2002.12.14
楽しかった高校生との「第九」〜“第2回みえユースコーラスフェスティバル”
2002年、12月21日、三重県合唱連盟主催の“第2回みえユースコーラスフェスティバル”が催され、その第2部『高校生の“第九”』では、指揮の重責を果たすことができました。関係の方々、聴衆の皆様にお礼申し上げたいと思います。
高校生だけで「第九」を演奏するというのは珍しいのではないでしょうか。今回は、4人のソロも指揮も、高校の合唱部の顧問です。そしてピアノ2台での演奏です。
実は、本番前日。それまでの高校生たちの練習での歌声に、「これはやばい!」と感じた4人のソリストの先生方が、急遽、集まって夜遅くまで練習をしたという事実がありました。勿論私も駆けつけ、ピアノの先生方と計7人で舞台練習をしました。それほどまでに、高校生たちのパワーあふれる練習でした。
さて、ゲネプロ。ステージに所狭しと並ぶ高校生たち。男声パートの中には、顧問の先生やOB有志の方々もちらほら。合わせて280名(数えたわけではありませんが)の歌う意思が一つになって、相変わらずエネルギッシュです。高校生たちの目がギラギラしています。残響が美しくホールに響きます。倍音もよくなっています。私は、そういった現象を丁寧に説明し、耳を働かすことでサウンドを整えようと試みました。少し声の出し方を工夫するだけで見違える程に倍音が鳴ります。課題だったPPの高音も、倍音を聴きながらきれいに決めてくれます。私はつくづく、高校生の成長と可能性を感じ、感動しました。やればやるほど何かが生み出されてきます。もっともっと、楽しい練習を彼らとしたかったですが、ゲネプロに与えられた時間にも限りがあります。
最後は、通し練習です。7分近い合唱が出てくるまでの部分は、演奏しながら解説しました。1〜3楽章のさわりの部分の登場と、続いて出てくるそれを打ち消すコントラバスの役割を。“歓喜の合唱”のテーマが単旋律で出てきて、その後旋律の絡みが増えていく部分では、意思を同じくする仲間が増えていくイメージを。これによって、長い前奏部分を高校生たちは意味あるものとして受け止めてくれると確信したからです。
本番は、その確信が見事すぎるほど当たりました。最初の『フロイデ』と歌うベースの力強かったこと。7分近くの前奏の間に、彼らが音楽的な気持ちの高まりを形成していた証拠です。初めて交響曲に人間の声を入れたベートーベン。「楽器では表現しきれなく、肉声を用いるしかなかった!」と作曲者本人が語ったという本質を、第一声で見事に表現してくれたのです。
その後は、どのパートもすごい勢いでした。私も負けじと汗びっしょりで指揮します。ソリストもいいアンサンブルです。平和への強い希求と、全世界の人々がお互いを尊重しようというシラーの理想をまっすくに聴衆の心に訴えかける演奏でした。あっという間に最後まで。本当にあっという間でした。
最後の解散会で、「楽しかった人、手を上げて」と私が尋ねると、全員がさっと手を上げてくれました。同時に「疲れたー」と正直です。私は彼らに、「私もいい勉強になりました。みんなの演奏は、ここがヨーロッパであっても堂々と聴衆の感動を呼ぶものでした。世界に通用する自信を持って次の時代を作っていきましょう。」と熱く。彼らの得たものは、将来どういう形で生きてくるのでしょうか。
翌日(12月22日)の中日新聞の『中日春秋』を読まれた方も多いと思います。私が高校生との練習で語ったことと同じことが書かれていてうれしかったです。今、日本中で「第九」を練習されている方々、聴きに行かれる方々が共通の想いを抱かれているならば、「第九」の意義はすばらしく大きなものですね。
「第2回 みえユースコーラスフェスティバル」
2002年12月21日:三重県文化会館大ホール
曲目・・・・・ベートーヴェン:交響曲第9番第4楽章
独唱・・・・・椋倉千尋、加藤あかね、小林正美、坂本研太
ピアノ・・・・・長田真紀子、小松ルカ
合唱・・・・・三重県高等学校合唱連盟
指揮・・・・・向井正雄
2003.1.7
三重大学合唱団の練習〜客演指揮者として・OBとして
2002年度、私は、三重大学合唱団と、音楽トレーナーと客演指揮者を兼ねてお付き合いすることになり、1月18日の定期演奏会に向かって、彼らとの練習に取り組んでいます。
音楽トレーナーとして
ヴォイストレーナー、ハーモニートレーナー、音楽トレーナーと名前を変えながら、私が卒業してからほとんどの年月、三重大学合唱団の練習場に足を運んでアドバイスをしていたような気がします。私もその間成長しましたし、合唱団としても向上への道筋となり、概ねいい関係で来たような気がします。
“概ね”と述べたのは、まず、指導の限界があげられます。月1回の指導で、普段は学生だけの練習ですから(コンクールも学生たちだけで取り組んでいます)、なかなか継続が難しく、こちらも切れ切れの指導となってしまいます。アドバイス程度で「ハイ、後は自分たちでがんばって・・」という立場に、自分自身「これでは足りないよなあ」とため息をついて帰ってくることも多かったのです。また、年によっては、スタッフのヴィジョンに同意できず、始めからお断りしたこともありました。にも関わらず毎年声がかかるのは、やはり学生たちの「伸びたい」「吸収したい」という気持ちの表れなのでしょうね。
客演指揮者として
そんな中、今年10月からは指揮者としてのお付き合いです。曲は、ラター作曲の「マニフィカト」。宗教曲でありながら、リズムもハーモニーも若者の心をくすぐるような楽しい曲。そして、合唱に欠かせないラテン語や宗教的な知識も教えられます。きっと楽しく練習できるのではないかと思って選びました。
昨日は合宿にお邪魔し、1時から8時まで、汗びっしょりで練習しました。学生たちもノリノリで歌えるところまで来ました。音楽的な要求もレベルアップ。「楽譜の裏(隙間)を解釈して表現しよう!」「聴きあって自らバランスを!」「指揮を見て言葉にできない表現を見出して!」と。
やはり、私の持っているものが発揮できるのは指揮ですね。曲への彼らの取り組みがガラッと変わってきました。休憩中もうれしそうにはしゃいでいます。楽しい時間を共有しあうことで、彼らが迷路からの抜け道を発見できれば、私の関わりがいがあるということになりますものね。
来年度以降にも期待を込めて
彼らを一言でいうなら、素直な声、歌好き、仲のよさ・・・・と言ったところでしょうか。課題を言えば、音楽のスタンダードに向かって、未知なる表現への食いつき、殻を破っていく思い切り、細やかな感情の表出と技術の習得でしょう。いっぺんに変えていくには難しいものがありますが、先のことを考えながら学生たちの葛藤を呼び起こしたものです。
自分たちの枠の中だけで小さくまとまってしまわないように援助したいと思います。一人二人と、外からの刺激を受けようとするメンバーも増えてきていることは喜ばしい現状です。そのメンバーたちが三重大学合唱団でのびのびと自分を発揮できることが大切でしょう。そのことで“全体”が上がっていけば、音楽する喜びをより多く実感できる仲間になれますから。
大学合唱団の陥りやすいのは、安易な“楽しさ”を求めて、音楽の向上を二の次に活動してしまうことでしょう。そうならないためにも、外部からのきちんとした刺激や見本、そして、いいイベントへの参加を促して行きたいと思います。
そして、最後は信頼関係ですね。頭だけでものを考えやすい年頃。しかし、音楽はそれほど簡単ではありません。「信じてやってみよう」というエネルギーが必要なのです。私の汗をかきながらの営みが、たくさんのメンバーの目の色を変えての歌いっぷりが、次の年度の活動を殻を破った真の楽しいものにしていく推進力になっていけばいいなあと、いつになく期待している私です。
もちろん、まずは定期演奏会。尻上がりに良くなってきましたから、いいステージになることでしょう。成長著しい三重大学合唱団をぜひ、お聴きください。そして、ご感想をお願いします。
2003.1.15
大谷正人氏の、モーツアルトのレクイエム
2003年1月13日、松阪市民文化会館で、《EST》、うたおに、epoca (以上、合唱団)、伊勢管弦楽団、指揮は大谷正人氏による、モーツァルトのレクイエムを聴きました。《EST》が参加していますから、私は練習にも立会い、指揮者やオケの方々ともお話でき、言わば、練習過程をすべて知っていたわけですが、本番の演奏は、練習のレベルを大きく超えたすばらしいものでした。
すばらしさのひとつは、大谷氏の深い音楽性が演奏にはっきりと表れたことでしょう。彼は、著書『音楽のパトグラフィー〜危機的状況における大音楽家』(大学教育出版)で、この曲を取り上げていて、「死を生に対立するものと考えるのではなく、死を生の変容として受容する捉え方がレクイエムの中に存在しており」と論じられながら、「曲を統一させようとするモーツァルトの努力にもかかわらず、多様な要素の存在を感じざるを得ない」と曲による感情の振幅のかなりの差や、モーツァルトの焦りなども、楽曲から解釈されています。お話させていただいたときにも、「死を人生最良の友と考えていたモーツァルトがこの終始(私に楽譜を見せながら)をディミネンドしないとは考えられないんだよね!」等と、指揮者としての見解を示されました。こういった“解釈”がはっきり汲み取れ、本番を聴いていて、大谷氏のこの曲に賭ける並々ならぬ意欲が感じられたのです。テンポ設定にも、強弱にも、アゴーギクにも・・・。
合唱も、大谷氏の解釈によく答えていたと思います。練習では表現不足な箇所がしばしば見られ、おとなしい目のトーンでしたが、本番は熱い演奏でした。ソロも、合唱団員から選ばれていましたが、本番が一番よかったです。ただ、ソリストに求められる自発性というものに、合唱団員は日ごろからもっと向かうべきですね。指揮者と同じテンションで楽曲を捉え、その世界に近づく営みを普段から積まねばなりません。その点で、8名のソリストに差があったことは否定できません。
それにしても、松阪市民文化会館の響きは、何とか改良していただきたいですね。客席の後ろの方ほど、合唱とオーケストラのバランスが良く、前の方では、オーケストラの生の響きが前面に出て合唱が隠されてしまいます。リハーサルで、一歩一歩前後に歩きながら聴いてみましたが、一歩ごとに響きのバランスが変わります。前の方で聴かれたお客さんは辛かったのではないでしょうか。
50分もの間、すごい集中力で聴きました。聴き終わった後、何かがズシンと心の中に宿ったような感覚。そして、息を呑むような沈黙のあと拍手。考えてみれば、通し練習は一度もなかったのです。本番、初めて通して、新しい達成感のようなものが、ステージから客席に溢れていたような気がします。偉大なる作品は、演奏したあとに、残るものが違います。お客さま方は深い味わいを感じて、会場を後にされたのではないでしょうか。
大谷氏曰く、「3年後はマーラーの第八、その後、バッハのマタイをやりましょう。生きてる間に、次々と好きな作品をやらないとね・・・。向井君、合唱お願いね。・・・・」 実は、彼は私の6歳上ですが、私が高校生のころの合唱部の先輩なのです。よく教えに来てみえました。三重県で活動する大切な仲間と言ってくれていることがとてもうれしいです。私としても、合唱団で楽しくやるには、オーケストラとの共演は不可欠と考えています。そんなときに気軽に組ませていただける大谷氏と伊勢管弦楽団は、かけがえのない存在ですね。
2003.1.21
三重大学合唱団第42回定期演奏会での指揮が無事終わりました
2003年1月18日、津市リージョンプラザで催された、第42回三重大学合唱団定期演奏会にて、私は、ラターのマニフィカトを指揮。無事、大役を終えた達成感でいっぱいです。
この日、私は2時に楽屋入りしましたが、学生たちは、分刻みのリハーサルや会場準備活動を生き生きと始めていました。1年間の活動の総決算。みんな張り切っています。この雰囲気が私にもエネルギーを与えましたね。私のリハーサルは、1時間をフルに使って明るい声と表情に向かう練習をしました。声のパワーがもう少し出れば・・・。よし、本番、パワフルな指揮をしよう!と覚悟。アンコールは、さだまさしの「道化師のソネット」をステージいっぱいに広がって演奏することにしました。客席で聴くと、音の広がりが大変豊かです。大成功の予感。
その後、開場までの時間、学生たちとゆっくりとだんらん出来ました。私の楽屋で私に出されたお菓子を食べ、屈託なくおしゃべりする男子学生たち。冗談ばかりでしたが、こんなに親しくしゃべることができ、良かったと思います。大先生のような接待は私には必要ないですし、歌うものと指揮するものとが本番前に談笑できるような関係がいいですものね。
さて、6時半。コンサートが始まりました。二人の学生指揮者は、それぞれの持ち味を一生懸命出していました。演奏も頑張っていましたね。“ある恋の物語”と題し、マドリガルをストーリー仕立てで並べた工夫も面白かったし、武満氏の“うた”では、細部の和声のハーモニーにほころびがあったにせよ、情感をしっとりと出そうと頑張っていました。また、後半の初めは、恒例の企画ステージ。台本も選曲も全部団員で考えた音楽劇で、役者続出に会場は笑いと大きな拍手。楽しいひと時でした。
そして、最終ステージ。覚悟どおりのパワフルな指揮でスタート。学生たちもリハ以上のしっかりした思い切りのいい演奏で応じてくれます。加藤さんの表現豊かなピアノと相まって、会場は、非常に集中した音楽的な緊張感が広がっていきました。ソロを素敵にこなしてくれた細野さんには、歌ったあと大きな拍手がきました。30分にも及ぶステージでしたが、最後までエネルギッシュに歌いきってくれました。私は、風邪をひいていたこともあり、汗が目に入り、鼻水が流れるなど、顔をぐちゃぐちゃになって指揮していました。見ると、団長を始め、何人かが最後のほうで泣きながら歌っています。学生ならではの感動的な姿でした。私も最後は汗か涙かわからなかったですね。演奏を終えると、振り向く前から大きな拍手が。それを受ける学生たちの気持ちはどんなだったでしょうか。
アンコールの選曲には実は意図がありました。今、ここに初めて書きます。その前に、私が『コンサートに寄せて』と題して、プログラムに掲げてもらったあいさつ文を。
| ・・・・・・三重大学合唱団は、私の音楽活動の紛れもない原点であり、ふるさとのような場所です。学生指揮者として全日本合唱コンクール全国大会(函館)にて、三善晃氏の『嫁ぐ娘に』を演奏した感激は、今もはっきりと心に刻み込まれています。あれから四半世紀。あの頃のメンバーと同窓会をし、変わってしまった髪の毛やしわを確認し合い、変わらない笑顔や歌う情熱を温めあいました。そして今、現在の学生達とともにステージに立つことに、感慨深い思いに浸っています。変わりゆくものと、変わらないもの。時とともに変化していくものと、世代を超えても変わらずに伝え合えるもの。さまざまな“思い”や“愛”を音楽に込めて一生懸命振りたいと思います。私の指揮で、学生たちが、皆様との新たな音楽のコミュニケーションを見出すことができたなら、こんなうれしいことはありません。・・・・・・ |
四半世紀前に大ヒットしていた、さだまさし。私が現役だったころ、さだまさしの大ファンがいて、新しいLPレコードを誰よりも早くに手に入れて、にこにこと見せびらかせていた団員がいたことを思い出したのです。そして、松下耕先生が合唱曲にアレンジされて今に蘇った“道化師のソネット”。四半世紀を結ぶ格好の作品だ! あの頃の三重大学合唱団の懐かしくもエネルギッシュだった思い出を込めて、今の学生たちと演奏してみよう。そこに、私が四半世紀ぶりに三重大学合唱団を指揮する意味を感じてみよう・・・・・と。
まあ、考えてみれば全く個人的な理由だったのですが、音楽って面白いですね。私のそんな気持ちは知るわけがないのに、学生たちは、この歌をすごい思い入れで歌ってくれたのです。うれしかったですね。名演でした。涙する子も増え、感動的な演奏だった気がします。いやあ、音楽って・・・・。
コンサートが終わってロビーに出ると、お客さんのすがすがしい笑顔でいっぱいでした。この姿がコンサートの成功を物語っています。四半世紀前の仲間がたくさんで私を囲んでくれました。「5年に一度のOB合同ステージでもぜひ指揮を!」とうれしい注文まで。
結局、夜遅く始まった打ち上げパーティーにまで出ちゃいました。そこで見た学生たちの飲みっぷり、騒ぎっぷり。そして、アンケートに見るコンサートの成功。何もかもが楽しい夜となりました。楽しさが風邪までも吹き飛ばしてくれたかのような。「この日が、新たなスタートに繋がっていけばいいなあ・・・」と近くにいた学生に告げ、会場を後にしました。
2003.2.14
法政大学アカデミーの門馬君・内田君に愛の手を!
法政大学の学生二人が、三重県に安アパートを借りて住み込み、日夜、いろんな団体を訪ね歩いてチケットを売りつづけております。生活費を極力切り詰め、ひたすら満席の幸せを夢見て、あてもなくさまよい歩く彼ら。何だかマッチ売りの少女みたいですが・・・・・・。
三重公演の成功に向け
あれは年の瀬でしたか。法政大学アカデミーのマネージャーの門馬君から私に連絡があり、「フェアウェルコンサートを三重県で開催するので《EST》に賛助出演して欲しい!」とのこと。平日の夜ということもあり、迷っていると、「次の練習で直接皆さんにお願いしたい!」と。「えっ、わざわざ東京から?」
次の日には、恐れ多くも浅井敬壹先生からじきじきのお電話。「何にも知らない学生たちをぜひ導いてやってください。あなたに感謝します。」 これは断れないよ、と覚悟。それならば、私が関わっている三重大学合唱団もいっしょに誘って、にぎやかに企画提案をしよう・・・・と思ったのでした。100人以上の浅井先生関わる大合唱団。過去には、全日本合唱コンクールで一世を風靡した団です。彼らとの共演は何かと得るものも大きいだろうと、気持ちは膨らんできました。
「売れないと自腹切るんですぅ・・・」
ネクタイにスーツ姿の門馬君と対面したのは、次の《EST》の練習日でした。好感の持てるサラリーマン(?!)いや、青年!
《EST》の練習時に前に出て説明する彼に、メンバー達はみんな明るく前向きに反応してくれました。それもそのはずです。
「この公演を成功させるために、1ヶ月半の間、三重にアパートを借りてマネージャー二人で暮らします。できれば安いところを紹介してください。」
「ホールの会場費、印刷代、われわれの住居費や交通費、謝礼、レセプション代などは、すべてチケット売上からまかないます。すなわち、もし売れないと、すべて自腹を切らなければなりません。」(一同、エーーーーっ!!)
「三重にいるため、アカデミーの練習に参加できず、本番はステージに乗ることができません。(一同、かわいそうーーー!) そこで、《EST》さんの練習に参加させていただき、《EST》さんのステージに出演させていただけませんか? (一同、涙目でうなづく。)」
何とも、すごい合唱団です。こうやって、学生たちが鍛えられていくのですね。生きる勉強ですね。いやあ、すばらしい。その日は、いっしょに夕食を!思わず、おごりですね。そして、節約のため夜行バスで東京へ帰っていきました。
三重大学合唱団は、私の提案に「春先に練習が増えるのは・・・」なんて意見もあったようですが、最後は快くOK!
そう来なくっちゃ! どんどん刺激を受けて成長することが不可欠。三重県に一つしか大学混声合唱団がないのでどうしても切磋琢磨する雰囲気が足りず、こういう機会を通じて外を見て欲しいんです。でも、OKとあれば、音楽的にも運営的にもいい機会になるよう、他団と積極的に交流していくことを期待します。がんばれ、三重大。
買ってあげてくださーい=愛の手を!
もう一人のマネージャー内田君も、加わり、《EST》の練習が賑やかに。振り付けに目を白黒させながらがんばっています。肝心のチケットは、「インターネットで情報を見つけ、お願いして各団の練習場を訪問し、宣伝しています。合唱団以外の団体にも飛び込んで行きます。何でもしますので買ってください、と言って、何枚かずつ売れてます・・・。」とのこと。
しかし、会場になる三重県総合文化センターは、定員1900人。ここを満席にと張り切る無謀な彼らに、やはり多くの愛の手を差し伸べて欲しいです。また、『こうすれば売れるよ』というアドバイスもお願いします。
すっかり、彼らをけな気に思っていしまっている私。メンバーたちも同じ思いでしょう。あと、1ヶ月。3月13日がよき日になりますように・・・・。
2003.2.26
「楽しさ・わかりやすさを」〜合唱講習会講師として
2003年2月23日、私は、滋賀県甲賀郡合唱協会主催の合唱講習会の講師として、約80名のお母さんコーラスの方々と午後のひと時を共にさせていただきました。 昨年は鈴木なか子先生、一昨年は高嶋昌二先生だったと、直前に聞かされ、ドキッ! 楽しさを前面に出そう!と決心して開始しました。
私がお昼に入ったお店の話から。雰囲気は和やかに。つかみはOKってところでしょうか。まずは、柔軟体操、呼吸法、ハミング、間にいろんなお話を挟みながら、笑顔が絶えない工夫をしました。最後は、ドイツの講習会でGudrum Schrofel先生に教わった、体をブルブルッとゆすりながらファルセットを出すユーモラスな発声を。「この発声練習には、柔軟から始まった今までのことが全部含まれていますよ。世界の指導者が教えてくれたのですから間違いないですよ。」と説明し、繰り返しやってもらいました。みんなにぎやかに大笑いしながら、結果的に、大変短い時間でいい声が出るようになりました。
さて、前半の曲は、「月の角笛」(木下)より3曲。3人の詩人は、児童向けの詩が多かったり、童謡詩人だったりで、大人の内容をシンプルで美しく書いてみえます。木下先生のメロディーラインもとても心に響くものです。私の指導の中心は、心地よいサウンドを求め、作詞者の想いを掘り下げながら、音楽的にもキーワードとなる部分の音色を決めていくというものでした。ガラッと音楽が変わっていくのが印象的でした。レガート唱法に言葉のリズムを加え、歌詞の純粋さに対応する透明な明るい声を目指しました。たくさんのイメージを語り、イメージに近づくための技術を振り返り確かめていく練習でした。メンバーからも、意見が出たりで、和やかで楽しい時間でした。
後半は、「北の国から」(松下)。言わずと知れたあの曲を松下先生の自然なアレンジで。「冬の富良野を知ってまーす。」というメンバーの一声で、またまた楽しい練習となりました。母音唱の部分はアカペラで練習し、倍音を聴くことと、根音を意識して安定感のあるハーモニーを目指すことをテーマに。倍音は、男声が入るとよく鳴ります。幸運なことに、同席してくださっている数名の男声が、1オクターブ下の根音を歌ってくれました。これで倍音がしっかりと鳴り、一同満足。
あっという間の講習会でした。各団の代表の方々とお食事をさせていただきましたが、「わかりやすかった」「自分の団の指揮者もお呼びすればよかった」など、うれしい感想をいただきました。
今回の講習会は、甲賀郡が独自に開催したものです。しかも、お話によると、合唱団の数も多く、熱心な地域だということです。小さな地域で生き生きと合唱を楽しんでいる方々と接することができ、自分自身のエネルギーにもなりました。こういう地域が日本中にあるんだと思うと、力強いですね。
2003.5.5
Tokyo Cantat 2003を満喫
2003年4月28日から5月3日まで、私は、東京に滞在し、Tokyo Cantat 2003を満喫しました。カンタートの会期が4月27日から5月5日ですから、3分の2を体験できたことになります。4月28日は、ヴォーカルアンサンブル《EST》を指揮して演奏会に出演。ここでは、その他のイベントについて記しておきます。
サボー・デーネシュ先生の『合唱指揮法マスターコース』
ハンガリーの合唱指揮者の第一人者である彼のレッスンは、非常にユーモラスでわかりやすいものでした。通訳の方とのやり取りの中で、自ら日本語の語彙を増やし活用していかれるのが何とも面白かったです。
『合唱指揮法マスターコース』は、昨年も聴講しましたが、今年は、彼の受講生に対するコメントを予想し、確認していくことを自らに課して聴講しました。彼は、とても的確でサービス精神溢れたアドバイスを展開します。時には、とても厳しい(痛いところをえぐるような)指摘をしますが、彼のユーモラスな人間愛に救われ、受講者は、緊張の中にも大きく伸びていきました。指揮法指導者の精神を大きく学んだ2日間でした。
モデル合唱団の在り方については、いろいろと考えさせられました。練習不足をサボー氏に指摘される一面も。指揮法マスターという目的である講座のクオリティーをあげていくには、モデル合唱団の理想的な在り方を考えていくことが必須でしょう。それでも、サボー氏の明るい雰囲気に救われ、全体としてはとてもすがすがしい時間でした。
5人の受講者は、それぞれに長所と課題を携えていましたが、それぞれの現実からの飛躍という点で、とても意義深いものだったと思います。癖になっている点をゼロに戻して直していくには2日間というのは短かかったでしょうが、この日の体験が彼らを支えていくことでしょう。学生指揮者を含めた若い方々ばかりでしたが、今後の活躍が期待されます。
「心がない」「音楽の求める表情とは違う」「威張って」「愛らしく」など、指揮の形に関心が行きやすい傾向を戒めるようなアドバイスが多かったですね。どうしても音楽の表面・形から入りやすい日本人の特徴を、本質から出発せよ!と警告されているような。
ポール・ヒリアー先生の『ルネサンス作品の指揮の在りかた』
中世・ルネサンスの膨大な知識と専門性に裏打ちされたヒリヤー氏の講義は、古い常識を覆すようなとても新鮮なものでした。『ルネサンス時代にも指揮はあった』『しかも、曲によっては何人もいた』『長い杖のようなものでこういう風にやっていた』『時代によって変わっていった』など、当時の絵画や楽譜・書物を分析しながら検証していく興味深いものでした。
終わって外に出るときに栗山先生が、「価値のある講座だった。こういうことが言える人は日本にはいない。日本人には元がないからね。」と私に話しかけられました。ヒリアー氏は、これまで何千曲という作品を演奏され、一つ一つを研究し尽くしてこられた方。演奏者であり研究家である世界的な方から、生に教えてもらえたのですから、この体験は大きいですね。
彼のルネサンス作品を指揮する姿は、とても自由で大らかです。「当時は指揮者がいなかったんだから、なるべく小さく!」と考えてしまう我々の狭い常識を覆してしまうようなすがすがしい指揮でした。
おもしろい作品の紹介もありました。第1コーラスの旋律を、2小節(現代記譜法)ずらして4度上げて第2コーラスとして重ねて歌うのです。最後まで、美しい二重合唱でした。奇跡のような知性溢れる作品です。
田中信昭先生の『公開レッスン』
私は田中先生の指導を過去に4回受けてきました(18歳、25歳、29歳、36歳)。また、ビデオや対談集などでも。田中先生の存在は常に私の中に“合唱のあるべき姿”として背筋を伸ばしてくれています。今回の先生のレッスンに触れたことで、改めて、私の音楽への関わり方を叱咤激励してくださった様な感覚になりました。
お年を取られてますます溌剌とされている田中先生。練習のテンポもすばらしく、厳しい言葉も飛びます。歌うものの中身をえぐられるような場面も。言葉をどう感じ、どう表出していくか。全く妥協をしない彼の一人一人への問いかけは、会場の空気をピンと張ったものにしていきます。その中で出来てくる輝いた音。そこに田中先生流のユーモアが加わり、作品は面白く出来上がっていきます。
『情感に流されるような歌い方は絶対にだめ。声はかすれ、音程も甘くなる。どう伝えるかを考え抜き、それを技術として。だから演奏者は常に冷静で!』と決然と指導されたのが、印象に残ります。
最後に、イラクや北朝鮮の現状と世界平和を訴えられ、「合唱を追求する態度こそ、世界平和に向かう集団つくりの第一歩」と締めの言葉をいただきました。
印象的だったお二人のリハーサル風景
夜は、サボー先生、ヒリアー先生のリハーサル風景を勉強させていただきました。コンサートでご自身で指揮される作品を指導されるのですから、非常に興味深く拝見しました。
共通していえるのは、母国語のリズムへのこだわりでした。サボー先生は、何回もリズム読みをされました。ヒリアー先生は、どの言葉にフレーズの山を持ってくるかを何度も説明されていました。
サボー先生は、相変わらず、エンターテイメント性を発揮され、楽しい練習でした。非常にエネルギッシュ。対するヒリアー先生は、作品の違いもあるにせよ、生真面目でやや退屈な練習でした。ハーモニーが決まらないときにも、淡々と。響きのいい初日の練習会場ではよくなっていましたが、2日目の響かない会場ではうまくハーモニーしません。終止の第3音も高くなることが多かったのですが、純正律に向かうコメントもなく苦戦されていました。ヒリヤー氏自身が作曲された曲や、エストニアの初めて聴く曲など、選曲はとても面白かったのですが・・・。発声法にあまり触れられていなかったのも残念でした。モデル合唱団はたくさんの合唱団から選ばれた方々ですから一人一人の声の方向性が違います。それぞれにいい声ではあるのですが、それをどう揃えていくかに興味があったのですが・・・。
ただ、私が見たのは5月3日の練習ですから、その後、4日にどういう練習をされ、5日(あ!今が丁度本番!!)にどんなステージになったかはわかりません。きっと、最高の出来にまで引き上げられ、今頃喝采を浴びられていることでしょう。滞在したかったなあ・・・・・。
他にも、いろいろなセミナーに参加しました。全日程の延べ参加者は昨年で9000人とか。今や、日本を代表する合唱イベントとして、世界的にも関心が寄せられているTokyo Cantat。参加された全部の皆様にこれからの音楽活動の発展を祈念します。そして、同じ志で仲良くさせていただいたたくさんの方々にお礼を言いたいです。
志で結ばれた仲間の輪が、それぞれのコーラスグループで、それぞれの地方の文化に、広がっていきますように。
2003.6.6
メリノール学園の合唱教育に理想の姿を見ました
2003年6月6日、校内合唱コンクールに審査員としてのお招きを受け、三重県四日市市のメリノール学園におじゃましました。今回で5年連続となったわけですが、またまた、感動して帰って参りました。メリノールの合唱教育は、昨年よりさらに広がりを感じさせるすばらしいものでした。
中学の部のレベルに驚き
5年目ともなると、大体の様子を想像して聴けるものですが(もちろん昨年のすばらしさを想像して席についたのですが)、その想像を裏切るハイレベルな演奏に、正直、驚いてしまいました。私のメモには下記のように書かれています。
2年a組・・・豊かに響く発声。ソプラノは素直な声、アルトはエネルギッシュな声。元気のいい音楽。指揮、うまい。最後の笑顔に歌い手の達成感を強く感じた。
1年a組・・・美しい。高音よく響く。指揮、うまい。感動を呼ぶ演奏。これが中1のクラス合唱?
1年b組・・・上に向かう明るい発声で各パートが揃っている。清楚な美しい音楽。これが中1?
2年b組・・・楽しさを前面に出した演奏。手拍子が少し慌てて早くなった。客席も巻き込むような溌剌とした楽しさに徹することができればさらに良し。
3年b組・・・わらべうたという選曲がとてもいい。リズムの躍動感、変拍子の意外性などをよく消化している。アクロバット的。手に汗握る熱演。ピアニストも好演し、コーラスにいい影響を与えていた。
3年a組・・・やはりわらべうた。各パートの発声が揃っている上に、息を前面に出した発音・抑揚が絶妙で、各パートのずれがとても立体的に表出。すばらしい表現力。すごい。
メモの様子を自分で振り返って思いました。ほとんど、マイナス面がないのです。それもそのはずです。基礎的な声の方向付けが完璧に授業でされているのです。発声面などで間違った方向が全くない! しかも、中学1年生は、まだ、入学して2ヶ月立っていないのです! 私は、教職3年目になる加藤先生の驚異的な音楽指導に頭が下がる思いでした。発声だけではなく、ステージマナーや、指揮法、選曲と音楽つくりに、体当たりで取り組まれている加藤先生を想像し、その指導をしっかり受け止めてすばらしい演奏をしている生徒さん達を前に、心地よい感動に包まれていました。
3年生は、カナダでこの日の再演をされるとか。きっと、喝采を浴びることでしょう。欧米の方々の、いい演奏に対する反応はとても大らかで積極的です。スタンディングオベーションに、歓声。いい経験をされてくるのでしょうね。わらべ歌ですから、浴衣で歌われてはいかが?
聴衆としての生徒のあり方にも、大変感心しました。全員がものすごく真剣に聴きます。拍手の大きさもタイミングも絶妙です。そして、演奏後のザワザワ。耳を澄ますと「あれで中1?」とか「すごーい」とか、お互いを称えあい、楽しんでいるのです。中高合わせて16クラスの小さな規模ではありますが、それでも全校が一つのイベントに集中しているこの空気。幸せですよね。
高校の部は、自主的なクラス活動として
高校では、音楽は選択科目ですから、授業でコンクールの練習をメインに取り上げることはできませんね。したがって、各クラスの演奏に、クラス活動としての質を垣間見ることができました。
4年a組・・・音程の正確さに感心。したがってハーモニーが美しく決まる。作品に真摯に取り組んでいる。山を山としてきちんと音楽つくりをしている。作品のメッセージが良く伝わる。
4年c組・・・演奏の始めが乗り切れなかったが、後半は、しっとりと歌い上げた。リズム主体の自由曲は楽しかった。もっと、皆のものになるといい。
5年b組・・・声が輝かしい。それぞれのパートが丁寧に歌いきっている。表現が皆のものになっていてメッセージ性が強く出ていた。
4年b組・・・アカペラでハーモニーをきちんと決めた。言葉の出し方も積極的。自由曲は強くひきつける演奏。会場が水を打ったように集中していた。
U年A組・・・表現の方向が皆で徹底できるとさらにいい。一転して、自由曲はのびのびと歌えていた。
T年A組・・・課題曲はバラバラ。一生懸命な生徒と指揮も見ない生徒が混在。クラスのまとまりが出れば歌も良くなるはず。自由曲は良く歌っていた。応援したいクラス。
5年a組・・・登場したときから自信に溢れるクラス。よく共鳴し、表情豊か。堂々たる演奏。ピアノ伴奏効果的。最後のフェルマータが決まれば満点。
6年b組・・・演奏の始まりが乗り切れなかったが、すぐに立ち直った。テンポやダイナミックスを良く考えた演奏だった。徹底さと自然さが加われば満点。
V年A組・・・「うまい」の一言に尽きる。よくハーモニーする声。美しい。英語の発音Excellent。声が揃って前に飛ぶすばらしい演奏。ピアニストのミスに動じない堂々たる姿。
6年a組・・・演奏の始まりが乗り切れなかったが、すぐに立ち直った。各パートよく歌っていた。ひたむき。音程に少し不安が残る。最後のフェルマータが決まれば申し分なし。
コンクールの発展的な姿として
勝ち負けで終わってしまうコンクールだけは避けたいと常日頃から思っている私ですが、この日の『全員合唱』や、聖歌隊、保護者を中心とするコーラスグループの演奏など、盛りだくさんの企画に、コンクールをコンクールに終わらせない形を見ることができました。嬉しかったです。特に、全体合唱は、とても楽しいものでした。声が揃っているので音楽が瑞々しい! 指導される加藤先生の自然な姿に生徒たちもサッと反応します。音楽を営む“基”をしっかり作ってきた証だと確信しました。
また、聖歌隊は、年々、隊員を増やされていますね。すばらしい合唱でした。彼女らが、クラスでも中核になっているのでしょう。
私は、全体講評で、昨年の宝塚国際室内合唱コンクールで仲良くなったイスラエルの合唱団について紹介しました。合唱を通じて平和活動をしているモラン合唱団のお話です。彼女らの自然体での美しい表現は、コンクールを超えて、自然に涙の出てくるものだったこと。音楽の更なる姿は、実は自然体であることと、高い志であること。この日の彼女らの姿は、紛れもなく、そこに繋がっていく貴重な姿でした。歌いきって涙し、賞の発表に歓声を上げ、会場いっぱいに全校合唱する姿に、モランのメンバーを思い出していたのでした。
P.s. 私の紹介コーナーで、このHPのことを紹介されました。ひょっとして、彼女たちがこのページを訪れているのではないでしょうか。そんな想いで、彼女達へのメッセージも込めて、アップしてみました。「また、平常授業の毎日ですね。でも、合唱で得たたくさんの目に見えない財産を信じて、これからも一日一日を大切に過ごしてくださいね。あなた達はとても幸せな経験をしたのですから。」