2004.11.27
『阿知女作法』で問いかけた“声とは?”〜第57回全日本合唱コンクール全国大会
Vocal Ensemble《EST》は、2004年11月20日、第57回全日本合唱コンクール全国大会に出演し、一般A部門“金賞”を受賞しました。今年のコンクールは、2つの点で忘れられないものとなることでしょう。
今回のコンクール出場のスタンス
昨年の9月か10月のこと。「来年度のコンクールに出場するか。するなら何を目標とするのか。」という話し合いを《EST》のメンバー達とした記憶があります。
創立当初から、「所謂“コンクールを追いかける合唱団”にはならないでおこう!」というスタンスで活動してきました。コンクールの“功”の部分と“罪”の部分を話し合い、“功”の部分を大切に考えながら、各種コンクール(TVEC、宝塚、マルクトオーバードルフ、全日本)を楽しんできたように思います。
今回の自由曲となった『阿知女作法』は、昨年の話し合いのときに私が提案しました。音程もリズムもなく、西洋式の発声で演奏するわけでもないこの作品。当然、審査員がどんな評価を下されるか…など、皆目わかりません。
「声とは何か」という根本的課題を、“西洋に習え”式の観点とは全く違う側面から迫ってみたい! 日本独自の音の根源に向かいたい! そして、その成果を「全国大会」というすばらしい演奏の場を通して、広く問いかけたい!
このようなことを《EST》の話し合いの場で、力説したのでした。今回の提案に、《EST》のメンバー達も始めは半信半疑でした。しかし、2002年度に初めて頂いた金賞を、「今後『維持していく』ためのコンクールなどという位置づけはしたくない!」という思いはみんなにもありましたから、最後にはこの提案に全員がOKしてくれました。本当に嬉しかったです。
「自分の身体から沸き上がるものがあったことが嬉しい!」
「中途半端な演奏だけはせずにおこう。後は、評価していただける審査員と、こんなの音楽じゃないと言われる審査員がいていいじゃないか。作品の志向する深みへ精一杯入っていこう!」
練習でこんなことを何度か言い合いながら、覚悟を決めて、作品への試行錯誤、積極的なアプローチをしていきました。メンバーたちの目、そして声が輝いていきました。
本番の会場は、5階席、3500人分の客席がある、小編成合唱には、とてつもなく大きいホールでした。朝から大学の部の演奏を聴きましたが、広すぎるため、響きも良くありません。少しでも響きやすい並びを直前の練習であれこれ考え直しながら、本番に向かいました。(いつも思うのですが、少人数部門には、それ相応のホールを準備するべきでしょうね。運営上難しいかもしれませんが。聴衆の方々にも、いい響きで聴いていただきたいですもの。)
本番は、まず、課題曲であるメンデルスゾーンの歌曲。ステージの中では、わりに歌いやすかったです。他パートの声もよく聴こえたようです。ただ、遠い客席までの広い空間をどれほど豊かに満たせたかを考えると、もどかしさもありました。ドイツ語の発音もクリアに出せ、緻密に練習の成果が出せました。
さて、『阿知女作法』です。初めて聴かれる方々の緊張した空気が指揮する背後の客席から感じられます。戸惑い?驚き? やはり、響きの音圧が増していくところで、三重県文化会館のような、ホールの空間が鳴っているような感覚は余りなかったですね。最後の大祓詞の叫びも、広い会場の後ろまでは飛んで行かない感じでした。10月のコンサートで、「一番おもしろかった」と言ってくれた、小学生や俳句のご老人のような反応は、演奏直後の拍手に感じられなかったのも事実です。
とは言え、歌いきった事実は事実です。頂いた“金賞”は、“メンバー達の、未知なる音の世界への果敢なるアプローチ”へのご褒美ということになります。
審査は、絶対割れたはず。どんな観点で審査してくださるかによっては、最下位も覚悟の今回の選曲でしたが、結果的に金賞にしていただいた多くの審査員の方々に感謝の気持ちで一杯です。
ヴォイストレーナーとしていつも苦労の最先端に立ってくれた加藤さんは、「自分の身体の奥底から湧き上がるものがあった。こんな情熱がまだ自分にあった!と思えることがとっても嬉しい。」と言ってくれました。
11人もの新メンバーと心一つにできた!
「今年のコンクールは、2つの点で忘れられないものとなることでしょう。」と始めに記しました。その2つ目は、メンバーの入れ替わりでした。昨年の全国大会のステージに乗っていなかった新たなメンバーが、何と11人! 3分の1以上の割合です。毎年入れ替わりがあるにせよ、コンクールでこんなにたくさんのメンバーが入れ替わったのは、勿論初めてでした。
今回、初めて《EST》でコンクールに出演した11人の顔が浮かびます。
特にソプラノは、今回のステージ、何と8人中4人が新人でした。プレッシャーも大きく、大変だったと思いますが、けなげな位頑張ってくれました。もう、すっかり厚い信頼のおける方々となりました。伊賀さんは、いつも満面の笑顔で、向上心に富む、歌心たっぷりの優しい女性。「11人のおかげです。ありがとう。」という私の言葉に感激の涙を流してくれました。黒川さんは自分に厳しい努力の人。打ち上げでのほっとした表情が印象的でした。原口さんもこだわりの人。本番はそのこだわりが開花しました。丸谷さんは、18才ながら大きな光る可能性を持った、笑顔と度胸の頼もしい新人。この経験は大きかったと思います。
アルトの新人は、角田さん1人。18才ながら成長著しく、落ち着いたアルトの響きとなりました。信念のあるしっかりものの新人です。
テナーは、アメリカ帰りのベテラン鈴木君。彼の知識と話術はすごい(笑)。大学生コンビの金田君、加藤君は、いわば純粋培養。どんどん吸収し、将来が楽しみです。
ベースの田辺君は「素晴らしい仲間だ。この中に入れる自分が嬉しい。」と、きらきらした目で語ってくれました。「あなたが素晴らしいからですよ」と心の中で。可愛い後藤君、中国人キャラが笑える中山君は18才コンビ。ものすごく声が変わってきました。やはり将来が楽しみ。
しかし、この11人と心一つに出来た残りのメンバーこそ、すごいと思っています。若いメンバーへの愛情、おおらかな側面からの価値観の共有。そして、全員が、認め合い、大切にし合う仲間になれました。何よりも、この点が今年の《EST》の誇りと言えるでしょう。
前日に道後温泉でリラックスしたのも良かったのかも。
翌日は松山城へ。 
世界合唱シンポジウムを通して未来へ
『阿知女』を練習する楽しさは、『声とは?』『日本とは?』という根源に立ち返らせてくれることでした。体当たりする情熱が、《EST》を膨らませ、メンバー達を強く結んでくれたと思います。
世界合唱シンポジウムへはもう1曲、鈴木輝昭先生の意欲作品、
混声合唱と独奏打楽器のための「情燐戯画」より“
恋を恋する人”を演奏したいと思っています。これも決心のいる作品です。萩原朔太郎の詩集「月に吠える」の中の「さびしい情慾」からをテキストとし、それらの詩を戯画と捉え、音楽的な戯画を展開しようと試みて作曲されました。
静的で響きが空間の中で漂うように構成されています。
打楽器は金属系の民族楽器を使います。
世界合唱シンポジウムを機に、《EST》は新たな領域を目指します。今を生きる作曲家(お二人は私と同い年位です)、時間軸という共通の価値観を有する作曲家が、体当たりで世に問うた作品を、大切に音にしていきたいと思います。その営みが、私たちに音楽する意味を教えてくれる、未来へ繋がると信じて。
向井正雄のホームのトップへ
2004.12.31
『ぽかぽかコンサート』でクリスマス
Vocal Ensemble《EST》は、2004年12月23日、アストホール(三重県津市)にて、『ぽかぽかコンサート』を開催しました。突然の依頼だったのですが、無事終えることが出来ました。アットホームな雰囲気に、コンサートの新たな可能性を探ることが出来ました。
開催までの営み
秋の突然の依頼でした。しかし、推薦してくださった音楽関係者の方々の意向もあり、何とか、「期間は短くても出来るだけのことはやろう」ということで、お引き受けしました。主催は、津駅前都市開発株式会社。《EST》のコンサートをきっかけに、アスト津の入っている駅前ビルの活性化を目指そうという趣旨です。
チケットは、往復はがきで注文するというシステム。そのはがきは、ビルの各テナントに置いてあります。「こんなシステムでお客さんが入るのかなあ」と、始めは首を傾げていましたが、結果的には、競争率2倍! 私の親戚など、「4枚出したのに一枚も当たらなかったー!」と嘆く始末。従って、本番は満員のお客様に囲まれることとなりました。
さて、客層、短い練習期間などを考慮に入れたプログラムは、下記のようなものでした。
| きよしこの夜(グローバー) Kyrie、Sanctus(Victoria) アベマリア (Busto) アベ・ベルム・コルプス(Morzart) いっしょに、さびしいかしの木、おんがく、ロマンチストの豚 (木下) ○ トトロメドレー(久石) ピアノ連弾 「小組曲」より 小舟にて(Debussy)・・・加藤あ、藤田 ○ 動物たちのフーガ (バンキエリ) 午前0時のブエノスアイレス (ピアソラ) ○ 故郷、○ 村の鍛冶屋 (信長) 春よこい (弘田) ○ Help (ビートルズ) ○ Nelly Bly (フォスター) もろびとこぞりて、O,Holly night、Happy Xmas、War is over (○・・・スコラーズ) |
夏に初コンサートを催した《EST》スコラーズの再演、ピアノ連弾、歌唱指導、クリスマスソングなど、普段のコンサートにはないアットホームな一面を感じていただくコンサートです。
しかも、大学生の松井君と塩谷さんが進行役を担当し、コミカルで笑いを呼ぶ楽しい2時間となりました。
あっという間のリハ、そして本番
アストホールは初めてでしたが、ほとんど響きのないホール。リハーサルで響きを操ることが出来なかったのが、唯一の残念な点でした。というのも、会館の都合で、ホールリハーサルが1時間弱しか取れなかったからです。あっというまでした。責任ある演奏をするために、もう少し、事前の話し合いでこちらの気持ちを強く示せばよかったかもしれません。本番は、後半の声の出は良かったのですが、開演直後は探り探りだったような。
さて本番開始。客席は真っ暗になり、後ろからろうそく(ペンライトに和紙を巻きつけました)を持って客席の通路の階段をゆっくり下りながら、『きよしこの夜』を歌って入場です。一気にクリスマスの雰囲気。
お子様とご老人も多いこの日のお客様でしたが、スッとコンサートの雰囲気になじんでいただけたようです。前半のクライマックスは、《EST》スコラーズの『トトロメドレー』と『動物達のフーガ』。小学校でのコンサートで大受けした曲です。今回も、トトロに扮した常住君が活躍です。『さんぽ』は、客席を元気に練り歩きながら歌いました。
後半は、ピアノ連弾で開始。加藤さん、藤田さんは、本当に絶妙で守りに入らない演奏を聴かせてくれました。拍手!
最後のクリスマスソング集は、普段の練習でなかなか取り上げないような曲。練習も本番演奏も、伸び伸び楽しく出来ました。スコラーズの面々に加え、伊賀さん、黒川さん(ソプラノ)のソロも、ピュアで魅力的なものでした。
楽しいクリスマスとなった今回のコンサート
「お客さんはみんないい顔して帰られました。」と、主催者からお礼のお言葉を頂いたのは、終演直後でした。2時間きっちりのコンサートでした。題名どおり、お客さんの心がぽかぽかと温かくなるコンサートでした。歌ったメンバー達も、年の暮れにも拘らず、よくやってくれました。クリスマスのひと時をこんな形で迎えられたのも、楽しかったです。
新潟地震に向けての義援金を途中休憩の時に募りましたが、3万円以上集まったそうです。これも達成感の一つ。
26日の《EST》今年最後の練習には、何と小学5年生の女の子が、お母さんを連れて見学に来てくれました。「ぽかぽかコンサートが楽しかったので・・・」と、ニコニコとしゃべってくれた彼女の笑顔は、我々にも喜びを与えてくれました。
思いがけない今年最後のイベントでしたが、「こんな心温まるコンサートを催すことが出来るんだ」と、嬉しい気持ちで大晦日を過ごしています。思えば、ストイックな活動、エネルギッシュな活動もありましたが、年の最後に、原点とも言うべきところに戻ることが出来ているような気がします。落ち着いた気持ちで、次の年に入っていける・・・。
《EST》は“成熟”を目指していきます。40代を筆頭に、各世代ともに有機的に深く繋がっていける集団になっていきます(私が40代だからというわけでもありませんが)。そのためのヴィジョン作り、組織作り、が始まっています。3月の総会に向けて。そのヴィジョンの第1章に私が掲げた提案をご紹介して、締めたいと思います。
|
ヴィジョン2005 (2005・4〜2006・3)
ヴォーカルアンサンブル《EST》音楽監督 向井正雄 1992年6月の結成以来、13年目に入っている《EST》。その間、世界に通じる室内合唱団という夢を掲げて営みを続けてきました。今後、新たなたくさんのメンバーと共に、新しく楽しい一歩を踏み出すため、私の考えを述べていきたいと思います。 1.《EST》の個性とは |
2005.1.24
びわ湖ホール再び!〜第3回合唱ゴールデンコンサートでの招待演奏を終えて
Vocal Ensemble《EST》は、2005年1月23日、滋賀県合唱連盟主催の第3回合唱ゴールデンコンサートでの招待演奏を終えました。
会場の、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールは、2002年11月の全日本合唱コンクール全国大会で、歌って踊って、初めての金賞を受賞させていただいたホールです。びわ湖を埋め立てて作られた、ロビーから広くびわ湖が見渡せる、とてもリッチな雰囲気のホールでした。自然と建築の融合がとてもいいですね。
今回のプログラムは、下記のようなものでした。
| ・レクイエムより、Kyrie、Sanctus&Benedictus、Agnus
DeiT,U&V Victoria ・Buenos Aires Hora Cero(深夜12時のブエノスアイレス) Piazzolla ・Uti var hage(牧場で) Hugo Alfven ・Onnelliset(幸せ) Leevi Madetoja ・阿知女作法 より、(短縮版) 千原英喜 |
よく響くホール、たっぷり与えていただいたリハーサル時間、三重県からのバスのチャーターや昼食をお世話いただいたことなど、夢のような待遇に、いい演奏が出来ないはずはありません。この日のみんなの歌いぶりは、本当に頼もしく、音楽も今までより深いものを表現することができました。1日たった今、心地よい達成感と、明るい未来展望に包まれています。
この日を振り返ってみます。
午前8時50分、三重県津市から、用意して下さったバスに皆が乗り込みました。総勢37人。プラス7人! このプラス7人とは、三重県からの聴衆です。滋賀県合唱連盟のお計らいにより、入場料(2500円)も無料に! 7人の内訳は、メンバーの職場の同僚、メンバーの出身高校合唱部の後輩、メンバーのご家族や親戚、旧《EST》メンバーなどなど。この方々は“1日《EST》体験ツアー”です。行きのバスの中のエネルギー、リハーサルの直向さ、そして帰りのなごやかさ・・・など、すべて体験していただきました《笑》。
11時にホール到着。控え室で見せていただいたプログラムには、24団体のプロフィール、客演指揮の須賀敬一先生のプロフィール、そして、招待演奏としての《EST》のプロフィールが、掲載されていました。24団体は、関西の団体がほとんどでしたが、遠く、宮崎県からの団体も含まれており、『全国的なイベント』の色合いを感じました。伊藤光子滋賀県合唱連盟理事長、吉村信良全日本合唱連盟理事長、浅井敬壹関西合唱連盟理事長によるメッセージには、私や《EST》の名前を出され、恐縮するようなコメントが書かれていました。メンバーたちもさぞかし、励みになったことでしょう。
パート練習も出来るようにと、複数の部屋が準備されていました。一同感激しながら、2時間半近くも練習しました。勿論、休憩も挟みながらですが。いつものことですが、練習で生まれる響きをとても大切にし合う仲間達。少しでも少しでもいいサウンドを求めて行くと、時間がすぐたっちゃうんです。今回はそれに加え、北欧の作品では、テンポや音色を微妙に動かす繊細なアプローチをすることができました。満足。
さて、本番。ヴィクトリアの“キリエ”は、最初の数小節の純正な6声のハーモニーの積み重ねに、ホールがビーンと鳴ってくれました。その後も、安定した熱い音楽が実現できました。皆の顔が凛々しく感じられます。
ヴィクトリアの『死者のためのミサ曲』は、本当にすばらしい作品ですね。特に、純正律の混じりけのないハーモニーを作り出すにはぴったりの作品です。しかも、スペインルネサンスの熱い情熱のサウンドで進行していきますから、体の持って行き方など、基礎的な音楽つくりに大変役立ちます。もちろん、生と死を含む“祈り”を真っ向から捉え、表現していきますから、一人一人が音楽的にも磨かれていきます。
さて、最後の演奏作品である『阿知女作法』。より深くお聴きいただこうと、演奏前に私はマイクで客席に向かって、お話させていただきました。
「アチメとはアマテラスオオミカミのことです。この作品のテキストとなっていますのは、神道の大祓詞、伊勢物語や源氏物語などから鎮魂の短歌、シー、ハーッという警畢などです。これらをテーマに、千原英喜先生が体当たりで書かれた作品。西洋の音でない手法で書かれた古代の姿を存分にお楽しみください。世界合唱シンポジウムでもこの作品を演奏します。世界の合唱を愛する方々に、日本の新たなる作品を新鮮に受け止めてもらえるように、しっかりと演奏して行きたいと思っています。」
こうして、演奏を始めました。非常にアグレッシブな演奏でした。終わった後のお客様の拍手も大きかったです。終了後、須賀敬一先生とすぐにお話が出来、「全国大会より良かったよ!」とお褒めの言葉をいただきました。
このような演奏が出来たのは、ホールの響きの良さと、新団員の頑張りの成果だと思いました。加えて、全国大会のあの少しためらったような拍手が、皆の頭の中にあったのだと思います。「もっともっといい演奏が出来るはず!」この精神で、この日のステージに賭けたのだと思います。
演奏を終え、順路を歩く私達を囲むように、帰られるお客さんが大勢立ち止まって拍手してくださいました。若い団員達は、大喜びです。「阿知女がとてもよかったよー」と声をかけてくれるお客様方も見えました。ありがたいワンシーン。
《EST》の掲示板にも、嬉しい感想が届いています。記念にここにコピーしておきます。(とてもありがたかったです。)
| ビワコホールでのゴールデンコンサートのすばらしい演奏本当にありがとうございました。今までにたくさんの演奏を聴いて参りましたが貴団の演奏を聴き鳥肌の立つ濁りのない透明感あふれる繊細なそれでいてダイナミックな演奏には目を丸くしいつのまにかやっと出会えたハーモニーに感動のあまり涙してしまいました。ノンビブラートの完全な音の調和に酔いしれていました。最後の曲に至っては凄すぎて開いた口がふさがらないいうか本当にアマチュアなのかという感想でした。とても我々にはまねのできない演奏ですがたとえ半歩でもレベル的に可能なところから近づきたくおもう次第です。今のポリシーをいつまでも大切に今後の皆様のご活躍大いに楽しみにしています。感動をありがとうございました。 |
この日の演奏は、おそらく、深い表現という点で、今までで一番の出来であったような気がします。考えてみるに、演奏とは、そのときの精神状態、体の状態で、ずいぶん変わると思います。出発から演奏まで、滋賀県連のご配慮で全く疲れなかったことは、いい演奏ができたかなりの原因になります。どんなに感謝してもしすぎることはありません。バスの中で、みんなが楽しくできたこと、新たな団員との励まし励まされの関係、主催者側の期待に答える喜びで結ばれたこと、それらがすべて音楽的な高まりに昇華できたこと・・・。本当に忘れられない演奏となりました。
そして、最も嬉しいこと。それは、音楽を深く捉えることの出来るメンバーが増えてきたのだと思えることです。音楽に中に、人生をしっかりと刻むことの出来るメンバーが。これは、私の人生にとっても、すごく嬉しいことです。
帰りのバスは、みんな緩んだ顔、満足な顔でした。少し、気持ちを休めて振り返ったときに、この日培ったものの大きさを感じることが出来るのではないでしょうか。
2005.2.7
平成16年度『三重県文化大賞』を受賞しました
Vocal Ensemble《EST》に飛び込んできた朗報です。
1月31日から2月1日にかけて、各新聞の地方欄にも掲載されました。
初めは、あまりピンと来なかったのですが、いろいろな方々が「おめでとう」と言ってくれると、「ああ、良かったんだなあ・・・・」と思えてきます。各メンバーのところへも、同じように「おめでとう」の声が聴こえて来ているようです。
今年度の三重県文化賞受賞者は、文化大賞1団体、文化功労賞3名、文化奨励賞5名、文化新人賞5名1団体ということです。
三重県文化賞の表彰趣旨は、『三重県の文化の振興に貢献し、県民文化の高揚と潤いのあるふるさとづくりを進めるため、芸術、学術、伝 統芸能、生活文化を通じ、その活動と功績が著しい個人または団体を表彰します。』とのこと。これは、三重県庁ホームページに掲げられています。
さて、表彰式ですが、下記のとおり行われます。(三重県庁ホームページより)
|
そうです。30分のコンサートをさせていただくことになったのです。『たくさんの方に聴いていただきたい』という、県の担当の方々からのメッセージも、うれしく承りました。
表彰趣旨を読み返しますと、ちょっと恐縮してしまいます。実際、声を合わせる楽しみのために集まってきている《EST》の面々。こんな大きな賞を受けていいものでしょうか。かといって辞退するのも勇気の要ることです。
ここは、“今後そういう期待を感じながら活動してください。”という温かな励ましのメッセージなのだ!と受け取って、前向きに進んで行きたいものです。メンバー達もそう思っているのではないでしょうか。
それにしても、私と一番深く関わっているグループ(13年間、毎週顔をあわせているという意味で)が、こんな大きな賞を受賞したということは、私にとっても、とてもうれしい出来事でした。
《EST》のみんな! 本当におめでとう。
そして、たくさんの方々にアストホールにお越し頂ければ、こんな嬉しいことはございません。
2005.2.17
3代目《EST》スコラーズのフィナーレ〜第16回三重県合唱アンサンブルコンテスト&フェスティバル
2005年2月12日に催された第16回三重県アンサンブルコンテスト一般の部にて、《EST》スコラーズは、金賞・最優秀賞を受賞しました。(当日の様子は県合唱連盟のHPにて)
《EST》スコラーズは、今年は、『Chili Con Carne』と『Nelly Bly』の2曲で出場。両曲共に、リズム主体の愉快なアレンジ版です。特に、『Chili Con Carne』は、2000年にグアム公演をした時に、グアムのアカペラグループ、“ネイティブ・タング”が歌っていた曲です( 5.グアム公演の思い出(00/4/18))。あの時の共演、そして2000年7月の三重県での“ネイティブ・タング”とのジョイントコンサートで、加藤さんが飛び入り参加でこの曲にチャレンジしたことを思い出します(11.『国際合唱フェスティバル Native Tongue & Vocal Ensemble《EST》』の開催(00/7/22))。で、今回に繋がったのです。楽譜は、ネイティブ・タングのリーダーの方に頂いておいたのでした。
『Chili Con Carne』は、メキシコ料理の作り方を早口で歌う楽しい曲です。せりふの入る部分があるのですが、その部分だけ、《EST》スコラーズのオリジナルとして、日本語で唱えてみました。音のなくなるほんの2秒くらいの休符の間に、「メキシコ料理の作り方の歌です!」「コショウを入れすぎちゃいました!」と、合の手のように入れるわけでしたが、この一言で、会場はとても楽しい雰囲気に包まれました。
『Nelly Bly』は、何回もあちこちで歌ってきた曲でしたが、歌うたびにこなれて行くのが嬉しかったです。シャカリキになるのでなく、柔らかなリズムやpやppも入れ、力を抜いておしゃれに演奏できました。安定感と一体感の強い演奏でした。
「アンサンブルの楽しさを、高校生達を始めとする若いシンガー達に示せればいいね!」という目標で、選曲し、この日のお披露目となったのですが、審査員の先生方も趣旨をお分かりいただいたようで、達成感あるステージでした。
3代目《EST》スコラーズの最後のステージとなりました。10日後の合宿で、新スコラーズ結成のための投票が行われます。3月21日の、『三重文化大賞受賞コンサート』では、新旧スコラーズのコーナーを持たせていただきます。合同で2曲演奏。その後、4月からは、新スコラーズの活躍となります。毎年メンバーの変化が宿命付けられている《EST》スコラーズ。それだけに、1年1年が尊い期間となり、メンバー達も伸びていきます。もちろん、《EST》スコラーズを卒業したメンバーも、《EST》の核となるメンバーに違いありません。(今年度の中村さんがそうなのですが、実に意義深い活躍をし続けてくれています。)《EST》全体が、豊かな技術とハートを持つメンバー達でだんだん満たされてくるのです。
10日後の合宿では、『団内アンサンブルコンテスト』(全体部門、フリー部門、デュエット部門)を催します。また、『団内ソロコンテスト』も。これは今年の目玉。1年間の伸びをソロで示しあうのです。ほとんどのメンバーがこの部門に参加の名乗りを上げてくれているのがうれしいです。初心者もベテランも、場を同じくし、心開きあって、認め合っていく。いいアンサンブルを求めていくグループに必要なものを育てあう合宿です。楽しみです!
2005.3.2
盛り上がった“第1回団内ソロコンテスト”
2005年2月26日、恒例の合宿は、新企画、“第1回団内ソロコンテスト”で幕を開けました。これが、大変盛り上がり、大成功でした。
この目的は、今年度取り入れた個人ヴォイストレーニングの成果を発表するというものでした。積極的な自由参加とし、何人くらいが参加するかなあ・・・と楽しみにしていたのですが、蓋を開けると、39人中27人が参加。2時間半をかけた大イベントとなったのでした。(うち2人は、「合宿に参加できないが歌いたい!」と、合宿1週間前にうたってくれました。)
演奏は、個人個人が自分のMDに録音します。毎年、同じMDに録音していくと、自分の声の成長や音楽創りの変化を確認できます。そうやって、1年1年積み上げていこうという目的です。
コンテスト開始です。演奏の前に、各自が提出したレポートを私が読み上げます。そこには、@パートとお名前 A演奏曲名 B作曲家名 C曲の内容 D聴き所や苦労した点などが、書かれています。特にDは、音楽をする同じ仲間がそれぞれの課題に向かってがんばっている姿を示しあうわけですから、気持ちを繋ぎあう意味で、尊いメッセージでした。私は、それぞれのメンバーの気持ちを汲みながら読み上げさせていただきました。
1人が歌い終わると、全員がメッセージを書きます。そして、個人名の書かれた大封筒に入れるわけです。全員が演奏を終ったあとは、もう一回聴きたい人(アンコール)を投票で選びます。そして、最後にアンコール演奏のコーナーとなるわけです。
以上の要領で、コンテストは進められました。イタリア歌曲が多い中、リヒャルト・シュトラウスやマーラーまで出てきました。すごい意欲です。ソロが初めてというメンバーや、ポピュラーものを歌うメンバーもいて、場は和やかでした。一人一人が、今の自分を出し合うことがとても大切。出し合える雰囲気、認め合い、称え合い、励まし合う雰囲気がとてもよかったと思います。
伴奏を一手に引き受けて下さった、ヴォイストレーナー加藤さん。「少しでもソロをするメンバーが喜んでくれるよう・・・」と、27曲の練習を必死でされたそうです。リヒャルト・シュトラウスやマーラーは、伴奏もものすごく難しいのですが、すごい完成度でした。これには皆感激でしたね。
さて、投票で9票を獲得し、ダントツでアンコールに選ばれたのは、Kさんでした。『この道』(山田)を伴奏なしで歌った彼女。4番まであるこの歌を歌詞の変化に合わせて実に緻密に歌ってくれました。Dに書かれている、「歌詞をどのように変化させて聴かせるか、そして歌全体の“白”のイメージを重くならないように爽やかに出せればいいと思います」というメッセージの通り、曲を自分のものにされていました。アンコールでは、加藤さんの即興伴奏がつき、また違った味わいで聴かせてくれました。
5票を獲得し、次点だったのは、F君でした。Sogno(トスティ)を演奏。Dには、「愛が伝わるか!」で始まり、響きを前に出すことが表現力につながらないもどかしさが書かれていました。しかし、演奏は、端正なもので、彼らしいひた向きさを感じました。緻密で安定した表現でした。
全ての演奏に拍手を送りながらも、私が1票を投じたのは、藤田沙織さん。Lultima canzone(トスティ)を演奏。Dには、O母音が奥に入らないようにすることと、声のチェンジに当たる音域の克服が目標と書かれていました。私がいいと思ったのは、彼女のピュアな音色でした。普段はアルトの彼女ですが、高音域を頭に抜けた声で響かせ、愛する主人公の気持ちが空間にスーッと広がっていくように感じられたのでした。音楽もとてもよくわかるように作られていて良かったです。
他の票の入ったメンバーを記録しておきましょう。
3票… Hさん Ideale(トスティ) Yさん O del mio amato ben(ドナウディ) 2票… Sさん Amor,ch’attendi?(カッチーニ) Mさん Le violette(スカルラッティ) N君 Caro mio ben(ジョルダーニ) M君 Caro mio ben(ジョルダーニ) W君 メサイヤより(ヘンデル) T君 歌の翼に(メンデルスゾーン) 1票… Fさん Lultima canzone(トスティ) S君 Winternacht(リヒャルト・シュトラウス) T君 “詩人の恋”より(シューマン) N君 Requiemより(ヴェルディ) |
たまたま風邪で調子が悪かったメンバーもいたりしましたが、歌い終わった後の、晴れ晴れしたみんなの顔が印象的でした。出演しなかったメンバーが「来年は出る!」と言ってくれてるのも頼もしかったです。やはり、好きな歌を一生懸命歌って温かい拍手を受けて…というのは、嬉しいものですものね。
P.S.4年目となった『団内アンサンブルコンテスト』や、エアロビクス、発声&視唱講座などを盛り込み、合宿は最初から最後まで熱のこもったものでした。来年度の主な演奏曲の譜読みも終えることが出来、新たなメンバーとの親睦も深められ、とても有意義なものでした。“情燐戯画”(鈴木輝昭)の魅力と手ごわさも、たっぷり(笑)味わいました。
2005.4.6
授賞式でのコンサート
2005年3月21日は、『三重県文化大賞』の表彰式でした。第3部で、《EST》のコンサートも企画され、この日は、一日とっても楽しい日になりました。
朝の練習で、アストホールの響く位置を発見できたのが嬉しかったです。12月の『ぽかぽかコンサート』では、ステージリハーサルをほとんどさせてもらえず、椅子もギリギリまで並べてあったので、歌う位置を工夫する余地がなかったのですが、この日は、椅子の位置が決まる前にリハーサルをさせてもらったのがラッキーでした。
12月とは全く違う、よく響く位置。これだけで、もうみんな大喜び。響きは、いい演奏をするための生命線ですもの。
交通費やお弁当まで出していただき、お昼はみんなくつろいでいました。暗譜の確認、和室でのお昼寝(?)、そして4月から環境が変わるメンバー達の紹介と不安話などなど。まさに、生活の変化が余儀なくされる時期。当然、そんな生身の人間で構成される合唱団ですから、合唱団自体も、川の流れのように変化し続けます。まだ描かれてない未来を見つめるメンバー達の目は、何を見つめようとしているのでしょうか。
さて、私と代表の北田君は、第2部の表彰式から出席です。県知事から、ヒノキの板に字を彫りこんだ立派な賞状を頂きました。トロフィーも。また、インタビューのコーナーもあり、感謝の言葉と決意を述べました。その頃には、客席に《EST》のメンバーも着席していました。
いよいよコンサート。「堅苦しさを一掃しよう」を合言葉にステージに登場です。県の方々と他の受賞者、そして一般の方々が少々。場違いのような会場でしたが、これも経験。《EST》の演奏としては、とてもよかったと思います。
ヴィクトリアのKyrieは、より人間的に、響きの厚い演奏を目指しました。曲の再演は、演奏の再演ではありません。12月のヴィクトリア、1月のヴィクトリア、今回のヴィクトリア・・・と、全く違う表情を醸し出せたことに喜びを感じます。
木下作品は、言葉と響きの結びつきを密接なものに。再演を繰り返している木下作品ですが、煮込むほど味が出るとはこのことです。CDがもうすぐ発売されますが、録音したあの頃と現在とでは、大分表現も変化しているはず。その変化を実感できることも楽しみにしつつ、CD発売を心待ちにしています。
続いては、新旧スコラーズの合同演奏で、『Chili Con Carne』と『Nelly Bly』。総勢16名のアンサンブルでしたが、スコラーズとしての初ステージメンバーも、一糸乱れぬ演奏に向かっていました。早口言葉と複雑でコミカルなリズム。楽しい演奏に拍手も大きく頂きました。
再び、全員がステージに上り、デュリュフレのモテットを3曲。印象派の時代を経験したフランスの美しい響きに、グレゴリア聖歌の言葉の抑揚を載せ、真っ直ぐな響きを大切にしながら演奏しました。初ステージとしては、満足行くものでした。さらに今後、精神性の深さに迫って行きたいです。
ラストは、ピアソラのタンゴをコーラスにアレンジされた作品。バンドネオンの「ざっざっ」という鋭いリズムを入れながら、踊りたくなるような情熱的な演奏を目指しました。今年のレパートリーとして、ワールドミュージックに分類されるような作品をたくさん入れていこうと思っています。音楽の原点はヨーロッパですが、その後の広がりを考えると、ヨーロッパ以外の地域の音楽を数多く体験していきたいのです。
最後の拍手は、温かでした。《EST》のみんなも演奏し終えたすがすがしさが広がっていました。当然のように打ち上げの提案が出て、即、アスト津の一階の飲み屋で乾杯! その後、2次会まで。飲めない私ですが、この日のお酒はおいしかったです。
2005.4.7
4代目《EST》スコラーズに託すもの
2005年度の《EST》スコラーズの、日々の活動が始まっています。
《EST》スコラーズは、2002年度に、《EST》の核となるグループとして誕生しました。『アンサンブルのリーダーとして、常に理想のアンサンブルを実現し、意欲的に研鑽を積むことで自らの技術を伸ばし、全体練習、パート練習、個人練習のアドバイザー的役割となる』という目標のもと、全団員の項目別投票(1.《EST》サウンドをリードする声、 2.譜読みが早くしっかり、 3.意欲的な研鑽と個人やパートへの指導、 4.人間的魅力)を一つの資料として、私が、本人の意思確認をしながら、人選をしてきたものです。(意志確認は、1.スコラーズのヴィジョンに沿って活動できるか、2.すべての練習や本番に参加できるか、の2点でした。)
毎年、2〜3月に決定するのですが、今年は、今までにない形での《EST》スコラーズが生まれました。女声8名、男声6名の、総勢14名。これまでで最多人数です。新たなメンバーが4名、復帰が1名。
いつも14名でアンサンブルするわけではありません。女声アンサンブル、男声アンサンブルは勿論、メンバーをさらにチョイスして1パート1人の数名のアンサンブルもしていこうという目的です。
夏から秋ごろには、単独のコンサートも予定します。また、学校や施設などの訪問演奏も視野に入れ、多彩な選曲を考えているところです。
もっとも、《EST》スコラーズの一番の目的は、“全員の中の核となること”ですから、まずは、毎回の定例練習を支え、全体の音楽的向上を目指す役割から、スタートです。私やトレーナーとの連携を図り、練習曲の視唱、パート練習、チーム練習、個人練習のリードなど、他メンバーからの確かな信頼を得るメンバーとなるために力を発揮してもらっています。
今年は、さらに「パートナー制度」を設けました。自分のパートナーとなったメンバーを“特に”注目し、大切にしていくのです。そのメンバーが、たとえば来年のソロコンテストで伸びを示したり、自分と2人でデュエットをしたり・・・・それを喜びととらえる。そんな形で、育て役、アドバイザーになれればいいと思います。パートナーがどこまで変わるか!それがスコラーズの各メンバーの楽しみでもあって欲しいなあと思っています。
このアイデアは、何も私が考えたのではなく、ソプラノパートで実行されてたことです。あるパートで成果を上げそうなことは他パートでも積極的に取り入れていく。そんな広がりが、《EST》全体をよくしていくのだと思います。《EST》スコラーズの14名が、お互いに情報交換をしながら、いろんなアイデアを出し合い、いいものを限りなく目指していくような存在であって欲しいと思います。
また、練習の始めに、いろんな企画を入れていこう!という提案もあります。たった5分でも、即席カルテットコーナーなど、楽しみながら練習に花を添えて行こうとするものです。
提案をし合うのは簡単。実行していくのは難しい。提案が提案で終ってしまうことが多いのが人間。しかし、1年間という期限付きですから、ぜひ、大暴れしてやりきって欲しいものです。
《EST》スコラーズが元気な年は、全体も元気でハッピーな活動ができます。4代目《EST》スコラーズに、今、注目が集まっています。さて、どんな1年を生み出していくか! ご期待ください。
ソプラノ 伊賀 千恵 ソプラノ 黒川 亜紀子 ソプラノ 塩谷 茜 ソプラノ 細野 裕美子 パートリーダー アルト 常住 光子 パートリーダー アルト 中村 敬子 アルト 山羽 貴久子 アルト 渡辺 章子 テノール 福本 三喜 パートリーダー テノール 松井 佑輔 テノール 渡辺 健次 ベース 常住 信教 ベース 寺田 昌樹 パートリーダー ベース 土井 誠 |
2005.4.28
東京でのステージは6回目
Tokyo Cantat 2005に向けての最後の練習を明日に控え、ワクワクした気持ちでいます。この4月は、新学期ということで、いろいろと神経を使う月でしたが、それも必死でキリをつけ、やっと気持ちを切り替えられる今夜。
思い出すに、東京でのステージは、今回、6回目になります。振り返ってみましょう。
1回目は、1996年2月、東京ヴォーカル・アンサンブルコンテスト(TVEC)への出場。バリオホールでした。当時、共立女子高校に勤務されていた野本先生、彼とは出身高校が同じということで、大変お世話になり、高校を練習に使わせて下さいました。懐かしい思い出です。このときは、一般の部41団体中、一番目に出演し、最高点の金賞を頂いたのでした。今から考えると、《EST》はこの頃から勢いがついてきたような気がします。翌週の特別演奏会に推薦され、また東京まで行って出場した記憶があります。2回目の東京演奏でした。このときは大雪となり、夜行バスを使って帰った私を含む10数名は、小田原で雪のために深夜から翌日の夕方まで14時間の缶詰状態。非常食のビスケットが供給されたことを思い出します。
1997年にも、TVEC出場。このときはルネサンス・バロックの部の出場し、銀賞でした。皆川先生から、お叱りのアドバイスを受けたことが印象的に残っています。それは、「楽譜は原点版を使いなさい!」というものでした。チェスター版の速度記号に則して演奏したのですが、「楽譜の速度記号自体が間違っていると思う。」と書かれていました。この時ほど、私の浅はかさと皆へのすまなさを感じたことはありませんでした。以来、ルネサンス時代のものを取り上げる時は、後の時代に書かれた音楽記号を鵜呑みにしない習慣が付きました。今となっては、いい体験だったと思えます。
4回目は、1998年5月。東京カテドラル聖マリア大聖堂での“教会暦による演奏会シリーズ〜聖霊降臨祭〜”(日本合唱指揮者協会主催)に出演。初演以来450年間眠っていた貴重なミサ曲(コンティーノ作曲)を本邦初演したのです。これはイタリアでも話題となり、イタリア全土で放送されたのでした。
5回目は、2003年のTOKYO CANTAT。歌って踊ってのパムグンが大受けでした。その時の様子は、当時の日記をクリックしてください。→ (Tokyo Cantat 2003に出演! すごい反響でした!)
そして、今回は、二度目のTokyo Cantat です。
4月30日の講習会から参加し、5月3日の夜が演奏会です。場所は、すみだトリフォニー。
パナムジカさんが、出来立てのCD『春に』を持って、5月5日に東京まで来られます。たくさんの方々に聴いていただきたいと願っています。また、オルトナーさんと1年ぶりの再会です。講習会も盛りだくさんですが、もう一つ、東京国際フォーラム全館で開催される“「熱狂の日」音楽祭2005”も興味津々。全7ホールで朝から晩までベートーベンのあらゆるジャンルの作品を演奏するのです。さらに、4日は、『関屋晋を囲む会』に出席してこようと思っています。
しかし、何はともあれ、3日の演奏。命がけで振れるよう(オーバーかもしれないけど)気持ちを充実させていきます。メンバー達も、それぞれの夢、確信を持って臨んでくれると思います。そういえば、先日の《EST》の練習で、県文化大賞の賞状(檜で出来ています)とトロフィーを創立メンバーである二人(アルトの常住、テナーの野田 両人)に持ち帰ってもらおう・・・と拍手で決定。これは、13年間の山も谷も私と共に歩んでくれた貴重な二人への感謝の気持ち。《EST》は、このように古きも新しきも尊重しあえるいい仲間になっています。
貴重な東京での演奏。テーマは、合唱音楽の世界地図Part3『合唱コロンブス、新大陸へ』。アメリカ、アルゼンチン、キューバ・・・。日本ではなかなか演奏されない珍しい作品に焦点を当て、思いっきり楽しく演奏したい。どうか、そんな《EST》をご期待下さい。そして、いろんな合唱仲間との大きな輪ができればいいなあと思っています。
2005.5.16
TOKYO CANTAT 2005『合唱コロンブス、新大陸へ』に出演
2005年5月3日、ヴォーカルアンサンブル《EST》は、TOKYO CANTAT 2005〜合唱音楽の世界地図Part3『合唱コロンブス、新大陸へ』に出演しました。その日のことを書きとめておきましょう。
当日の練習とリハーサル
今回は、「《EST》としての集団行動の時間を極力少なくしよう!」という合言葉のもと、当日の15時に、ティアラこうとうに集合して練習を始めるまで、何の拘束もないようにしました。メンバー達は、それまでの間、TOKYO CANTAT 2005のセミナーに出たり、原宿で遊んだり、大江戸温泉(?)に行ったり、友達や親戚の家に居候したり、その日に三重県を出たり、夜行バスで東京入りしたり、・・・実に様々でした。
私は、4月30日から両国に宿を取り、TOKYO CANTAT 2005を満喫していました。そして、当日、錦糸町駅に着くと、丁度、当日出発組と駅で鉢合せ! そのまま皆と昼食を済ませ、昼の部のコンサートを聴きに、すみだトリフォニーホールに入ったのでした。(おっとその前に私だけ靴屋に寄らねばならなかったのでした・・・。)
たくさんの《EST》のメンバーがいました。この日の昼のコンサートは、詩人と合唱「谷川俊太郎」。夜の部と同じ会場ということで、ホールの響きや雰囲気を知っておきたかったのです。
すみだトリフォニーホールは、素晴らしいホールでした。私は2階席の前の方に座りましたが、音がすっきりと届きます。1階席の前の方に座ったメンバーも「響きがいい!」と喜んでいました。Gaia
Philharmonic Choirの熱演には「よし!我々も!」と勇気が沸いてきました。
途中で退席しなければいけない事を残念に思いつつ、15時からの練習に間に合うようにホールを出ました。お天気のいい日でした。散歩日和。でもタクシーに乗ってしまいました。この日は朝から意識的にのんびり。つまり、本番に体力を取っておきたかったのです。気力体力充実で本番を迎えたかったのです。(何かタクシーに乗った言い訳みたいになっていますね。)
さて、ティアラこうとうに時間前に全員集合。見学者もみえます。誰かが私の新品の靴の入った袋を見つけからかいます。ステージ用の靴を忘れてきたのを知っててからかう悪いやつです。でも、雰囲気は上々。気合十分です。
いつものように、たっぷり歌います。息を合わせるメモリを細かく細かく意識し、滲み出るような一体感をめざします。その中から、本番への意識の高さが生まれてきます。あっという間の2時間でした。
見学者の一人は、私の21年前の教え子でした。当時の勤務校、鈴鹿市立白子中学校の合唱部の部員だった女性。その年、私の教員生活で初めてNHKコンクールなるものに出場し、県最優秀賞に選ばれた時の1年生です。期待のアルトでしたが、彼女は2年になるときに東京に転校して行きました。今は中学校教員で合唱部の顧問をしているようです。私もあの頃は、わけもわからないがむしゃら指揮者でしたが、こんな形で交流できるのは、教師冥利に尽きます。
また、名古屋から駆けつけてくれたのは、三重大学合唱団の1年生の男の子。「合唱は初めてだが、やるからには合唱の素晴らしさを貪欲に吸収したい」と目をきらきらさせながら話してくれました。昔の自分を見るような嬉しい気持ち。「うまくなって冬には入団したい!」とも。大切にしたい若者がまた一人現れました。みんな気合がますます入ります。
「一生懸命すぎます。本番はもっと、余裕を持って楽な気持で力を抜いて行きましょう。」とコメントして終了しました。外へ出ると、穏やかな夕日です。解散と思いきや、全員で広場に並んで、ステージをどう使うかの確かめを始めました。大切な東京での本番。舞台への出方から襟を正していこうという意気込みです。こういう時に一人残らず集中できるのがいいですねえ。誇れる仲間達。
17時半です。20時15分からのリハーサルまで、また自由行動です。私は急いでコンサート開始(18時)に間に合わせましたが、ゆっくりディナーに出かけるメンバーもたくさんいたようです。
合唱音楽の世界地図Part3『合唱コロンブス、新大陸へ』は、アメリカ大陸の珍しい作品がたくさん並びました。特に中南米の合唱曲はダンスのリズムを用いた楽しいものが多く、各団体とも、パフォーマンスを伴ったり、衣装に凝ったりしていました。松下耕先生のピアニストとしてのパフォーマンスは、会場の笑いを誘う本当に楽しいものでした。
いつまでも客席で音楽に浸っていたかったのですが、そうは行きません。着替えに行くと「リハーサルの小ホールはすごく響きが良く、本番の大ホールはお互いの声が聴こえにくい・・・」との情報が。困りました。反対ならいいのですが。対策を練らなければなりません。そこで、小ホールではステージではなく客席を使って練習しました。広くスペースを取って、聴きあいにくい環境を作ったのです。それでもずれないよう「とにかく指揮を見て!」と。テンポも意識的に少し変えてみたりしました。みんなにとっては大変だったでしょう。昔なら凶と出てしまうような賭けのようなリハーサルでした。しかし、みんなしっかりと本意をわかってくれているようでした。ありがとう、みんな。
さて、本番は、20時55分。21時10分に演奏会が終了・・・・・・のはずでした。ところが、「30分以上も押している」とのスタッフの方からの連絡。これには少なからずみんな動揺しました。「終演が夜の10時前になっちゃう。お客さん帰っちゃうよ!」「9時36分の錦糸町発に乗らないと名古屋に帰れないよ!」「荷物を駅のコインロッカーに預けたけどそこは10時に閉まる!」などなど。本番前の動揺はイヤですね。私は、スタッフの方に頼んで駅のロッカーまで走ってもらいました。また、帰れないメンバーは、私のホテルの部屋へ(おっとここまでしか書けません!)。お客さんが減ることだけは避けられませんでしたねー。でも、何でこんなに時間が押しちゃったのでしょうか。
本番
この日の、合唱音楽の世界地図Part3『合唱コロンブス、新大陸へ』は、会期中に催される4回のコンサートのうちの3回目。11の合唱団によって催された、結果的に4時間近くの大きなコンサートでした。
準備されたプログラムがまたすばらしく、歌詞と訳詩は勿論のこと、曲目や作曲家の詳細や、地図資料、合唱団や指揮者の紹介(合唱団員の1人1人も名前が紹介されています)までもが、詳しく掲載されていました。他のイベントもあわせ、1週間分の全ての情報が満載で、136ページにも上るものでした。一昨年、スペインで催された『ヨーロッパカンタート』に参加したときも、その前にドイツのコンクールに参加したときも、プログラムの、資料的役割としての素晴らしさに驚いたのですが、TOKYO
CANTATも、これら海外のイベントを意識されていることがわかり、嬉しかったです。
さて、本番。《EST》のメンバー達がステージへ出て行きます。私は出て行く1人1人の表情を見ました。みんな本当に晴れ晴れとしたいい表情です。同時に、会場から大きな拍手が。最後の1人がステージに立ち、司会の野本氏が話し出しても、まだ拍手が続いています。ステージに立つメンバー達は、この拍手に驚きと喜びで一杯になったことでしょう。
確かに、客席は、時間が押したために、開始時間状態よりはやや寂しくなってはいましたが、その分、お待ちいただいた今座ってみえるお客様の、私たちの演奏に寄せる期待も大きかったと思います。「いい演奏をして、いい気持ちでお帰り頂こう!」 私もメンバー達も、心の中はこの一心だったと思います。
曲目は下記の通りでした。
| Chichester Massより、Kyrie | William Albright |
| Chichester Massより、Benedictus | William Albright |
| O nata lux | Morten Lauridsen |
| Calambre(しびれ) | Piazzolla(アルゼンチン) |
| El guyaboso | Eguido Lopez-Gavilan(キューバ) |
アメリカの作曲家 William Albright の Chichester
Mass は、1974年に作曲されたものです。また、Morten
Lauridsen の O nata lux は、1997年に作曲された“室内管弦楽団と合唱のためのLux aeterna”の第3曲です。これらの作品は、8年間アメリカで合唱経験を積んで帰られた鈴木君の推薦曲でした。彼は、アメリカの現代合唱曲の楽譜やCDをたくさん買いこんで来ました。これらのアメリカの作品は、彼のコレクションにたくさん触れさせてもらった結果、選んだものです。
ミステリアスな密集サウンドで「Kyrie・・・・・・」と演奏を始めると、さっと空間が引き締まるのが感じられました。この感覚です。聴衆とサッと手を繋ぎ合ったような確かな感覚。気持ちが溢れてきます。何という幸せ! 何という心地良さ。
Benedictus の訴えかける不協和音と激しいリズム。高まり、H dur の fff で頂点を迎えると、その残響は、ホールの天井を突き抜けるかのようでした。O
nata lux では、一転して、柔らかく温かなサウンド。Morten
Lauridsen の美しい音を満喫させてくれる作品です。溢れる「光」が色彩を徐々に変えながら歌い手も聴き手も包み込むような祈りの世界。何度も歌いこんでは再考し、練習を積んできましたが、この日の本番が一番集中力と持続力のある演奏でした。最後の長いppは、至福の時でした。そして、大きな拍手。嬉しかったです。
後半は、まずタンゴです。Calambre は、ヨーロッパカンタートの指揮者アトリエで勉強した作品です。ピアソラの作品をカンタート用にアレンジャーが書き下ろした作品ですから、紛れもなく本邦初演です。《EST》の麻生氏と野田氏が、ピアソラのファン(マニア???)で、彼らのアドバイスで練習は笑いあり笑いありの盛り上がりを見せました。バンドネオンのするどいリズムを入れたり、色っぽくポルタメントしたり、最後は、狂ったように。練習の楽しさをそのままステージに持ち込んだ力強い演奏でした。これも、すごい拍手。
最後は、ルンバです。寺田君と鈴木君の協力で、キューバから送っていただいた楽譜です。「トランクスをはいた蚊とスカートのハエが、ナイフの上で踊っているぜ」と、何とも“ほらふき”にもほどがある詩を、もっとも激しいワワンコーと呼ばれるリズムで踊るように歌い上げます。たくさんの打楽器を声で表現し、無秩序に聴こえるほどの複雑なリズムを高いテンションで歌いきるのです。「キューバに行きたいなあ」と練習するたびに憧れが強くなっていった指揮者を始めとするメンバー達。とにかく楽しい。疲れるけど疲れが吹っ飛ぶのです(???)。そんなエネルギッシュな練習の姿が凝縮された熱演でした。
歌い終わると、私が振り向く前にすごい拍手。退場しようとすると、司会の野本氏が遮り、長い時間、小さくならない拍手を受ける私たち。メンバー達も嬉しそうです。夜遅くまで座っていて下さっていたたくさんの聴衆の方々に、本当はこちらが拍手を送りたいところでしたが、このような幸せに浸ることが出来たこと、感謝したいと思います。
打ち上げ
素晴らしいホールと、素敵なお客様。メンバー達は、歌いながら、客席がよく見えたそうです。本当に真剣に聴いてくださる姿。O nata Luxの後で、ハンカチで涙をぬぐう方もみえたそうです。歌うものにとってそういったお客様の姿が何よりの幸せ。使った時間やお金をはるかに超える幸せです。
着替えを終え、建物の前の歩道に集合です。団行動としての最後の儀式。来て下さった《EST》とつながりのある方々(OBや団友)の紹介と挨拶。デビューステージになったメンバーの挨拶。そして、今回で休団となるメンバー(私の二女です。)の挨拶・・・・・・・・。一人一人の“今”をメンバー達全員の“今”とし、深く心に刻みます。《EST》の歴史がまた一つ増えました。
解散です。プライベート組、夜行バス組、打ち上げ組に分かれます。
さて、打ち上げは、すごい熱気でした。栗山先生、藤井先生、片山先生、野本先生。TOKYO CANTAT 2005は、すべて、この4人の先生方で動かされていたようです。そして、カール・ホグセット先生。ノルウェーからお越しになった合唱指揮者で、彼の著書“Singing
Tecnique”は、私の発声バイブルの一つです。さらに、今夜の各合唱団のメンバーの皆さん等など。しかし、数の面でも騒がしさの面でも一番幅を利かせてしまっていたのが《EST》の面々でしたね。栗山先生曰く「三重県人だらけ!」。実は片山先生も野本先生も三重県生まれでした(笑)。
収穫は、ホグセット先生と話せたことです。「《EST》の発声は、先生の著書である“Singing Tecnique”に書かれていることに沿っていますか?」とお尋ねしたところ、OK!!と強く握手をしてくださったのです。うれしかったです。演奏についてもいろいろアドバイスを頂きました。最後のキューバの曲を大変気に入られ、「楽譜が欲しい!」と言って下さいました。
トレーナーの加藤さんや代表の北田君と一緒にお話していたのですが、 北田君が私の名刺をホグセット先生に渡すと、ホグセット先生の方から「君の事は知ってるよっ」ておっしゃられたのです。「マルクトオーバードルフに自分もいた。指揮者賞を取ったことも知っているよ!」。照れました。
さらにホグセット先生、「バルセロナのヨーロッパカンタートにも、自分も出場してたよ!」と。しびれました。このように、洲脇先生のありがたい推薦で参加した2つの国際イベントが、世界的な確かなものだったことが改めて証明され、感無量でした。7月の世界合唱シンポジウムも、世界的な方々との出会いという面で、楽しみになってきました。
打ち上げでは、伊東先生ともお話が弾みました。京都のアルティホールを基点に立ち上げられた、すばらしい企画についても熱く語られました。合唱を演奏面だけでなく、未来を見据えた企画面でも活躍されていることを知り、頼もしい気持ち、そして、志を同じくしたい!という気持ちが沸いて来ました。
《EST》のメンバー達も、いろいろと交流を楽しんでいるようです。ニコニコと見ていたら、各団の紹介コーナーが始まり、北田君が近寄ってきて「えー、指揮者の一気飲みでーす!」 おいおい、僕が呑めないこと知ってるだろ!! でも、彼は彼なりに、会を一生懸命盛り上げてくれていました。彼の気配りを見ていると、こちらまで嬉しくなります。彼は、全くの初心者で《EST》に飛び込み、数ヶ月後にドイツで歌ったという伝説のメンバー。さすがに足が震えてたそうですが。その後、代表の就任し、本当に私といい関係で頑張ってくれています。本当に《EST》を象徴する純な若者です。
ふう、この日から大分日が立っているのに、こうやって書いているともっともっと書きたい気分。でも、もうこのくらいにしておきます。長々と読んで下さり、ありがとうございました。
向井正雄のホームのトップへ