月報メッセージ&証<2016年1月〜12月>

201611     「まことの幸いとは」 
御言葉:「悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
このような人は主のおきてをよろこび、
昼も夜もそのおきてを思う。」
 (詩篇 1:1・2)

聖書にある詩篇の多くは、ダビデ王が詠んだものです。
この詩篇を読むことによって、私は、
多くの慰めと励ましを受けています。

 さて、この一節は新改訳聖書では、
「幸いなことよ」から始まって、
原語のヘブル語「アシュレー」に沿って文頭にきてます。

 「幸せ」は、誰もが求めていることでありましょう。
私の、この年になりますと、
同窓会での話題はもっぱら健康に関する話が多いです。
久しぶりに会った友人から、
「橋本さんは何をしています?」「何に見えますか?」
「会社の社長さん?」・・・
会社の社長に見えたのだとうれしく思いましたね。

健康であれば、幸せにこしたことはありません。
どこかの社長で、名誉も地位もあれば、
お金もある、これも、幸せにこしたことはありません。
しかし、それらはつかの間の幸せで、本物ではありません。
思わぬ病気になって、幸せも吹っ飛んでしまいます。
景気がよくても、いつ倒産するか分かりません。

 一節の「幸いである」という言葉は、
英語の聖書では、
「BLSSED」(ブレッシュド)という言葉になっています。
「ガッド ブレッシュ ユー」と祝福に使う言葉です。
「まことの幸せ」は、天地の創造主なる神に祝福されることです。
実に、「まことの幸せ」の人生を歩む者とされます。
このような人は、罪を避け、神の御言葉を喜びます。
あなたも、神に祝福された者となりませんか。

     
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「奥の細道プレギャザリング」
          
                            橋本 守 牧師
  12月5〜7日(月〜水)の本番に開催されるギャザリングのため、
下準備で、別府の永野師と共に、10月24日大分を発ちました。
 成田空港で、ハワイからのディーン師と
福岡らのダニエル師と東京の増山師と落合い、
車で東北のまず仙台に車を向けました。
         移動は、増山師の車ベンツです。
乗り心地の良いこと、運転をしたくなりました。
夕方、5時過ぎには仙台市に到着しました。
大分より日の暮れるのが早いです。
 
夕7時より、仙台のFCBCPチャーチで集会が始ました。
シンガポールの教会からの開拓教会で、
チャン師ご夫妻が宣教師として働いています。
近隣の三組の若い牧師夫妻が集って来られました。
私の次男夫婦の炎と夏子さんが集会に集いました。
 
9月末に、大分で持たれたギャザリングが、
ローカルギャザリングとしてのスタートであったので、
その恵みを証することが今回の目的の一つでもあります。
 仙台でも、かつてキリシタンの弾圧がありました。
大分の国東出身のペテロカスイ岐部は、この仙台で捕まり、
江戸へ送られて穴吊り刑で殉教しています。
少なからず大分とも関連があります。

 「奥の細道」ということで、松尾芭蕉を調べてみると、
彼の俳句や紀文の中には、
キリシタンではなければ知ることがない言葉が出てくると言います。
しかし、江戸から出発しているので、
幕府の隠密であったという説もあります。
彼は、三重県の伊賀の出であるから、
忍者の系統かも知れないし、
秀吉の時代は結構その地域にはキリシタンがいたことが知れています。
そこでも執成しの祈りが必要ではないかという話が出ました。
 
次の日は、栃木の佐野市へ移動しました。
 栃木というと、日光があります。
キリシタン弾圧を激しくした徳川幕府を起こした家康が祭られています。
それと、その元となる神社もあります。
日本をキリストに勝ち取るためにも、
栃木でのギャザリングも何か意味があるに違いありません。

三日目は、福島の郡山の教会へ行きました。
民福協でお会いしている坪井師が起こされた教会で、
今、息子さんが後を継いでいます。
数名の牧師先生方が集まられて、
それぞれのお話を伺いました。
3・11の地震以来、放射能との戦いの中にも、
何とかして神の御業を福島にという
先生方の奮闘がうかがえました。
江戸末期、幕府側についた会津藩と官軍の戦いで、
白虎隊は有名です。
その戦争に負けた会津は、名を福島と改めさせられたのです。
郡山の繁華街と思われる街も、
シャッターが下ろされているお店もあり、
何となく寂しさを感じました。
一生懸命戦っている先生方をみると、
大分も、どこも変わらないなと思いますが、
むしろ、福島の先生方の方がもっと真剣だなと
思いつつ郡山を後にしました。

 ディーン師が、夜の10時のフライトであるので、
成田まで送って、東京に帰り着きました。

 次の日の木曜日は、21世紀教会でファイヤーセミナーがあり、
それに出席してから次の日に、大分へ帰って来ました。

 12月、本番に持たれるギャザリングに
神が何をなされるか、期待し祈っています。

201610     「計り知れない神の愛」 
御言葉:「 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、
わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、
わたしたちを引き離すことはできないのである。」
 (ロマ8:39)

今回、別府の教会で「大分・別府ギャザリング」
が持たれました。
この目的は、キリストにあって互いが愛し合う、
キリストの家族として一つになることが
一つの目的に挙げられています。

 急遽決まった集まりですが、カナダとハワイから、
また、日本各地から、先生方や信徒の方々が大勢集まりまし
た。

 大分に対する彼らの関心は、
キリシタンの殉教の血が流された地であるということです。

 徳川幕府の極限までの弾圧で、
キリスト教に対するイメージが、
怖いもの、恐ろしいものというもので、
教会に人々が来ることにかなりの抵抗と
恐れが、この地の人々を支配していました。

 しかし、今回のことから、
この地の殉教は神の大きな愛があって、
その愛のうちに死をも恐れないで
天国への希望に満ちた輝かしいものであっただろう
ということが分かって来ました。

 当時の宣教で、
癒しや奇跡が行われていた事も分かって来ました。
カトリックのイエズス会でしたから、
しっかりとキリストの十字架が語られ、
神の愛が聖霊によって
豊かに注がれていたと理解することが出来ました。

 大友宗麟の子である義統も、
迫害で転びはしたものの、
後に悔い改め、その信仰は本物であったと言われています。

素晴らしい信仰の遺産が、この大分県にはあります。
あなたも、この神の大きな愛を知って頂くことを願います。


     
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「大分・別府ギャザリング」
          
                            橋本 守 牧師
 東京の21世紀教会の牧師、増山先生との出会いから、
大分でローカルギャザリングすることに急遽決まりました。 
今年の7月に話しでは、
当初は、別府の温泉からリトリートのつもりが、
主の御心の中で本格的ギャザリングが行われることとなりました。
 
提唱者のデミアン師がカナダから、
その他、このギャザリングに関わっている先生方、
とりなし手の方々や信徒達が、
北海道から、沖縄から、関西から、各地より大勢来られました。

 26日は、大分のキリシタンの講義を栄光賛美教会の篠光子師より聞き、
殉教公園にて祈りをささげました。

 27日は、計3回のセッションで、
それこそ聖霊の導きに任せつつ、
素晴らしい聖会となりました。
聖霊のよる喜び、解放、心の癒し等の恵みがありました。

 28日は、大分県のキリシタンのことから、
とりなしの祈りへと導かれ、小藩分立のように、
日本の教会の分裂をもたらすサタンに対して、
キリストの愛による一致が、
大分県に、全日本の諸教会にもたらされるように、
聖霊の臨在の中で執成しの祈りがささげられました。
 
数々の啓示と幻があたえられました。
一つ紹介します。
              
< 藤江師による幻 >

申命記28:23 「またあなたの頭の上の天は青銅となり、
あなたの下の地は鉄となる。

 以前、日本の国を覆っている硬い青銅のような壁を主が見せて下さり、
これが日本のリバイバルを妨げていることを示して下さいました。
 今回、この天の青銅の壁と血の呪いの
解放についてのビジョンが示されたのでお知らせします。
火曜日の夜、沖縄から来ている先生(チャンコ先生)が、
賛美のミニストリー中に見えたとされるビジョンは次のようなものでした。
「天から竜巻のような、
ドリルのようなものがクルクル回りながら降りてきた。
会場に現れると、そのドリルの回転が止まった。
そこで御使いの方々に、
そのドリルを回して下さるようにと祈った時、
会場の真ん中で原姉妹が笑い転げながらクルクル回り踊り始めた。
それを見て、自分に与えられたビジョンの確かさが分かった・・・」

水曜日の朝に、私に示されたビジョンは、その続きでした。
そのドリルのようなものは、
さらに回転しつつ地中深く撃ち込まれていきます。
そして、そのドリルはやがて中空の柱となり、
しっかりと大地に撃ち込まれているのが見えました。
個人的には、これが何の意味を持ち何が始まるのかと、
いぶかしく思っていますと、
その中空の柱の外側、
内側に主イエスの血潮が天からドクッドクッと流れ込み、
この地の表面及び地中深くに
主イエスの血潮が流れ込んでいくのが見えました。

 やがて地の表面と地の深い所に血潮がしみ込んでいき、
血潮に染まったエリアが広がっていく、
大分前面に広がっていくビジョンが見えました。
 天から三回、御声がかかりました。
「この地は癒される」そしてまた語られました、
「この地は癒される」。
そして、三回目の御声は、
「この地は癒された」
という力強い宣言の御声でした。

 かつて私は、
日本の上空を覆っている青銅の厚い壁のようなものを、
主から見せて頂いたことがあります。
今回、天を見上げますと、
天から降りてきたドリルによって突かれたために、
天の青銅の壁に穴が出来、
その向こうには抜けるように青い青空が見えました。
主が語られました。

「この青空は、
今まで日本のクリスチャン達が見たこともない青空です・・・」と。

(出エジ24:10 そうして、彼らはイスラエルの神を仰ぎ見た。
御足の下にはサファイヤを敷いたようなものがあり、
透き通っていて青空のようであった。)
 

 

2016 9     「福音・神の力」 
御言葉:「わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人
にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。」
 (ロマ1:16)

 「福音」とは、英語で「グッドニュース」といいます。
私たちに対する神様からの良いお知らせであります。
 テレビや新聞、雑誌などに出て来るニュースで、
良いものは少ないですね。
殺人や様々な事件のニュース。
世界を見れば、テロによる悲惨な事件。
自然災害によるニュースなど、
悪いニュースが異常なほど増えて来ています。
 最近、人気が出てきた俳優ですが、
ある事件から逮捕され、
せっかくの希望に満ちた将来を棒に振ってしまいました。
彼は、もうどうしようも救いようがないのでしょうか。
 しかし、神が下さる福音は、暗闇を光に、
絶望を希望に、裁きを赦しに、
滅びを永遠の命に変え救う力あるものなのです。

 福音―それは、イエス・キリストの十字架の死と葬りと復活です。
 どんな罪も、十字架の身代わりの死によって赦されます。
私たち人間を、がんじがらめにする罪の力から解放し、
自由にして下さいます。
悪の力に打ち勝つ勝利の人生を歩めるのです。

 この福音によって、そう、あなたも人生をやり直すことが出来るのです。
ヤクザの世界から、麻薬とギャンブルに溺れた人も、
見事、救われ変えられ、今、牧師をしている人が何人もいます。
神の良いニュースである福音を信じて救われましょう。
不思議な神の力を体験しましょう。


     
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「主のなされたサマーキャンプ」

  橋本 のり子 師 
「涙をもって種まく者は、喜びの声をあげて刈り取る。」(詩篇126:5)
会堂が建ってしばらくして
地域の子供達のために、ジョイミックを始めました。
(月一回土曜日の午後)  
そして、数年前キッズブラウン(子供伝道の英会話教室)も始めました。
それぞれ祝福された時もありましたが、戦いも多く続きました。
しかし、数か月前より、
それらを通して子供達が喜んでジョイミックに来るようになりました。
そして、今年のサマーキャンプは、
そこから数名の子供が参加し、
その一人はイエス様を信じる決心をし、
日曜日のサンデーミック(教会学校)に来ています。
主は、今年のキャンプを子供達にとって
楽しい素晴らしい時にして下さいました。


「子どもたちをイエス様の元へ」

  橋本 愛 師
「子どもたちをわたしのところに来させなさい。」    
(マルコ10:14)
 主が私に、こう語られた日からもう10年近く経ちますが
今もその召しは変わらず、
先生方そして兄姉方と共に子ども達に福音を語り続けています。
今回のキャンプでは、そんな子ども達の中から、
イエス様を信じる子が起こされ深く感動しています。
引き続きお祈りください。


「夏期聖会に参加して」
                 
  清松 菊美 姉
 聖会に参加するのは、6年ぶりです。
7月の初旬に、「参加する」と決心した途端に体調を悪くし、
諦めた方がよいのだろうかと考えていました。
7月22日のリビングライフで「理性と常識を越えても、
信仰によって従います」と言う言葉が入り、
イエス様が導いて下さっていると知りました。
講師のムンボンジュ先生は、
具体的に信仰生活をどの様に勝利していくかを語って下さり、
励まされました。
聖会中も、体調が守られイエス様に感謝します。


     「聖会の恵み」
                  
  小平京子 姉
 ハレルヤ! 主の御名を賛美します。
今年も、恵まれた聖会に参加する事ができて感謝です。
自分自身が恵みを受けた事も素晴らしかったのですが、
今回は、高松で聖会が持たれるということで、
叔母さん宅にも寄れたらいいなと思っていました。
 連絡を取り行ける事になり、
短時間でしたが良き交わりを持てた事を感謝します。
 叔母さんは、昨年大病を患い手術は成功しましたが、
完全な癒しが与えられるようにお祈り出来ればと思っていました。
会って祈ることもすんなり受け入れて下さり、
とても喜んで下さって感謝しました。


「聖会に参加出来て」

  小平真理恵姉
 今回、社会人になって3年目にしてようやく休みが取れ、
三日間参加出来た事を感謝します。
普段仕事ばかりの生活から解放され、
聖会中は祈りやメッセージ、
賛美など、主にしっかり目を向ける事が出来ました。
 メッセージでは、先生の実際の体験を通して語られ、
とてもリアルで知らない事ばかりで多くの学びがありました。
また、もっと祈って主の声を聞きながら、
生活していかないといけないと思いました。

 
 「目からうろこ」

  木山節子 姉
 今年も聖会に参加出来ました。
三日間、日常生活から離れて、
御言葉メッセージに集中でき、
心をリフレッシュさせる事が出来ました。
メッセージでは、目からうろこの体験が出来ることがうれしいです。
今回は、
「主の信仰を持つ前の人々の心は、サタンの霊に支配されている。」 
これを聞いて、びっくりしました。
イエス様を信じる前の私の霊の領域に
サタンが居座っていたのだろうか? 
そういえば、主を信じる前の私は30年以上の間、
一人の女性を憎んでいました。
憎しみから解放されず、
何年も苦しみ続けていました。
あれは、サタンに支配されていたからだったと納得しました。
 今は、そこから解放され、
サタンの支配からイエス様の御支配へと移されました。
素晴らしい主の御救いに感謝しています。


「祈りが喜びに」

  志水美由紀姉
 今回、久しぶりに教団の夏期聖会に行くことが出来ました。
たくさんの恵みを頂きましたが、
私の中で変わった事は、
祈ることに対して期待を持つようになったことです。 
 祈ったその時から聖霊が働かれるという期待、
異言で祈れば自分勝手な祈りにならず、
聖霊が祈りを導かれ、
私の心の中を変えて下さっているという期待です。
祈りが喜びに変えられていることを主に感謝します。   

2016 8  「イエスは日本の神、主」 
御言葉:「こうして、人々は西の方から主の名を恐れ、
日の出る方からその栄光を恐れる。
主は、せき止めた川を、
そのいぶきで押し流すように、こられるからである。」
(イザヤ59:19)

今、神様はフィリピンにすごく働いています。
JESUS REIGNS(ジーザスレインズ・イエスの統治)の働きが起こり、
聖霊が豊かに臨み、たくさんの人が救われて来ています。
この働きがこの夏、日本に上陸して来ます。
8月15日に東京で、
「イエスは日本の統治者、日本の王」と、
宣言されるという事です。
戦後71年です。
神は、この日本に臨み、何かしようとしておられるようです。
全能の神に、期待します。
 多くの日本人は、日本の宗教は仏教だと信じています。
しかし、仏教はインドから伝わってきたもので、
元々の日本の宗教と言えば、神道であります。
ところが、この神社の造りは、
聖書に出て来るモーセの幕屋とソロモンの造りにそっくりなのです。
聖書に出て来る契約の箱は、日本では神輿となっています。
私の田舎の祭りは、聖書に出て来るダビデの物語にそっくりです。
 イスラエルの12部族の中で、
10部族が歴史の中から忽然と消えています。
彼らはシルクロードを経て、
最終的に日本に渡って来ているその痕跡が随所に見られます。
インド北東部、ミャンマーの北西部から、
マナセ族が現在発見されイスラエルに帰っています。
 聖書には、日本に関する御言葉を随所に見ることが出来ます。
「日の出る方」とは、日本を指しており、
黙示録7:2「日の出る方から」は、
日本のことだと、ユダヤの神学者は言っております。
 この日本に神は何をなさるのでしょうか。



     
  【あかしのコーナー】 

     「主の救いの御手 」         
                             
    ギャリス裕美子姉

 父甲斐舜介は、7月25日午後3時、
大分へつぎ天心堂病院の病室で、病床洗礼を受けました。
主の栄光を賛美します。
主が、父の体を使って主の栄光を現されることのご計画を感謝します。
主の愛で、父は生まれ変わりました。
聖霊のバプテスマも、主の哀れみと愛で行われることを信じます。
 
父とイエス様の出会いは、
2014年9月に母が他界した時に、
主の臨在溢れる私を見たからだと思います。
今までは、仏壇に手を合わせたり、
墓を掃除していた私が、毅然としてそれらの事をしなくなりました。
また、この世には困難の中にあるのに、
楽しそうで喜び溢れる私を見て主の臨在を感じていたと思います。
その時は、残念ながら父を教会に連れて行く事が出来ませんでした。
昨年の7月に別府フルゴスペルの
レオ・ケイラ師とフィリス牧師婦人の話を
主の不思議な導きで聞くことが出来ました。
師の話は、同世代でとても感動したようです。
それだけでなく、主が父の席を
(何故か私とは離れて座っていたのですが、) 
隣に橋本先生が座るように導いて下さいました。ハレルヤ。
 それから、少しずつ大分カルバリチャーチに通うようになりました。
ラブソナタにも参加出来ました。
その時、韓国の姉妹からの、
「あなたはクリスチャンですか?」と質問され、
「はい、私はハーフクリスチャンです。」と答えたそうです。
また、橋本先生の「イエス様を信じますか。
信じる人は前に出て下さい。」との問いに、
何度か前に出ていたと聞いています。
3月にダラスに来た時、復活祭礼拝でダラスICCで
国沢主任牧師と共に信仰告白をしました。

滴礼の前に、父は洗礼を受けますと頷きました。
橋本先生が病床洗礼を行った時、病室の空気が一変しました。
恵みと祝福に溢れました。のり子先生、妹と私も祈りました。
穏やかな聖霊の臨在と平安が与えられました。

「なぜなら、たといわたしたちの心に責められるようなことがあっても、
神はわたしたちの心よりも大いなるかたであって、
すべてをご存じだからである。」(Tヨハネ3:20)

主よ、私達家族の罪をお赦し下さい。
どうぞ、父があなたに癒され、完全に健康となり、
あなたの栄光を現すようになる事を信じます。
父が証人となり、親子伝道が出来ますようにお導き下さい。
主を愛しています。ハレルヤ!

     

2016 7  「イエスの血潮の力」 
御言葉:「しかし、神が光の中にいますように、
わたしたちも光の中を歩くならば、
わたしたちは互に交わりをもち、
そして、御子イエスの血が、
すべての罪からわたしたちをきよめるのである。」
(Tヨハネ1:7)

  イギリスが国民選挙によって、
EUからの離脱を決定するようになりました。
ヨーロッパを始め、世界中に混乱をもたらしています。
国と国の利害関係が絡んだ結果です。
 
私達人間関係においても、
様々な利害で互いの関係が気まずくなるケースはたくさんありますね。
昨日までの友が、今日はもう敵になってしまう。
本当に悲しいことです。
今、あなたはこういう事で悩んでいることはありませんか。
 
修復不可能と思える事でも、
キリストの十字架には不思議な力があります。
私達人間のどうしようもない罪を赦す力です。
イエス様は、十字架の上で、こう祈られました。
 
「父よ、彼らをおゆるしください。
彼らは何をしているのか、
わからずにいるのです。」(ルカ23:34)

 この十字架上で叫ばれた主イエスの言葉を
理解することが出来るなら、
人間間の争いはなくなるのではないでしょうか。

 どんな罪も、赦して救って下さるイエス様です。
そのため、十字架で尊い血潮を流して下さいました。

 この血によって、私達は神と和解し、
まことの平安を得ることが出来ますし、
敵対関係にあっても、そこに和解がもたらされ、
互いが赦しあい愛し合う関係へと変えられていくのです。

 「十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、
敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。」(エペソ2:16)
 
この血潮の力を、あなたも信じてみませんか。
   
  【あかしのコーナー】 

     「イエス様に癒されて 」         
                             
     清松 菊美 姉

 2012年、急性骨髄性白血病の診断を受け、
半年間、その抗がん剤治療のために、
5回の入退院を繰り返しました。
 治療は順調に行き、次の年の3月には、
5回目の治療も無事に終え退院をし、
5月の連休明けには職場復帰が出来ることを
喜んでいたのですが、その5月の連休前に、
「早期再発」と主治医から告げられ、愕然としました。

 「今までの抗がん剤治療で再発したのだから、
同じ治療を受けるよりは、
骨髄移植をすることを考えた方が良い」
と言われて、
どうするべきか分からず、イエス様に真剣に祈りました。
 
その時、自分は病の癒しのために祈っていたのですが、
いつの間にか、
「イエス様、人々があなたの愛を知ることが出来ますように、
多くの人がイエス様を知り、永遠の命を得ることが出来ますように」
という祈りに変わっていました。 

それが、イエス様の御思いだと深く教えられて、
元気になったら、そこからの先の人生は、
イエス様が与えて下さった人生なのだから、
イエス様に用いて頂こうという心で、
骨髄移植を受けることにしました。
 一旦は、病から解放されると喜んでいたのに、
「再び病との戦いが始まるのか」と、
不安と、それまでにない恐れの心で入院する私でした。

「たとい軍勢が陣営を張ってわたしを攻めても、
わかしの心は恐れない。たといいくさが起こって、
わたしを攻めても、
なおわたしは自ら頼むところがある。」
(詩編27:3)
 
これからどんな厳しい病との戦いがあっても、
主が共にいて下さると、
イエス様は御言をもって支えて下さいました。

移植前と移植後と、大変な治療でしたが、
イエス様の助けにより、
そして先生方、兄弟姉妹の祈りにより、
一つひとつのハードルを乗り越えることが出来ました。
また、退院しても、抵抗力がないため、
食事や外出に気をつけなければならないことが多くありました。

しかし、イエス様が全て守って下さり、
骨髄移植を受けて2年、主治医から、
「もう、薬も飲まなくて良くなったので、
元気な頃の生活に戻って良いですよ」と、
言って頂くことが出来ました。 ハレルヤ!

イエス様が、病から解放して下さいました。感謝します。

今は、イエス様が新しい仕事を与えて下さり、
仕事にも行けるようになりました。
イエス様の御心は、
「お一人ひとりの方が、イエス様を信じて、永遠の命を得ることである」
と信じ、そのために、
自分の人生を用いて頂きたいと願っています。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、
この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、
永遠の命を得るためである。」
(ヨハネ3:16)


牧師より
姉妹の骨髄移植では、ドンピシャリの骨髄が与えられた事。
その前後は、大変危険な状況である事。
そうした中、手術が成功したことは、まさに神の奇跡でありました。
主をほめたたえずにはおれません。
     

2016 6  「あわれみの神」 
御言葉:「それゆえ、主はこう仰せられます、
わたしはあわれみをもってエルサレムに帰る。
わたしの家はその中に建てられ、
測りなわはエルサレムに張られると、
万軍の主は仰せられます。」
(ゼカリヤ1:16))

4月14日の夜9時半過ぎ、熊本を襲った大きな地震です。
私たちの所も大きく揺れ、大分も湯布院など多大な被害を受けました。

 特に熊本や阿蘇は被害大きくあって、
4月19日に支援物資を積んで熊本に入ったものの、
通行止めが多く、帰りは大変でした。
5月に阿蘇地区に入ることが出来ましたが、
山々はいたる所で山崩れが起きていました。

2011年の3・11以来、日本に、
いや、世界的に自然災害が非常な勢いで増えてきています。
日本列島が揺すぶられています。
しかし、こうした中ですが、東日本大震災の後、
東北では不思議な神の御業が現されてきているというニュースが入ります。
この月報にも、東北の奇跡の証として記載しました。

 悲しみと苦しみのあった所に、
神は憐みの御手を伸べて、救われる者を起こしておられます。
 主は、慰めの神、憐み深い神です。

神の民イスラエルが、偶像礼拝と唯物主義に陥って神から離れた時、
バビロンの国に滅ぼされ捕囚の民となって苦難を受けました。
しかし神は彼らを顧みて、再びイスラエルを回復していかれます。
そのように、神は、苦難を受け、
忘れ去られた民を覚え、顧みて下さいます。
愛と憐みに満ちたお方です。
あなたは、いかがでしょう。
今、苦難の中にあるなら、憐みの神に目を向けていきましょう。


     
  【あかしのコーナー】 

     「吉田望愛姉の洗礼式 」         
                             
    吉田 望愛 姉
      私が信じていること;
 ・イエス様は、私のお父様。私の神様。
  (ただ一人の、本物の神様)
 ・イエス様は、私の罪のために死なれ、私を救って下さった。
 ・イエス様は、十字架で死なれて、三日目に蘇られた。
 ・聖書は、神様の言葉で、生きて働く言葉。

私は、このイエス様を信じています。私の救い
主であることを信じています。
イエス様が、私の罪のために死なれたこと、蘇
られたことを信じています。
私は、このイエス様に従って行きます。
だから、今日、私は洗礼を受けようと決心しました。


牧師より
 吉田望愛ちゃんは、幼い時からお母さんに連れ
られて、教会に来ていました。
たいへんおとなしい恥ずかしがりやの子ですが、
クリスマスとか、教会で何かがある時は、よくお友
達を誘って来ていました。
高校入試も、主の恵みにより希望の高校に合
格し、この春から通っています。


「悲しみの中に思う事」

                                  橋本 愛 師
 5月3日と5日、大分からの震災支援チームとして
阿蘇での炊き出しに出かけました。
山々に囲まれた見惚れるほどの美しい所でした。
また出会った方々には明るい笑顔と笑い声もありました。
しかし、2度の大地震によってあちらこちらが激しく壊され、
地域全体を深い悲しみが覆っていることを肌で感じました。

 東日本大震災当時、私は栃木に住んでいて、震度7の地震を経験しました。
丁度外にいた私は、地面が水の様に激しく波打つのを見、
このまま地面が裂けて飲み込まれてしまうと思いました。
余震も収まり家路につくと、停電のために
見渡す限り辺りはただ真っ暗闇でした。
幸い、2週間足らずで平常を取り戻しましたが、
今振り返るだけでも当時の恐怖がよみがえってきます。
 熊本・大分で被災された方々の今を思う時、
深い悲しみと共に、
では私たちは今どうしたら良いのか?と祈り考えさせられています。
一つの聖書の言葉が心にあります。

「あなたがたは互いに愛し合いなさい。」
(ヨハネ13:34)

愛する人の為には、語る言葉、してあげたいことが浮かんできます。
イエス様に倣って愛して祈る時、今なすべきことが見えてくると思います。
悲しむだけでなく、愛する思いで祈り、
周りの方々と協力しながら、わずかでもできることをしていきたいです。

2016 5  「神の愛の家族」 
御言葉:「あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、
しかし主を恐れる女はほめたたえられる。
その手の働きの実を彼女に与え、
その行いのために彼女を町の門でほめたたえよ。」
(箴言31:30・31)

      今年から、「母の日礼拝」を「レディース&マザーズデイ」
      としました。
      お母様方をお祝いすると同時に、すべてのご婦人方は、
      キリストにあって霊の母であるからです。
      イエスは、父ヨセフの後を継ぎ、30歳になるまで
      大工の仕事をしていました。
      しかし、ある日突然に、「神の国は近づいた。
      悔い改めて福音を信ぜよ」と、
      神の国を説き、宣教を始められたのです。
      母マリヤや兄弟たちにとっては、
      兄貴が家を出て、大変な事をしていると、
      イエスを連れ戻しにきたのでした。
      イエスの周りには、お弟子たちやご婦人たちが大勢いました。
      その時、
      
      「ごらんなさい。ここにわたしの母、
      わたしの兄弟がいる。天にいますわたしの
      父のみこころを行う者はだれでも、
      わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである。」と
      イエスは言われたのです。
      
      教会は、神の家族であり、女性たちは「姉妹」であり、
      また「母」なのです。
      女性が多く教会にいるということは、
      神様の愛を現すのにふさわしい存在です。
      神の前に出て、涙を流して祈る姿はとても美しいものです。
      心から感謝をもって主をほめ歌う姿は麗しいものです。
      いつも、神の前に敬虔に、主を恐れる姿は、
      まことの心をもたらします。
      神は、男性にはない、
      女性独特のうるわしさを与えているようです。
      それは、全てを包み込む優しい
      神の愛を現すのにふさわしいからでしょう。


     
  【あかしのコーナー】 

     「試練の中で神を知る」         
                             
    吉田 育美 姉
      昨年塾講師を自営していた旦那が、
  6月にくも膜下出血で倒れました。
  この事は前に証しましたので省きます。
  丁度、倒れた時期が、娘の高校受験と重なっていた頃で、
  頭が痛い日々を主人は送っていました。
  何とか娘に期待して進学校に行かせると
  旦那は頑張っていました。
  その目標で、時には厳しく教え、成績はどんどん上がり、
  私はそれを楽しみにしていました。
  それだけに、彼が倒れた時には、何故今この時なのかと、
  神様に自問自答しましたが分かりませんでした。
  倒れてからというもの、娘の成績はどんどん下がり、
  何とかしないとマズイ!と、自力で勉強をするにも限界があり、
  なかなか成績は上がることはありませんでした。
  私も仕事を朝から晩まで1.5トンのトラックを、
  神経を使いながら運転し、荷物運びや営業をしつつ
  一週間過ぎると、クタクタに体が疲れ、
  娘の勉強を見ることも出来ませんでした。
  本人が行きたい学校は、受験倍率が1.5倍と厳しい状況でした。
  日曜日、教会に行った度に、
  橋本愛先生に娘の勉強をみて頂きて本当に感謝でした。
  同じ学校の、第一志望、第二志望の学科で希望を出したもの
  の、どちらも、定員オーバーでした。
  受験後の発表では、担任の先生との面談では、
  どちらも第一希望者を優先するので、第二志望は、
  まず受かることはないと言われていました。それで、発表当日、
  本人は第一志望しか確認しておらず、
  自分の番号がないのでてっきりダメかと思いました。
  知らせを聞いた私は、落ち込みましたが
  すぐイエス様に祈りました。
  私立高校に通うようになるなら、
  経済面でも交通面でも大変なので、この高校しかないと、
  この高校に行きたいのですと祈りました。
  そうした後、担任の先生から連絡があり、
  第二志望で合格したということでした。
  娘の番号も確認できました。
  一度は絶望の中にありましたが、主は覚えて下さり、
  本人に合った一番良い場所を用意して下さっていました。
  本当に心から神様に感謝しました。
  それと同時に、私の仕事に関しても、主は恵みを下さり、
  テストにも合格して正式に正社員として認められ、
  昇進する事が出来ました。
  不思議なことに、娘が第二志望なのに、
  その学科を第一志望としていた人の中に不合格の人が
  いるのを聞いたとき、ビックリ驚きました。
  先生に聞くと、なぜ、そうなったのか分かりませんということでした。
  一般学習と別分野の勉強があるので、
  娘は楽しいと言って学校に通っています。
  必ずしも、人間の努力や力ではどうしようも出来ない事、
  限界がありますが、こういう時こそ、
  私は「祈る」ということを知りました。
  様々な試練や危機がやってきても、祈りによって支えられ、
  それによって道が開かれるということを、
  身をもって体験することが出来ました。
  神様の存在が確かであることを、
  改めて感じることが出来感謝でした。
  私の信仰が強められるため、
  神様は色んな試練の中を通して下さいました。
  この事により、主人も神様を知ることが出来、
  生かされている恵みを感謝し癒され救われるようにと、
  背後でお祈りして下さる先生方兄弟姉妹に感謝します。
  これからも、お祈りよろしくお願いします。


2016 4  「すべてものを生かす命の水」 
御言葉:「おおよそこの川の流れる所では、
もろもろの動く生き物が皆生き、
また、はなはだ多くの魚がいる。
これはその水がはいると、海の水を清くするためである。
この川の流れる所では、すべてのものが生きている。」
(エゼキエル47:9)

      旧約聖書に出てくるエゼキエルは、
      聖霊の預言者と言われています。
      聖霊は、神のきよい霊のことです。
 
      この地球には水があります。
      私達人間も、全ての被造物はこの水によって生かされています。
      砂漠のど真ん中にいる時、どんなに高価な宝石があっても、
      何の役にも立ちません。水がなくては生きていけないのです。
 
      神の霊、聖霊は、しばしば水に例えられます。
      生ける水なのです。
      エゼキエルが見た幻は、神殿から水が流れて川となり、
      よどんだ水をきれいにし、
      多くの生き物が生きるというものでした。
 
      この聖霊の水は、全ての人を生かす命の水であることを
      預言しています。
      誰でも、どんな人でも、
      この生ける水に預かる事が出来ると聖書は言っています。
      そして、それを可能にして下さったのが、イエス様です。
 
      キリストの十字架の死と葬りと復活によって、
      全て信じて罪赦された者が受けることが出来るようになりました。
      聖霊はまた、キリストの霊であるとも言っています。
      復活された命の御霊です。
 
      私は、19歳の時、この聖霊を体験しました。
      熱い神の愛に満たされ、
      強烈な喜びが泉のように私の腹から湧き上がって来ました。
      この命の水は、今も私の内にあり生かしてくれています。


     
  【あかしのコーナー】 

    「教会に導かれて」       
  
                             
   平井 昌夫 兄
      私は現在53歳です。
      高校2年の頃、夜中に自転車でひき逃げ事故を起こしました。
      そういう事から強い罪責感に襲われ、
      精神的苦痛をずっと味わうようになりました。
      一時、職場に勤めたものの、
      精神的苦痛から体調を崩したりして、
      精神科に一時入院したこともありました。
      退院後、障害者の施設で今の妻と出会って結婚することになり、 
      岩田町の県営住宅に住むようになりました。
      そこで立川姉との出会いがありました。
      立川姉は、日曜日の礼拝に誘って下さり、
      私が精神障害者なので、
      牧師先生のカウンセリングを受けられたらいいですよと
      言って下さいました。
      その時はすぐに教会へ行こうとは思わなかったのですが、
      妻が立川姉の勧めで教会へ行って、
      牧師先生に祈って頂いたら足腰の不調が治ったので、
      教会へ行ってみようと思いました。
      牧師先生にカウンセリングとお祈りをして頂くと、
      事故の罪責感からくる精神的苦痛がだいぶ軽くなりました。
      今年の1月29日には、牧師先生とのり子先生に
      私の家に来て頂き、聖別のお祈りをして頂きました。
      さらに解放され、お腹を壊したり、
      体調を崩すようなことも殆どなくなりました。
      こんな私のために、イエス様は十字架の苦しみを受けて
      尊い血を流して下さったことを感謝します。
      最初は、洗礼を拒んでいたけれど、
      そういう事があって洗礼を受ける決心が与えられました。
      3月9日に洗礼を受けました。
      その時いた姉妹達から祝福を受けて、
      一人の姉妹からはしおりを頂きました。大変嬉しかったです。
      
      「誰でもキリストにあるならば、
      その人は新しく造られた者である。
      古いものは過ぎ去った。
      見よすべてが新しくなったのである。」
             (Uコリント5:17)
 
      以前の自分の写真をスマホで見ると、
      最近の写真と表情が違います。
      最近の方がずっと明るく、いい表情に見えます。
      牧師先生やのり子先生、
      立川姉をはじめ兄弟姉妹の背後のお祈りを感謝します。
      イエス様を信じて、
      神の子とされた恵みを心から主に感謝します。



               
 「イエス様が下さった祝福」

                                           上原 由稀 姉

      私は、平成28年2月8日に男の子を出産しました。
     その時の証をしたいと思います。
     去年の7月に妊娠をしていると分かった時は、
     嬉しい気持ちと戸惑いでいっぱいになりました。
     両親に伝える時、絶対に叱られると思ったのですが、
     キチンと話しをして気持ちを伝えたら、頑張りなさいと、
     応援してくれました。
     それから、順調に成長してくれて安心していた矢先に、
     羊水過少症と子宮内発育遅滞と言われました。
     その時私は、どうしてよいか分からず
     イエス様にお祈りしながら自分を責めました。
     安静のため出産より2週間以上早く入院しました。
     入院中もいっこうに赤ちゃんは大きくならず、不安で一杯でした。
     ですが、牧師先生の毎日の御言葉の配信のメールの中で、
     皆さんが私たちの為にお祈りをして下さっていることを知り、
     本当に嬉しくて勇気づけられました。
     とても感謝しています。
     それから、少しずつ羊水も増えてきて、
     赤ちゃんも大きくなっていきました。
     そして、予定日の次の日に陣痛が始まり、
     10時間ほどで生まれてきました。
     入院中は、帝王切開になるかも知れないと言われていましたが、
     無事、自然分娩で産むことが出来ました。
     私はこの出産を通して、たくさんの方の暖かさに触れ、
     そして、イエス様の愛を感じることが出来ました。
     これからは、家族3人でイエス様の与えて下さった道を
     歩んで行きたいと思います


2016 3  「十字架と復活の命」 
御言葉:「恐れることはない。
あなたがたが十字架におかかりになった
イエスを捜していることは、
わたしにわかっているが、 もうここにはおられない。
かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。」
(マタイ28:5・6)

      春になって来ました。
     この季節は、啓蟄の候とも言います。
     地面に潜んでいた虫たちが、顔を出して来ることを意味します。
     花も蕾を膨らませてきます。
     死んでいたように思われるものが、
     息を吹き返し生き生きとしてくる蘇りの季節です。
 
     人間社会も、卒業、入学、進学、就職という節目の季節です。
     正に、希望をもたらして下さる季節ですね。
     しかし、「春なのに」と希望に満ちているはずが
     様々な問題が降りかかり、
     苦しみの中に闘っている人も多いかと思います。
   
     「十字架」は、キリストの犠牲を表しています。
     苦難のキリストです。
     それも、ご自身のゆえではなく、
     私達人間の愚かな罪のため身代わりとなって
     その苦しみをお受けになったのです。
  しかし、その受難の後には、輝かしい復活があったのです。
 
  このイエス・キリストを信じ、キリストに従う人生は、
  苦しみや試練の後には、必ず勝利の祝福を受ける事が
  出来るということです。
 
  「彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、
  恥をもいとわないで十字架を忍び、
  神の御座の右に座するに至ったのである。」
  (ヘブル12:2)
 
  あなたは今、苦しみの中にありますか。
  ぜひ、この勝利のイエス・キリストを知って頂きたい。
  絶望から希望へ、苦しみから解放へ、
  ピンチがチャンスに、死から命に変えられていくのを
  体験していくでしょう。



  【あかしのコーナー】 

         「大分での6年間の恵み」         
                             
   的場 ちさと姉

    6年前、大分大学に行くと決まったときに、
  まず不安に思ったのがどの教会に行くかでした。
  同じ教団の教会はないし・・・と。
  牧師である菅原先生に相談に行くと、
  「んー知っている教会はここかな〜,
  まあ1回どこでもいいから行ってみて決めたらええよ。」
  と3つくらいの教会名を教えてもらいました。
  その一番上に書いてあったのがカルバリチャーチです。
  そういう理由で、4月の初めの日曜日に訪れました。(笑)
     母教会以外で教会に1人で行くとあってとても緊張しました。
     しかし、賛美が始まると聖霊を感じて
     神様がおられる教会だなあと感じ、
     他の教会を回るのをやめてカルバリに決めました。
     今でも覚えているのは、よく知っている賛美を大分でも歌っていて、 
     あー同じ時間に母教会以外にも全国で同じ
     神様を礼拝している人たちがいるんだーーと感動したことです。
     凄く嬉しかったです。
     初めての礼拝メッセージは、エレミヤ1:7
     
     「すると、主は仰せられた、
     『まだ若いと言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、 
     わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ』。」

     という個所からでした。
     自分に語られている・・・と思いました。(笑)
  
     大学生活6年間で、たくさんの友人に神様のことを
     伝えることが出来たのは、この初めのメッセージが
     きっかけだと言っても過言はありません。
     神様は、愛をもって私を大分に遣わして下さった、
     そのことをいつも考えながら過ごすことができたと思います。
     BBQやクリスマス、ユース礼拝が始まったことが
     特に楽しかった思い出ですが、
     6年間の思い出を語るときりがありません。

     学業面や一人暮らしの中で様々なことがありましたが、
     カルバリに来るとまた月曜から頑張るぞと思える場所でした。
     私を本当に家族のように受け入れ、
     たくさんの愛を注いで下さった皆さんに、
     またこの家族を与えて下さった神様に心から感謝します。
 
     関西で就職しますが、
     この大分での生活を忘れず頑張りたいです!
 
     最後に、お別れの準備をして下さっていたにもかかわらずお休みを 
     してしまってごめんなさい・・・。必ずまた遊びに帰ってきます!!!
     主の豊かな恵みに心から感謝します。

     
                *この日、姉妹は風邪を引いてしまって、
                   38度を超える熱を出してしまいました。
                   大分での最後の礼拝に出席できず、
                   残念でした。きっと主は別に素晴らしい機会を
                   与えて下さるに違いありません。  
                                        -牧師よりー

 

2016 2  「主の恵みの年(ヨベルの年)」 
御言葉:「主はわたしをつかわして、囚人が解放され、
盲人の目が開かれることを告げ知らせ、
打ちひしがれている者に自由を得させ、
主のめぐみの年を告げ知らせるのである。」 
  (ルカ4:18・19)

    2016年は、どのような年になるのでしょうか。
    イスラエルの暦では、今年はヨベルの年に当たるそうです。
    7年ごとに安息年を迎え、
    それを7回数えた翌年(50年目)ヨベルの年と言います。
 
    今まで過去の歴史の中で、このヨベルの年に当たる年には、
    イスラエルでは、大きな出来事が起こっています。
    例えば、1967年には、
    エルサレムがユダヤ人の手に戻った年でもあります。
    イスラエルと日本と、何の関係があるだろうかと思われますが、
    今は、グローバルの時代です。
    中国の経済不況は、たちまち全世界に影響を及ぼします。
    現在、ものすごい勢いで世界は変化していっています。
    ですから、今年は、更にイスラエルから目が離れません。

    このヨベルの年は、旧約聖書では、
    すべての借金が帳消しとなり、先祖からの代々の土地を回復し、
    奴隷から解放されるという事を意味しますが、
    これは、本体であるイエス・キリストを
    指示していると聖書は言っています。

    イエス・キリストを信じる者は、
    この大きな神の恵みに預かることが出来るというのです。

    ある有名な野球選手が、薬物で逮捕されました。
    彼の体はボロボロです。
    もう絶望です。どこにも光が見いだせない状態です。
    しかし、キリストにあって、
    真の救いと癒しを受ける事が出来るのです。
    ヨベルの救いと恵みは、あなたにも与えられているのです。



【あかしのコーナー】 

         「主の愛に満たされて」
         
                             立川 明美 姉

   昨年8月、12年間勤めた会社が閉鎖になり、
   9月は残務整理のため一人残り全ての事の片付けを終わらせ、
   文字通り、私は職を失ってしまいました。
   それまでの私は、仕事に追われる日々で、
   礼拝中も呼び出しの電話がかかったりして
   集中する事が出来ませんでした。
   これを機に、休養出来る。
   次の仕事もこれからの人生を考え、じっくり探そう。
   きっと主が、私に良き職場を与えて下さるであろうから、
   主のみ心を求める事にし、前向きに考えていました。 
   10月には、ラブソナタもあるし、
   それが終わったら就活に本腰を入れようと考えました。
   ラブソナタは、大盛況で本当に大きな恵みの時を過ごしました。
   祈る時間、聖書を読む時間が与えられ、充実していました。
   そんな矢先、体に変調が現れるようになりました。
   今までの仕事の重責から解放されてホッとしたのか、
   更年期障害の症状が出てきたのです。
   治療薬を服用しても、思う程効果が得られず、
   就活をしようと思っても働くことへの不安や恐れが私を悩ませました。
   主に祈り求めました。
   勝利できるように。そのような中、あるご夫婦との出会いがありました。
   そのご夫婦は心にとても深い傷を持ち、苦しみの中にありました。
   最初に、ご主人にお会いした時、思わず、
   「教会に来ませんか」と声をかけてしまいました。
   その後、何度か誘ったのですが来られることはありませんでした。
   一か月経って、偶然(今思えば必然と言えるかも)奥さんに
   会うことが出来、その場で私は教会に誘ったのです。
   初対面の私に、「私、教会に行きたい!」即答でした。
   正直、私のほうが驚きました。その日は土曜日で、
   奥さんは翌日の聖日礼拝の午後、教会に来られ、
   牧師先生と面談することが出来ました。
   その後、ほぼ毎日のように教会での交わりを持つようになりました。
   初め快く思っていなかったご主人も、
   奥さんと二人で教会に来られるようになったのです。
   今年の元旦礼拝には、ご主人が初めて、しかも、
   一人で出席されたのでした。
   それからと言うものご夫婦で聖日礼拝に来られ、
   主の恵みを受けて来られるようになり、喜んでいます。
   私は今、お二人と友人のような関係を築かせて頂いています。
   一緒に食事をしたり、お祈りをし、交わりの時を持っています。
   このことを通して、魂を愛することを学ばせて頂きました。
   いつの間にか、私の体調が癒され、
   今では薬を飲まずとも過ごせるようになっています。
   就労への意欲もわいてきました。
   つい先日、実に一年半ぶりの再会で、
   研修先で知り合った方に偶然(これも、
   必然かも)道端で声をかけられ、何気ない会話の中で、
   「就活です」と伝えると、
   「ぜひ、仕事を紹介させて欲しい」と言ってきたのです。
   新しい職場への道が開かれつつあります。
   主の導きを感謝します。ハレルヤ!

   「神は、神を愛する者たち、すなわち、
   ご計画に従って召された者たちと共に働いて、
   万事を益となるようにして下さることを、私たちはしっている。」
               (ロマ8:28)

 

2016 1    「魂の救いを求めて」 
御言葉:「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その
収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。」 
(ルカ10:2)

ある若い牧師の話です。
自分の身分を隠して、
地域の若者のあるグループの集まりに参加しました。
様々な悩みの話になり、「そういう時は、祈るしかないね」となって、
「では、誰に、何に祈るの?」と質問すると、
何人かの若者が小さな声で、
「イエス・キリストに」と答えたそうです。

自分が牧師だと知らせてもないし、
聖書の話をした訳でもないのに、
彼らの口から「イエス・キリスト」の言葉が出たのです。
スゴイですね。

この事を思いますと、今現代の若者たちの魂は、
キリストの救いに飢え渇いていることが分かります。
若者たちに限らず、日本人の意識が変わりつつある事を知ります。
度重なる様々な問題や人間の力では
解決不可能な諸問題などで、
たくさんの方々が路頭に迷っています。
真の神のもとに来る以外に、道はないでしょう。
人々は、それに気づき始めています。

主イエスの言葉です。
「あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、
まだ四か月あると、言っているではないか。
しかし、わたしはあなたがたに言う。
目をあげて畑を見なさい。
はや色づいて刈入れを待っている。」
(ヨハネ4:35)

 クリスチャンが一言声をかけるなら、
人々は教会に来やすいでしょう。
主は、すべての人を愛し救いたいのです。



【あかしのコーナー】 

         「神のカイロスの時」
         
                       橋本守 牧師
昨年のギャザリングで、
「日本の時が来た」と宣言され、2016年が明けた。
 多くの日本の牧師たちが、リバイバルが来ると、
主に期待して励んで来たと思う。
戦後70年ということもあって、
私個人も主の打ち破りの業を信じてきた。
昨年は、「ラブソナタ大分」が開催され、
大いなる収穫を期待した。確かに、
一地方都市で2000名の会場を埋め尽くしたのは
奇跡としか言いようがない。
主の御業であった。
しかし、現実は、そこから新しい人が教会に導かれてはいない。
「日本の時が来た」との宣言はどうなったのか?
また、掛け声で終わるのかなとの思いもする。

ハーザー12月号の長田牧師の記事にこうあった。
「日本のリバイバルについても、
ある意味で今は最後の準備期間であると思う。
すでに大きな波が押し寄せつつある。
今受け皿を用意しなければ、
訪れる聖霊の大波に乗ることができず、
逆に飲み込まれてしまう」と。
そして、ハバクク2:3が引用されている。

「もしおそくなっても、それを待て、それは必ず来る。
遅れることはない。」(ハバクク2:3)

神のカイロスの時が、この2016年に来る。
そう信じて、クロノスの時を大切に、
特に今年は救霊に励み、整えていきたい。



「2015年から2016年へ」
 
  ユースパスター:橋本 邦光

 昨年は主の恵みが大きく注がれた年でした。
一つひとつ記そうとすれば、
限られた文字数の中ではとても収めることができません。
しかしはっきり言えることは
「主は生きて働いておられる」ということです。
そしてそれはとても早く進んでいると感じます。
 2015年、主は仕事を探していた私を
職人世界の中に置かれました。
置かれた場所で主の訓練を受けています。
また教会でも、次世代が回復する恵み、
救われる方が起こされる恵みがあります。
さらに大分の地域教会が親しくなり、
多くの器が大分に来て励ましてくださっています。
そこから新しい動きが生み出されようとしています。
 2016年、主はさらに多くの働きをなされると信じます。
そのために次のことを励んでいきます。
@私自身が主に飢え渇き、主を求めること。
Aユースが賛美を回復する、また主の弟子となること。
Bユース・教会・大分のためにいつもとりなして祈る事。
 
この主の年に期待し、歩んでいきます。
 














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