へ

 奥田輝一郎(きいちろう) 1910年生-2001年没 (画像は1932年の自画像・資料提供中島芳美氏)1932年22歳、第3回京都工芸美術展に入選している。画像をクリックしてください。
 伏見人形のホームページ開設とともに、その関係資料の収集に関心を持つ私は、この稀な版画集(当時400部の出版)を、2006年4月、偶然ネット上の古書コーナーで知り、作者など吟味もせず購入。病床の妻が素晴らしい版画だと喜んでページを繰った。もっと多くの人に紹介したいという話にすすんだ。しかし、著作権上の問題をクリアしなければならなっかた。京都府総合資料館のご協力で1960年ごろまでご存命のようで、しかも当時の住所まで調べていただいた。それをたよりに、約3ヶ月暇を見つけては、旧住所等をたずね、わずかな情報をモトに訪ね歩いた。ようやく、ご子息と連絡がついたのは7月上旬だった。さっそく、この版画集を見ていただき、ご協力願えることになった。
 また、同時期、2006年春東京藝術大学美術館で開催された、芸大のコレクションによる版画などの展覧会に奥田輝一郎の作品が展示されていてた。昭和前期の創作版画(自画・自刻・自摺)の名品の一つとして「洛北風景」が紹介されていた。このことも奥田輝一郎の版画を広く知っていただこうとの私の願いに拍車をかけた。
 ネット上ではこの版画集を所蔵している公共図書館は見当たらない。伏見人形を愛し、京都の伝統工芸を守る礎石の一つとして私は、この複製本の作成とネットでの発信に取り組んだ。
 昭和前期、京都で友禅に関わりながら、版画家としても名をなした奥田輝一郎の業績を残すこと、さらに、この版画集のあとがきに編集者でもあり版画家の料治熊太氏が述べているように「本誌は、日本土俗研究の一資料たり得ると共に、版画をしての藝術的意図をねらつて、渾然たる画集とし現下の出版界の商業主義を離れ、・・・そのため、なくもがなの雑文を省き、広告をしりぞけ、版木直接摺りといふ原始的出版を敢行してゐるのである。しかも、この紙は、すベて本社より特別に漉かせてゐる手漉きであり・・・」という熱意にも感銘した。70年前のこの願いも引き継いでいきたい。



















昭和10年(1935年)4月発行 版藝術 白と黒社発行
版画=俵かつぎ、十二支、熊抱き金時、角力、龍王駒乗、鯛抱き、まんじゆ喰い、招き猫、徳すチョロ、猿廻し、大黒のさか立ち、孫守り、虎敷き、狐馬引、猪、子持ち猿、三条小鍛治、乳のまし、おぼこ、牛乗天神、牛車、西行法師、五人友引
このホームページの構成
◎一覧(目次を兼ね表紙から裏表紙まで24枚の各葉を小さな画像で紹介)
◎内容の詳細 (全体で12ページ 1ページに2枚の画像と人形などの説明。)
◎原寸以上の画像で各ページを紹介。(上記内容の画像をクリックすると横900ピクセルの大きな画像を見ることができる。)
ご子息・奥田滋生氏のご好意で、復刻・WEBにての公開を認めていただいたことを感謝している。
 なにぶん素人の作品なので画像処理(特に色彩)が十分でなく原作者の意図に反した画像になっていると思うが、お許し願いたい。いつか、原画をみていただく機会も作りたいものである。なお、手作りの複製本を京都府立図書館・京都市伏見中央図書館に寄贈している。2006.7.20
 7.25追記 ©村上敏明
ページのTOPへ戻る