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![]() 海戦大敗の引鉄 第一機動部隊航空甲参謀 源田 実 ミッドウェイ海戦時系列時刻![]() |
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◆ 一航艦司令部の用兵思想 ◆ ハワイ作戦で成功した海軍による空母集中運用は、指揮運用が容易で攻撃力の集中が可能である利点があった。一航艦司令部はその後も空母集団使用を続けていたが、最も欠点とする本格的な航空攻撃を受けた経験がなかった。空母は攻撃力は強大であるが防御力はきわめて弱く、空襲に対する受身の防御では阻止できないことは当時から指摘されていたのである。 これに対し源田参謀は、空母を集団使用すれば防空戦闘機を多数配備できるので、かえって敵の攻撃に対処できると考えていた。(源田参謀は戦闘機出身であり、零戦の性能,搭乗員の技量を熟知していた) 司令長官・南雲忠一中将(36期)は、水雷専攻ということもあって、航空作戦の計画や指導にイニシアチブをとることはなく、幕僚の意見を「よかろう」と決裁していた。 参謀長・草鹿龍之介少将(41期)は、航空作戦の第一人者であったがほとんど口を出すことはなく、 首席参謀・大石保中佐(48期)は航海専攻で航空経験が少なかった。勢い航空作戦の計画も指導も、航空甲参謀・源田実中佐(52期)の意見がほとんど全部通っていたようである。 当時機動部隊を'源田艦隊'と評していた者さえあった。 しかし源田自身は、自己による計画や指導がなんらの批判もなく長官や参謀長を通ることが寂しいと漏らしていたと伝えられている。 |
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参考までにミッドウェイ海戦(1942年6月) 空母赤城の戦闘概況 ■ この作戦の主役・脇役の司令部幹部はこちら *表記時刻はミッドウェイ標準時。日本標準時は+3時間。 |
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05:30 機動部隊の艦爆機に対して「艦爆隊二次攻撃準備250s爆弾揚弾」は、二航戦飛龍・蒼龍に出された命令と解するべきである。なぜなら赤城・加賀の艦爆機はミッドウェイ島爆撃で出払っている。
04:28 利根機より「敵空母見ユ」の電信を受け 05:40 頃、第二航空戦隊山口少将指揮下空母飛龍・蒼龍艦上に艦爆各艦(2隻)18機。合計36機が発進の下令を待っていた。山口少将は駆逐艦野分を中継し南雲機動部隊司令長官に「直ちに攻撃隊発進の要ありと認む」と上申。 公刊戦史最大のナゾは、04:45 機動部隊宛に発信された「敵艦隊攻撃準備攻撃機雷装其ノ儘」この電報である。どのような情報の下にこの電令が発せられたのか? 公刊戦史は何も語っていない。 |
| 05:55 | 発:機動部隊司令長官 宛:機動部隊 航空機の「収容終ワラバ一旦北ニ向へ機動部隊ヲ捕捉殲滅セントス」 ► 機動部隊着信 06:13 |
| 05:55 | 発:機動部隊司令長官 宛:聯合艦隊司令長官 「午前5時敵空母1巡洋艦5駆逐艦5ヲAF10゜240浬ニ認メコレニ向フ」 ► 機動部隊着信 06:30 |
| 05:59 | 艦爆全機収容 |
| 06:05 | 米空母ヨークタウン、第二波攻撃隊19機発進 |
| 06:15 | 米空母ホーネット爆撃隊21機。日本艦隊捕捉ならず帰還 |
| 06:18 | ミッドウェイ攻撃隊帰還全機収容 |
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06:20 第二航空戦隊艦爆36機への出撃命令は届いていない。利根4号機敵空母発見(05:20)の報告から1時間経過している。 また赤城は 05:39 に敵雷撃機を認めている。雷撃機は空母所属機が来襲したものと察するべきである。
06:18 遅きに失しているが、攻撃隊全機帰還した直後から二航戦飛龍・蒼龍の艦爆機と艦戦ほぼ全機を第一次敵機動部隊攻撃に発進させるべきであった。 |
| 06:23 | 赤城右122゜角度0.5゜距離40,000m に敵機18を認む |
| 06:25 | 米空母ホーネット雷撃隊15機全滅 |
| 06:37 | 利根4号機「我燃料不足接触ヲ止メ帰投ス」 |
| 06:32 | 赤城戦闘機5発艦 |
| 06:37 | 利根4号機 「我燃料不足接触ヲ止メ帰投ス」 |
| 06:40 | 赤城左140゜角度1゜距離40,000m に雷撃機14機認む |
| 06:42 | (赤城) 味方戦闘機により右方雷撃機全部撃墜されたるを認む |
| 06:45 | 米空母エンタープライズ雷撃隊14機中11機喪失 |
| 06:52 | 米空母エンタープライズ戦闘機隊、日本艦隊発見。燃料不足で引き返す |
| 06:58 | 発:第八戦隊 宛:第八戦隊所属機 「敵14機二隊に分かれ味方上空主として第一航空戦隊に向かう」 一部加賀に対し雷撃。加賀これを回避。 |
| 07:22 | 発:機動部隊長官 宛:一航戦・二航戦母艦 艦隊上空直衛のため「艦戦ハ準備デキ次第発艦セヨ」 |
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07:22* 上空直衛機発艦セヨの命を受けた一航戦空母赤城は直ちにゼロ戦一機を発艦させた。
07:24 第一航空戦隊(赤城・加賀)は運命のその時を迎える。 第一航空艦隊参謀長だった草鹿龍之介が運命の5分間という事態はどこにも現れない。 利根4号機による空母発見の20分後(05:40)に第二航空戦隊は攻撃機を準備し指示を待っていた。 その前段 04:10 赤城はすでに敵雷撃機を認め迎撃の戦闘機3を発進させている。 当然この時刻に敵にその姿を視認されており、各航空戦隊に対して 04:45 「敵艦隊攻撃準備攻撃機雷装其ノ儘」の命令も出された。 その35分後(05:20)利根4号機から空母発見の報が入っている。 戦後云われているように、陸上攻撃用の爆弾を艦船攻撃用の爆弾に転換したなど、敵空母攻撃が遅れたように戦史叢書も記述するがそれは爆撃機(艦爆)の話であって、雷撃用の攻撃機(艦攻)の話ではない。 05:37 ミッドウェイ島爆撃の艦爆や戦闘機が航空戦隊の上空に帰還を始めたが、上空に暫し待機させ手持ちの駒(少なくとも、飛龍・蒼龍の艦爆機)を発進させるべきであった。 公刊戦史の内容は入り組み複雑だが少なくとも時系列的に整理だけは出来る。 ただ読んでいても、その電令はどのような情報に基づき発信されたのか判然としない。 戦後機動部隊草鹿参謀長がいう運命の5分間はどこにもないことだけは確かである。 |
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米側時系列記録時刻 04:06 米 No 16 任務部隊空母エンタープライズ艦爆33機(マクラスキー隊)発進 06:55 マクラスキー隊 駆逐艦嵐(第10戦隊第4駆逐隊)の航跡を発見。その後を追う |
| 駆逐艦嵐は警戒部隊に所属した。指揮官木村 進の下で第10戦隊に所属。旗艦は軽巡長良 |
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07:05 マクラスキー隊 日本艦隊発見。 07:22 マクラスキー隊 まず加賀を襲撃 07:26 マクラスキー隊 赤城に急降下開始 マクラスキー隊 33機の内 17機喪失 喪失率 51.5% |
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07:40 待機中の飛龍艦爆18、艦戦6 敵空母を求め発進。 機動部隊の指揮能力が喪失した直後。第二航空戦隊でただ一隻残った飛龍は 05:40 出撃準備完了していた艦攻 18機を発進させた。 この時刻は淵田・奥宮共著「ミッドウェイ」の記述であり公刊戦史に記載はない。 この07:40 に指揮権先任の原則からみて第二戦隊山口多聞より先任である支援部隊第八戦隊阿部弘毅は、まだなにも命じていない。 軍隊にあって越権行為は軍法会議にかけられる。 |
| 被爆した空母赤城とその後 |
| 07:42 | 赤城舵故障両舷停止 「総員防火配置に付ケ」 * 消防ポンプが故障水放射不能 格納甲板で爆発したたった1(2)発の爆弾により被爆から16分後には全機関が停止した。 |
| 07:45 | 赤城司令部移乗のため駆逐艦野分接近 |
| 被爆から僅か21分後に司令部は逃げ出さざるを得なかった。 艦艇に致命的打撃を与えることのある航空魚雷は1発も命中していない。 そして生還した乗組員は空母の脆弱性を声を大にして叫び、艦政本部もその必要性を痛感したが、運用する聯合艦隊司令長官山本五十六は改善をさせなかった。 |
| 07:46 | 赤城長官以下司令部職員駆逐艦野分移乗開始 |
| 07:50 | 機動部隊長官指揮不能のこの間隙を突いて第二航空戦隊(飛龍)に敵空母攻撃の命令が出された。 山口多聞が敵空母攻撃を上申した時より2時間10分も過ぎていた。 * 戦史叢書ミッドウェイ海戦 P336 07:57 飛龍第一次攻撃隊(隊長小林道雄) 艦爆18 艦戦 6 計24 * 戦史叢書ミッドウェイ海戦 P337 飛龍第一次攻撃隊(隊長小林道雄) 艦爆18 艦戦 6(5) 計23(22) この第一次攻撃隊の内、艦戦 2 引き返す。 ( ) 内は戦史叢書で頁によって違う機数を示した。 |
| 07:54 | *1筑摩 飛龍(第一次攻撃隊・小林道雄指揮)より敵空母攻撃隊機発進を視認。 |
| 07:58 | *2飛龍(第一次攻撃隊・小林道雄指揮 艦爆18 艦戦6[5] )敵空母攻に発進。
艦戦の( )内の数字は戦史叢書ミッドウェイ作戦の P336下段では6機。次頁P337では5機。 このようなどちらかが違う記述は他の公刊戦史でも多く認められる。 エンジン故障で1機引き返したのか? |
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