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| 1. 国家の戦争指導体制 |
国家の存亡を賭けて戦争を始めた以上、総力を挙げて戦争目的の達成に努力すべきであったが、
そこには、大きなネックが存在した。![]() 国家機能保持の行政組織は内閣に属したが、陸海軍が保有していた国家経営の根幹に係わる情報が 内閣総理大臣に伝達されることはなかった。 陸海軍は最終的に国家から浮き上がった存在に堕した。 国家に従属すべき軍隊が国家の運命を左右する独善的組織だったのだ。 *総理大臣は存在したが現憲法に制定されている首相の権限はない。すなわち各大臣を罷免する権限を有していない。陸海軍大臣は現役武官制であったから陸海軍に都合の悪い案件に反対し辞任すれば簡単に倒閣できた。 |
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(1) 1935年(昭和10年)に美濃部達吉の天皇機関説が排撃され、特に陸軍は教条主義的となり、
統帥権が統治権に優先する解釈を行った。更に翌1936年、二二六事件の衝撃は政治家に物言われぬ恐怖を与え、
軍人の恫喝と治安維持法による相乗効果で、軍部による政治支配体制が確立された。 (2) 陸海軍将星(大・中・少将)の任命は、天皇による御璽が必要だった。よって失敗の責任を問われない グウタラ人間集団と化した。 海軍の暗号書を紛失した人物が最後まで軍隊を統率した。まるで漫画にもならない軍人社会であった。 |
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1-1. 模倣国家の悲しさ 戦局を左右する航空機エンジン。中島飛行機が製造した「誉」エンジン開発は開戦1カ月前まで、米国カーチス・ライト社の 技術指導を受けていた。天然資源に乏しいこの国家は、明治維新以来科学技術で欧米依存の模倣国家であった。 陸軍の大陸政策により、米国との対立を深め、石油禁輸によりプッツン切れた海軍は、ドイツの技術に依拠しようとしたが、 ドイツ崩壊により、政略・戦略の大前提が崩れ去った。
1-2. 緊張感のない日本外交
1-3. 石油資源
1-4. 頭が固かった海軍 |
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そしてここが一番問題だが 目的を有する組織は論理的でなければならない。航海,砲術,水雷など個別ジャンルの教育・術力は当時の世界トップレベルにあったものと考えられるが、組織を動かす根幹に係わる部分は情緒的情動に支配されていたように思える。論理的・合理的なものが全く見えない。例えばミッドウェイ海戦。 二航艦の攻撃具申を潰した源田実航空参謀はその後も海軍の要職に座り続けた。司令長官南雲にしろ全く更迭されていない。 すなわち専門バカ(失礼だが)は育ったが経営者的能力の涵養は全くないがしろにしたとしか思えない。
1-5. 科学技術の立ち遅れ
1-6. 武功表彰の軽視
1-7. 占領と現地住民対策
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| 2. 救いようのない陸軍 |
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太平洋の戦いは意に反したのか両軍とも水陸両用作戦なる思想が欠落していた。
重要な戦機に統合部隊をつくる熱意も構想も芽生えなかった。 航空機が主戦力だった太平洋戦争で航空機製造機数も陸海軍の紛争の種だった。サイパンが陥落(1944/07)した後、陸海で 52,250機製造することが決まったが、 その内陸軍が27,120機,海軍が25,130機であった。
2-1. 水陸両用作戦思想の不在
2-2. 陸海軍統合部隊さえ出来なかった
2-3. 陸軍と米陸軍の相違
2-4 熱帯疾病・伝染病対策無知と欠如
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| 3. 救いようのない海軍 |
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3−1 大艦巨砲主義の亡霊 1904年(明治37年)2月に発生した日露戦争で戦いの大勢を決した日本海海戦(1905年5月27〜28日)が 大艦巨砲によってロシア海軍を撃滅したことで巨大戦艦病に取り憑かれてしまった。 戦艦の主砲を扱う砲術科に身を置いた士官は、蛸壺海軍内で多くの分野の要職に付くことと栄進が約束された。 この大艦巨砲も航空機が出現するまではそれなりの存在意義があったが、 開戦劈頭海軍航空部隊が戦場の主役となった後も、東郷元帥の末裔たちは、 航空機を撃ち落とす高角砲配置者を「鉄砲屋のクズ」と蔑んだ。 太平洋戦争では空母が海上戦力の中核をなしたが、瀬戸内に錨泊する場合も戦艦には防潜網を張り巡らし大切にされたが、空母にそのような処置がとられることはなかった。 米海軍は新型高速戦艦は副砲を取り外し、対空装備を強化し空母の護衛にまわしたが、日本海軍は床の間に飾ったままだった。 おそらく米海軍のような戦艦使用法だと反乱が発生したかも知れない。 ご免、書き忘れていた。マリアナ沖海戦から戦艦を空母の護衛もどきに配置した。 戦い終盤、この戦艦群は 臆病風に吹かれたのか、一番先に逃げていた。 なぜか新時代(征空能力)に対応した高速戦艦を建造しなかった。 詳しくは戦史叢書「マリアナ沖海戦」を読まれたし。 空母の護衛など戦艦屋のプライドが許さなかった。 米国と戦争しているのか、 蛸壺内で戦艦屋というステータスに固執しているのか訳の分からない組織に成り下がった。 開戦前に保有していた戦艦10隻と戦時中に完成した戦艦2隻も戦艦らしい戦いの場もなく8隻が沈められた。 結局敗戦時に4隻がスクラップ同然で海に浮かんでいた。結局太平洋戦争で一番働きの悪かったのが戦艦であった。 1位 駆逐艦174隻中 135隻喪失 損耗率 77.6% , 2位 巡洋艦47隻中 36隻喪失 損耗率 76.6% 3位 空母25隻中 19隻喪失 損耗率 76.% , 4位 戦艦12隻中 8隻喪失 損耗率 66.7% 主要艦艇損耗はこちら
3−2 空母航空隊を基地航空隊に使用した愚
3−3 航空行政の不手際
3−4 潜水艦用法の愚
3−5 海上輸送と護衛の軽視 |
| 遠隔地への輸送の齟齬 |
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山本五十六の逆鱗に触れた司令官田中頼三 南太平洋の戦闘で田中は水雷戦隊を率いて戦った。そして全ての海戦におおむね勝利を収めた。山本五十六の逆鱗に触れたのはルンガ沖夜戦(1942年11月30日)であった。輸送駆逐艦6隻+駆逐艦2隻にガタルカナル島への兵員と物資を満載して突入。重巡4を含む敵11隻と魚雷戦,砲戦を交えた。結果は味方駆逐艦1喪失。敵重巡1喪失。重巡3大破。しかし兵員,物資の揚陸は断念する。引き続き4日後田中に第二次ガ島物資輸送作戦を命ずる。 これも米機の襲撃で少量の物資を揚陸したに過ぎなかった。第三次,第四次輸送作戦も成果を挙げられなかった。 この駆逐艦物資輸送作戦は山本五十六が命じたが雌雄を決する海域での大所高所に立脚した総合的作戦計画の欠如が大きい。常に敵より劣勢な少数の駆逐艦を繰り出している。初回一気に大兵力で輸送作戦を行えば成功したであろう。またこの段階で制空権を失ったことも駆逐艦での物資輸送を困難ならしめている。 田中頼三は左遷され再び敗戦まで海上勤務つくことはなかつた。 同じく更迭左遷された人物に阿部弘毅中将がいる。彼の指揮した海戦で戦艦比叡を失う。艦長西田正雄は沈み行く艦から退艦したとして時の海軍大臣嶋田繁太郎海軍大将により、予備役に回された。嶋田繁太郎は東條英機の腰巾着(きんちゃく・財布)と呼ばれるほど主体性のない人物と伝えられている。 |
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3−6 軍令部と連合艦隊司令部の戦術・戦略的判断の蹉跌 1) 連合艦隊司令部に押し切られたミッドウェイ海戦。 大艦巨砲が太平洋の戦いを制するとの思惑により、 世界最優秀の空母艦載機と空母を失った。 先制航空攻撃のチャンスを源田 実(戦後空幕長を経て参議院議員)が潰した。彼の判断も責められるべきだが、 彼ごときに、航空攻撃の機会を聞く司令官・指揮官にも大問題があった。 この艦隊を率いた呆けどもは、重巡三隅の生存乗組員さえ 戦場に放置した。 それにひきかえ、米海軍はガッツ(闘志)の固まりであった。 2) ラバウルから遠く離れたガダルカナル島に進出したことは軽挙であった。 輸送力も補給力もない海軍は、敵を知らず、自らも知らなかった。 3) 判断の根拠が知りたい「軍令部作戦部長 中澤佑」マリアナにはいずれ来るでだろうが、6月に来るとは思わなかった。 その海戦で、前衛・第2艦隊,第1戦隊 大和・武蔵,第3戦隊 金剛・榛名,第5戦隊 妙高・羽黒, 第4戦隊 愛宕・高雄・摩耶・鳥海,第7戦隊 熊野・鈴谷・利根・筑摩。 さがれとの命令を受領するや韋駄天のごとく逃げ帰った。 対する機動部隊指揮官スプールアンスは、米艦載機の帰還が夜間になることで逡巡する部下に、空母が艦載機を追いかけろと命じた。 4) レイテ沖海戦。逃げの栗田・小柳コンビ。 必死の小澤艦隊が、米正規空母部隊を誘引し、 「我攻撃ヲ受ケツツアリ」の電文は到着しなかった。とほざいた。 その電文は日吉台(連合艦隊司令部)には届いている。 逃げたい一心で都合の悪いことは聞かなかったことにしたのであろう。 開戦劈頭世界最強の艦載機群を持っていた。 これら二十歳前後の搭乗員は、 海軍で「鉄砲屋の本命」とされた者以上によく戦った。 ソロモンで消耗し、フィリピン、沖縄で特攻として果てた。 彼らの献身にもかかわらず敗戦となったことは、 ひとえに司令官・指揮官に論理性・合理性がなかったことに尽きるだろう。 米国人も日本人も人智に大差があるとは思えない。 この論理性の無さがこの戦争は敗れるべくして敗れたと云えるではなかろうか。 |
| 海軍で | |
| 一 | 至誠に悖(もと)るなかりしか |
| 二 | 言行に恥ずるなかりしか |
| 三 | 努力に憾(うら)みなかりしか |
| 四 | 気力に欠くるなかりしか |
| 五 | 不精に亘るなかりしか |
| 少しばかり海軍の戦史や技術史を垣間見たが、前述一〜四まで、スポッと抜けていた海軍だった。 人間として越えてはならない一線を越え、戦後特攻に関して聞かれると黙して語らず、 最新技術の電探活用法を考えもせず、海戦では多く逃げ腰となり、沖縄水上特攻が決まるや、 生きていても仕方がないとつぶやくなど、五誓に恥ずる人間が海軍のリーダーらであった。 自分には甘く、下には厳しい欠陥人間組織が海軍兵学校の人間たちでもあった。 |
* 米国の戦争遂行組織
大統領(Roosevelt) |
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