軍国主義に荷担し若者を戦場に送り込んだ人間

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このページを訪れた方、伏してお願い申しあげます。 この事実を決して忘れないで下さい。
若鷲の歌 作詞:西條八十 作曲:古関裕而
 ♪若い血潮の 予科練の
 七つボタンは 桜に錨
 今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ
 でかい希望の 雲が湧く
この歌は昭和18年(1943)9月にレコード化されました。また予科練生の制服が七つボタンにされました。
時代は戦時色一色です。 この歌によって多くの少年が予科練に殺到します。 どのみち二十になると有無を云わさず兵役に取られます。  みずみずしい感性は大空に羽ばたきました。
翌年(1944年)西條八十は
 ♪貴様と俺とは 同期の桜
 同じ兵学校の 庭に咲く
 咲いた花なら 散るのは覚悟
 みごと散りましょう 国のため
『同期の桜』を大村能章とつくります。 そして予科練に入った少年に死ぬことを煽ります。 歌の中で「靖国神社の桜の梢に咲いて会おう」とまで云いきります。
昭和20年(1945年)
西條八十 ・古関裕而コンビは、『神風特別攻撃隊』の歌までつくります。 多くの文人が好むと好まざるとに係わらず戦争協力させられました。 特に情緒に訴える軍歌ほど罪深いものはありません。 戦争そして靖国神社。 この歌で多くの青少年が特攻で散りました。 それほど罪深い歌なのでした。 その道のプロ作詞家・作曲家がその能力を発揮し純真な青少年たちに天皇のために死ぬ空気を醸成しました。
私が許せないのは戦後の彼の歌なのです。
青い山脈(1949年) 作詞:西條八十  作曲:服部良一
 ♪若く明るい 歌声に
 雪崩は消える 花も咲く
 青い山脈 雪割桜 空のはて
 今日もわれらの 夢を呼ぶ

 ♪古い上衣よ さようなら
 さみしい夢よさようなら
 青い山脈 バラ色雲へ
 あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く
あれほど軍国主義を煽った西條八十が、今度はいとも簡単に『古い上着』すなわち軍国主義だった自分を臆面無く脱ぎ捨て、まるで知らなかったように振る舞う歌をつくります。
これほど厚顔無恥な人間を私は知りません。 前二作で死地に赴き、強制死をさせられた若者が間違いなく存在したのです。 名曲だけに青い山脈の歌に深い憤り感じます。 人間として人を煽る歌を作ってはならなかったのです。

シベリア抑留で辛酸をなめた吉田正さんの歌とくらべて下さい。『同期の桜』がいかに罪深い歌だったかを。
作詞:増田 幸治 補詞:佐伯 孝夫 作曲:吉田 正
1 今日も暮れゆく異国の丘に
  友よ辛かろ切なかろ
  我慢だ待っていろ嵐が過ぎりゃ
  帰る日も来る春も来る
2 今日も更けゆく異国の丘に
  夢も寒かろ冷たかろ
  泣いて笑うて歌って耐えりゃ
  望む日が来る朝が来る
3 今日も昨日も異国の丘に
  重い雪空日がうすい
  倒れちゃならない祖国の土に
  たどりつくまでその日まで

酷寒のシベリヤで、この歌を共に歌うことで消えかかる命の火をともし続けた50万人もの若者がいました。 芸術家がその能力を発揮し若者に死ぬことを煽るような所業を許してはなりません。
作詞家西条八十も作曲家吉田正も同時代を生きたのです。


第二奇兵隊取材班
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