昭和20年1月25日 決戦非常措置要綱 戦争目的を変更した軍部
沖縄上陸の責により昭和20年(1945)4月6日小磯内閣崩壊。同じく戦艦大和が死出の旅への出撃を行った。
東條内閣の戦争目的は、経済封鎖打破の自存自衛と大東亜共栄圏建設(大東亜新秩序建設)であったが、小磯内閣は【国体護持】【皇土防衛】にすり替えた。
国家元首は元首として、各組織の長は長として、ラインの長は長として、 最低限考えなければならないことは、その立場で何が重要で何が優先され、何をなすべきか、 そしてその集合体の最終利益にかなうものであるのか。を全身全霊を傾注し考えなければならない。
2007年9月、国会開会の所信表明演説の後、どこかの国の首相のように、「僕体調がすぐれないのぉー」 「やめたぁー(2007/9/12)」ではあまりにも無責任であろう。
かって、この国に全く無責任な組織として、 東條内閣、小磯内閣、鈴木内閣と次々に軍人を首班とする内閣が存在した。 そして、人間を単なる消耗品とした海軍も存在した。 つまるところ何のために闘うのかとい戦争目的の曖昧さが露呈し、いかに闘うかにすり替わった。  更にこの内閣からいかに闘うかも姿を消し、いかに死ぬか、死ぬべきかにという方向に国民を引きずり込んだ。 少なくとも歴史上最悪の政府であった。
東條内閣の戦争目的はABDA(アメリカ,イギリス,オランダ,オーストラリア)ラインによる経済封鎖を受け【自存自衛】と【大東亜共栄圏の建設】 の戦いと国民に説明したが、小磯内閣は、この戦争目的を簡単に変更する。 この内閣はその戦争目的を【国体護持】【皇土防衛】にすり替えた。 軍人としての地位と私欲の果てに、国体護持との衣を着せ、 単に天皇をトップとして統帥権(軍部専権)を守ろうとしただけであった。すなわち軍人天下の温存だった。 そして【大東亜共栄圏の建設】の虚構の理想は消え失せ「僕たちの権力範囲は日本本土」だけでいいよ。とほざいた。
この軍人を首班とする内閣は、天皇をも制御できる絶大な政治権力を、軍人が持ち続けるというために、絶対的天皇主権によってなる、国体を盾に、 「国家機構内部における軍や官僚的要素の絶対的地位を確保する」ための衣だった。

 この狡猾さは、現在も脈々と官僚に受け継がれ、国民利益を忘れて省益や自益を守っている。
卑近な例として '07月8月下旬。小池百合子防衛大臣がスタッフである守屋武昌事務次官の更迭を図ろうとした。 代表取締役社長が取締役でない総務部長を交替させようとしたのだが、 守屋はそんなこと聞いていませんと代表取締役会長に怒鳴り込んだ。 社員人事執行権が代表取締役社長にないことを国民に知らしめた好例となった。
【小磯内閣 ・1944年(昭和19年)7月22日〜1945年(昭和20年)4月7日】
  総理大臣 小磯国昭 (陸軍大将)
  内務大臣 大達茂雄
  外務大臣 重光 葵
  大蔵大臣 石渡荘太郎 (後、津島寿一・45/2/21〜)
  司法大臣 松阪広政
  文部大臣 二宮治重 (後、児玉秀雄・45/2/10〜)
  農商大臣 島田俊雄 (翼賛議員)
  運輸通信大臣 前田米蔵 (翼賛議員)
  軍需大臣 藤原銀次郎 (吉田 茂・44/12/19〜)
  陸軍大臣 杉山 元 *
  海軍大臣 米内光政 (副総理格)
  大東亜大臣 重光 葵
  厚生大臣 広瀬久忠 (後、相川勝六・45/2/10〜)
  国務大臣 町田忠治 (翼賛議員)
  国務大臣・企画院総裁  児玉秀雄
  国務大臣・情報局総裁  緒方竹虎
  国務大臣 小林躋造  (元海軍大将)
 米軍沖縄上陸の責により1945年4月7日内閣崩壊(総辞職は4月5日)。
*東條前首相推薦 杉山 元(開戦時参謀総長・1940.10.3〜1944.2.21)は 1945年9月12日に司令部にて拳銃自殺。夫人啓子は、夫には戦争責任在りとして自決を勧めたが中々自決しなかった。 啓子は夫の自決の通知を受け、「本当ですね」と確かめ自身も自決したとされている。
* 昭和19年末(1944)、軍需省総動員課長が小磯内閣の閣議に招かれた。聞かれたのは「物的国力の推移並びに今後の見通し」だった。 課長は、最低限の国民生活の維持は困難で、経済は崩壊。戦争継続は不可能と報告した。 外相の重光 葵は国力の実態知り驚いた。と述べたという。また別の大臣は「石油が足りないようだが」と質問したが、かの課長は「山から集めた松の根から松根油を作り、 民需引当の砂糖全てからアルコールを作る」と答えると、その大臣は「そうかじゃなんとかなるな」と答え、国民に国体護持・一億玉砕。へと突き進ませた。
 しかし、松根油から高オクタン価の航空ガソリンを製造する技術は確立されておらず、 出来た試作ガソリンは不安定でゴム含有量が多く自動車エンジンに使用すると焼き付け等の支障が発生し航空機には到底使用出来なかった。 バカどもはこんなことも知らなかった。 専門外で知らなかったと思えるが、知らないことは教えてもらえばわかることである。
 上表の各大臣たちが、小学生程度の能力だったとは思えない。最低限政治家に必要な資質は、まず情熱・責任感・判断力だろう。 だがこの閣議で松根油や砂糖から製造したアルコールで飛行機を飛ばす。 と答弁すると、「そうかじゃなんとかなるな」と答えたことが真実なら、政治家にもう一つ必要な資質があるとしたならそれは常識力だろう。
* 今思い出しても涙が出る。
 昭和19年(1944)に入ると全ての生活必需品が配給制度になった。そのわずかな配給品さえ欠配はしばしばだった。 母があるとき配給品の食用油をウエス(ボロ布)に浸みさせた。 卵焼きなどでフライパンに薄く塗布するためである。 その生卵さえ超々貴重品で普通に市場に出回ることはなかった。  戦後しばらく親しい人の病気入院見舞い品は卵であった。
 一方、闇(やみ・非正規販売ルート)商品が横行し、金持ちは暖衣飽食を相変わらず貪っていた。 必然的にインフレーションとなり、通常の市場経済は崩壊し貨幣の信用は全く失せ、よって基軸通貨は米であった。 庶民の生活を経済的側面から眺めると江戸時代となんら変わることはなかった。
 今時大戦で、最も無責任、悲惨を極めたインパール作戦(1944/3/8〜) について南方軍より大本営に作戦認可の上申に対し、許可するかどうかという会議がもたれた。 第一〈作戦〉部長真田穣一郎少将は作戦の成功なし、としてほぼ不許可でまとまりかけたとき、参謀総長杉山 元は、 別室に真田を呼び、「南方総軍寺内(寿一)さんのたっての願いでありやらせてくれ」と翻意をせまった。 この真田の翻意は生涯の痛恨時となった。 この「クズ元」と呼ばれた男が参謀総長でなかったらあの無責任な作戦であったインパールの悲劇は起きなかったであろう。
 東條英機は22口径(5.5mm)の拳銃で自決の格好だけしたが、妻勝子は自決していない。 22口径で頭を撃てば死ねるのに胸を撃った。それも心臓を外して。
東條英機弁護 この開戦直前の時期、米英戦争作戦の細部を全く教えてもらえない東條は、 国策再検討を迫り抵抗を続けている。
 戦後、開戦時軍令部総長であった永野修身*1は外国メディアの取材に(しかも英語)答弁している。
杉山 元(女房に死ね死ねと云われてしかたなく拳銃自決)が死刑なら、この人物も死刑が相当だろう。この男ほど無責任男を筆者は他に知らない。
 ただ一人文官として死刑になった広田弘毅の妻静子は、後顧の憂いを絶つとして、1946年5月18日自裁した。 夫弘毅の死刑執行1948年(昭和23年)12月23日*2。自らに科せられた罪状に一言の反論と弁明をしなかったと伝えられている。
*1永野は高知県。土佐出身。今時大戦陰の主役海軍石川信吾は長州・山口県。明治維新に貢献した両藩が戦争の立役者だった。
詳しくは「落日燃ゆ・城山三郎/著 新潮社:刊 1980年」で
*2 A級戦犯七人の処刑は12月23日である。なぜ、12月23日なのか? 現天皇(当時は皇太子)の誕生日なのだ。 けっこう狡猾な米国であった。
 A級戦犯(罪者)と呼ばれた人間は、国民をして塗炭の苦しみを与えた政治責任者と重なる。彼らは文字通りA級戦争責任者である。

 東條英機の孫、東條由布子(とうじょうゆうこ)は自らのWebサイトで次の主張をする。 「凛として愛する国に」。 今こそ、毅然として起つ! 東條由布子は、歪曲された歴史観を排し云々。と叫ぶ。 この方あの戦争の世紀と呼ばれた時代史をキチント読んでいるのかつい疑ってしまう。 もう少し謙虚になさったらどうであろうか。

開戦前の1941年11月5日 最終的に戦争か和平かを決定する御前会議
進行役は原 嘉道(Hara Yoshimichi)枢密院議長
原枢密院議長 「南洋の敵艦のために、物資輸送に影響はないとものと考えてよろしいか?」
永野修身軍令部総長*1 「海上輸送は日本の生命線であるので、保護には手段を尽くすが、 被害は年に相当あると思う。しかし防御を強化するので、日本の海運には差し支えないと思う」
原枢密院議長 「イギリス、アメリカ、オランダの海軍から妨害を受けても、 日本の物資は差し支えないと考えてよろしいか?」
鈴木企画院総裁 「船舶の損害は陸海軍共同の研究の結果であります」
海軍トップの無責任発言が先の太平洋戦争を引き起こした元凶である。南方資源を日本に運ぶ海上 5,000Km の輸送路をたった4隻の護衛艦で、大丈夫と考えていた程度の人間が、 海軍用兵のトップだった不幸がこの国の過去に存在した。
開戦時の輸送船護衛海防艦の実態  船舶損失実態こちら  海上輸送保護手段は講じていなかった。

1945年4月1日現在、内海航路は米軍による関門(下関)海峡機雷封鎖で瀬戸内海航路は大きく打撃を受け、 円滑な物資輸送が不可能となり、国民は飢渇線上に喘ぎ国家計画は頓挫した。それでもずるずると、 国民皆死を煽った。 すなわち、一億特攻を決めたのだ。またこの中に松根油で航空燃料が出来ると信じたバカがいる。 第三海軍燃料敞 などで、松根油の液化と精製が試みられたが、敗戦まで内燃機関の使用に耐える燃料は抽出できなかったし、実戦航空機に使われたこともない。 詳しくは『徳山海軍燃料敞史』を参照されたい。
「国破山河在 / 松籟無吹風 / 感時花濺涙 / 恨別鳥驚心」
「国破れて山河在り / 松籟に吹く風なし / 時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ / 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」  おびただしい松が伐採され傷つけられ単に国土を荒廃させただけに終わった。
 
決戦非常措置要綱    昭和20年1月25日 閣議決定
第一 方針
第一条 帝国今後ノ国内施策ハ速カニ物心一切ヲ結集シテ国家総動員ノ実効ヲ挙ケ以テ必勝ノ為飽ク迄戦ヒ抜クノ 確固不抜ノ基礎態勢ヲ確立スルニ在リ之力為具体的施策ヲ更ニ強化徹底シテ近代戦完遂ニ必要ナル国力並国力ノ維持増強ニ遺憾ナキヲ期ス 而シテ今後採ルヘキ各般ノ非常施策ハ即刻之ヲ開始シ昭和十九年度末ヲ目途トシテ之カ完成ヲ図ルモノトス
第二 国力並戦力造成要綱
第二条 当面ノ情勢ニ鑑ミ国力並戦力造成上ノ基本方針左ノ如シ
 一 作戦上ノ中核戦力トシテ依然航空機並限定セル特攻屈敵戦力ヲ優先整備ス
 二 国力ノ造出ハ日、満、支資源ヲ基盤トシ自給不能ナル南方資源ヲ充足シ其ノ総合的運営ノ下ニ近代戦争遂行能力ノ確立ヲ主眼 トシ併セテ各地域毎ノ攻戦略態勢ノ強化ヲ図ル之カ為
   液体燃料ノ急速増産
   海陸輸送力ノ維持増強
   生産防空態勢ノ徹底的強化
  食糧ノ増産特ニ国内ニ於ケル自給ノ飛躍的増強ヲ最重点的ニ実現ス   而シテ現状ニ鑑ミ左記事項ニ関シテハ特段ノ措置ヲ講ス
    航揮ノ急速還送
    自給不能ナル南方資源ノ急速還送
第三条 昭和二十年度戦力並国力ノ造出目標並之カ完遂ノ為準拠スヘキ事項左ノ如シ
 一 陸海軍ノ軍需整備
 1 戦力ノ増強ハ航空戦力ノ維持増強ト特攻屈敵戦力ノ急速ナル大量造成トヲ図ルヲ第一義トシ次テ対潜、対空兵器等ノ可及的多量整備ヲ期スルモノトス
 2 航空機ノ生産ハ益々重点機種ノ整備並機種ノ整理統合ヲ重視シツツ上半期努力目標二〇、〇〇〇機完遂目標ヲ一六、〇〇〇機トシ下半期ニ就テハ差当リ其ノ努力目標ヲ二四、〇〇〇機トシテ 各般ノ施策ヲ推進シ其ノ完遂目標ニ関シテハ本年三月頃当時ノ情勢ヲ勘案シ決定ス
   重要物資供給力ノ低下ニ対処シ本目標ノ必達ヲ期スル為歩留リノ向上、鋼製並木製機ノ量産促進、 「アルミ」供給力ノ増強施策ヲ強行スルト共ニ改修ノ緊縮化、審査規格ノ戦時化、 補用品ノ徹底的合理化等凡有施策ヲ強力ニ推進スルモノトス又特ニ陸海軍ハ其ノ協力支援ニ格段ノ努力ヲ傾注 スルモノトス
 3 戦力ノ運用並戦備ノ建設ハ陸海軍真ニ一体トナリ之カ総合的運営ト最高能力ノ発揮トニ遺憾ナキヲ期スルモノトス
 二 物的国力(液体燃料ヲ除ク)確保ノ規模
  1 近代戦争遂行能力ノ保続運営ニ遺憾ナキヲ期スル為昭和二十年産普通綱鋼材二七〇万屯、之ニ即応スル関連重要物資ノ 供給力ヲ絶対最低限確保目標トシ万策ヲ尽シテ基本国力普鋼鋼材三〇〇万屯ノ達成ニ努ム
   輸送力窺迫ノ現状ニ鑑ミ特ニ鉄鋼生産ニ在リテハ
    国内鉄源供出ノ徹底化
    内地鉄鋼石ノ最大活用
    海送強粘結炭配合比ノ合理的節減
    余剰電力ノ活用ニ依ル電撃製錬ノ促進
    満支ニ於ケル製鉄ノ増強
    農山村ニ於ケル木炭銑ノ生産奨励
  等各般ノ非常措置ヲ断行スルモノトス
 2 国内石炭ノ昭和二十年度ノ生産努力目標ヲ五、五〇〇万屯確保目標ヲ五、二〇〇万屯トシ之カ達成ノ為資材及労務ノ確保等ニ関シ特段ノ措置ヲ講スルモノトス
 3 「アルミニウム」ノ昭和二十年度生産確保目標ヲ十五万屯トシ之カ生産設備拡充ヲ強力急速ニ促進スルト共ニ生産用原材料確保ニ関シ特段ノ措置ヲ講ス
  国内原料へノ転換期ニ於ケル過渡的対策トシテ昭和十九年度第四、四半期並昭和二十年度初頭ニ「ボーキサイト」ノ可及的繰上還送ヲ行フ
 4 生「ゴム」、錫等真ニ南方依存脱却不可能ナル南方特産物資ハ陸海軍ニ於テ之カ還送確保ノ方途ヲ講スルモノトス
 三 液体燃料
 1 液体燃料ハ昭和二十年度二〇〇万竏(製品)ヲ絶対最低限確保目標トシ万策ヲ尽シテ努力目標ニ五〇万竏ノ達成ニ努ム而シテ各般ノ施策ハ昭和二十年度第一、四半期ニ於ケル危機ヲ克服スルヲ主眼トシ飽ク迄昭和十九年十月二十八日 最高戦争指導会議決定ニ基ク日満支液体燃料生産努力目標ノ必成ニ邁進スルト共ニ南方燃料ノ還送ハ上半期約五〇万竏ノ確保ヲ目標トシ下半期ニ就テハ日満支自給対策ノ補強的性格ニ於テ行フモノトシ其ノ還送量ハ当時ノ情勢ニ依リ決定ス
 2 日満支ノ増産ハ昭和二十年度初頭以降台湾砂糖ノ還送ニ期待シ得サルヲ本則トシテ之カ対策ヲ講スルモノトス
  之カ為所要資材ノ可及的確保ニ努ムルト共ニ日満支油田ノ徹底的開発、甘藷、馬鈴薯等ノ大増産ヲ強行シ且石炭乾溜設備余剰能力ノ活用支那油脂ノ取得ヲ図ルモノトス   但シ上半期ニ於ケル危機克服ノ為右施策ト併行シ極力台湾砂糖ノ還送ニ努ム
 3 現行施策ニ膚接シテ益々軍官民共ニ高度ノ消費規正ト代燃化ノ促進トヲ図リ特ニ陸海軍ハ酒精ノ航揮代換促進ニ関シ画期的ノ措置ヲ講スルモノトス
 四 船舶建造
 1 甲造船
  (イ) 昭和二十年度建造目標ヲ約一五九万総屯トシ貨物船ト油槽船トノ建造比率ハ前記物的国力ノ最低限確保ニ必要ナル貨物船ノ建造ヲ優先充足シテ配分スルト共ニ上半期ニ於ケル繰上建造ニ努力スヘキコト等ヲ主眼トシ
    貨物船  約一〇七万総屯
    油槽船  約 三八万総屯
    雑船   約 一四万総屯
    ヲ建造スルモノトス
    尚造船量ノ減少ハ一応油槽船ニテ調整スルヲ本則トス
  (ロ) 既往ノ多量生産主義ヲ脱却シテ質的ヘノ転換特ニ其ノ優速化ト竣工船ノ質的確保トヲ図ルト共ニ対潜、対空強化並荷役能力向上ノ見地ヨリ可及的ニ小型 且短切揚搭適格船ノ多量生産ニ移行シ且燃料需給ノ逼迫ニ対処スル為重油焚貨物船ヲ極力石炭焚ニ切替フルモノトス
  (ハ) 新造船油槽船ハ全部航空揮発油搭載船トシ且状況ノ推移ニ対応シ得ル如ク一部油槽船ハ貨物船ニ改造シ得ル如ク設計ス
  (ニ) 益々損傷並故障船ノ修理促進ヲ重視ス
 2 乙造船
  二十年度建造目標ヲ四十五万総屯以上(前年繰延ヲ含ム)トシ之カ急速ナル整備完成ヲ図ルト共ニ特ニ曳船被曳船ヲ重視ス尚現続行船及既発註分ヲ可及的ニ 代燃機関ニ切換フルト共ニ速力ニ現存船ノ多量代燃化ヲ図ル
  又昭和二十年度国力ノ基底ハ乙造船二依存スル所大ナルニ鑑ミ其ノ計画完遂特ニ資材ノ現物化ニ関シ格段ノ努力ヲ傾注スルモノトス
 3 情勢ノ推移ニ依リテハ前記甲、乙造船量ヲ総合的ニ調整スルコトアルヲ予期ス
 五 車輌建造
  1 鉄道車輌
   昭和二十年度建造目標ヲ機関車二〇七輌、貨車七、五〇〇輌トシ特ニ之カ早期落成ヲ図ル
  2 小運送車輌
   昭和二十年度建造目標ヲ貨物自動車五、五〇〇輌、軽車輌一四九、〇〇〇輌トシ特ニ荷車ノ増備ヲ行フ
   現有貨物自動車ノ修理ニ特設ノ処置ヲ講シ代燃機ノ急速増産ヲ図ル
 六 生産防空態勢ノ強化
  1 敵ノ本格的大規模空襲ニ対シ生産ノ保続運営ニ遺憾無カラシムルヲ主眼トシ直接重要企業ニ於ケル防空、企業形態、勤労体制等ニ関シ有機的且抜本的措置ヲ講シ 且国力造出ノ基盤トシテ日、満、支陸海交通路ノ保全運営ニ関シ特段ノ措置ヲ講ス
  2 生産防空能体勢ノ急速活発ナル促進ヲ期スル為先ツ分散疎開ヲ急速概成スルト共ニ特ニ重要ナルモノハ地下施設へノ移行スルモノトス
   之カ為差当リ航空兵器、甲造船関係其ノ他特定緊要工場ノ分散疎開ヲ第一義トシ之等ハ遅クモ本年度末迄ニ概成スルモノトス、 尚之二関連シ極力地域別生産態勢ノ確立ヲ図ルモノトス
  3 空襲等非常事態特ニ交通機関杜絶等ノ場合ニ於テ必要ナル通信(放送ヲ含ム)連絡ノ確保ヲ図ル為通信非常体制ヲ強化ス
 七 食糧
  内地ニ於ケル食糧自給ノ画期的増強ヲ期スルト共ニ食糧ノ現行配給基準ヲ堅持スル為左ノ方途ヲ講ス
  1 内地ニ於ケル食糧ノ増産及管理ノ徹底的強化ヲ図ル、之力為
   (イ) 米麦ノ外此ノ際補填食糧並アルコール原料トシテ藷類ノ画期的増産ヲ図ル
   (ロ) 麦類及藷類ノ集荷確保並処理加工ニ付特段ノ措置ヲ講ス
   (ハ) 食糧ノ供出割当量ノ強化及其ノ絶対確保ヲ期スルト共ニ現行配給方法ニ付改正ヲ加フ
   (ニ) 国内補填食糧給源ノ徹底的開発培養ヲ図リ特ニ蛋白補給源トシテ水産食糧ノ確保ニ努ム
   (ホ) 食糧増産確保ニ必要ナル肥料及農機具等ノ最低必要量ヲ充足ノ為所要資材ノ確保ヲ図ル
  2 昭和二十年米穀年度食糧需給上外地及満洲穀類ニ依存セサルヲ得サル所要量ニ付テハ之カ輸移入ニ依リ補填ス
  3 強靱確固タル食糧自給体制確立ノ見地ヨリ都市遊閑人口ノ疎開ヲ強化ス
 八 労務
  1 人的国力ノ総合発揮ノ為軍動員ト勤労動員トノ適正ナル総合調整計画ノ樹立ト之カ運営強化ヲ図ル
  2 勤労総動員ヲ強化スルト共ニ将来ニ於ケル軍動員実施ニ弾力ヲ保有スル為労務ノ配置転換、機動配置ノ徹底、要員指定制ノ実施等国民動員ノ適正刷新ヲ図ルト共 ニ学徒勤労動員ノ強化並女子ノ徴用ヲ断行シ之カ積極的代替活用ヲ促進ス
第四条 輸送力ハ戦力並国力造出ノ根基タルニ鑑ミ昭和二十年度海上輸送力約三、二〇〇万屯陸上輸送力 約八五、〇〇〇万屯ヲ確保目標トシテ之カ増強(海上輸送力ニ在リテハ努力目標ヲ約三、五〇〇万屯トス) ヲ図ルト共ニ海陸輸送ノ総合運営ヲ強化スル為各般ノ施策時ニ左ノ措置ヲ講ス
 1 海上輸送力ノ増強
 (イ) 船舶損耗防止特ニ海上護衛ノ強化
   之カ為特ニ陸海一体ノ飛躍的ナル措置ヲ講ス
 (ロ) 海運行政ノ抜本的刷新ト港湾行政ノ一元化
 (ハ) 船舶修理ノ画期的促進強化
 (ニ) 稼行率ノ向上
 (ホ) 南方航路ニ於ケル各種船舶ノ総合輸送力ノ向上
 (ヘ) 船員ノ整備強化
 (ト) 木船建造並運航体制ノ刷新強化ト内地帆船ノ計画的利用
 2 陸上輸送力ノ増強
 (イ) 旅客列車ノ極限的圧縮等ニ依ル貨物輸送ノ増強並職場附近転居ニ依ル通勤輸送ノ極限
 (ロ) 貨車運用効率ノ向上
 (ハ) 隘路線区ニ於ケル輸送施設ノ増強
 (ニ) 要員ノ確保並之カ勤労力ノ強化
 (ホ) 陸上小運送ノ画期的強化
 3 海陸輸送総合運営ノ強化
 (イ) 大陸輸送ノ一元的運用
 (ロ) 中継輸送カノ強化
第五条 今後ノ国家諸計画ノ策定ハ本要綱ノ強力ナル実行ニ遺憾無カラシムルモノトス
第三 国内態勢強化刷新要綱
第六条 精神動員ノ強化ヲ重視シツツ国内態勢ヲ強化刷新シテ挙国総力戦態勢ノ確立ヲ期ス
第七条 国政運営並国内一般態勢ニ対シ成ルヘク速カニ左ノ施策ヲ断行ス
   一 国力作戦トノ緊密一体化ヲ具現セシムル如ク必要ナル措置ヲ実行ス
   二 日、満、支ノ生産及輸送ノ計画並之カ運営ヲ総合的ニ行ヒ得ル如ク所要ノ措置ヲ講ス
   三 鞏固ナル国内防衛態勢ヲ確立ス
   四 生産、交通、食糧、労務等ニ関シ中央ノ計画ニ基キ国内各地域ノ戦力ヲ組織化スルト共ニ防衛ト 緊密一体化セシムル為地方行政機関ヲ強化刷新シ陸海軍関係機関トノ緊密ナル吻合関係ヲ樹立ス
   五 軍需生産行政ノ一元化及労務並資金ニ関スル行政ノ一元化ヲ図ル
   六 戦局ノ苛烈化ニ対処シ重要軍需企業、交通運輸機関並金融機関ノ整備ヲ断行シ其ノ保続運営ニ遺憾無キヲ期ス
   七 各部門ノ統制機構及現行各般ノ統制法規ニ就キ生産性ノ昂揚ニ徹スル如ク所要ノ改廃整備ヲ断行ス
   八 闇ノ粛正、配給制度ノ合理化等ニ依リ国民生活ノ明朗化ヲ図ル
   九 行政特ニ生産輸送部面ノ監察及生産技術ノ指導ヲ励行ス
戦争指導会議とは,1944年8月4日以降小磯国昭内閣で設けられた。以前の大本営政府連絡会議と同じ。 政府から総理大臣、外務大臣、陸軍大臣、海軍大臣が,軍部からは陸軍参謀総長、海軍軍令部総長が出席。 蔵相ほか閣僚や参謀次長・軍令部次長が列席、天皇も臨席する
第一条の「国力並国力の維持増強に遺憾なきを期す」とあるが、単なる空念仏である。 米軍にる通商破壊戦で南方からの輸送ルートは途絶し、船舶も沈められボロ船しか残っていなかった。 この月頃(1944年1月)から南方資源輸送の組織的計画的運行は不可能となった。  バカたれ無能の海軍は、船だというのに舵のないドロ船(コンクリート船)まで造ってしまった。
第二条(一)、航空特攻主眼であり、やがて資機材(燃料・航空機)と人員(熟練パイロット)の枯渇を招来した。
第二条(二)、「自給不能なる南方資源を充足し」 とあるが充足不可能の現実を直視しようとしていない。この低脳らが、 この時期の国民を戦争に駆り立てていた。 無為無策のくせに「総合的運営の下に近代戦争遂行能力の確立」という言葉遊びでお茶を濁した。
この決定の後に、戦後総理大臣を経験した吉田茂(官僚:内務省)は軍需大臣になった。

太平洋戦争取材班
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