2000.10.12
コンクールの選曲についての雑感〜高校のための
難曲主義
掲示板に、下のような御意見が届きました。
今日のNコン全国大会の放送見ましたか。中学が午前中、高校が午後の放送でした。曲目も中高でほとんど差がなく、半分近くが鈴木輝昭作品、そしてあとは三善晃、松下耕、西村朗、バルドシュ、ラウタバーラなどでした。入賞するには鈴木作品という流れがあるようで、また他の曲もどれも難曲です。しかも曲の内容を表現しきるところまでいっていない気がしました。難曲に取り組むのはいいけれど、きちんと音楽として表現するところまで掘り下げてほしいと思いました。
中部大会の審査員の講評で「難曲思考に陥らず、身の丈にあった曲をしっかり演奏してほしい」という話があり、この講評はかなり好意的に聞きました。現代作品にどんどん取り組んでいくことはとても良いことだけれど、「きちんと音を取ってならしてみました」というレベルで止まっている演奏では、作品に対しても失礼だと思います。そして現代作品の中でもきちんと良い作品を選ぶ事も大切だと思いました。中高生が目先の入賞に気を取られて流行の作品を闇雲に追っかけたり、表現の伴わない難曲主義に陥ったりする傾向を少し感じたNコン全国大会でした。
活動に大きなウエイトを占めるコンクール
私も、自分の勤務する中学校や高校で、合唱部をコンクールに出場させています(1984〜86:鈴鹿市立白子中学校、88〜89:松阪市立久保中学校、93〜98:三重県立久居高校、00〜:三重県立宇治山田高校)。中学や高校の1年の活動の中で、コンクールに向かうことは、大きなウエイトを占めます。コンクールを通じて、合唱というもののすばらしさを生徒達に教えているつもりです。もちろん、音楽会を催したり、招待演奏会、合唱祭のようなものへの出演も大切な活動ですが、音楽の深さや偉大さに気付き、全身全霊を音楽に託し、その中で自己を磨き、かけがえのない集団をつくっていくとなれば、純粋に音楽と向き合えるコンクールに向かう活動がやはり大切になります。
コンクールが大切なのではなく、コンクールに向かう活動が大切だと思います。そのためには、新しい年度(4月)に入ってから、コンクールの時期までの約半年の、長期的・中期的な指導の見通しを立てることが必要です。新部員との出会い、初心者を交えての練習と仲間作り、歌い合う楽しさ・・・・・。その中に、きっちりと声作りのメソッドを入れていかなければなりません。無駄なく、無理なく。そして、春も終わる頃、コンクールの選曲を考えていく時期です。その年の生徒の様子、人数や、パートバランスも考慮し、研究してきたたくさんの曲の中から、納得いくまで迷い、煮詰めていきます。そうして、生徒達とも相談しながら最終的に決めて行くのです。選曲は、1年間の活動を大きく左右する、大切な大切な仕事です。
優れた作品を採りあげる
さて、高校での合唱活動をどうとらえるか。私は、音楽を一生の友とするための入り口と考えています。卒業後も大学や一般の合唱団で立派にやっていける、また、実際に活動できなくても本質を捉えた広い視野で音楽を見ることのできる人間になって欲しいと願っています。「本当の音楽を知る」ということは、イコール『本物の人生を知る』ということにつながっていきます。その入り口をどうつくっていくか。
私は、優れた作品を取り上げること、その作品を生徒達が自分たちのものにしていくためのあらゆる手立て(支援)をすることだと思います。今回、書こうとしていることは、選曲のことなので、手立ての話は、また後にしましょう。
では、優れた作品とは何でしょうか
18才の体験
私が高校生の頃、コンクールで最も多く取り上げられていた作曲家は、高田三郎氏、大中恩氏でした。私は、大中恩派に属していました。(笑) そして、大学に入ってまもなく、目から鱗が落ちるような体験をしました。あの有名な合唱指揮者、田中信明氏との出会いです。三重県に月に一度、来ていただき、三善晃作曲『嫁ぐ娘に』、間宮芳生作曲『コンポジションT』の指導をしていただいたのです。私は、『嫁ぐ娘に』に18才なりにほれ込みました。18才なりにと書いたのは、当時の未熟な自分を思い出したからです。
自分の大学でも『嫁ぐ娘に』に取り組み、学生指揮者としてコンクールでも演奏しました。あの時の合唱団の姿は、私の今の活動の原点となるくらい強烈なものでした。「いい作品に恵まれたなあ」と今でも思います。『嫁ぐ娘に』が、20年経った今でも、新鮮な作品として、全国の合唱団に高いクオリティーで演奏されている事実は、私にとってはとてもうれしいことです。
優れた作品とは
高校時代に好きだった大中恩氏の作品は、今では、コンクールでは全くといっていいほど歌われなくなりました。今、プログラムに登場する日本の作曲家は、鈴木輝昭氏が突出しています。三善晃氏がそれに続きます。それらの作品は難易度が高く、始めに紹介した御意見の通りだといえます。
しかしです。25年ほど前から、三善晃氏の難曲、たとえば『オデコのこいつ』などがはやってきました。そのときも同じような議論があったような気がします。「難しすぎる!」「安易に選んで消化できていない」などなど。ところが、その後、三善ブームとなり、中高の多くの合唱団が三善作品をレパートリーにすることができるまでになりました。三善氏の要求する音楽像に答えていけるに足りる成長を果たしたのでした。
作曲家の要求に答えて行こうとする時、指導者達は新しい音楽観を求められ、深い思考、新しい発想、鋭い感受性などが必要とされます。そして、生徒達に、噛み砕いて指導する工夫など、きびしい現実に出会います。 コンクールのプログラムが三善氏の作品だらけになった頃には、確かに、未熟な演奏も数多くありましたが、それを乗り越えて、名演もだんだん増えてきました。ここで大切なことは、三善氏の作品は、『難しい曲』である以上に、『優れた作品』であったのです。だから、演奏欲求をかきたてられ、名演もその中から生まれたんだと思います。
結局、『優れた作品』とは、演奏欲求をかきたてられる作品、そして、自らが成長する喜びを感じつづけられる作品です。そう考えると、作品との出会いは、人との出会いに例えられますね。人生を大きく豊かなものにしてくれる出会いってあるものです。
さて、今、はやっている難易度の高い作品が、『優れた作品』であるかは、例えば、20年先に、相変わらず新鮮に演奏されているかどうかで判断できるということになります。400年も昔のルネサンス作品が今も新鮮に演奏されているのは、考えてみるとすごい現象です。音楽の歴史的な営みの偉大さを感じずにはいられません。新しい手法で書かれた作品が未来への普遍性を持っているかどうか。曲選びの観点の中に入れておきたいものです。
ただ、過去に、名曲が生まれた条件として、結果的に名曲にはなりえなかった曲(今では忘れ去られた曲)がたくさんあったということを忘れてはなりません。つまり、大量の作品があるからこそ、未来に残る優れた作品が出てくるのです。何もないところから、ふっと、優れた作品が生まれてくることはありえません。演奏も同じで、ブームのように同じ作品を多くの団体が歌うという状況から、名演は、生まれてくるのだと思います。
どんな時代にも、ブームはあることでしょうし、安易にブームに流されてしまうこともあるでしょう。それは、優れた作品、優れた演奏が生まれてくるための必要条件なんだと私は思っています。だから、毎年のコンクールの各団体の選曲は、その移り変わりも含め、非常に面白く見ています。決して否定的には見ていません。
ただ、生徒にとっては、その1年を左右する選曲ですから、できれば、『優れた曲』を見いだしていく力を磨いていきたいと思います。20年先といわず、今。
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2001.2.1
チャイムのない学校
私の勤務する高校で、今週の始め、突然、チャイムが鳴らなくなりました。チャイムどころか、放送施設が全部使えなくなってしまったのです。幸い、翌々日には修理され直ったのですが、その2日間、私はとても新鮮でした。
時計だけが頼りです。授業は、静かに始まり静かに終わります。少し授業が延長しても、逆に早く終わっても、先生と生徒の合意で授業終了です。普段、私は数学の授業をしていますが、証明問題などをていねいに説明しているとチャイムと同時に終われないことがあります。ところが生徒達の集中力はチャイムによりプツン・・・。そういうことがこの2日間はなかったのです。田園地帯のようなのどかさの中、心地よく授業をすることができました。
「チャイムがなくても授業がきちんと始まる学校が理想ですよねえ。本校の自主自立の精神にもあっているし、結構静かでいいですよねえ。これ、売りにしましょか、本校の。」と、職員室で話し込んでいたら、肝心の私が授業に行く時間に気付かず、笑われました。走って授業へ。
SHRでは、生徒達に外国の駅の話をしました。ひっきりなしに放送が入る日本の駅と違って、静かであることを。町全体もそうです。日本では、デパートや喫茶店ではスピーカーから絶えず音楽やラジオが流れ、イヤホーンを耳につけっぱなしの高校生達の多いこと。ヨーロッパでは、そんなことはありません。それだけに、ウィーンの街角でバイオリンを奏でる若者の周りに人が群がるのでしょう。
音に対して、健康的でありたいものです。心と結びつく耳の本来の機能に帰りたいと思っています。沈黙も表現だと思います。音を出すという行為は、音のない世界が今あるということを感じてなされるべき行為であるし、出していた音を終えるということは、音のない世界に帰り着くことだという意識が必要でしょう。音は沈黙から生まれそして沈黙に帰っていくのです。厳粛に研ぎ澄まされて・・・・。
チャイムが鳴らなくなっただけで新鮮な気持ちになれたのですから、音に対して、音楽に対して、表現に対して、まだまだ私達の工夫できるような視点がいっぱいあるのでしょうねえ。
2001.3.29
マリア・アンサンブルの方々との出会い
“マリア・アンサンブル”は、三重県北牟婁郡紀伊長島町で、これから活躍が期待されるアンサンブルグループです。音楽大学の声楽家卒3名、ピアノ科卒1名、中学校の先生に保母さんの計6名の女性達。今日は、車で1時間半もかけて、私のところへ初顔合わせに来ていただきました。指導をお願いされたのですが、なかなか私のほうから出向く機会がないということをお話させていただいたところ、「それなら」と言うことで、今回のような、来て頂いてのレッスンとなったのです。
年齢的には20代から40代というところでしょうか。仲のいい、しっかりといい音楽を目指していこうという気持ちに満ちたグループのように見受けました。2時間のお付き合いでしたが、精一杯お手伝いさせていただきました。いい持ち声と、アンサンブルに対する前向きな気持ちを感じながらの2時間でした。
指導させていただいたことは、次のようなことです。
1.ノンビブラートなまっすぐな声。
2.言葉の抑揚によるフレージングと、息の運び方。
3.音構造を知り、根音を意識し、倍音を聴き合うことの大切さ。
4.跳躍音程の発声的な処理の仕方。
5.音程の崩れやすい箇所のクリアの方法。
6.音楽の流れ行く方向性の見定め。
7.ルネサンスのポリフォニー音楽の魅力について。
今日は、3曲ほど、見させていただいたのですが、質の高いアンサンブルが生まれると、大変喜んでいただきました。アルトにとてもいい響きを持った方が見えるので、上記の3番の指導がとてもスムーズにできました。なかなか上達の早い身のある時間だったと思います。持ち帰っていただいて、普段の練習に生かしていただければと願っています。「次回は、純正調を体験しましょう。」と、お約束し、私の高校の合唱部の練習を最後に見ていただき、レッスンを終えました。
こなれたアンサンブルができるようになるには、やはり、固定メンバーで、意識を高く持ち合いながら、長い間続けることが大切でしょう。グループの目指したい共通の音楽像をはっきり作りあえること。そして、仲良く、お互いを尊重しあいながら楽しく出会うことでしょう。マリア・アンサンブルが、このような理想的なグループに成長されることを楽しみにしたいと思います。この秋には、25分ほどのステージ発表を3回ほど持たれるそうです。すばらしいデビューをこれからもお手伝いしたいと思っています。
2001.6.16
感動的だった校内合唱コンクールの審査
今日は、三重県のメリノール女子学園の合唱コンクール審査をお引き受けしました。実は、数年前からおじゃましているのですが、今年は特に楽しみにしていました。この4月から、《EST》の加藤さんが、この学園に赴任されたからです。彼女の音楽に対する、そして教育に対する情熱は誰しも感心するものであり、きっと、その力が発揮され、校内合唱コンクール全体のレベルも、アップしているのでは、と、楽しみで一杯だったのです。
予感は的中しました。まず、生徒たちが合唱を楽しんでいる雰囲気に圧倒されました。レベルの飛躍的なアップに加えて、次々と発表を終えたクラスが満足げにステージから降りてくる姿や、楽しそうに他のクラスの合唱を集中して聴いている姿が、会場に溢れていたのです。賞をとるためのコンクールではなく、いい合唱を求め合おうと、たくさんのことを学び、試み、達成していくコンクールでした。先生方も保護者の方々も一生懸命関わり、クラスを支援する雰囲気。理想的な教育の姿を見たような気がしました。
それにしても、クラス合唱の域を越えたすばらしい合唱がたくさんあったのにはビックリです。最優秀のクラスは、全く頭声発声が出来上がっています。表現も大人っぽく、一般の女声合唱団として十分通用します。他のクラスにも、ドキッとするような表現がたくさんありました。声の技術的レベルアップには、確かな指導と、それを粘り強く学ぶ姿勢が欠かせません。そのことをクリアし、聴衆を感動させるレベルまで持っていけるこの学園の姿に感動しました。
いろいろと、教える側のご苦労、クラスをまとめていく時のドラマなどがあったことでしょう。それは、歌い終わったときの涙、審査発表時の歓声、アンコール演奏の時の涙でぐしゃぐしゃになった姿に表れています。
審査講評のときに私は、以下のようなことを言いました。
@ 感動の連続だった。今年はもっとたくさんのクラスに賞を出したかった。賞をもらえなかったクラスもレベルは大変高い。
A ポイントは4つ。選曲・発声・音楽作り・聴衆への伝達工夫。それぞれへのコメント。
B ドイツ体験話。特に教会ミサの感動。音楽に内在する力について。
C 今日をスタートとして、一生、音楽を大切にする生き方をしていこう。
最後に、「何度でも言います。本当に感動的なコンクールでした。ありがとう。」と述べ、ステージから降りました。
コップに一杯入れた水が表面張力を振り切って溢れ出すように、この日の歌声には外に放出する勢いがありました。メリノール学園の合唱実践のこれからが非常に楽しみです。校内だけで終わらずに、将来、世界の舞台に出て行くような期待を抱き、学園を後にしました。
2001.6.25
タリス・スコラ―ズの演奏会
音楽的に価値観の合う仲間とコンサートに行き、感想を述べ合うというのは、楽しいひとときです。しかも、最高のレベルの演奏会となれば、その楽しさも倍増します。この日の(6月22日)「タリス・スコラ―ズ ア・カペラ コンサート」は、まさにその意味で楽しいコンサートでした。
タリス・スコラ―ズは、今やルネサンス教会音楽においては世界最高の合唱団です。ルネサンス音楽の理想の姿(純粋で澄んだ音、調和と融合、きめの細かさ)がいつも彼らの音楽には満ち溢れています。この日は、『イギリス、チューダー朝の宗教音楽』と題され、タリス、タヴァナー、ホワイト、タイといった当時のイギリスの代表的な作曲家の作品が並びました。
会場となった愛知県芸術劇場コンサートホールは、響きのいい豪華な内装のホールです。ステージの横にも後ろにも席があるため、私は、ちょうど指揮者の姿が斜め前から見える席を選びました。音楽と指揮法との関連性を研究しようと思ったのです。
指揮者、ピーター・フィリップスは、研究者としても名高く、ルネサンス時代の私たちの手に入らないような教会音楽作品の楽譜を掘り起こし、タリス・スコラ―ズの演奏を通し、完璧な姿で私たちの前で再現してくれています。
その指揮法は独特です。すごい推進力です。知的で細やかですがそれだけではなく、人間的な喜びの感情に溢れています。特徴は、打点の位置です。打点に向かう動きがものすごく速く、本来の打点の位置を通り越してしまうのです。それが点に向かう推進力となり、音に命を与えています。従って、フレージングは確信に満ちた力強さがあり、流れが滞ることは全くありません。パートへの新たなフレージングの指示のタイミングがとても早い時期に行われるのも、同じ効果を出しています。 ポリフォニーの指揮は、大変むずかしいのですが、彼のように、集中力の途切れない、どのパートも最高に生かしきれるバトンテクニックには、正直、目が離せないくらい感動しました。彼独特のものをそのまま真似ることは出来ませんが、私の中にふつふつと音楽意欲、指揮意欲(?)が沸いてくるのでした。
演奏の方は、第一声から、完璧な響きで、ホールを豊かな倍音で満たしていました。10人で8声の作品を楽々と歌い上げる確かな技術と集中力には、最後まで脱帽でした。最後の曲「われらは罪を犯しぬ」(タイ)のフィナーレに向かう推進力の強調は、コンサートの最後に大きな拍手を誘うに十分な感動的なものでした。最後から2曲目の「エレミアの哀歌」(タリス)は、私には少しテンポが速めに感じました。しかも、混声で演奏するために最上部(アルト)のフレージングがやや平板に感じました。カウンターテナーで悲しみの限りを表現して欲しかったな・・・と。
ミサ曲の“クレド”と“サンクトゥス”の間に拍手が来たのには驚きました。名古屋でもこんなことが起こってしまうんですね。恥ずかしかったです。ピーターの表情が何ともいえないバツの悪そうな笑顔でした。そして、“サンクトゥス”の出のベースが音程悪く始まってしまいました。完全に私たち聴衆の責任ですね。それと共に、ギリギリの集中力で演奏に臨んでくれている彼らの在り方が、この失敗で逆に認識でき、嬉しかったです。
「なんか幸せやなあ・・・」と仲間の一人がしみじみと演奏後につぶやいていました。そうかあ・・・。どうしても私の場合、この種のコンサートでは、いろいろな観点から分析を試みてしまいます。心豊かに浸って聴くことの出来た仲間をちょっぴりうらやましく思い、帰ってきました。でも、私自身のこれからの音作りの理想の方向性が再認識された本当にいい時間でした。
滋賀ではイタリアを、愛知県長久手町では、スペインをテーマにコンサートをされたとか・・・。それぞれどんな素敵な演奏だったのでしょうか。
2001.8.11
滋賀県合唱コンクール、しがヴォーカルアンサンブルコンテストの審査
2001年8月11日は滋賀県におじゃましました。鈴木先生、伊藤先生とともに、コンクール、コンテストの審査員を勤めさせていただいたのです。会場となった“栗東芸術文化会館さきら”は、大変響きの豊かなホールです。楽屋通路も演劇の大道具が楽に運べる広さで、各施設も充実しています。自慢のホールだそうです。ここで、スタッフの皆様の行き届かれた運営の下、気持ちよく半日ほどお世話になりました。関係者の方々に改めて感謝です。
全日本合唱コンクールの大学・一般の部は、関西支部大会に直接出場されるため、滋賀県コンクールは、中学・高校の部だけです。ところが、今年初めて、高校の部に参加団体がなく、結局、中学校の部だけの開催でした。
金賞(県代表として関西支部大会出場)の志賀町立志賀中学校音楽部は、女声合唱(17名)で、木下作品を自然体で柔らかな声で無理なく表現していました。各声部がよく調和していました。弱声が美しく響いていました。言葉の抑揚を呼吸法と結びつけて掘り下げていくことで、もっと自発的な表現ができるでしょう。9月の支部大会までの課題にしていただき、向上していただくことを期待したいと思っています。感心させていただいたのは、後の個別合評会に、先生とともにたくさんの生徒さんが一緒に参加されたことです。彼女らの生き生きと私の話を聞く姿がとても印象的でした。
さて、続いて催されたしがヴォーカルアンサンブルコンテストでは、たくさんの個性的な演奏に出会え、楽しかったです。16名まで・指揮者の有無は自由・制限時間は7分・・・・というルールです。9団体参加しました。県外の団体も参加していました。
金賞の“あふみヴォーカルアンサンブル”は、アンサンブルの息使いがたっぷり感じられるいい演奏でした。一人一人が作品を理解し、作品のあるべき姿がよくわかっているように思いました。ベースが支え、テナーが内声の役割をきちっと果たし、女声がその上に細い響きで乗っている。ハーモニーの基本を形成するのに大切なバランス感覚が感じられました。バードとデ・プレの宗教作品が取り上げられていましたが、作品の本質に迫る真摯な演奏でした。女声の響きのある発声をさらに体得されることで、フレーズの起こし方がもっと豊かになることでしょう。
銀賞(2位)の“イル・リゾナーレ”は、音楽的な喜び、生命力の感じられるいい演奏でした。北欧の現代作品を惜しみなく豊かな声で表現されていました。北欧作品に寄せる確信のようなものが感じられ、頼もしかったです。これから、ルネサンス作品などもレパートリーにされ、少人数の緻密なアンサンブルに、今回のようなエネルギーを注いでいかれたら、すばらしいグループに成長されることでしょう。
同じく銀賞(3位)の“Coro Estrela”は、イギリスとイタリアの世俗曲を、アットホームな楽しさあふれる演奏で、聴き手を魅了しました。アンサンブルの原点を感じさせていただきました。こういう良さが世俗曲の魅力です。肩の力を抜いて、表情豊かに聴衆に語りかけていただきました。ポリフォニーを形作るフレーズの横の線的な流れのからみを、立体的に浮かび上がらせるような意識で音楽作りをされれば、もっと魅力的になることでしょう。
銅賞は女性アンサンブルの“Ever Green”。みずみずしい声で、サウンド感あふれる美しい演奏でした。声にゆれがないことが、サウンド作りの必要条件ですが、いい方向に行っています。一人一人がアンサンブルとしての理想の声作りに高い関心を持っていることが伺えました。言葉をどう伝えようかという側面から、さらに幅のある音色作りに向かわれるといいと思います。
“KLM混声コーラスAPI”の無理のない美しい発声は印象的でした。“穂積コールシュクレ”は、コチャール作品に説得力を感じました。“ヴォア・シャンテ”は、レガートの表現力に魅力を感じました。また、中学校の団体が検討していたことも頼もしかったです。
各団体とも、魅力と課題を持ち合わせています。しかも、それぞれが違った魅力と課題を。しかし、共通した魅力があります。それは、誠実さだと思いました。どの団体も誠実に音楽に向かっている。したがって、聴く側がとても豊かな気持ちでいられます。これからの練習で、魅力を失わずに課題を解決されれば、(これって言うのは簡単ですが、なかなか難しい・・・)。今後が楽しみです。
全体講評では、次のようなことを言わせていただきました。
@海外での体験を踏まえ、技術以上のものは音楽を楽しむ姿であること。
Aホール練習などで響かせ方の練習をたまにされるといい。
B作品の本質が明確になるような演奏を。
たくさんの方々と心温まるふれあいをさせていただき、笑顔の耐えない一日でした。すがすがしい気持ちで、ホールを後にすることができました。さあ、明日はまた、立場変わって(いや、立場戻って)練習です。
2001.8.21
書き言葉と話し言葉
2001年8月11日に。滋賀県におじゃまし、コンクール、コンテストの審査員を勤めさせていただいたのですが、そのときの私の全体講評が、ある合唱団のHPに、一言一言がそのまま掲載されていました。きっと、録音をされたのでしょう。そして、録音を聴き、そのままを活字にされたのでしょう。それはそれで、すごいご努力。つたない私の講評をそのまま書きとめられたのですから。
改めて読んで見て、書き言葉と話し言葉について考えさせられました。話したままを活字すると何か滑稽です。文法的におかしな文章を話しています。同じ単語が何度も出てきてくどい感じがします。しかし、書かれた文章を話すように読んでみると、さほどおかしくも聞こえません。「まあ、いっか」と思ってしまいます。
よく、対談集などを読みますが、あれは、対談された方々を含め、編集者によって多少の修正がされるようです。もちろん、対談の雰囲気を残しつつ・・・。
それにしても、顔が赤くなってしまうような文章ですが、ここに、コピーさせていただきます。果たして、皆さんは、どうお感じになられますか。
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| こんにちは。今日は本当にお疲れ様でした。楽しく聴かせていただきました。 中学校の皆さんの3つの団体の歌声ををまず聴かせていただいた訳ですけれども、とてもひたむきに歌われて、先生の指導の下、しっかりと表現されていた姿が今でも印象に残っております。 中学生といいますと、まだ心身の発達の途中段階であります。それから、ものの考え方もですね、まぁ俗にいう反抗期と言いますけれど、反抗期を通り越して、大人になる途中ですよね。その色んな新しい感情が芽生えてくる年頃だと思います。 その色んな感情を歌に託して出すということですけれども、その中で、ひとつ今後の努力目標といいますか、もう少しこうなって欲しいなということを申し上げるとしますと、その曲に秘めた感情を自分のものにして、それを自発的に出す、こういうことを歌いたいんだ、この曲はこうなんだよ、とメッセージを送るというエネルギーですね、そちらにエネルギーが向かうことによって、曲が膨らんでいくと。自分たちのオリジナルソングのようにね、「これが私たちの歌なんだ」、という、その曲の性格、曲のエネルギーが皆さんの声によってストレートに客席に伝わってくる、そういうところを目指していけば、と思います。 とっても、いい、技術的にも伸びてきていますし、先生の求められる音楽にひたむきについて行こうという形が良く見受けられるんですけれども、それをひとつ通り越してですね、先生がこう言うからこうしよう、というのを通り越して、それもそうだけども、自分たちもそう思う、自分たちがこれを伝えたいんだ、というところまでいっていただければなぁと感じました。この3つのうち1つが関西の方へ出ていっていただくということで、是非、それを目標に。声もそこから伸びますから、是非もうひと頑張りしていただければなぁと思います。 それから、中学生はこれからですのでぜひ高校に入っても、それから大人になっても是非続けて下さい。合唱を続けて下さいね。それをお願いしておきます。 それから、アンサンブルコンテストの方ですけれども、こちらにも中学校が二つ出ていました。大人に混じって、とてもひたむきに、いろいろ上がったりもしたでしょうけれども、指揮者がなしで歌われた中学校もありましたし、これは将来性、楽しみだなと思いました。本当にお疲れ様でした。大人に混じっていい演奏をしてくれました。 それから中学校2団体終わりまして、7団体大人のコーラスを聴かせていただきました。初めに行っておきますが、差はほとんどありません。どの団体もすごく個性的で、自分たちの表現したいもの、っていうものを持ってみえて、とても楽しみに聴かせていただきました。 ただ、私を含めた3人の審査員の意見ですけれども、たとえば、この会場で歌う、ホールですよね。普段の練習会場と違ってこのホールで、遠くにいるお客さんにどう聴かせるか、というようなことを、たとえばホール練習とか、ホールを借りて、お金もかかりますが、そういう練習をしていただくことによって、ひとつか殻が、更に破れるんじゃないかなというご意見がございました。 それから、いろんな曲がありました。ルネサンスの中期のあたりの曲から、現代曲、日本の懐かしい歌の素敵な新しいアレンジ、いろいろ出てきた訳ですが、それぞれ曲の本質ですね、作曲家がこう書いている、こういう背景で音楽を書いている、それをどう表現するか、そういうところを突っ込んだグループがやはり、お客さんの心の奥に届く音楽ができるんじゃないかなということで、曲の本質が、曲が何を言いたいのか、ということをもう少し見えるようにつくっていく、そこいら辺に関心を持たれた方が、いいんじゃないかなぁと思いました。あの、もちろんそうされているんだと思いますけれど。 私事になりますけれど、海外に行く機会がありまして、自分の合唱団を率いて、ドイツでコンクールを受けたんですけれども、一番学んだことは、外国の団体には技術以上のものがやっぱりあるんですね。それは、すごく楽しい音楽だったり、本当に自分たちのオリジナルソングのように、それもものすごく力抜いて楽に出してくる。自分たちは日本でしゃかりきに練習して、向こうでも力いっぱい演奏したんですけれども、やはり自然体でですね、本当に自分たちの音楽だ、という形で、ヨーロッパの方々が出してくる。そこには大きな違いを感じました。それと同時に、音楽というのは、世界を繋ぐものだと、世界共通のものだと、そして自然に溶け込んで良さを自然に出すものなんだ、ということを学んできました。本当にそこまで私たち、音楽を楽しめればなぁと思いました。 私も三重県の方で、今声がこんなにガラガラなのは、高校生を相手に合宿をやっていまして、きのうもぜんぜん寝られなかったんですが、合宿中なんです。三重県の方で、皆さんと同じような気持ちで頑張っています。音楽の偉大さといいますか、楽しさ、作曲家のメッセージに向かって、更に更に頑張って行きましょう。 あと、言い忘れたことはないかな・・・、うん、「差はない」、ということを改めてお知らせして終りたいと思います。また個別に色々と言いますので、是非また聞いて下さい。じゃあ、ありがとうございました。 |
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| 3分しかないので、あんまり・・・。またゆっくりと。 ま、1番アンサンブルの息づかいを感じました。息で合わせていくというあたりがすごく感じられまして、各メンバーが自分を主張するのではなく、まず協調するという気持ちを持ちながら、全体を上手くまとめていくという、非常にアンサンブルに必要なところが良く感じられました。それで、僕も1番いいかな、と思ったんですけれども。 やや、バードでは、ベースに少し音のゆれを感じましたので、もう少しすっきりと、おなか支え、喉力抜いてスーッとした音が、ゆれのない音がもう少しいいかなと思いましたね。それから、フレーズがやや平板なような気がしたんですが、これは2曲目でも思ったんですが、ソプラノ・アルトの皆さんのおなかを使ったフェレージングの膨らまし方ですね、それがもう少しあってもいいんじゃないかな、と思いました。男声に比べて、やや女声にそういう物足りなさを感じてしまいました。もう少し上を開けて、上の響きをたくさん、普段から持っていただくといいんじゃないかな、と思いました。 テノールは、うまぁーく、内声ですよね、ややテノールが出ちゃう場合が多いんですけれども、非常に抑制されてうまくアルトとのバランスも考えられて、非常にテノールに知的なものを感じました。良かったと思います。 2曲目ですけれども、これ、真ん中の部分でですね、アルトがずぅーっと音上がっちゃいましたね。残念。ここ「↓↓↓」って書いちゃったんですけれども。ベースの出だしがちょっと上がっちゃったんですよ。で、ここでベースは戻ったんですが、アルトがずーっと上がったままで、ここも決まんなかったですね。この真ん中の部分が大きな課題だと思います。 ただ、この曲はESTでも昔やり始めたことがあったんですけど、やめちゃったんですよ。非常に難しいですよね、これ。良くこれをやられたと思って。だから、真ん中の部分だけですね。アルトが上がるっていうのは、やっぱり支えが浅いんだと思います。でも、こういう曲をずっと続けられているんですよね。やっぱり、何をやりたいかとか、どういう理想像があって向かいたいか、といことがはっきり見えましたから、女声の発声を少し膨らませていただいて、横に出るものがいないぐらいのところまで行っていただいて、宝塚でお会いしましょう。(笑)以上ですけど、何かお困りの点とかございますか。 (団員T)ソプラノの発声についてはどうだったでしょうか? ソプラノもね、やはりちょっと浅いですね。アルト・ソプラノ共通して言えることですね。ですから、例えば裏声を混ぜてですね、驚いた時に「キャー」とか言いますよね、ああいう感じ、それから「ウー」って裏声で高い声、ここで声出すと怒られそうですから、高い音を裏声だけでフワーっと出すようなことを何回かやられて、ここ(頭の後ろの方)を開けていただいて、そして後は教会の高い天井とかへ向かって出すという、宗教曲ですからね、天に向かう音楽ですから、こういう声をいつも訓練されたらどうかな思いますけれども。女声は早いですよ、ソプラノは伸びるの早いですよ、すぐできると思います。 (団員S)プレッシャーが・・・。どきどき。(笑) そうなるといいですよね。いい合唱をありがとうございました。頑張って下さい。 (団員一同)ありがとうございました。 |
2001.8.31
9月の健康目標は?
入院しないこと
2001年9月の私の健康目標は、何だと思いますか。何を隠そう、『入院しないこと』。昨年の二の舞にならないように・・・。
人はそれぞれ、どこかしら、体の中で弱いところを持っているものです。たとえば、すぐ頭痛がする人、肩が凝る人、下痢をする人など、疲れが体の弱いところに形になって出てくるんだと思います。私の場合、肩は20台からコリコリ。直った試しがありません。また、厄介なのが十二指腸潰瘍!!25歳のときに発病。以後、何度か、軽いのを繰り返しており、とうとう昨年は、生まれてはじめての“入院”体験をしてしまったのです。
私の場合、もともと胃酸が多い体質で、そこにストレスが加わって胃酸の分泌が激しくなることで、胃壁や、胃に続く十二指腸壁を痛めるそうな。ひどくなると、壁が破れ、取り返しのつかないことになるそうです。
昨年9月
昨年、忘れもしない、全日本合唱コンクール中部支部大会の高校の部の日。審査発表が終わり、岐阜県で打ち上げパーティーをしているときでした。気持ちはハッピーなのに、まったく食欲がない!しかも、次の日も一般の部を指揮するため、私だけ、所定のホテルへ移ったときは、もう、うずくまるようにしか歩けなかったのです。それでも、一晩よく眠って明日になれば何とかなるだろうと思っていたのですが、朝食もほとんど進まず、《EST》の練習の時間になってしまったのです。
朝の練習は、コンクール本番前のもっとも大切な練習でしたが、全く私自身のせいで、《EST》には迷惑をかけてしまいました。とにかく気力が出ない。立っているのもしんどい。「エーイ!このやろう!!」と一旦馬力の力を込めて指揮をしてみても、長く続かない・・・。惨憺たるものでした。
タイムテーブルに入る直前、(きたない話ですみません)真っ黒な便が出ました。これには参りました。25歳のとき、「真っ黒な便は、胃から出ている血です。潰瘍です。」と医者に言われていたのを思い出しました。生まれて2度目の血便。「指揮が終わったら、何とかして帰らなきゃ。」と、悲しい決心を強いられました。
それでも、リハーサルと、本番。メンバーの期待に答えるべく、一生懸命、指揮をすることができました。記念写真も撮り終え(このときの私の顔はやはり元気がない)、団員の車で、一路、三重県松阪市まで帰ってもらったのでした。
即、入院
病院へ入り、事情を話すと、即、点滴です。「あ、夜まで帰れませんね」と看護婦さんに尋ねると、あきれたような顔で、「短くて10日の入院ですよ。」と言われ、がっくり。その日から、ちょうど看護婦さんの宣告通り10日間、入院となったのです。胃と十二指腸の両方に傷。初めの4日間は、何も食べず、栄養は点滴からのみでした。ようやく5日目に、白い水。これは、重湯だったのですが、初めは、ほとんど水のようなものでした。日に日に、段々米の形が見えてくるものでした。
勤務校の方々や、合唱団のメンバーなど、お見舞いに来てくださいました。本当にたくさんの方々にご迷惑を掛けてしまったのでした。
正念場
さて今年。状況はちっとも変わっていません。9月の学校は、授業に体育祭、文化祭・・・。もっとも忙しい時を迎えます。担任冥利に尽きるとはいえ、大変な時期。しかも、合唱部の、NHK東海北陸コンクールと全日本合唱コンクール中部大会に向けてのラストスパート。それに、休日は、《EST》のコンクール前の練習と、やちまた混声合唱団の練習が入ってきます。
全く、昨年と変わらぬ状況。しかも、私の年齢が昨年より1つ増えてる(あたりまえですが・・・)!ただ、昨年は、現在の勤務校に赴任して1年目ということで余裕もなかったのです。胃の痛みを押して毎日の活動に臨んでいました。「コンクールが終わったら、一度、病院へ行ってこよう。」などと、考えていたものです。
心配なのは、現在の胃の状況です。全日本合唱コンクールの県大会あたりから、例の痛みを少し感じるのです。これは正念場だな・・・と思います。勿論、入院なんてことは絶対避けたいのですが、教育も音楽も、手を抜いてしまうことはできません。何とか、ストレスを少なく健康でいながら、精一杯の活動ができるように、自分を持っていかなければなりません。
食事や睡眠に気をつけること。ストレスの発散の仕方を見つけること。1日1日を気持ちよく生きること。とにかく、9月は、気をつけたいと思います。昨年、合唱団のメンバーの方々から、潰瘍にならない健康法なども教えていただいています。こんな個人的なことは書かないでおこうと、1年間思ってきましたが、ここに、宣言するために、書かせていただきました。
ところで、皆様方は、どんなことに気を付けて健康を維持していらっしゃいますか。