実録・戦艦大和沖縄特攻 出撃前の戦艦大和発見を伝える中央紙が波紋をひろげた

1945/04/06 09:45 徳山沖 Yamato
この戦艦大和の写真は【写真が語る山口県の空襲 工藤洋三/著】で販売されている。
第3写真偵察戦隊 F-13 (B-29) が高度 30,000ft(9,100m),徳山沖約 4km 地点(記事で) (33゚.57'06 N、131゚.44'18 E) で撮影された。位置は山口県徳山市(現周南市)粭島沖約 3,300m。 撮影は1945年4月6日09:45 沖縄出撃約6時間前。

注) 大和予定停泊位置及び写真偵察位置の公有海面行政区域は防府市域である。
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戦艦大和出撃に関する素朴な疑問。 誰も書かなかった戦艦大和へどうぞ

2006年7月4日、出撃直前の大和として大和ミュージアムが発表、と伝える読売新聞記事

出撃直前の戦艦大和の写真発見者は、徳山高等専門学校工藤洋三教授である。  米国立公文書館 2001年3月のことである。
そして、突然降ってわいたように2006年7月3日、通称呉大和ミュージアム(館長:戸高一成) は教授に断りなくマスコミに発表し、 翌4日中央紙、関係地方紙はこれを大々的に報道した。 米軍による撮影時刻は 09:46 高度 30,000feet (9,100m)。徳山市粭島三ツ石鼻先約3Km海上で、 軽巡1(矢矧)と駆逐艦6隻。
それは、出撃6時間前だった。

戦艦大和のWebサイトに「鳥飼行博研究室」 がある。このWebサイトは修正され次のように変更されていることをお伝えする。
呉市海事歴史科学館の依頼を受け「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議・米軍資料研究会」 工藤洋三徳山高専教授が2006年3月に探し出した「特攻出撃5時間前の大和の写真」 が公開された(2006/07/03)。----と新聞記事を写し書いた。しかし,記述が誤りであれば,謝して訂正したい。 徳山工高専工藤洋三教授著『写真が語る山口県の空襲 米軍が記録した偵察・攻撃・損害』 2006年8月25日初版 では,呉市海事歴史科学館の発表半年以上前,同じ写真が掲載されているという。 工藤教授の業績が全国で発表される直前,大和museumが誤用してしまったのか。

General Fleet (連合艦隊) 作戦項目
参謀小林儀作が作戦をねじ曲げた。かくて大和は沈む
戦艦大和特攻作戦 第一遊撃部隊の作戦計画
もうじき死ぬんだよ。俺も生きていたって仕方がない
第一遊撃部隊沖縄進撃路はGFの命令ではない。
7日は悪天候。航空攻撃僅少楽観判断が大和を沈めた
戦艦大和特攻作戦と記録が残っていた4月7日の天候
実録・特攻艦隊大和 山根眞樹生花月航海長
戦艦大和は徳山で一滴の燃料も補給していない
4月6日米軍偵察写真にみる徳山燃料敞
ウソ八百の誇大戦果。源田實指揮松山航空隊の真実
Technology (技術) 項目
当初突入から除かれていた対空(防空)駆逐艦秋月型
バカどもが最終的に行き着いたコンクリート船
巨象は虚像だった Imperial Navy
マリアナ沖海戦真の敗因(防御軽視の大弊害)
伊52模倣国家日本の縮図
期待と結果が無惨に食いちがった戦闘の経過
マリアナ沖海戦参加艦艇
水からガソリンが出来ると信じたバカと敵潜水艦対策
苦労して製作した電探外せ命令のバカ
電探の重要性を帝国海軍軍令部が真から気づいたとき
石油精製技術で完敗した Imperial Navy
US-Strategy (米国の戦略) 項目
 残存 帝国艦隊 (戦艦大和) 袋のネズミ作戦−T
 残存 帝国艦隊 (戦艦大和) 袋のネズミ作戦−U
 主要港湾機雷封鎖作戦 日本飢餓作戦の実態
Transport (資源還送) 項目
 船団護衛をおろそかにした海軍の下でのヒ86船団の悲劇
 開戦時存在した海軍四隻の海防艦諸元及び最後の態様
 大和片道燃料のウソ。小林儀作が大和を沈めた
  資源還送で完敗した海軍 石油枯渇の実態
tokkou (航空特攻) 項目
 誰が航空特攻を主導したか 科学音痴海軍兵学校出身者
 海軍の戦争犯罪 源田 實は人命軽視の超国賊
 海軍の非人間性+戦争犯罪 大和水上特攻作戦と連携
 航空特攻 逃亡と無能な陸海エリートたち
 予備学生の墓場 元山航空隊司令青木泰三郎の経歴
 なぜ、今、戦争責任の検証か。渡邉恒雄
 渡邉恒雄(読売新聞・主筆)戦争犯罪組織と化した海軍
 取らぬ狸の皮算用人間魚雷回天特別攻撃隊
 回天搭乗員の戦死と投入潜水艦
 回天戦の実態 人間魚雷回天特別攻撃隊の悲しい戦果
 人間魚雷回天特別攻撃隊 誇大戦果はなぜ?
Weapons (兵器) 項目
エレクトロニクスで完敗した海軍。開発電探レーダー
空母建艦と戦機を逸したことで完敗した海軍
命中しない大和搭載主砲は犬の遠吠え思想だった。
艦上攻撃機天山・彗星 艦上爆撃機







一番酷使された駆逐艦陸軍参謀本部海軍主要軍人  天皇戦争責任
航空母艦は補助戦力レイテ沖海戦 戦犯水雷戦隊
太平洋戦争は航空機とレーダーと通信装置(システム)+輸送船団護衛。 この四つの装置(仕組み)での戦いであったと極言することが出来るような気がする。 その内前二つ、航空機とレーダーのガチンコ勝負の可能性があったのがマリアナ沖海戦だった。航空機は、天山、彗星という新鋭機が投入され、 見張用電探は大型艦で2基設置。航空機搭載用レーダーも実用化されている。 結果は惨敗である。 現場で何が起きていたのであろうか?。
Imperial Navy に内在していた問題は何だったのか Web サイト閲覧者の方も考えてみて下さい。 
ここで垣間見られた問題は 現在の我々に多くの示唆をあたえると思います。 よって、 日米両軍のハイテクノロジー運用戦となったマリアナ沖海戦に立ち入っています。 また、海上護衛の現場も垣間見ています。
人的戦力とは、個々の兵士の総和だと思います。日米ではその民度の開に大きな差がありました。 彼の国の兵士らは特別な訓練を施さなくても自動車が操れました。 ところが日本の若者はまったくこのような装置を操ることが出来ませんでした。 兵士という人的資源に関する見解は懸絶していました。 日本は使い捨て。かたや撃墜された航空兵は万難を排して救助の手だてを講じました。 戦艦大和に肉薄攻撃する米パイロットは勇敢でした。 死なない限り助けて貰えるという安心感がありました。 一例を挙げます。戦争末期ですが、呉を攻撃した艦載機が被弾し、光回天基地から徳山方面に進んだ周防灘で墜落しました。光基地から小艇を出し搭乗員を捕まえようと盛り上がりましたが、墜落地点の上空には米艦載機が旋回し手も足もだせません。その内米飛行艇が飛来し搭乗員を救助。飛び去りました。 内懐に墜落した搭乗員まで救助に駆けつけています。

 当Webサイトに掲載している兵器に関する(艦艇,砲,機銃,航空機等) specification 並びに組織は 公刊戦史、日本海軍史、日本海軍燃料史、徳山海軍燃料敞史や筆者(当Webサイト管理者)が信頼に足りると信じた資料や史料 から抜き出している。当然一人作業であり、戦史研究家でもなく誤記や誤謬があることを承知されたい。
なお、生存されている方、第31戦隊−第43駆逐隊旗艦「花月」山根眞樹生航海長や、第二水雷戦隊通信兵 佐藤義一氏(矢矧・露天甲板下第二通信室配置)などは直接取材した。 (2007/05/15〜07/10 取材)
 戦艦大和の沈没位置や駆逐艦霞の沈没位置など戦史叢書「沖縄方面海軍作戦」の記述はデタラメ?に近いでしょう。  どうせ緯度・経度を書いたとしても知識のない者が検証できる訳がないとたかをくくっている様にさえ見えます。時代は進んでデジタルマップで簡単に距離計測が可能になりました。
 ミッドウェイ海戦について作家の「澤地久枝」さんが『滄海よ眠れ ミッドウェイ海戦の生と死 毎日新聞社』や『記録ミッドウェイ海戦(昭和61年6月1日第1刷・(株)文藝春秋)』という大変な労作を著しています。 それを読むと公刊戦史が正しいのか??。となります。 お読みになっていない方はぜひご一読を!
 当初の意気込みは、誰も書かなかった戦艦大和を目指しましたが随分脱線しました。 最初は、1945年3月下旬から大和が沈没した 4月7日 までを調べるつもりでした。だが、 このテクノロジー音痴海軍はマリアナ沖海戦の延長にあることがハッキリと分かってきたのでした。  テク音痴は海軍揺籃期の明治維新にまでさかのぼるかも知れません。  なにしろ、幕府海軍の主軸をなした優秀な人物を全て機関科として、軍令承行権を与えませんでしたから。
艦艇の艦長など、出来るだけ姓名を記載しました。彼らの息吹を感じて欲しいからに他なりません。 連合艦隊の歴史は、そのまま失敗の歴史です。作戦上の失敗より、テクノロジー音痴だったような気がしています。 東郷平八郎指揮のロシア艦隊撃破の艦隊決戦を金科玉条に信奉した結果だったのではないでしょうか。  また彼らが構築した教育システムと内容を最高なものだと錯覚し、 兵器の研究開発に民間の参加を快しとしなかったことに尽きるような気もしています。 そして明治憲法の天皇統帥を盾に、人事権,予算配分,政策決定権を手中に収めました。天下の悪法治安維持法の下で、 批判を封じ込める恐怖政治に走りました。その延長に人間爆弾桜花や人間魚雷回天といった、 非人道兵器開発に血道をあげる結果に至ったのでしょう。
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