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不都合な真実 |
追記
私は、中学校へコンピュータが導入されることに反対していたわけではない。しかし結果として最後まで反対し続けた。結果のみが大切で、過程が話し合われることなかった。当然、賛成
が反対をうわまわる結果になった。
今、私は、自信をもって以下の文面を追記する。
学校への導入が決まった、コンピュータはWindowsマシンの原型となったMS-DOSを言語とするPCであった。
当時、日本ではこのPC を独自のPCへと育て上げるため、数社でシェアーを奪い合う状態であった。当然、基本部分を除き規格はまちまちでソフトに互換性はなかった。
生徒が、このコンピュータを使いこなすには暗黒の世界に向かって、呪いのような呪文を英語で唱えないと、絵や文字をかくためのソフトすら起動できなかった。



多くの生徒や、教員までもが、本質ではない、この呪文のため精神までも、ずたずたに切り裂かれた。
当時、アメリカでは、すでにコンピュータが社会の中核をにない始め、日本においてもコンピュータ操作のための人材育成は急務に。
私は、“人間が機械に歩み寄る必要はなく、機械の方が、必ず人間に歩み寄ってくる。”と信じていた。
実際、これ以降、コンピュータが組み込まれた機械はインターフェイスの改良などで人間にやさしく近づいてきた。
アップルがMacを道具としてつくりあげたことの正しさが証明された瞬間である。
教育現場では暗黒のマシンが支配しつづけた。まさに「1984」に描かれた世界が現実になった。
アメリカの教育現場でも混乱が生じていた!

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