「オダッシュ山」の由来

 ここではパンケシントク越えの旧「十勝国道」ルート(現在の狩勝峠の南7kmほどのところ)の南にある、秀峰「オダッシュ山」の名称の秘密に迫ることにする。  
 

 オダッシュ山とは、狩勝峠の十勝側に位置する新得町の新得市街地の西側にそびえる標高1097.7mの山である。登山家あこがれの日高山脈主稜線上にあるにもかかわらず、今までその世界でそれほどの知名度が無かった原因は、北日高の芽室岳よりはるか北側に位置しているためであると思われる。この山の眺望は西は夕張山地、東は阿寒の山々まで見渡せる道内でも有数の広さであるが、オダッシュ山そのもの姿は新得付近に来るまではよく確認することができない。それでも、国鉄根室本線の狩勝越えルートが変更(昭和41年)された後は鉄路が麓を通過するため、車窓の山として徐々に知名度を上げている。また、地元ではファミリー登山の山として親しまれている。
 この山に登山道がついたのは戦後のことで、昭和34年から翌年にかけて地元の山岳会員がコース調査を行い、42年に「山蕗の会」の奉仕によって本格的な整備がなされたとされている。
 そこで私は「新得町史」では、語義不明とされている地名由来について調べてみた。

  1. 「オ・タッ(ト)・ウシ・イ」説・・・アイヌ語で「川口に・カンバ(樺皮)・多くある・所」。これは、更科源蔵氏の説であろうか。昭和57年の「更科源蔵アイヌ関係著作集」にこの説が載っていて、「道東地方のアイヌ語地名(95年・鎌田正信)」にも同様の説が紹介されている。

  2. 「オタソイ起源説」・・・オダッシュ山付近を水源とする「オタソイ川」と同じ語源であり、この川の名からとられたという説。「オタソイ」は元は松浦武四郎の地図にある「ヲタシュイ」であり、萱野茂氏は、「オタ・スイ(砂・穴)」ではないかと考察している。ぼろぼろになった岩石に穴の空いた状態を指すのだという。
    (ちなみにアイヌ語は「シャ・シュ・ショ」と「サ・ス・ソ」いわゆる「s」と「sh」の発音の区別がない。)

  3. 「オタ・シュ」・・・2の説の亜種というべきか、「日本山岳ツール大事典(平成9年)」と言う本に紹介されている。「丘の砂のある麓の山」としている。解釈としてはやや強引な部分があるであろうか。「シュ(スッ)」を「麓・ねもと」の意と解したものである。

 この地名はまず間違いなくアイヌ語由来のものである。私個人的には現在のところ「2」の説に分があると、考えている。根拠として、今のところ江戸期からのアイヌ地名を記した地図に一切「オダッシュ」の地名が見当たらないためである。それは多分、この山にはアイヌの時代には定まった名称がついておらず、和人の入植によって便宜的に名づけられた、アイヌ語由来の「新アイヌ語地名」であるという可能性を示唆するものである。「オダッシュ山」の地名が地図上に記されたのは、戦後の事らしく、新得町史の編纂委員会が調べたところによると、明治29年陸軍陸地測量部作成の地図から、昭和31年作成の地図まで調べても見つからなかったとある。何らかの理由によって昭和30年代に入り、この山への関心が高まり、地図に載るようになったり、登山道の整備がされたものと思われる。

 私は既に山頂の三角点に「尾田朱山」の名があることは知っていたので、三角点を調べればかなり年代を遡れると思い、国土地理院を訪れた。三角点の戸籍とも言うべき「点の記」について閲覧したが、この三角点が「三等三角点」であって、大正6年6月に選定・設置されたものであるということが判明した。ただし注意しなければいけないのは、「三角点名=山名」ではないということである。選定時に測量したものらによって、いきあたりばったりに名前が付けられる事が良くあるからである。しかしこのケースについては現在の呼称とほぼ一致しており、山名とみて間違いない。

 「ヲタシュィ」説が最有力であり、後に「オダッシュ」に変化したと仮定した時、私は当てられた漢字に名称変化の原因があると考えている。次は説は私の考察である。
 

  1.  まず、和人により「ヲタシュイ」川の水源のこの山に「ヲタシュイ山」という命名がなされた。

  2.  植民地化政策により地名に漢字が当てられる。この時、アイヌ語の微妙な発音は無視され日本語的な発音となり、語尾の長いものは略される傾向がある。この山の場合、語尾の「イ」が省略され、「尾田朱山」すなわち「オタシュ山」とされた。

     
  3.  「ヲタ(オタ)」ゆえに、「尾田(おた)」とあててはみたが、どうしても苗字の「尾田(おだ)」を連想するため、「オダシュ」と誤読されたのではないか。

     
  4.  「オダシュ」は詰まって、発音しにくいので次第に「オダッシュ」と訛化(なまった)したのであろう。

 前出の大正時代作成の「点の記」は「尾田朱山」に「オダシュヤマ」の仮名を振っている。「ッ」は無い。また、「オダシュヤマ」と命名したのがいつであるのか、或いはこの三角点の選定時なのかどうかという点は今回の調査でも謎として残ったのである。なお、「点の記」にはその地点の「俗称」を記す欄があるが、残念ながら何も記されていなかった。
 

 


H13.12.13 記す H15.6.6 修正

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