Webmaster's Note
映画なんか観てみた。
2004年7月18日(日):「LIVE FOREVER」(2002年イギリス)@渋谷シネマライズ
昔の職場の同僚と飲むために上京した際、いいタイミングで上映されていたので渋谷まで足を伸ばしてみた。タイトルから分かるかもしれないが、90年代に英国音楽界で起こった「ブリットポップ」というムーヴメントを題材にした映画である。ファクトリーレーベルを扱った映画「24 Hour Party People」とは異なり、当時の映像や当事者たちのインタビュー等で構成された全くのドキュメンタリー映画となっているのが特徴かな。
インタビューに答えているのはオアシスのリアムとノエル、ブラーのデーモンに、パルプのジャーヴィス、マッシヴアタックの3D、そして元スリーパーのルイーズ。あとは音楽評論家やなぜかオアシスのカヴァーバンドWonderwallのメンバーなど。ブリットポップ喧騒で一番ダメージを受けたのはデーモンだったのか、と疲れきったデーモンの表情を観て考えたりした。あのムーヴメントはなしにしようという世間の風潮もあってか、この映画は全体的にほろ苦い、敗北感漂う映画である。
ブリットポップによる英国音楽界の盛り上がり、それが政治へも波及し労働党の勝利を生む。政治については労働党の勝利以降のことは描かれていないが、ブリットポップの終焉そしてアイドルポップの乱造という現状を描く。それを冷静に分析するのがルイーズだったりするのが興味深い。3Dはあくまで傍観者だ。そんな中全体を覆う沈鬱な雰囲気をものともしない男、リアム・ギャラガーの存在が頼もしい。こいつだけは何も変わっていない、そう思えて気持ちが軽くなる。この先オアシスがよくなるなんてこと考えられないけど、リアムの阿呆さ加減には笑わせてもらった。
インタビューと当時の映像を交え、ロンドンのコルチェスターやマンチェスター、夜のブリストルなどの映像を効果的に挟みながら、小気味よく映画は進む。ファッションや政治にまで波及したブリットポップというムーヴメントを、その当事者たちが自分たちの言葉で語るのは非常に興味深い。
はっきり言ってしまえば、ブリットポップに興味がない(体験していない)人にとって面白い映画ではない。知っていたとしても特に新たな発見があるわけでもない。しかし、当事者たちの口から発せられる言葉は説得力があり重い(リアムを除く)。音楽的にはどうあれ、一つの時代を作ったということを改めて証明してくれる貴重なドキュメンタリー映画だと思う。懐かしい映像や曲の数々に、恥ずかしいけどちょっと泣きそうでした。
ついでと言ってはなんですが、ちょっと前に観ていた映画についても少々。
2004年5月28日(金):「真珠の首飾りの少女」(2003年イギリス・ルクセンブルグ)@シネ・リーブル博多駅
17世紀の伝説的な画家フェルメールの絵画「真珠の首飾りの少女」を題材とした映画。フェルメール家に奉公に出されたグリートの、フェルメール家での生活を描いた作品である。フェルメールとグリートとの間には深い溝があり、それを超えることはないが、2人は家族に疎まれながらも「絵画」を通じて親密になっていく。このことが特に妻にとっては苛立たしかったのだろう、フェルメールに言わせれば彼女は彼の絵画を理解できないのだから。実際、終盤にこの「真珠の首飾りの少女」の絵を巡って妻と口論になった際、フェルメールはそのように答えている。
数ヶ月(もしくは1年くらい?)の出来事を台詞も少な目に淡々と描く。しかし、そこにはそれぞれの登場人物の立場の違いなど、常に緊張感が張り詰めておりそれが画面から伝わってくる。その緊張感が最高潮に達したのが、先にも書いた「真珠の首飾りの少女」の絵を巡っての口論だ。また、それぞれの登場人物も印象的で、特にグリート(スカーレット・ヨハンソン)は台詞が少ないにも関わらずその存在感は抜きん出ていた。ストーリーに過剰な盛り上がりや演出はないが、この映画が持つ独特の空気に引き込まれ、1時間40分があっという間に過ぎていった。
少々粗く冷たい質感をもち光と影を巧みに使った映像は、ときに絵画のようにも映り、個人的には非常に好みの映像だった。初期オアシスのジャケット(特に「Some Might Say」)の美しさに通じるものがあると思ったのは自分だけでしょうか。ついでに言えば、フェルメールがエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムズに見えたのはこれまた僕だけでしょうか?
2002年4月26日:メンズウェア(泣)
この日はWits(z)Night。今回は金曜日開催ということで、一応まっとうな社会人である僕としては、今回一人の客として参加してきました。場所はいつもの阿佐ヶ谷ではなく渋谷のEdge EndというDJバーのようなところ。ゆったり座れる椅子とテーブルがあって、踊ろうと思えばスペースもあるけど、スーツ姿の僕はまったり飲みながら音楽鑑賞と相成りました。L⇔Rやスパイラル・ライフのビデオに目をやりつつ、皆とわいわいやりながら音楽を楽しむ結構贅沢な時間でした。

見づらいけど、左からブルートーンズ,メンズウェアのサインというか落書き
このバーには来日したアーティストも訪れるのか、ブルートーンズやメンズウェア(号泣)のサインなどが壁に書かれていた。本物かどうかは分からんけど、わざわざ嘘ついて名乗るほどのアーティストではないだろうしなぁ。他にもアウト・オブ・マイ・ヘアーやTFCもありました。
イベント後は軽く飯食って帰宅。しかし、帰るときの山の手線が地獄!金曜日深夜の山の手線があんなに混雑してるとは、東京の怖さを改めて感じました。1週間前に買ったばかりのスーツがヨレヨレになりました・・・・。
2001年9月24日(祝),25日(火):湯布院〜久住小旅行
最初は阿蘇に行く予定だったのだが、ちょっと趣向を変えて久住高原に出かけることにした。レゾネイト久住という宿泊施設が結構いいらしいのでそこを目指す(勿論予約はしてあります)。大分自動車道を通っていくので「どうせなら湯布院にもちょっと寄って行こう」と湯布院インターで降りる。 去年の6月(このときは職場の皆で来たんだよなぁ、あの頃はよかった・・・)以来の湯布院はまた微妙に変貌を遂げていた。新しく小奇麗な店が増えている。ざる豆腐とカレーが美味い「貧乏な貴族」がなんと新しく綺麗になっており、更には2号店までできていたのには驚くとともにちょっと寂しくなった。入らなかったけどちょっと雰囲気が変わってしまったような気がした。

霧の金鱗湖
車がすれ違うのにも苦労する狭い路を人が行き交う。いっそ歩行者専用だったらいいのにと思うけど、そりゃここで生活してる人だっているんだから無理な話なんだろう。でも有名になりすぎてちょっと飽和状態っていう気がしないでもない。ゆっくり過ごすのが辛くなってきてるかなぁとまたちょっと切なくなる。最近感傷的だ。
ここではお昼に洋食と、豆腐ソフトを食べただけで温泉もなし。それでもほぼ街中を一周して結構時間を食ってしまった。
暗くなる前に着かないと絶対に迷う!と自身満々の僕らは、まだ日も高いうちに由布院を後にする。だがしかし、当然のように迷ってしまったんだねこれが。またもいつのまにか本線を外れて違う道をひたすら走っていることに気付いたときは既に遅し。しかし、地図を確認してみると結果的には近道になっていた。ここらへんやはり日ごろの行いのよさでしょう、絶対に。Jesus On My Side!

こんなとこに泊まりました
レゾネイト久住は各部屋がログハウスのようになっており、間接照明とも相まって安らぎを感じる作りになっている。僕らが泊まったのは平日プランということで夕食朝食込みで一人1万3千円也。(休日はこれより高くはなるけど)こりゃお得。
夕食は豊後牛をメインとした洋食で、一緒に飲んだ地ビールもなかなかの美味しさだった。食後はお風呂でゆっくりと疲れをとって、館内をぶらついたりなどしつつゆったりと過ごす。レストランではピアノとフルートのコンサートも開かれ、人数制限があったので中で聴けなかったのが残念。しかし、外に漏れてくる音だけでも結構な気分になれたけど。
ここではテレビを見ようとは思わなかった。静かに過ごせることの贅沢さを改めて実感できた。
翌朝は貸切の露天風呂で朝風呂を浴び、バイキングスタイルの朝食をとり、久住を後にした。久住高原自体では観光らしきものをしなかったが、そんなことする必要もない時間を過ごせたと思う。
・・・・・・ただ、僕にはやっぱりナビが必要だと思いました。
2001年7月22日:B'z(泣)
3連休の終わり、福岡では世界水泳が行われており知人が水球のスタッフをやっているというので観戦に出かけた。イアン・ソープや寺川綾が観たかった!との本音はこの際忘れましょう。会場は博多の森のテニスコート。思いっきり屋外だ、暑いぞ・・・・。

水球は格闘技だ!これじゃいまいち伝わらんか。
正直水球の試合を観るのは初めてだ。知識なんて吉川晃司が水球やってたということくらい。しかし結構面白かったです。あたりが激しく「ウッ」という呻き声が聞えてくる(が、これはファウルをもらうためという話もあるらしい)
上手いチームはボールが手に吸い付くようにパスが繋がり、鋭いシュートを放ち、ディフェンスもすごく堅い。日本のメディアももっとこういうスポーツをちゃんと取り上げるべきじゃないのかなぁ。ちゃんと取り上げてやれば盛り上がると思うんだけど、日本が勝たないと無理なのかな?お客さんも多くなかったしなぁ。
それと、ゴールが決まったときにB'z“Ultra Soul”のサビを流すのはちょっと勘弁して欲しかったかも。合間のBGMもすべてB'z。暑さに加えて、そんな地獄が待ち受けてるとは思いもしませんでした。
2001年5月4日(金):男3人ぶらり旅〜関さば・温泉紀行〜
この日はひょんなことから決まった「大分へ関さばを食いに行こう」ツアーの日である。たいした計画も立てず僕らは7時半に福岡を出発する。
九州自動車道から大分自動車道へと進み、さほど渋滞もなくスムーズに車は流れる。しかし、事件は起こった。前方を走る「RUNTEC」のトラックを追い越そうとアクセルを吹かす、併走して抜こうとするときに車線が1車線に!(ちゃんと車線減少の警告はありました・・・・)急ブレーキをかけてなんとか難を逃れ事なきを得た。危うく後部座席からホットコーヒーの雨を受けるところでした・・・・。
サービスエリアにて大分県の観光案内を確認して「佐賀関」までいけば関さば・関あじが食べられることが判明。佐賀関は半島の先の島みたいになってるところで、四国までのフェリー(70分)も出てるらしい。とりあえず車で辺りを散策してみるが、道はどんどん狭くなっていき遂には対向車とすれ違うのも難しいくらいの道。「落石注意」なんて看板も見られ嫌な予感がする。まあ幸い事故らずに済んだんだけど、結局佐賀関を1周してしまっても美味しい関さばが食べれそうな店を見つけることが出来なかった。というわけでもう一度、今度は別の道を行ってみる・・・・が、ついたのは海、豊後水道だろうか。潮風が気持ちいい・・・・。
気を取り直してUターン。とりあえずは中心地だと思われるところに車を停めてあたりを散策し、適当なお店に入った。関さば定食(2000円)と関あじのお造り(3000円)を注文、これまた豪華な昼食になった。なぜか僕の定食の煮魚とお吸い物は頭が入ってました。美味しい部分なんだろうけどちょっと納得いかなかったのは何故でしょう?
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と、お昼に既に当初の目的を達成してしまった僕らは、「大分といえば温泉だ!」とばかりに温泉を目指すことを決意。「男3人湯煙旅情」編突入。綺麗どころが欲しいところではあるがこれは今更何を言っても致し方のないところだ。由布院に行っても良かったのだが、人が多いだろうと判断して別府へ行くことに。目標は「温泉10コ制覇」である。
昔は栄華を誇った温泉街別府も今となってはかなり寂れてしまっているようだ。僕も若者の行くところじゃないよね、と内心小馬鹿にしていたのだが、この昔ながらの温泉街というのもなかなかいいものである。
僕らはまた迷った挙げ句あちこちから湯煙が立ち上る温泉街「鉄輪温泉」に立ち寄ってみた。
(左)1軒目:公衆浴場「渋の湯」
1軒目は公衆浴場「渋の湯」で入浴料はなんとタダ。ごく普通の銭湯みたいなもんだがやはり気持ちのいいものである。風呂の窓からは外の坂道が見え、友人は通行人と目が合ったそうだ。
(右)2軒目:温泉宿「まつや別館」
2軒目も鉄輪温泉で今度は幾分立派な宿の温泉を利用「まつや別館」。300円也。なぜか家族湯に通され、男3人ちょっと狭い家族湯で親交を深めたのでした。入浴中の写真もあるのだが嫌がらせ以外の何物でもないのでここには載せません。希望の方はメールで言っていただければこっそり送りましょう。結構お湯が熱かったのでたぶん15分もいなかったんじゃないかな?出るとき宿の人に「あら早いですねえ」と言われてしまいました。
この二つの温泉は結構さらりとしたお湯で、気持ちいいのだがどうせ別府に来たなら硫黄の匂いがいかにも!といった温泉にも入りたくなってしまう。というわけで明礬温泉へと僕らは車を走らせた。さすがに硫黄の匂いが強烈である。これぞ温泉!
「明礬 山の湯」硫黄の匂いが立ち込める。
ここもお湯自体は透き通っており、そこまで強烈ではなかったのがちょっと残念でもある。しかし硫黄泉だというのははっきりと分かる匂いでいい湯でした。いやあ、お風呂に入るのって結構疲れるんだね(僕だけか?)、何故か足に来てしまいちょっとふらついたりもする。このまま寝たら気持ちよく眠れるだろうに・・・・。
結局制覇できたのは温泉3つ。不甲斐ない結果だが次回に楽しみを残しておこう。別府温泉もなかなかいいものだな、と考えを改めました。
さて、これから福岡へ帰還である。僕は運転しないので楽といえば楽なのだが、運転手は辛かったと思う。お疲れさまです、ほんと感謝してます。
帰りは途中まで一般道を通っていくことにし、途中湯布院などを通過(凄い渋滞だった)しながら210号線をひた走る。対向車線は随分な渋滞。「可哀相だね〜」なんて言いながら僕らは順調に進んでいるはずだった。しかし、そんな気分に水を差すような案内板が目に入る。「阿蘇○○km」・・・・あれ?210号線は久留米へ向かうはずで阿蘇なんかに通じてるはずがないのである。途中で気付かないうちに210号線から外れていたのだ。車を停めて地図と睨み合いながらどうやって復帰するかを考える。こんなトラブルのときってちょっと楽しかったりするんだよね。運転手はさすがに凹んでおりましたが。
とりあえず210号線に復帰するルートをたどることにし、腹が減ったので途中にあった土産物屋に立ち寄る。が、19時で閉店とのことで飯にはありつけなかった。なんともついていないというか・・・・。近くに滝もあったが暗くてあまり見えない。とほほ・・・・。
(左)閉店後の土産物屋。ついてないねぇ
(右)滝へと消える男。早まっちゃいかん!
結局福岡に着いたのが21時過ぎ。運転手は本当に疲れただろうと思う。ここでもう一度「ありがとう」とお礼を述べておこう。皆様お疲れさまでした。
2001年5月1日:長崎ペンギン水族館
この日は長崎までペンギンを見に行くのだ。何故ペンギン?理由は聞くな。そこにペンギンがいるからさ。
しかし、この日も曇り空。この連休、まだ晴れの日はやってこない。他の人が働いているときにペンギン見に行ってる罰だろうか?
この「長崎ペンギン水族館」は以前は確か長崎市の水族館でそのときからペンギンは多かったらしいのだが、一度閉館になってしまい、今年「長崎ペンギン水族館」としてリニューアルオープンしたのだ。ペンギンファン(?)の間では結構話題らしい(知人談)。
呆けてペンギンを観る男のいる風景
前に宮島水族館@広島で見たペンギンは力なく悲壮感が漂い思わず涙を誘ったのだが、ここのペンギンは元気だ。泳いでる姿は地上でよたよたしているペンギンと同じ生き物とは思えないスピードで華麗に泳ぎ回っている。地上に戻ればやっぱりどこかとぼけたペンギンたちがいる。イワトビペンギン、ジェンツーペンギン、キングペンギン等々。餌の時間は飼育員のおねーさんの後ろをしつこいくらいについて回る。そんな中ジェンツーペンギンは置いたままにしてあるバケツの中から魚を失敬。こいつなかなかやるな・・・・。
屋外にもフンボルトペンギンなどがいるが、色の鮮やかさなどは室内のペンギンに比べるべくもなくかなり地味である。ジャイアントパンダに対するレッサーパンダみたいなもんか?
【ペンギンギャラリー】
左から順に、イワトビペンギン、キングペンギン、ジェンツーペンギン
土日だったらキングペンギンのパレードが見れたそうです。ジェンツーペンギンはバケツから餌を盗む瞬間、ヤツらは元気です。
とまあ十分すぎるくらいペンギンを堪能した後、僕らは市内観光(グラバー園とかね)なんぞには目もくれず長崎を後にした。
帰りは結構雨が降り、やはり長崎は今日も雨だった。僕らは福岡に戻って久々のラーメンを食い、今回の帰省の目標をまた一つ達成して満足するのであった・・・・。
2001年1月8日:印象派展〜フランスからアメリカへ〜(@熊本県立美術館)
1月8日、3連休も終わろうとしているのに何もせずだらだらしていてはいかん!ということで、以前から計画だけはしていた「ニューヨーク・ブルックリン美術館所蔵印象派展−フランスからアメリカへ−」を観るために熊本県立美術館へと出かけた。電車を乗り継ぐこと1時間半弱で上熊本駅に到着、そして日頃の運動不足を解消すべく歩いて美術館を目指すことにした。熊本城の堀の中にあるのだが結構回り道をしてしまい、40分ほどかかってしまったがようやく美術館にたどり着いた。
入ると結構な人だかりが出来ていたが、これはボランティアの解説を聞くために集まっているだけで、解説が不要だと思えば自由にわりとゆとりを持って観ることが出来た。印象派以前のバルビゾン派や写実主義の作品がまず紹介されており、これらの作品はなるほど緻密な構成・色使いが素晴らしい。サロンで賞賛される類の保守的な作品と言えばそれまでかもしれない。こういった作品が主流だった時代に「印象派」が出てきたのは衝撃的な事件だったのだろうと思う。それまでの価値観を破壊する過激な存在だったのではないかという気もする。
続いてフランスの印象派たちの作品が展示されているのだが、ここがこの展覧会のメインだろう。米国の美術館の展覧会であり、タイトルにも「アメリカ」と入っているように、アメリカの印象派作品も数多く展示されているのだが、僕が惹かれたのはやはりフランスの作家たちだった。モネ,ルノワール,マネ,ドガ,シスレー,ピサロ等名前を聞いただけでため息が出そうだ。それぞれ2,3作品の展示に留まっていたが、数は少ないながらもやはり独特の雰囲気を感じる。
「印象派」と一括りにされているが、それぞれ作風は様々だ。丁寧に色が重ねられ静かに時間が流れるようなモネの作品。柔らかく暖かいルノワール、淡いピサロ、風の動きを感じさせるような筆の動きが印象的なシスレーの作品、と。印象派以前の作品、特に宗教画などは筆跡を残さないつるっとした仕上がりであるのに対し、彼らの作品はあるときは故意に筆跡を残し、対象の一瞬を捕らえるかのように筆を走らせる。写真のように止まった構図ではなく、それは時間の流れも感じさせるような曖昧な輪郭を持つ。ポーズをとった対象ではなく、あくまで自然な姿を描くために彼らは主に戸外での創作活動に励む。多くの作品は、戸外ならではの明るい光と色彩の輝き(チラシのまんまです・・・・)に包まれている。
全体的にぼんやりしたような淡い色合いで、対象はぼやけている。これはヨーロッパの空気感もあるのだろうか、アメリカ印象派たちの場合は比較的はっきりした絵が多い。アメリカでも淡い色合いを持った絵はあるが、その場合はモネに似ていたり、まんまルノワールだったりする。それはフランス印象派の影響の大きさだろう。
今回の展示作品の中で、僕のお気に入りはピサロの2作品。両方とも緑が映える絵で、対象を絞るのではなく全体をそのまま捉えたかのような構図、そして色の重なりと筆の筆跡の変化が絶妙だ。特に「レルミタージュの坂道、ポントワーズ」の、遠近感・構図が特に印象に残った。
この展覧会だけで印象派の全てが観れたわけではないだろうが、美術史の流れを感じさせてくれる素敵な作品たちを観ることが出来て、僕は非常に満足した。熊本まで来た甲斐があったというものだね。
その後ポストカードを数枚購入した後、熊本城近くの「加藤神社」で遅い初詣を済ませ(ちなみにおみくじは「吉」)、非常に満足して帰路につく・・・わけがなかった。当然のように熊本でも中古CDを漁り、The Auteurs「New Wave」を捕獲。そこでようやく、僕は帰路についたのである。めでたし、めでたし♪
(7.May.2004)