第五章 回天搭乗員の戦死と投入潜水艦
 回天戦は昭和19年11月から実戦展開されたが、当初は泊地攻撃であった。昭和20年2月に入ると小笠原諸島硫黄島に米軍は上陸した。回天は泊地攻撃から戦闘海域への出撃に転換される。 米軍の対潜能力は高く接敵すらままならなかった。当時の帝国海軍の対潜能力は低く、よしんば敵潜を発見してもその攻撃は目算と勘にたよる攻撃だったから往々にして駆逐艦が返り討ちになった。  3月中旬に入ると誰の目にも沖縄島への敵上陸があきらかとなり、ここに攻撃型潜水艦7隻と回天搭載潜水艦4隻が出撃した。攻撃型潜水艦の1隻は哨戒任務だったことで生還を果たしたが6隻は撃沈された。 すなわち100%の損害である。回天搭載潜水艦4隻のうち出撃3日目に米軍に攻撃され損傷し引き返した伊47潜と絶え間ない哨戒と攻撃により接敵さえ出来ずに引き返した伊58潜が帰還を果たしたが伊44潜、伊56潜は未帰還となった。
沖縄戦に出撃した攻撃型潜水艦
伊8潜,呂49潜,呂41潜,呂56潜,呂46潜,呂50潜,呂109潜 7隻。呂50潜は哨戒任務だったので撃沈をまぬかれた。
回天搭載潜水艦
伊47潜,伊58潜,伊44潜,伊56潜 4隻。伊47潜は出撃3日目に爆雷攻撃で損傷引き返す。伊44潜と伊56潜は撃沈された。伊58潜は執拗な敵の攻撃で艦位観測さえ不能となり帰還した。

山口県平生町阿多田交流館展示 映画「出口のない海」で使われた回天
表−2 回天搭載潜水艦と作戦海域ならびに搭乗員の戦死
出撃日艦喪失潜水艦隊 名出撃基地作戦海域搭 載発 進摘 要
11944/11/08 伊36菊水大津島ウルシー北泊地41故障3
21944/12/30 伊36金剛大津島ウルシー南泊地44 
31945/03/01 伊36神武大津島硫黄島海域・作戦変更40 
41945/04/22 伊36天武沖縄東方海域64 
51945/06/04 伊36大津島マリアナ東方海域63 
  伊36菅昌徹昭艦長は5回出撃し12人の回天隊員が死んだ。12 
61944/11/08伊37菊水大津島パラオ・コッソル水道44 
  伊37神本信雄艦長は回天戦初陣で未帰還となった。
71945/02/22 伊44千早大津島硫黄島海域4 0 
81945/04/03伊44多々良大津島沖縄海域4 4 
  伊44潜前任者川口川口源兵衛艦長更迭。後任増沢清司艦長隊員と共に未帰還。
91944/11/08 伊47菊水大津島ウルシー南泊地4 4 
101944/12/25 伊47金剛大津島ホーランジア・フンボルト湾 44 
111945/03/29 伊47多々良沖縄海域60銃撃損傷
  出撃途次浮上中哨戒機の銃撃で損傷帰投。 回天隊員8人が戦死した。8 
121945/04/20 伊47天武沖縄東方海域64 
131945/07/19 伊47多聞沖縄東方海域60 
  伊47潜艦長 鈴木正吉出撃2回 回天隊員4人戦死。4 
141945/01/09伊48金剛大津島ウルシー南泊地 44 
151944/12/30 伊53金剛大津島パラオ・コッソル水道43故障2
161945/03/30 伊53多々良大津島沖縄海域00触雷損傷
  伊53 出撃予定行動途中に光基地沖(9.3Km)で触雷した。この艦の代替として
  伊44が4日遅れで出撃。未帰還。
3 
171945/07/14 伊53多聞大津島沖縄−ウルシー線上64 
181944/12/21 伊56金剛大津島アドミラルティ泊地40 
191945/03/31伊56多々良大津島沖縄海域66 
  伊56潜艦長 鈴木正吉出撃2回 回天隊員6人戦死。6 
201944/12/30 伊58金剛大津島グアム・アブラ港44 
211945/03/01 伊58神武硫黄島海域・作戦変更40 
221945/03/31 伊58多々良沖縄海域40 
231945/07/18 伊58多聞平生沖縄−パラオ線上 65 
  伊58艦長 橋本以行 出撃4回 回天隊員9人戦死。9 
241945/08/16 伊159神州平生日本海・作戦終了20 
251945/06/15伊165沖縄−比島線上22 
261945/05/23伊361沖縄南方海域55 
271945/05/28 伊363沖縄−ウルシー線上50 
281945/08/08 伊363*多聞沖縄−日本海50 
  伊363は二度出撃しているが回天を射出させていない。石橋輝好兵曹は生還している。
  二度目の出撃で浮上中米機の機銃掃射で回天破損。8月18日光基地帰投。
  同年10月29日回航中、日向灘で触雷沈没。艦長木原栄少佐
291945/08/01 伊366多聞沖縄−サイパン線上53 
301945/05/05 伊367振武大津島沖縄東方海域52 
311945/07/19 伊367多聞大津島沖縄−グアム線上50 
  伊367艦長今西三郎。 2回出撃し回天隊員2人戦死。2 
321945/02/20伊368千早大津島硫黄島海域55 
331945/02/20伊370千早硫黄島海域55 
出撃回数32(33)回 亡失艦8(10) ( )内損傷含む合 計14880 

上表以外に、第18輸送船1945年3月13日出撃関係で7基7人。大津島第33突撃隊2基2人。訓練殉職者15人。 よって、回天戦での戦死者は 103 人である。 所属隊、戦没海域等不明 1人(吉田 洸,没年1945/6/13)
回天1基に一人の整備員が配置されたから喪失潜水艦の搭載基数ほど回天整備員も戦死した。 よって人間魚雷回天隊関係その他の戦死者は、回天整備員 36 人、基地員 2 人、軍医 1 人。関係全戦没者は 143 人である。 戦闘停止後の自決 平生基地 1人(1945/8/18 兵学校72期・中尉橋口寛・21歳)、彼は回天の中で拳銃の引金を引いた。大神基地 1人(1945/8/25 兵学校74期・少尉松尾秀輔・20歳)、彼は手榴弾を胸に抱た。その遺書に 「敗戦ハ俺達軍人ノ責任タルニ思ヒ致シ、ソノ責ヲ負フベシ」
二十歳の彼がここまで思い詰めた。第六航空軍菅原道大と比し健気な心意気ではないか。彼らは責任を感じる立場にもない。心の中で何が弾けたのか?  軍国青年として育った彼の中に凝縮された若人の純粋さが選択した途なのか? 最早窺い知ることは出来ない。
回天戦潜水艦7隻喪失。潜水艦乗組員を含めた回天戦での死者は845人といわれている。
最後の出撃は、1945年8月16日である。この段階で戦闘停止命令は出されていない。
隊名考
菊水隊=後醍醐天皇へ忠誠を尽くしたとされる楠木正成の家紋。
千早隊=千早城。楠木正成が北条氏の軍勢を食い止めた城。大阪府南河内郡。
多聞隊=楠木正成の幼名、多聞丸。
神武隊=架空上の開闢(かいびゃく・第一代)天皇。
天武隊=壬申の乱、西暦672年に起きた天智天皇系との古代最大の内乱に勝利した天皇名。  天武が伊勢神宮をはるか遠くから戦勝祈願したとされている。現在の内宮は当時は無い。
多々良隊=1281年(弘安4年)蒙古襲来の折の戦場の名前で多々良浜から。福岡市多々良川の河口部。 その回天隊の隊名をみると、かっての Imperial Navy が天皇のために死ぬことを名誉と思わせた(思っていた)かを 偲ばせる。

特攻による全戦死者数はこちら
*1 伊47潜は3月28日光基地を出撃、翌29日屋久島からの方位122.3゜距離110Km の洋上で 米機動部隊艦載機の制圧攻撃を受け損傷帰投する。
*2 回天多々良隊出撃予定伊53潜は3月30日夕刻光基地沖 9.3Km 地点で米戦略爆撃機投下の機雷に触れ損傷。戦列から除かれた。 急遽伊44が代替を務めたと考えられる。 伊44今時作戦で未帰還。 多々良隊回天20基(潜4)は天号作戦の一環である。
機雷など海底沈降物の回収記録を所轄する徳山海上保安部(第6管区海上保安本部)で戦後のこの海域での引上げ物実態を調べたが 機雷は回収されていない。米XXI爆撃機集団が機雷投下を行ったが、3月30日作戦任務番号49で96機の B-29 が関門海峡・広島・呉・佐世保に825個の機雷を投下している。 その機雷の一つだったかどうかは不明。

表−3 回天搭乗員の戦死
区 分種 別訓練生戦没者
士官兵学校896.4717 16.35
機関学校32 2.341211.54
学徒兵 210 15.272625.00
下士官・兵一般兵科90.659 8.65
甲種飛行93568.004038.46
乙種飛行1007.2700.00
合 計1,375100.00104100.00
全国回天会は戦後自決した2名の士官を加え戦没者を106名としている。

このページ "http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/konadaa-kaiten.htm"
○出撃者の選抜
回天の搭乗員は兵学校七十期以降ですが、海軍伝統の「指揮官先頭」を実践して兵学校出身者が真先に立ち、 上の者から、古い者から、出撃してゆきました。 従って兵学校出身者の戦死率は当然高いのですが、この点さえも「兵学校出を温存して、 予備士官と予科練ばかりを殺した」と、事実とは逆なことを放言する「知識人?」が多いのは困りものです。
戦史叢書「潜水艦史」にも書いていないウソをなぜ書くのか? 理解に苦しむ。

第四章 回天戦ま実態 悲しい戦果  第六章 特別攻撃隊誇大戦果はなぜ?

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