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昭和初期 市松人形が玩具人形界に果たした役割
 「玩具叢書」は人形に関して今や古典と言っても良いのではないだろうか。人形蒐集で先駆的役割を成し遂げ本書を著した西澤笛畝氏(1889〜1965)が、その序文で昭和初期に市松人形が日本の玩具界に果たした役割を評価しておられるのは、古い人形好きの私には事の他嬉しい事だ。     
  M 清子   2005.8

  「玩具叢書 人形図編」 西澤笛畝著  雄山閣刊   昭和九年 

  「序」より
 アメリカから来た青眼の人形の一行である。一団をなして日本学童の慰問と言った役割をもってはるばる海を越えて横Mに上陸した。この一行の上陸は日本の玩具人形界へ一大ショックを興へて、人々の口から玩具よ人形よと叫ばせる様に人気を巻き起こしたものである。これが答禮にと振袖人形の一行が渡米することになって、ここに玩具や人形に対する人々の注意が段々と高まって、その研究会や陳列会がぼつぼつと出来始めたものである。これが昭和弐年の末頃であるからまだそんな古いことでもない。

 それからと言うものは、無言の外交官人形嬢の人気と一緒に児童教育上の必需品として、玩具熱は日一日と盛んになって、今日では玩具の善悪は国家の盛衰にも関係ある様に世界中で考えられる迄になって来た。

 殊に日本人形の優美さは世界人形界の花形として格別の歓迎をうけ、その歴史や製作の研究に志す人のふえた事は全く驚くばかりである。(後略)
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© KIYOKO M..2000:2005年8月11日 更新