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伝統工芸技術―道
 私が心魅かれた幕末から昭和初期の人形 帯留 櫛かんざし 刺繍半襟 小間物  蒔絵三重盃 銀器 古布に残された手技等をしみじみ眺めて思い至るのは、“伝統工芸の殆どは既に極められた”と言う事だ。その素材、技は時代の波に流れ去った。非常に残念だが事実ではないだろうか。
 何度も読み返したこの一文に重い物を感ずる。         
  M 清子  2005.8


「京都・伝統の手仕事」  朝日新聞社刊  昭和40年

随想 京の手仕事  柴田実 「手仕事への愛と新しい使命感」より

 今の職人たちのもっている高い技術が、よく維持されうるであろうか、その若干の疑問がないわけではない。今日古い伝統技術を保持する名人たちが、一様になげくことはその後継者の容易に育ち難いことである。いうまでもなく技術の修得には長く厳しい習練が必要である。昔はいわゆる徒弟制度によって、ある程度、否応なしにそうした訓練を受けなければならぬことになっていたが、今では労働時間の上からも、またその習練方法の上からも、昔のような厳しい仕付けはもはやとうてい許されなくなっている。そればかりでなく、

今日の新しい世代は、一人前になってからも報いられるところの少ない技術を骨を折って覚えさせようとすることじたいに無理があるといえる。

 最近、国や地方公共団体では、そうした後継者の得にくい伝統技術の保持者をばとくに無形文化財と称して、その保存のためにこれを映画にとったり、またその聞書を作ったりして、せめて記録の形で後世に伝えようと試みているが、果してどれほどの効果を挙げうるであろうか。「荘子」の中にこんな話がある。

 昔、輪扁という車大工がいた。斉の桓公がしきりに書を読んでいるのを見て、公に問うた。
――お読みになっていらっしやるのは何の本ですか。
桓公は答えた。――聖人の書だ。
――聖人というのは今いる人でございますか。
――いや、すでに亡くなったお人じゃ。
――それじゃ公のお読みになっていらっしやるのは古人の糟魄(かす)ってわけですね。

桓公は怒った。――おれが本を読んでいるのを車大工のお前が何を言うか。何か言い分があるというならよし、でなければ死罪だぞ。

車大工はそこで言った。――いや私はただ私の経験から申しているのです。車の輪をけずるのに、けずり方が少し多いと輪がゆるんでしまいますし、けずり方が少ないとギシギシときしみます。その加減というものは手がこれを覚えて、心にその呼吸を悟る外はありません。口ではこれをいうことができませんが、そこにおのずから自然の数(理)というものがあります。私自身自分の子に伝授することが出来ず、子供もまた私から受け継ぐことが出来ません。それで七十のこの年になってまだ車を作っているのです。ですから古の聖人だといっても道は伝えることができずに死んだに違いありません。それゆえ公のお読みになっているのは古人の糟魄ばかりだと申したわけでございます。

思わず長い挿話を引用したが、道というものの言葉をもっては伝え難いということを、まことに巧みな比喩で説明したもので、いわゆる伝統工芸技術もそれと同じとすれば、これをほんとうに後代に伝えようとするならば、ただこれを記録化するだけではなしに、やはりみずから求めて学ぼうとする人間をつくることが必要なのではないだろうか。それにはその経済的条件の整備の必要なことは勿論ながら、私はそれと並んで、手仕事自体への愛と、みずからそれに従う人々の新しい使命感の自覚を高めることがより一そう必要ではないかと思う。筆者=京都大学教授

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© KIYOKO M..2000:2005年8月21日 更新