2001.10.6

ブラスバンド版「山に祈る」の高校生たちとの練習


  一昔前(私が物心ついたころ・・・・)、清水脩作詞作曲構成の「山に祈る」という作品が、頻繁に演奏されていました。山で遭難した息子の遺品である日記手帳を母親が読み返すというシチュエーションの元、ドラマチックに展開される音楽。客席からは、すすり泣きが聞こえるような名演もありました。この1960年の作品を21世紀によみがえらそうと、熱心に練習を積んでいる団体があります。

 10月28日に開催される、第22回みえ高校総合文化祭( 三重県高校文化連盟主催)のメインイベントで、県南勢地区高校合同合唱団と伊勢市内高校合同ブラスバンド、計150名が、熱演することになります。場所は、三重県文化会館。この文化祭は、中国から仙和芸術学校、愛知県から朝鮮学校をゲストとしてお招きし、県内高校のあらゆる文化クラブが一同に集まる、大きな行事です。

 さて、「山に祈る」の企画については、合唱指揮を引き受けたときから、大きな心配事がありました。ブラスとのバランスがとれるのかどうか、管楽器との演奏で言葉が客席まで届くのかどうか、です。合同練習のこの日、とにかく、インパクトの強い表現を心掛けようとし、まず午前中は、リハーサル室でピアノ伴奏で合唱のみの練習をしました。高校生たちは一生懸命取り組んでくれました。響きを上に保つ発声、子音をはっきりと出すこと、フレージングを感じて歌うこと等を基本としながら、後は、作品の持つドラマを体ごと表現しよう、と熱い指導。生徒たちはよく理解し、音楽はどんどん出来ていきました。

 いよいよ、ブラスバンドとの合わせです。大ホールの、オーケストラピットを少しだけ下げたところにブラスバンドがスタンバイしています。合唱はステージへ。まず、通し練習を一回。やはり、バランスが悪く、言葉も隠されてしまっています。
ブラスの指揮者(つまり本番の指揮者)も、合唱の指示をする余裕がない感じです。さて、どうしようか。

 こういう場合、「ブラスバンドは音量を抑えて!」というのは簡単ですが、楽器に取り組んでいる生徒たちのことを考えると、うまく指導をしなければ、音楽が死んでしまいます。そこで、まず、特に言葉が聴こえない個所を取り出し、そこに被さっている楽器の担当生徒たちに、「合唱が何て言っているか聞こえる?」と質問しました。みんな首を横に振っています。そこで、その部分を無伴奏で合唱しました。ベースが低い音で歌うところでした。「じゃあ、今度は、歌詞に耳を傾けて、歌詞が聞こえるように吹いてごらん。」と楽器の生徒たちに。合唱も、歌詞を聞かそうとして、しっかりと歌ってきます。その結果、驚くほどのいいバランスが出来上がったのです。これには、楽器の生徒たちも満足げでした。私もうれしかったです。先が見えたような気持ちになりました。 楽器奏者が、主体的に合唱に耳でもって歩みより、自ら強弱のバランスを考えて演奏する。アンサンブルの本質を彼女たちが感じてくれたとすれば、達成感のあるいい練習だったのではないでしょうか。

 後の箇所もこの方法でうまくいきました。後半の練習では、オーケストラピットをさらに下に下げてみました。ブラスの響きはまろやかになり、バランスもさらによくなりました。ところが、今度はブラスの生徒たちが、「歌詞が聞こえにくくなった」と困った顔。でもこの声はうれしかったです。先ほどのアンサンブルの姿勢を崩してはいなかったのですから。そこで、合唱団を極力前へ移動しました。その結果、何もかもまた良くなりました。

 合唱団には、とにかくテンションをあげるように客席からアドバイス。疲れたでしょうが、出来上がってくるバランスのいい音楽に、最後は、達成感のある表情を見せてくれました。

 この種の行事はお祭り騒ぎで終わってはいけないと思います。ちゃんと、音楽の大切なものを育ててほしい。私との触れ合いで何か持って帰ってほしい。そう思って1日過ごしました。結果として出来上がってくる音に、可能性を感じることができ、ホッとしています。もう、前日まで練習はありませんが、各学校で、先生方の元、今日の音を忘れずにもう一成長してくれることでしょう。

 高校生との音楽作りの楽しみは、時々、予想以上の結果を音に出してくれることです。しかし、それが一人一人の中に定着するには、まだ、何年かかかることでしょう。それまでの間、合唱から(そして楽器から)離れて欲しくないなあ、などと、考えながら、帰ってゆく生徒たちの背中を見送ったのでした。

 10月28日13:00開演。HPをご覧の皆様の応援をどうかよろしくお願いします。

 三重県高校文化連盟  


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2001.10.30

梯さんのピアノ


 なにげなく、ラジオをかけてみました。聴こえてくるのは、なんと聴きたかったリストの“ペトラルカのソネット”です。しかも、美しい!!
 
 本当に久しぶりでした。私の大好きな音色です。柔らかで、色彩感豊かで、それでいて勢いがあり、ずっと聴いていたくなる心地よさ・・・。リストに続き、シューベルト、ショパン・・・・。とうとう最後まで聴いてしまいました。途中で、ピアニストの名を聴き、納得し、感動しました。梯さんです! 生まれながらに目を持ち得ず、耳だけを頼りにピアノに取り組んできた若者です。今や世界的に認められていますが、その成長過程には、母親の献身的な愛情が欠かせなかったのですよね。美しい花畑や、景観のいい場所を一緒に歩き、耳でその美しさを想像させていくんです。愛情に包まれ、彼は、自己表現をピアノに託したのです。彼の切なる想い、理想であり想像しうる限りの色彩感をピアノの音に刻みます。

 何と純粋で一途な演奏でしょうか。うれしかったのは、彼の名を聞かずに演奏にしばらく浸れたことですね。梯さんだ、という先入観なしに、彼のピアノの音だけで、心引かれたことでした。

 一体、人間の聴覚というものは、どこまで研ぎ澄まされていけるものなのでしょうか。そして、美しさを探求する心というものは! 

 こういう演奏に触れると、うれしいですね。そして、自分の中にある感性が揺り動かされるような気がします。いい音楽がしたくなります。この喜びを練習するメンバーとともにし、そして、私たちの演奏を聴いていただく方々に、私が感じたような気持ちを同じように感じていただければ・・・・。うん、この欲求がある限り、大丈夫。ですよね。



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2002.2.19

中村文保さんのピアノ

中村文保さんのピアノをコンサートで楽しみました。これまでリスト、プロコフィエフ、チャイコフスキー、バラキレフ、スクリャービン、三善晃などの大作をレパートリーとしながら、華麗なテクニックと繊細な音色、深いメッセージ性など、聴衆を魅了して来られた彼女が、今回は、すばらしいショパンを聴かせてくれました。

ショパンは、リストと比べ、書かれている音符も少なく、技術的にも取り組みやすいのでは・・・・・等と思っていた私は、この日の演奏で本当に心から感動し、自分の思い込みを反省させられ、心新たにさせられたのでした。

ポリフォニックに絡み合う幾多のフレーズが、どれも有機的に生きていて、全体としていつも豊かに、確信を持って心の奥に響いてくる。サウンドは、どれもキラキラと輝き、音符の一つ一つに生命力が感じられ、どこに向かうかはっきりとしている。したがって、聴き手となる私を捉えて離さず、音楽とともに、夢の世界を駆け巡っているようだ。ショパンが音を通して何を語りかけたのかが明確に伝わってくる。いや、ショパンとともに過ごしているような感覚。

演奏が終わり、楽屋の前で、彼女と話す機会を頂き、彼女の現在の演奏家としての素顔にふれることが出来ました。謙虚に、不本意だった箇所を振り返られた後、「ショパンを、リストの10倍くらいかけて研究した。」と、語りだしてくれました

ポーランドで活躍されているピアニストと頻繁に交流され、ショパンの本質的な研究による解釈を学ばれたそうです。「昔は、自分の感性に頼って、自己流だった部分があった。それではだめだと思い、新しい理論にアンテナを張り、吸収し、確信を持てるまで練習を積む。自分に納得ができるところまで。そうした姿勢で、音楽に取り組むことで、音楽”が自分の一生にとって何なのかがわかったような落ち着いた気持ちでいられるようになった。」

聴衆の反応や批評を気にしたり、出来不出来に一喜一憂するという姿は、まだまだ自分がしっかりしていないというわけです。自己アピールの手段などではなく、彼女の、音楽の真の姿に向かって真摯に打ち込む姿は、音楽のほうから、彼女を受け入れ、音楽の至福の喜びを彼女に与えている・・・・・・。彼女の語る姿に、そんな想像をした私でした。

彼女は、2002年11月28日(木)に、三重県津市リージョンプラザでリサイタルを予定されているそうです。ショパンとスペインものを組み合わせたプログラミング。魅力あふれるリサイタル。さらに音楽の確信に向かわれる彼女の演奏を今から楽しみにしたいと思います。



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2002.3.16

大山:新日フィルのベートーベン

大山平一郎氏の指揮、新日フィルの演奏で、ベートーベンを聴きました。

 新日フィルは、小澤氏の指揮での名演を始め、私の大好きなオーケストラです。友人がビオラに友人がいることも親しみを感じる要因です。この日は、またまた違った楽しみ方ができました。指揮者、大山氏の音楽です。

 指揮者の味が特にしっかり出ていたのは、「英雄」の第2楽章でした。ゆったりしたテンポで、こだわりのある音楽をしてくれました。ピアニッシモで始まる弦は、やや窮屈そうにスタートするのですが、これも指揮者のこだわりなのでしょう。一つ一つのフレーズが、死者を弔うがごとく、深く心の底に沈むようにゆっくりと進んでいきます。クライマックスでの音響は十分に豊かに響き、私は客席で動けませんでした。そして、再び、ピアニッシモで始まる弦。やはり、窮屈そう・・・。窮屈に弾かせるのが彼の本意だったのかどうか。でも、そこから始まる大きな音楽に全神経を集中して聴いたのは事実。とすれば・・・・・。

 ベートーベンの音楽をこれほどロマンティックに表現するのは、様式的にぎりぎりの線かもしれません。ただ、大山氏の、この楽章に賭ける覚悟の深さみたいなものを感じさせていただき、うれしかったです。守りに入らない表現を指揮者が目指し、それを実現しようとする一生懸命なオーケストラ。いい楽章だったと思います。

 しかし、速いテンポの箇所が慌て気味だったり、管楽器の出が揃わないところなど、必ずしも、全体を通じて集中できたわけではありませんでした。第4楽章のフィナーレの音響は、第2楽章のクライマックスより、小さかったのではないでしょうか。指揮する姿にも、オーソドックスではないものが見え、違和感は拭いきれなかったです。したがって、ひたすら、第2楽章だけが特別な感動として心に熱く残った・・・という状態でホールを後にしたのです。

 そうそう、アンコールがうれしかったですね。何と、ディーリアスの合唱曲を聴くことができたのです。有名な「夏の夜」。これをディーリアスの死後、フェンビーという弟子が、弦楽にアレンジしたものです。やはり、とてもゆっくりのテンポ設定で、ひたすら心に染み入ってきます。大山氏の真骨頂にまた触れたような感覚でした。

 指揮者によって、オーケストラのかもし出す世界が変わるというのは、やはり興味深いですね。



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2002.5.4

『TOKYOカンタート2002』に参加
 

私の所属する、「21世紀の合唱を考える会 合唱人集団“音楽樹”」主催のTOKYOカンタート2002に参加してきました。ありがたいことに、勤務高校からも、研修としての位置付けを頂いての参加です。4月30日から5月3日まで、東京に滞在し、6つの講習会への参加と2つのリハーサル練習の聴講をしました。会期は、4月28日から5月5日までですが、期間中に行われるコンサートには、1つも顔を出せなかったのが残念ですが、ひたすら勉強の目的で、上記の参加となったのでした。

 講師は、ポール・ヒリアー氏、デニーシュ・サボー氏、ハミエル・ブスト氏の3名。これだけでも夢のようですが、加えて、関係者の方々のすばらし運営や、モデル合唱団の意欲的な姿に、たくさんの事を考えさせられ、あっという間の4日間でした。すべての方々に感謝し、私のこれからの活動に生かしたいと思います。

 思いつくままに、感想を述べます。まずは、8日間の企画運営の大変さ。これはすごいことだと思いました。“音楽樹”自体が、志を同じくする集団ですから大きな組織ではありません。私のような地方の人間は、お手伝いもできないわけですから、実質動けるのは、数十人といったところでしょうか。そこにそれぞれの関係の合唱団員がボランティアとして加わっているのですが、私の行くところ行くところで同じ顔ぶれの方々がたくさん見受けられました。モデル合唱団も同じメンバーがあちこちに参加しています。つまり、その方々は、細かいスケジュールに沿って、8日間動きづめに動いていることになります。これは、余程の高い志で生活をコントロールしなければできないことです。
 
 次に、一貫して流れている、志のすっきりとした力強さ。“音楽樹”を貫いているのは、世界のスタンダードが何であるか、これからの日本の合唱はどうあるべきかを考えることです。このことに立脚して、すべての行事が組み立てられていくので、迷い、考え方の妥協というものが要らないのです。参加するメンバーも、いい方向に自分を高めようとしていることでの繋がりが感じられ、ストイックなすっきりとした空気の中で、時が流れます。そして、終わった後は、さわやかな気持ちで会場を後にできました。

 いくつかの疑問も感じました。まず、会場を工夫できないものか、ということです。9箇所の離れた会場で同時進行的に行われていたのですが、移動が大変でした。たとえば、朝の部を途中で抜けて地下鉄・JR・バスを乗り継いで、お昼は立ち食いそばで済ませて、昼の部に間に合わせるということをしなければならなかったのです。ホテルを取った場所もよくなかったのですが、この4日間、足腰が鍛えられました。道を迷った分、余計に・・・。それに一つ一つのイベントが終わると、みんなバラバラと帰っていきます。交流する雰囲気はほとんどなかったように思いました。

 昨年の、ドイツを思い出します。小さな町をあげての1週間。会場は、モデオンという一箇所と、後は、隣接都市でのコンサートでしたが、夜になると、みんな大テントに集まってきて、食事とお酒とダンスで深夜まで交流していました。世界中のメンバーがここで仲良くなり、いろんな情報交換の場でもありました。町の人たちも自由に参加でき、開かれた雰囲気でした。宿は、地元学校の宿舎を開放し、食事はすべて大テントの中でボランティアの方々が作ってくれました。そんな中、朝から晩まで町全体が音楽する空気に囲まれ、本当に楽しい一週間でした。

 もちろん、ここまでは望めないでしょう。が、21世紀の日本が、合唱が市民権を持ち、歌うことに誇りを持って生きていける国になりたいもの。その先端を行くには、会期全体が音楽空間で包まれている状態を作れないものかなあと思いました。どこかの大学を拠点にするとか。東京よりも、地方のほうが空間は作りやすいかもしれませんね。サイトウキネンオーケストラが拠点としている松本のような場所を探し出すのもいいかもしれません。

 ただ、私のように職場に理解をいただいてという形をとらずに、仕事を終えて駆けつけて、という東京のメンバーの方々には、今の提案は無理があるのでしょうね。

 さて、私は、3人の海外の講師の指導するセミナー及びリハーサルに絞っての参加でしたが、得たもの、確認できたもの、交流できたものは、大きかったと思います。また、アップしていきたいと思います。



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2002.5.6

テ・デウム(ブルックナー)を6日後に控えて

昨日、最後の合同練習を無事終え、いよいよ、5日後の前日リハーサルと、6日後の本番を迎えることとなりました。80名のオーケストラと100名の合唱団(募集についてはこちらをクリックしてください。)によるブルックナーの名曲の演奏。私にとっても大切な機会。燃えるような情熱とひたむきな練習で、いい仕上がりになりそうです。これまでの練習の経過と、本番にかける豊富などをまとめておきたいと思います。

練習日を迎えるまでに

 オーケストラの指揮者の大谷先生との打ち合わせ、そして、緻密な譜読みに相当な時間をかけました。フルオーケストラで合唱つきですから、大変です。何色ものラインマーカーを用い、曲の構成を浮かび上げ、支持する個所をチェックし、ダイナミックスなどを大きく書き入れ、指揮台で語るコメントを添え、あらゆる準備をしました。特に終曲の2重フーガは、難解でしたが、合唱パートのどのパートにどの楽器群が対応しているかを整理していくことで、全体が明確化されました。

 指揮者が演奏者といいコミュニケーションが取れるための必要条件として、作品を細かく理解していることと、どう作り上げていくかが明らかになっていることがあげられます。後は、演奏者の想いや志向を把握し、共に歩んでいく姿勢でしょう。そして、第一印象で決まってしまいます。指揮者の責任は極めて重いですよね。

 「よし!」と自分でうなずける所まで楽譜を消化することを目標に、3月はがんばりました。ただ、見直せば見直しただけ、アイデアが浮かび、よりよい練習方法も見つかってきます。多分、何回かの練習を積むたびに、新たな発見もあるでしょう。それが音楽作りの面白さでもあります。幅を持った姿勢で望むことも必要です。
 

2回の合唱合同練習


 3月21日と4月14日に、3時間ずつの合唱の合同練習を行いました。始めの1時間は男声女声に分かれての譜読み確認のための練習でした。《EST》、うたおに、三重大学合唱団を核とし、有志の皆さんを加えた約100名の合唱団です。

 すばらしいと思ったのは、初めてでありながら、かなりの事前練習をされてたことです。スタートを気持ちよく飾ることができました。年齢層が若いためか、清楚な声でハーモニーが決まります。ベースの音量が豊かです。内声もきちんとした存在感があり、ソプラノは頭でっかちにならず、すっきりとした音色です。「これは行ける!」と思いました。

 1回目の練習では、主に、伸びやかに声を出し合って、曲を大掴みでいいから感じあえることを目的としました。知らない同士が声を出し合い、自分を出し合い、笑顔に満ちた空間が出来ました。同時に、歌いにくいところ、言葉が付かないところなど、課題も明らかになりました。

 2回目の練習では、私がオーケストラの練習を午前中に終えて、そのまま、場所を変えて駆けつけたということもあり、高いテンションで接することができました。やはり、指揮者のテンションは大切ですね。テンポの決定、フレージング、前回の課題の克服など、堅実に作品の姿に近づくことができました。

オーケストラとの初顔合わせ

 伊勢管弦楽団は、三重県伊勢市を拠点とし活動されているアマチュアオーケストラです。しかし、コンサートでは、関西などからプロで活躍されている方々を加え、80名もの人数になり、レパートリーも、マーラーを始め大変意欲的です。ひとえに大谷先生のお人柄と指導力、それにひたむきについて行くメンバーの方々の志の賜物といえます。

 3月に練習を一度見学させていただき、4月7日と14日に、2時間ずつの練習をしました。始めは少々硬くなっていましたが、すぐに、メンバーの方々の暖かさに助けられ、汗びっしょりになりながら最後まで練習出来ました。進め方、ポイントの取り出し方などが能率的でいい・・・等とお褒めの言葉を頂き、「うまく行ける」という心の目処もつきました。合唱とのバランスが未知でありながらも、何とか形をつくることができました。

 木管楽器、金管楽器は、一人一人の責任が大です。出の緊張感がよく伝わってきました。奏者はパート譜しかないので、指揮者が出の指示を怠ると大変なことになることも身にしみてわかりました。バイオリン、ビオラの音を一つにしていく難しさも勉強になりました。アップとダウンの区別の工夫で、音色が変わるという体験も。

 また、合唱でよく言う「明るい響きを!」というコメントがオーケストラにも通用することもうれしかったです。管は吹き方を工夫、弦は弓の位置を工夫することで、明るい響きを作り出せるのです。

 練習が一段落するたびに、大谷先生と打ち合わせです。大抵、一箇所のアドバイスと、「大丈夫ですよ。言うことないよ。」と、励ましのお言葉。安心しますね。さすが精神科のお医者様です。

全体練習

 4月28日と5月5日に、2時間あまりの全体練習を行いました。前にオーケストラ、後ろに合唱団が位置します。そして私の位置が弦のすぐ近くですから、初めのうちは、合唱は遠くに聴こえ、バイオリンの音ばかりが耳に。結局、確かなバランスは、前日、客席に下りて聴くしかないことが判明しました。それでも練習を進めるうちに、「何となく本番はこういうバランスだろうな」ということが耳で想像できるようになってきます。不思議なもので、自分からの距離を差し引いて考えたバランスというものが、実際耳に残るのです。やはり慣れと集中力なのかもしれません。現場で育つ感覚とでもいうのでしょうか。

 1回目の練習では、とにかく合唱とオーケストラが集いあう楽しさというものを前面に出し、別々に聴きあったり、お互いがメッセージを送り合ってるように作ったりしました。演奏の個性というものが出来てきたように思います。ブルックナーは、この作品において、もっとも音楽上重要と思われる個所を無伴奏にしてあるのです。すっと楽器の音が消え、合唱だけが残るところに、深い祈りがあるのです。合唱にとっては醍醐味を味わうことができます。また、オーケストラにとっても、耳で音楽を感じていただき、次へつながる集中力を育てることができます。また、複雑な終曲の2重フーガは、それぞれの旋律を奏でる合唱パートと楽器群で別々に披露し合い、その後で全体で合わせました。フーガの各旋律の関係がはっきりとし、立体感ができました。管楽器にはとにかく合唱を隠さないよう柔らかな弱音で奏でていただきました。弱音の限界と出の失敗との関係を模索されていました。オーケストラにおける管楽器の宿命ですね。頭が下がりました。その分、フィナーレは、全楽器が最高のフォルテッシモです。本番、合唱が果たして聴こえるか!

 2回目の練習は、やや、ストイックな要素も加味し、仕上げに向かいました。木管楽器の出のタイミングと音色、第1曲のバイオリンのフレージング奏法、第2・4曲のビオラの繋ぎ部分のスラーの感じ方、隠し味的なテンポの細やかな変化等、楽譜を元に、書かれていること、書かれていないこと、たくさんのニュアンスに迫りました。練習の雰囲気も、グッと真摯に、深いところを全員でめざす集中力のあるものでした。合唱は、繰り返すたびに味わい深くなっていきます。ものにしてきたようです。安定感が増しました。

テ・デウムが私たちに教えてくれたもの

 この作品は、幾多の苦難に満ちた人生を送ったブルックナーが、その人生を掛けて創作し、大成功を収めたものです。それだけに、その人生を振り返るかのように、強い意志と祈り、絶望を知った上での神への愛、そして栄光をめざす確かな営みなど、私たちの生き方に直接通じるような、たくさんのメッセージがあります。この作品を演奏しきることで、21世紀をこの地球で生きていく私たち同士(演奏者と聴衆)が、強く結ばれるのではないかと確信します。また、そういう演奏をしてこそ、180人が、時間とお金をかけた意味があるというもの。

 3日前に東京のサレジオ教会で、ポール・ヒリアー氏のレッスンを受けました。その最後に、「今日の皆さんの歌声は、この教会の天井に、壁に、絵に染み入りました。この事実は、これから何百年と変わらないわけです・・・・。」というようなお話をされたのですが、12日のわれわれの演奏が、ホールの天井に、壁に、そして聴衆の方々の心に染み入り、長い間、消えないようなものになればと思います。そのためにも、気持ちを引き締めて、本番までの時間を送りたいと思います。

ブルックナー“テ・デウム”
   客演指揮:向井正雄
管弦楽:伊勢管弦楽団
合唱:Vocal Ensemble《EST》、合唱団うたおに、三重大学合唱団、他有志
演奏会日時:2002年5月12日14:00
演奏会場所:伊勢観光文化会館(三重県)



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2002.5.14

「垣根がなくなった」〜テデウムの演奏を終えて


 2002年、5月12日に催された『第22回伊勢管弦楽団定期演奏会』で、私は、ブルックナーのテ・デウムを指揮。本番の演奏は、すごい迫力で、かつ、緻密な演奏でした。積み上げてきた練習が身を結び、達成感のある本番でした。あとからのアンケートを見せていただきましたが、大好評で、責任を果たせた喜びとお一人お一人への感謝の気持ちでいっぱいです。

 加えて、私の関わりが、今回とても意義深いことだったのだと思えた出来事があります。一言でいうなら、垣根が取れたとでもいいましょうか。

オーケストラ側から見た私の練習

 普段、私が当たり前のようにやってることが、オーケストラ側にどう映っていたのでしょうか。以下は、コンサート終了直後のパーティーで、オーケストラの方々とのお話でわかった事です。

 「顔の表情が豊かですね。」「何を表現したいかが顔でわかります。」 ちゃんと見てくれてるんですね。オーケストラの方々は、とても注意深く指揮を見てくれます。打点の形や出の支持の強さ、小節を何拍ぶりするか等、また、スラーの解釈や、スタカート・アクセント・テヌートの別まで、指揮から読み取っていきます。指揮者にとってこのことはものすごく勉強にもなるし、襟を正されます。それに加えて、顔の表情です。合唱は、頬骨を上げたり、あくび口、眉毛などで、欲しい音色を示すのですが、そのことがオーケストラにとってすごく新鮮だったようです。私の表情から音楽の表情を読み取っていただき、それを楽器の奏法に移し変えて演奏していただいたらしいのです。

 「歌って示していただいたのがよかったです。」 これも意外でした。弓使いなどの若干の知識も仕入れてはいました。そのことも練習で要求しながらも、「要するにこんな感じです。」と言って、つい歌ってしまったりしていたのです。私にとっては、当たり前のこと。しかも歌って示すことがどれだけの効果があるのかも疑問だったのですが、そのことが一番わかりやすかったらしいのです。前日リハーサルで、思わず、「そうです!そのようにやっていただきたかったー!!」と飛び上がらんばかりに喜んだ場面がありました。ビオラのフレージングです。あれは感動でした。あの時もそういえば歌って示した後でした。

 合唱団への要求も、オーケストラの方々は新鮮に感じられてたようです。「とても勉強になりました。」と言っていただいたのは多少のオーバーなお褒めであるとは思いますが、やはり、私の練習で、合唱の響きが明るくなったり、言葉の流れが明瞭になったりしていくのは聴いてて面白かったようです。さらに、詩からくる音楽の意味付けや、何をお客さんに伝えるのか、というような精神的な一体感を重視するような、仕上げに向かう流れにも、大変興味を持っていただいたようです。

器楽と声楽の垣根が

 『合唱もオーケストラもアプローチは同じ』。私の練習で、そんな一体感を感じていただけたことは、予想外のことでした。しかし、器楽と声楽の垣根がこんな形で取れていくのは、本当にうれしいことです。

 大谷先生の、「向井君を推薦して、結果的にこんないいステージになって、ホッとしている。責任が果たせたよ。」というお言葉。団員の方々の「合唱のコンサートに行きたくなりました。」というご感想。さらに、大谷先生は、「予定が合えば、向井君の合唱団のコンサートに伊勢管弦楽団のメンバーを送りますよ。ハープやオルガンつきの曲をされるなら、奏者を送りますよ。」とまでおっしゃっていただきました。何とうれしいことでしょう。

 最後まで、「合唱がすばらしい」と言い続けていただいた伊勢管の皆さんのためにも、さらに充実した合唱活動をしようと思います。そして、これを機会に、器楽の方々とともに音楽作りをしていく場をたくさん持ちたいと思います。また、器楽の方々にも合唱コンサートにたくさん来て頂けるようになればいいと思います。私の活動の意義は、こんなところにあるのかも知れません。器楽と声楽の垣根を、いい音楽をすることによってなくしていくという・・・・。

合唱団どうしの垣根も

 同じ“合唱”というジャンルを楽しむ仲間なのに、同じ三重県にいるのに、合唱団どうしが垣根を作っている状況。これは本当に残念なことです。全日本合唱コンクールのシステム(県内の合唱団どおしでまず競争しなければならない等)の悪影響もあるのでしょうか。指導者の考え方も大きいでしょう。しかし、そんな状況も、今回のイベントで、解消の方向に向かっています。

 合唱団「うたおに」のある方は、私に、「今まで《EST》に対して持っていたわだかまりみたいなものがスッととれました。《EST》のメンバーと仲良くなれたし・・・・。」とすがすがしい顔で言ってくれました。また、「すずかぜ」のあるメンバーからも、ご丁寧なメールをいただきました。同じステージで、真摯にいい音楽を目指すことで、心を開き合えるメンバーができた。これも、今回の大きな意義でしょう。

 音楽でできたわだかまりは、やはり、ともに音楽することでしか、本当の意味で取れていくことはないのかもしれませんね。今回の100名近いメンバーが、これからもいい音楽を目指す仲間として心開き合え、その輪がだんだんと広がっていけば、すばらしいと思います。私の活動の意義は、こんなところにもあるのかも知れません。とにかく、いい音楽をする。そのことがいろんないい結果を生んでいくと信じます。前向きに、そして同志を大切にして。
 
次は、モーツァルトのレクイエム

 継続が大切。そんなところへ、早速、次のイベントの話が来ています。《EST》と「うたおに」とepocaという、3つの団体で、モーツァルトのレクイエムを演奏しようという企画です。本番は、2003年1月13日。松阪市民文化会館(三重県)にて。オーケストラは、伊勢管弦楽団。指揮は、今度は大谷先生です。

 「いい音楽をしよう!」という志で結ばれた仲間を再び結成し、かけがえのない体験に向かいます。


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2002.6.19

滋賀県合唱祭に、講師・選考委員として

 2002年、6月16日は、47の合唱団の音楽に触れさせていただきました。第47回滋賀県合唱祭にお招きいただいたのです。

午前は、おかあさんコーラスの部
 
 午前中は、全日本おかあさんコーラス関西支部滋賀県大会です。21団体の参加。選考された2団体が全国大会に出場できます。この選考の重責に私を含む5人の選考委員が当たったのですが、正直言って、“おかあさんコーラス”という部門に携わったのはこれが初めてで、「パフォーマンスや衣装に凝っている」と聞かされていたこともあり、きちんと選考できるかどうか不安でした。とにかく音楽を聴こう、誠意を持って審査しよう、と自分に言い聞かせて取り組み、納得行くまで時間を掛けて審査用紙を作成しました。

 全選考委員が1位に選んだ『女声合唱団栗東カレンジュラ』は、松下耕作曲の「日本の民謡2」と「紀の国のこどもうた2」から、1曲ずつ演奏されていました。ユニゾンの細かい動きが非常に洗練されていて、4声に分かれても、音色が同質のため、すばらしいミックスサウンドを奏でていました。2曲目のパフォーマンスも本当に楽しく、清純な少女が演奏しているような錯覚(笑)にとらわれ、思わず目を凝らしてステージの方々を見てしまったほどです。若い声作り、楽器として洗練された響き作りをしっかりとされ、その上に、作品の世界に近づく的確なアプローチがされているため、安心して楽しく聴かせていただきました。観客の数が一番多かったのもうなずけます。

 さて、私が感動した団体はもうひとつありました。『コールほなみ』です。13名の団体ですが、指揮者の音楽性の豊かさと、室内合唱的なサウンド作り、一人一人の自発性などにとても好感が持てました。室内合唱コンクールなどに出場されれば、かなりの評価が得られることは間違いないでしょう。信長貴富「ノスタルジア」より“ふるさと”をアカペラで演奏されましたが、ビブラートを抑えた透明なサウンドと、倍音を意識されたハーモニー作り。そこに情感が加わり、本当に聴き惚れてしまいました。2曲目の、新見徳英作曲「聞こえる」へのつなぎも見事でしたし。こういう団体に出会うとうれしいです。審査する以上の、聴き手としての喜びをたっぷりと感じさせていただきました。

午後は、中学・高校・一般の部

 午後からは26団体。その後、各賞発表・表彰、全体合唱、そして、お手伝いの皆様をステージ上で称え、お開きかと思いきや、その後、別室での個別団体講評。終わったのは、20時30分でした。長時間にさすがの私も疲れましたが、お手伝いの皆様のがんばりはすがすがしいものでした。疲れたなんて思ってはいけない・・・とこちらの姿勢を正してくれたほど。したがって、最後、お手伝いの皆様をステージ上で拍手で迎えるコーナーは、滋賀県連の懐の温かさ・深さを感じさせるとてもいいコーナーでした。

 個別講評は、一生懸命させていただきましたが、私と接していただいた各団体の代表の方々は、どう思われたでしょうか。本当にむずかしいですね、4分の間にどのくらいのことをコメントさせていただいたらいいかを判断するのは・・・。

 各団体を聴かせていただきながら、私は私の歩んできた合唱の道を振り返っていました。やはり、私は現場の人間。理想と現実の狭間で常にもがき、理想に至る道筋を捜し求め続けているわけですから、求めることの困難さ、メンバーへ伝達することの大変さなど、それぞれの団体を指導される方々のご苦労は、手にとるようにわかります。たった4分で、しかもドキドキしながら私の発する言葉を待っていただいている方々に、そう簡単にはコメントできません。

 どの団体も、いいところと課題とを兼ね備えていますし、ここまでにされたご努力もあるわけですから、その立場に共感を抱きながらおしゃべりさせてもらったつもりです。すぐ、改善されないこともあれば、かえって合唱団に混乱をもたらせてしまうような事もあります。特に、年齢層の高い団体には、今ある良さを再確認していただき、誇りを持ってこれからも生き生きと合唱を楽しんで欲しいという願いを込めました。児童や生徒たちをご指導されている方に対しても、今の方向を尊重しつつ、改善しやすいポイントを。


めざましく伸びた、“あふみヴォーカルアンサンブル”

 審査とは別に、感動したことがあります。実は、私は、昨年の8月に、「しがヴォーカルアンサンブルコンテスト」の審査に、滋賀県を訪れたのですが、そのときに、“あふみ”を個別講評させていただきました。その際、女声の響きの改善をアドバイスさせていただいたのですが、その後、《EST》の練習に見学に来られたり、加藤さんのヴォイストレーニングを受けられたり、《EST》のメンバーと交流を続けられながら、かなり響き作りに努力されたのです。

 その結果が、この日の演奏に見事に表れていました。女声の響きの向上振りと、音楽する姿勢の積極性に、私は本当に感動しました。昨年のコメントをまっすぐに受け止められ、ひたむきな努力をされたことに、敬意を表します。講評者冥利に尽きると言える演奏ぶりでした。

 講評とは、種をまくようなものです。そこから、水をやり、育てるのは、やはり、現場です。今回のコメントが各合唱団でどのように育てられるのか。楽しみにしたいと思います。

 たくさんの演奏に、そして運営を支えた方々に、たくさんのドラマを見たような気がします。その一つ一つを大切に、エネルギーとしながら、同じ現場の立場でがんばっていきたいと思います。 



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2002.6.21

メリノール学園の音楽文化に栄光あれ!!



 2002年、6月15日は、三重県のメリノール女子学園へおじゃましました。4年連続での、校内合唱コンクールへのお誘いを受けたのです。

 昨年から音楽教師として赴任した、《EST》の加藤さんの指導の成果が楽しみで、わくわくして会場に入りました。さっそく目を引いたのが、会場のにぎやかさです。保護者が昨年と見違えるほど大勢来られていました。生徒の皆さん達の熱気も大変なものでした。

 中学の部。1番に演奏した中学1年生の合唱から、頭声発声に向かう姿が印象に残ります。どのクラスもすっきりした響きを持ち味にし、音程も整理され、よくハーモニーしています。「これがクラス合唱か?」と、出てくるクラス、出てクラスに、賞賛の拍手を贈りました。

 高校の部は、さらに頭声発声に磨きがかかり、音楽表現にも緻密さが増しています。6年生のコーラスは、もうどこに出しても恥ずかしくないほどの女声合唱でした。しかも、このコンクールに懸けている姿がひしひしと伝わってきます。

 講評の中で、私は時間を掛けて1クラスずつ感想を述べました。彼女たちの作り上げた価値ある演奏に報いる講評をしたかったからです。審査発表と最優秀クラスのアンコール演奏では、会場中が、歓声と涙に包まれていました。音楽を通しての豊かな感性が会場いっぱいに溢れているようでした。

 昨年、「メリノールの合唱が変わった!」と感動した私でしたが、今年は、指導者の力の大きさに、心の底から、感激しました。一人の指導者が、学校全体の音楽文化を変えていく。その過程に居合わせた幸せを感じていました。質の高い音楽に生徒たちが何の気負いもなく向かっている!


 「どんな指導をしたの?」
 「ただ、私が歌って歌って、生徒たちが同じように歌って歌って、それだけですよ。」

 上記の、加藤さんとの短いやり取りの中に、私の質問の答えが見つかりました。よい指導とは、よい指導者が自然体で誠意を持って取り組むこと。そして、よい指導者とは、教材研究の範疇に留まらず、全人間的に豊かな生き方を目指す弛まぬ姿勢の持ち主であること。そして、それを伝えるエネルギーに満ちた人。

 今年は、聖歌隊の合唱も聴かせていただきました。彼女の指揮で、「棗のうた」(木下牧子)。中1から高3までの混在した団体なのに、よくまとまっていました。決めにくいハーモニーが、何なく決まって自然な流れでさわやかにすっきりと。講評で取り上げ、「音楽の文化に誇りを持ってください。その頂点にこの聖歌隊があり、学園の外で活躍していく。その未来に期待しています。!」


 彼女と授業の話をお聞きすると、「聞こえる」(新実徳英)のときは湾岸戦争のビデオを見せ、またエストニア独立の大合唱の様子を説くなど、歌わずにはいられない人間としての姿勢を教えているように感じます。また、「1位2位をとるために一生懸命になるのではなく、いい音楽ができてくることに感動するようなクラスになることを目指したかった。」という彼女の言葉に、私は、力強い確信を得て、満足な気持ちで、学園を後にしました。

 翌日、「聖歌隊に新たに5人の生徒が入隊!」と、心弾ませてお電話をいただきました。メリノール学園の音楽文化に栄光あれ!!


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2002.12.14

「第九」280名の高校生と燃える練習



 若いエネルギーがまっすぐに私の耳に飛び込んでくる! そんな、練習が続いています。三重県合唱連盟は、“みえユースコーラスフェスティバル”を企画。その第2部で、高校生の「第九」をやろうということになり、県下の合唱部のメンバー約280名での燃える練習が続いているのです。

 私は指揮者として練習に関わっていますが、2回の合同練習での生徒たちとの音楽作りは、本当に実のある時間でした。「今、世界の平和を体ごと訴えかけよう。200年前と同じような情熱を持って。その想いが天才ベートーベンの音楽を通して客席に、そして我々自身の生き様に届くよう、尊い時間を共有しましょう。」と、歌う意思を作りあって始めた練習でした。メッセージ性を大切にすることを基本としながら、ベートーベンの音楽に体当たりでぶつかっていくのです。歌詞の意味、作曲されている意味を丁寧に語り、「そうか!」と生徒たちが納得したことを見計らい、後は、生徒たちの歌と私の指揮とで、音楽にぶつかっていったのですが、納得して歌う!そのことがいかに大切であるかを、彼らのエネルギー溢れる歌いっぷりから学ぶことができました。

 200年ほど前のフランス革命の時代と、現在のテロや北朝鮮を取り巻く情勢とに、平和を願う気持ちに変わりはないと思います。シラーやベートーベンの理想に私たちのエネルギーを託し、音楽の力を信じて一つ一つのフレーズを繋げていきました。ドイツ語の昔の難しいメッセージなどと思うのではなく、今を、未来を歌う。この気持ちで生徒たちはひとつになり、音楽に向かってくれました。

 前回と今回とで、かなり細かい所まで練習を進めることができました。音色、スラーやスタカートの具合まで。残る課題は、ppでの高音の持続です。それにしても、ぐいぐいとうまくなる高校生たち。前回の3時間、今回の2時間の練習で、疲れや、滞りなどをまったく見せない生徒たちに、感動しました。若いエネルギーは永遠です。いかにそれをうまく出させていくかという、指導者としての腕次第で、いくらでもいい音楽が体験できるんだと思いました。

 あとは、当日の練習と本番です。生徒たちは各学校でさらに歌いこんでくれることでしょう。私のほうも楽譜を読み込みながらの当日の練習のシュミレーション作りです。そして、お互いにバージョンアップして当日出会いたいと思います。さらなるすばらしい音楽体験のため
に。

 なお、男声に、エキストラとして、OBや顧問の先生方が加わっています。現役生たちは心強いことでしょう。高校生たちがこういう温かな雰囲気の元ですばらしい音楽を体験していくことが、次世代の音楽文化を支えていくことに繋がっていくといいなあ。そう考えると、手を抜くことはできません。本番もがんばりたいと思います。



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