倉敷暴動事件 隊結成当時の幹部
頁内 参照  隊幹部   第二奇兵隊発祥の寺 


 慶応元年(1865)2月周防東部の諸隊を糾合白井小助を総督として「南奇兵隊」 が結成された。
   (その実態は諸隊に対し藩政府は財政的援助をせず財政的に破綻していた。)
 当初本営は光市室積の専光寺に置かれたがやがて近くの普賢寺に本営を移した。
やがてここも隊員の訓練にそぐわないという理由で陰暦3月3日、大和町の石城 山山頂の神護寺に移る。さらに4月には奇兵隊総督の山内梅三郎が両隊兼務の総 督に就任し、このときから「第二奇兵隊」の呼称となる。
 余談だが幹部名簿の第三小隊長に土佐藩の「石田英吉」の名が見えるが彼こそ は天誅組の生き残りである。やがて彼は第二次長州戦争の小倉口の闘いで長州藩 「ユニオン号」の砲手長として参戦。この歴戦の勇士は天寿を全うする。この当時、 大島郡久賀村畑能庄の楢崎剛十郎宅近くに潜伏していたと思える。また立石孫一郎 は、光市小周防の真行寺に潜伏していた。
 
記録記載隊員名簿はこちら
 
役 職 名   姓  名
備          考
総   督白井小助浦備後家来(陪臣)
軍   監 世良修蔵浦備後家来(陪臣)大島郡椋野村庄屋
軍監兼書記大洲鉄然大島郡久賀覚法寺住職
書   記 楢崎剛十郎平生大野毛利隠岐家来(陪臣)
書   記 山県源吾児玉若狭家来(陪臣)
書   記小方謙九郎上関宰判室津 松岡源蔵支配(農民)
書   記 田村探道大島郡三蒲村 徳正寺(僧侶)
輜 重 方 三国管嶺大島郡小松村 妙善寺(僧侶)
器 械 方 伊藤三助(亮)児玉主税家来(陪臣)
第一銃隊長 松宮相良平生大野毛利隠岐家来(陪臣)
   隊尾引頭兵吉光市立野清水美作家来(陪臣)
第二銃隊長 松村五六郎浦備後家来(陪臣)
隊尾兼応接方立石孫一郎作州浪士
第一小隊長 大伴三郎膳所藩(浪士)
   隊尾 芥川雅輔浦備後家来(陪臣)
第二小隊長 国行雛次郎浦備後家来(陪臣)
   隊尾 牧沢武雄児玉主税家来(陪臣)
第三小隊長 石田英吉土佐藩(※天誅組生き残り)
   隊尾 岡 犖三上関宰判阿月(不祥)
第四小隊長櫛部坂太郎大島郡伊保田浄専寺長男(僧侶)
   隊尾 戸倉勝蔵(不祥)
第五小隊長 景山 桂因州藩士(浪士)
   隊尾 (不明) 
大炮 隊長 坂田直亮浦備後家来(陪臣)
  司令士
隊務補佐
芥川義天上関宰判阿月円覚寺(僧侶)
霹靂 隊長 赤禰謙次浦備後家来(陪臣)
   隊尾 堀江芳介浦備後家来(陪臣)
本 陣 詰 林 隼之助平生大野毛利隠岐家来(陪臣)
  〃   渡辺寛次児玉主税家来(陪臣)
  〃   宮本耕助熊毛宰判
  〃   兼崎勇治熊毛宰判
会 計 方 土井英作周防三田尻
  〃   原田又助熊毛宰判室積村
  〃   荒木田太助熊毛宰判室積村

印は倉敷暴動事件と呼称されるこの事件の幹部脱隊者。
 この幹部名簿は、芥川義天の日記による。
 各市町村史はおおむねこの義天の日記に依拠している。
  注 霹靂とは(地雷火)
 「晴天の霹靂」の霹靂である。地面がいきなり爆発するので 爆発に遭遇した当人にとっては文字通り晴天の霹靂であった。すなわち現在の 「地雷」である。当時は踏圧式の信管は開発されておらず導火線の長さで爆発のタイミングを図った ものと思われる。
今回の倉敷事件でも岡山県総社市の浅尾藩陣屋でも要所に 「地雷火」を埋め 諸藩の攻撃に備えたと岡山藩軍に逮捕された西岡龍太は供述している。
山縣源吾の兄は大楽源太郎(山口県防府市台道出身・月性の門下生・忠憤隊結成幹部)である。後に兄とともに久留米で斬殺される。
 
 光市室積 専光寺(発祥の地 真武隊)  光市室積 普賢寺(転陣の地 南奇兵隊)
光市室積 専光寺(発祥の地 真武隊) 光市室積 普賢寺(転陣の地 南奇兵隊)


◎印は石碑が残る。
 白井小助  平生町田布路木
 楢崎剛一郎 大島郡久賀町
 小方謙九郎 上関町室津
 立石孫一郎 光市島田川畔(島田側)
○印は撰文が残る。
 大洲鉄然  大島郡久賀町(倉敷暴動の碑) この碑には暴徒御処置一件に記されている以外の人名がある。
◇印は「義天履歴書」なる日記を残した。これによって当時を知ることができる。
隊員の出身地についての概観
現柳井市阿月 萩藩寄組 浦家臣団
現平生町 毛利一門 大野毛利家臣団
現光市小周防 萩藩寄組 清水家臣団
山口県東部 浄土真宗系僧侶およびその関係者
   〃     大島郡一円の青年
   〃     奥山代といわれた地域(本郷村周辺)の青年
   〃     現光市小周防周辺の青年
   〃     現下松市北部地域の青年
記録でみる限り長門部(西部)の隊員は2名しかいない。
脱隊事件(倉敷騒動)について「浦家臣団」は1名も含まれていない。 脱隊事件当時軍監だった世良修蔵は除隊処分を受け主家浦滋之助以下数名逼塞、蟄居、主家預の処分を受けていた。

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