鉄道俯瞰図集 \ 橋梁地形編

JR東海 飯田線 第6水窪川橋梁 (城西‐向市場駅間)
   静岡県浜松市佐久間     

        橋長              400.7m(22.3m×10連、34.0m×5連) 
        構成              デッキガーダ 15連
        総重量             570.735t                         
        開通               昭和三十年(1955) 十一月十一日
        総工費             76,031,907円                      

「第2節 地質
水窪を中心とする地域は、我が国において地質構造の縮図であるといわれ、複雑多岐を極めている。特に水窪線の経過地の大部分は結晶片岩地帯を通過しており、また峯、大原の2大ずい道は大断層に接近している。
(中略)
(この)地域にはニの著しい断層線が存在し、この断層線を境として、地質は大別して三の地域に分けられる。すなわち水窪より北条(ほうじ)峠経て佐久間、中部天竜を通る著しい断層線があり、これは中央構造線と呼ばれる大構造線に沿うものである。
(中略)
更に水窪川のやや東寄り山腹を通る南北の断層線を境として、東側は古生層に属する水成岩で、珪岩、砂岩、粘板岩である。

第2章 向皆外ずい道の崩壊と代替線
第1節 概要
向皆外ずい道は、水窪川左岸の山端を貫く、延長45mの被りの薄いずい道である。豊橋方坑口より23mのアーチを畳築したとき、たまたま第12,14号台風が連続して襲来し、地表が崩れ、これにつれ、ずい道もまた一部崩壊した。この地山の移動は大規模なもので、既定の線路を建設することは、ほとんど不可能なため、線路を変更して第6水窪川橋りょう 400.7mを新設した。」

                    「飯田線 中部天竜 大嵐間線路付替工事誌」より 
                                編纂 飯田線工事事務所 昭和31年8月1日発行

  飯田線の車窓風景の中で楽しみの一つがこの第6水窪川橋りょうです。下り列車に乗ると城西駅を過ぎたところからその橋りょうは始まり、鉄橋を渡るレールの響きが狭い谷あいに轟きます。列車は対岸の右岸に渡るのかと思ってるうちに、また踵を返しもとの左岸に戻ります。通称「渡らずの鉄橋」とも、その形から「S字橋」とも呼ばれています。この橋は最初から計画されたものではありませんでした。水窪川の左岸をそのまま45mの短いトンネルで抜ける予定であって、しかもそのトンネルは貫通していたのです。完成したトンネルは電車が通り抜けることもなく放棄されてしまいました。そこには日本列島を東西に貫く「中央構造線」のとてつもない力が働いていたのです。

                使用したモノクロ写真及び図面は上記「線路付替工事誌」より転載しました。        
               今回の俯瞰図はカシミール3D、及び国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省                  航空写真を標高に合成し作成しました。
 

橋梁写真

東海道線天竜川橋梁
建築中

佐久間ダム建設にともなう代替線路決定のために付近の地質を表した図です。旧線の天竜川と新線の水窪川の間を「中央構造線」が通っています。日本列島を南より押し上げる力が作るこの巨大な谷に並行して数個の断層が見られます。
渡らずの鉄橋を造るに至った水窪川左岸(東側)の天竜川断層が存在し、非常にもろい地質の原因となっています。まさに水窪新線はこの天竜川断層に沿っているのです。

中部天竜−大嵐間

付替え線路路線図

水窪線のほかに計画線が「大入川線」の名で示されています。長大トンネルはキビウの1本で済みますが線形が悪く、これでは373系の快走は望めません。さらに大笹、田鹿、横林の各駅も「小和田駅」と同じ性格です。なんといっても水窪は火伏の神様秋葉神社への信仰の道、秋葉街道の要衝であり、この経済効果は無視するわけにはいきません。

新旧線路縦断面図

第6水窪川橋梁 
向皆外トンネルを含む当初の崩落により放棄された線路と橋梁としてこれを迂回した現線路の両方が示されています。
旧線路はトンネルを最短にするため勾配が偏っており、地形に自由のある橋梁(現線路)では、一様な勾配となっています。16本の橋脚と22.3m×10連、34.0m×5連の橋桁が描かれています。

橋りょう付近の配線図
第6水窪川橋梁付近の配線図です。図の下側、水窪川の左岸によく見ると旧線と書かれた破線があり、その中央部にトンネルの表示があります。
これが向皆外トンネルで崩落のため放棄したものです。
この代替案として新たなトンネルの掘削もあったようですが結局、川の上を通す、つまり「渡らずの鉄橋」となりました。

写真

向皆外トンネル
ポータル付近の崩壊
向皆外トンネルは全長45mでS29.3.18より、掘削を開始、同6.28貫通しました。しかし、その後の降雨、また台風の襲来により坑内のアーチ、側壁のコンクリートに剥脱が起き、中心線の移動、隧道断面の変形に及び、ついには地山全体が水窪川に向かってすべリはじめるに至って放棄せざるを得ない決断となりました。

橋梁工事写真

橋脚完成
橋梁工事中の写真です。
まだ、橋脚だけが写っています。
立ち並ぶエンタシスの右横には打ち捨てられた
向皆外トンネルの坑口が開いているのが見えます。

橋梁写真

橋桁架設その1
トンネル放棄の結果、代案が検討されましたが工期と工費から橋梁となりました。さらに大規模な崩壊の危険から現在のように一度対岸に渡り、戻り返す構造となりました。
これは桁の架設工事の写真です。
桁部材は二俣駅より城西駅まで陸送し、ここで組立て、トロに載せ20tDLで推進し、豊橋方より順次架設したそうです。

橋梁写真

橋桁架設その2
実はこの架橋中に事故がありました。
13番目の橋桁を架設するために豊橋寄りよりすでに架設された橋桁の上を移動中に番目の橋桁上を移動中にバランスを崩し水窪川河床に落下したのです。幸い、負傷者は無かったとのことです。原因は橋桁移動のための台車と橋桁との間に挟んだ枕木の内部が腐食していたためこれが折損し、これをきっかけにバランスを崩したものだそうです。

俯瞰橋りょう写真

橋りょう完成
第6水窪川橋りょう完成の俯瞰図です。
こうして、橋桁の総重量570.735t、総延長400.7m線路R=250mの橋りょうは橋桁落下事故にもかかわらず予定された営業開始日S30.11.11に開通したのでした。

俯瞰図 航空写真

橋りょう上空より

それでは、なぜこのような完成したトンネルを廃棄せざるを得ない地質とはどのようなものでしょうか。

航空写真と地形図を比較しながら、周辺の地質を見てみましょう。

俯瞰図 地形図

橋りょう 南上空より
図の左側を中央構造線が走っています。そのため山の尾根が削られて「ケルンコル」という地形を示しています。この構造線に沿ってこの図では3本の断層線が見えています。S字橋の右上には天竜川断層と名づけられた断層がありやはり尾根の部分に独特の鞍部を形成しています。問題の向皆外トンネルを放棄に至らせた元凶です。この断層はS字橋という特異な橋を生み出しただけではなく、トンネル内で新旧の坑道が重なった第一久頭合トンネルというやはり特異なトンネルを生み出しています。これについては、別途ご紹介します。

俯瞰図 航空写真

橋りょう 南上空より
航空写真に標高データを貼り付け前図と同じ位置から俯瞰したものです。やはり天竜川断層の特異な地形が浮かび上がっています。

俯瞰図 地形図

橋りょう 北上空より
問題の久頭合トンネルが見えています。中央構造線は図の下側、北側では水窪の町の西側を通過します。水窪から大嵐に至る大トンネル、大原トンネルはこれをたくみにかわしトンネルの水窪側坑口を通過しています。

俯瞰図 航空写真

橋りょう 北上空より
航空写真で観察してもやはり中央構造線とその周辺の断層が烈しく活動している様子が分かります。ケルンコル、断層線谷、断層侵蝕盆地など地形学上興味深い姿が見えています。

俯瞰図 航空写真

S字橋 拡大 南より
中央に水窪川が流れそれを渡り返すS字橋が見えます。その左側には尾根がせり出し、水窪川の水流により削られているのが見て取れます。このせり出した部分に向皆外トンネルがあります。もうすっかり自然に帰り、トンネルポータルだけが崩れた土砂の間から顔をのぞかせているだけです。

俯瞰図 航空写真

S字橋 拡大 北より
中央に水窪川が流れそれを渡り返すS字橋が見えます。その左側には尾根がせり出し、水窪川の水流により削られているのが見て取れます。このせり出した部分に向皆外トンネルがあります。もうすっかり自然に帰り、トンネルポータルだけが崩れた土砂の間から顔をのぞかせているだけです。