月報メッセージ&証<2015年1月〜12月>

201512  「救い主イエスの誕生」
御言葉:「きょうダビデの町に、
あなたがたのために救主がお生れになった。
このかたこそ主なるキリストである。」
(ルカ2:11)

歴史には、それどれの時代の節目があります。
もし、織田信長が本能寺の変で殺されていなければ、
日本はどんな国になっていたでしょう。
もし、徳川幕府が、キリシタン弾圧をしなければ、
日本はどうなっていたでしょう。
おそらく、キリスト教の国になっていたかも知れません。
もし、幕末に坂本竜馬がいなければ、日本はどうなっていたでしょう。

振り返って見れば、
これまでの歴史はすべて必然的に行われてきたような気がします。
人間が織りなす歴史ですが、
究極的には神の御手が
その背後にあることを感じずにはおれません。

イエス・キリストの誕生は、
この世界の歴史をBCとADに大きく変えてきました。
また、中東や西欧のみならず、
この日本の歴史にも多大な影響を与えてきました。

フランシスコ・ザビエルによって、
キリスト教はこの日本に伝えられたと言いますが、
実は、その前に景教(キリスト教)が
中国で唐の時代に大きく広がっていました。
空海をはじめ、親鸞や日蓮も、その影響を受けたことは否めません。

イエスの誕生によって、歴史が大きく二つに変えられたように、
イエス様を信じる者も、大きく変えられていきます。
私の人生も大きく180度変えられました。
あなたの人生も変えられたいと願いませんか。
このクリスマスは、そのチャンスの時として、
ぜひ教会のクリスマスにお越し下さい。

[あかしコーナー]


「神様が下さった大きな祝福」

                        上原 由稀 姉
神様が与えて下さった平安と希望に導かれて、
上原使徒明さんと結婚することが出来ました。
心から主に感謝致します。
2015年11月1日の式の中で、たくさんの愛に触れました。

私の母は、今は教会から離れていますが、
クリスチャンなので教会での結婚式を喜んでくれました。
しかし、父の祖母は反対しないものの、
あまり喜んでくれませんでした。
結婚式の当日、みんなの笑顔を見た時、
本当に愛されていることを実感しました。
 何よりもお祖母ちゃんが涙を流しながら伝えてくれた、
「本当に素晴らしい式だったよ」と言う言葉に驚きながらも、
イエス様の愛を感じました。
仏教を信じているお祖母ちゃんの口から、
神様という言葉を聞いた事が本当に嬉しかったです。
少しずつではありますが、
私を通してイエス様の事をもっと知ってもらえるように、
これからお祈りしていきます。
 みんながイエス様を信じて救われるような未来を信じます。

201511  「殉教の血が叫ぶ」
御言葉:「どうか、平和の神ご自身が、
あなたがたを全くきよめて下さるように。
また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、
わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、
責められるところのない者にして下さるように。」
(1テサロニケ5:23)

韓国のソウルに、オンヌリ教会があります。
創立者は、ハ・ヨンジョ牧師です。
早くに天に召されましたが、
「私は、神様が愛された日本を愛します」
と言って始められたのが、このラブソナタです。
沖縄から始まり、日本各地で行われ、
大分は、23回目ということです。

 この大分県下のプロテスタント教会は、約60教会あります。
これら全ての教会が協力しても、1000名であろうと想われます。

しかし、蓋を開けて見ると、
モニター室や立ち見を合わせて2400名を越える出席がありました。
これは、私達の思いを遥かに越える人数です。
日韓リーダーシップフォーラムでも、
日本側から95名の参加がありました。
大分市長や衆議院議員の出席があり、それぞれ挨拶をされました。
沢山の方が、信仰決心をされました。
韓国からは、500名を越える参加でした。
彼らの思いは、キリシタンの殉教の血が流された大分県にありました。
口々に、「殉教の血は、決して神は無駄にしない。
この地に、主の素晴らしい救いの業が起こります」と言います。

「殉教の血」それは、復讐や呪いの血ではありません。
赦しと救いを叫ぶ血です。
イエス・キリストの十字架の救いは、
私たちの全ての罪を赦し、癒し、
永遠の命を与える素晴らしい救いであります。
大友宗麟は、苦難の中にあってキリストを信じました。
イエスは大分の主、あなたの主です。

「大いに祝福されたラブソナタ大分」(10・28〜29) 

    ■ 「ゴスペルナイト大分」  2015年10月28日(水) Pm7:00〜 
       音の泉ホール・・・700席、ほぼ満杯。大分の諸教会の企画。 
            
■ 「日韓リーダーズフォーラム」  29日(木) Pm4:00〜 
          ホテルにて・・・日本側、95名。韓国側も95名の出席。

    ■ 「ラブソナタ大分」  2015年10月29日(木)Pm7:00〜
        2400名を越える出席。
        信仰決心者が100名以上。
        関心を持つ人を合わせると、500名を越えるアンケート。


前日28日のゴスペルナイト

201510     「イエス様の御名の救い」
御言葉:「この人による以外に救はない。
わたしたちを救いうる名は、
これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。」
(使徒行伝4:12)

上の写真は、B29が落ちた場所の写真です。
竹田市の田舎のほうに、この場所があります。
この時の米兵を、日本人はどうしたでしょうか。
彼らを九大の病院に連れてゆき、生体解剖したのです。
戦争とは言え、何ともおぞましい事件です。
戦後70年。
このことを知った私は、その場所へ行き、
執り成しの祈りを神にささげてきました。
慰霊碑が建っていました。
 罪の償いを考え、殺された人の霊をなだめようとしても、
こういう事で、人間の罪はたやすく消え去ることはありません。
 イエス様の十字架によってのみこそ、
罪からの救いがあるのです。
「イエス様、日本人である私たちのこうした罪を赦して下さい。」
 まず、人間の愚かな罪を悔い改め、
イエスの血による赦しと癒しを宣言し、
遺族の方々に神が慰めと癒しを与えて下さるように。
呪われるべき事柄から、人々が解放されるようにと。
このように、神に祈りました。
 十字架のイエス様の血潮こそ、
私たちの罪を赦して余りある力なのです。
 あなたは今、何か罪の責めを持っていることはありませんか?
どんなに善行を積んでも、犯した罪は消えることはありません。
しかし、イエス・キリストによって、
あなたは罪の赦しと本当の平安を得ることが出来ます。
イエス様を信じましょう。


20158     「戦後70年」
御言葉:「あなたがたの神は言われる、
「慰めよ、わが民を慰めよ、ねんごろにエルサレムに語り、
これに呼ばわれ、その服役の期は終り、
そのとがはすでにゆるされ、
そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を主の手から受けた。」
(イザヤ40:1・2)

今年8月15日で、戦後70年になります。
第二次世界大戦で日本は、
沖縄戦で約20万人、空襲で約20万人、
広島・長崎の原爆投下で約21万人、全体で約310万人が命を失った。

 朝鮮半島、中国、アジア諸国に侵略した日本は、
大きな痛手を受けたのです。

「戦後70年」ということは、聖書的にも意味があります。
イスラエルの民が、バビロンに捕囚になっていた期間が70年です。
70年が満ちてイスラエルの民は捕囚から解放されました。
 韓国や中国から、「謝れ、謝れ」と言われ続け、
その都度教会も謝罪してきました。
そうすることによって、実は日本も大きく傷ついてきたのです。
神は、この日本を愛しておられます。
日本をその苦しみから解放し、
まことの神の救いを与えて下さる時がきたのです。
 
二度と、このような悲惨な戦争は繰り返してはならないですね。
しかし、もっと考えなければならないことは、
地震と原発が日本を滅ぼすかも知れないということです。
四国の岬半島には、伊方原発があります。
ここには中央構造体という活断層があるのです。
もし何かのことで放射能がもれたら大変です。
福島も依然として危険な状態にあることは間違いありません。
 「戦後70年」。日本はまことの神に立ち返る時がきました。
政治の力や経済の力でなく、
キリストの平和がこの国を支配するように祈ります。


   「主は真実な神」       
              
   吉田育美 姉  

今回私は、本当に恐ろしいというか凄い体験をしました!
それは、いつも幼少の頃親から何気に
教会に連れられ通っていたので神様という存在が、
いるかも知れないけど、それが自分の中で確信出来ずにいました。
何か大変な時だけぼやけた中で
なんとな〜く祈り、何とかクリア出来、生きてきたのです。

礼拝後、のりこ先生との交わりの中で、
「神の存在があるなら
何故この教会で必死に仕えている人達が
苦難な人生を歩んでいるのですか? 
神の御手の中にあるのなら守られていいはずではないでしょうか? 
いくら神の計画がありますと
メッセージでも言われても納得がいかず、
そこが私の中で疑問となり確信まで至らず半信半疑です。
私は、奇跡を見ない限りその存在を認めないでしょうね?」 
なんて言ったその次の日、旦那がくも膜下出血で倒れたのです。

その段階でも、
「場所が場所なだけに回復しても社会復帰は難しいかも?」
と医者に言われ、私の中でそこまで危機感が来ず、
医者はオーバーに言うだけ!と自分の中で処理していました。
それから、回復の祈りを毎日手を主人の額にあて祈り続けました。
早い段階で数日後、
主人の口から仕事関係の事を話はじめ凄い!
主の癒しだとなってきました。

しかし、その数日後、状況が一変し悪化し今度は脳梗塞になり、
それが日に日に広がり、しまいには脳全体に散り、
瞳孔迄開きはじめました。
主治医の先生が、「瞳孔を抑える薬を投与していますが、
危険な状況で数日が山です!」と言われ、
「身内の方は、ある程度覚悟しといて下さい!」と言われました。
臓器提供の話や最悪、最後の話しの段階でしたが、
周りが何と言おうといいや、そんな事はない!癒される!
私の中で死という不安が来ず何故か気持ちの面で守られていました。
母も神の存在信じて祈りながらも、
もう無理やろぅ?と半分諦らめかけていました。
私が泣きながらも看護師や旦那の身内の前で、
「いいえ、医者が無理と言われた事を神様なら出来る!
それが、奇跡やろ?」と言うと看護師が、
「後は奇跡を願うばかりで後の事は神様しか分かりません」と言われ、
母にも、「あなたが信じてる神様はそんなものなの?
それは半信半疑で、本当に信仰しているとは言わない!」と。

命ある限り諦めず祈り続ける! 
諦めたら人間それで終わりや! 
死んでからあの時もう少し必死で祈ればとか後悔したくはありません。

今私に出来る事それは毎日手をおいて
2、3時間祈り続けることでした。
そうすると、時々「ウ〜!」とすごい声が出て
何か悪い者が出て行っているのかなとも思い
尚必死で悪しき霊が出ていく様に祈りました。
全ての器官が正常になり
後遺症が残らず奇跡が起こり完全なる癒やしがある様祈りました。

今迄人生の中で、初めて必死に祈りました。
もちろん牧師先生はじめ教会員の方々の
必死な背後の祈りにも感謝してます。
 その中で、神様が働いて下さり、
死のギリギリ迄いきましたが、
奇跡の回復があり、
今では目を開けまた時々ではありますが
会話が少しずつ成り立ち応答し、手も動かしここ何日かで、
物を食べれる様になりました。
ここまででも、かなりの癒やしと奇跡だと思います!
最後の最後迄諦めず祈り続ける事によりその
祈りは必ずきかれる!という貴重な体験をしました!

私の信仰は生半可なもので、
喉元過ぎれば熱さを忘れる!で、こういうことでもなければ
と、試され、ふるいにかけられたのかな?とも思う時があります。
これが死んでしまったら、
「あ〜、やっぱり祈っても聞かれず神の存在はない」と
否定して離れていたと思います。
神様はよく心の中を知っているなと思いました。
この様な状況になったのは私にとっては
ライフラインがストップして旦那もこんな状況になり、
最悪な出来事だったかもしれませんが、
そんな中でも心が守られ神の存在を確認する事が出来ました。
また祈りの中でこれを通して旦那が神様によって癒され、
奇跡の生還する事が出来、命を救われた!と言えるように。
主が、本人に直接触れ信じる事が出来る様に、
また、医者や看護師さん達もビックリする様な
奇跡がありそれを通して周りに証し人となる様に祈りました!

 まだまだこれからも完全なる癒やしがあり、
社会復帰出来る様、更に奇跡信じて祈り続けていきます!
引き続きお祈り頂けると感謝です

2015     「五つの『あ』」
御言葉:「神の御旨を行って約束のものを受けるため、
あなたがたに必要なのは、忍耐である。」
(ヘブル10:36)

ギリシャでは、デフォルトと言って、
借金を返せなくなってきことで、ヨーロッパだけでなく、
世界中が経済的不安になってきました。
新幹線では、今までにない事件が起こりました。
経済的に困難になった人の自殺行為ですが、なんとも迷惑な話です。

これからの時代、
本当に生きるのに大変困難な時代になってきましたね。

みなさん、五つの「あ」をご存知ですか。
1.あわてず。 2.あせらず。 3.諦めず。 
4.明るく。 5.明らかに。 が五つの「あ」です。

様々な不幸が続き、自暴自棄に陥ったり、
自虐的になって、今回のように人に
迷惑をかけるような事件を起こしてしまうのでしょう。

 ただ一度だけの人生です。
神様は、それぞれに素晴らしい目的をもって
造られ生かし愛しておられるのです。
聖書を読むと、神様のご計画がよく分かり、
また、数々の祝福の約束があることに気がつきます。
難しい問題や困難の中で、
何とかしようとあせったり、あわてたり、
また、諦めてしまっていることはないですか。
私の場合は、物事が思うようにいかないと、
すぐあせったり、諦めたりします。
「信じる者はあわてることがない」と、
聖書にあります。
あなたを愛しておられる神の約束の言葉を信じ、
五つの「あ」を、あなたも生きましょう。

【あかしのコーナー】 

錦織圭選手のコーチ、マイケル・チャンからの
励ましのことばです。


   「勝利の道」            マイケル・チャン
          
私はプロとしては体が小さすぎ、力が無く、
まず成功する事ができないだろうと多くの人に言われました。
実際、プロの世界はとても厳しかったと思います。
今でさえも私より大きな選手と対戦する時には、
背の高さと力の足りなさを感じます。
しかし、私はコートの外と内を含めた人生の中で、
肉体の大きさや強さ以上に大切な物を見つけました。
それはまさに神様との関係を持つということであり、
全てに於いて違いが現れる事となったのです。
私にとっての最初の大きなタイトルであった
フランス オ-プンで優勝した時、私はたったの17才でした。
簡単に、うぬぼれて、思い上がった者となっていたかもしれません。
しかし、イエス様に焦点を合わせていた私は、
お金や名声または勝利の魅惑の虜とならずに済みました。
これらの成功はイエス様が人々の人生に
触れて下さる事と比べたら重要な事ではありません。
神様は私にテニスをする能力を与えて下さいました。
私に力を与えて下さるイエス様なしでは、今の私はなかったでしょう。
 この様な視点をもっている時に、
のびのびと試合が出来、また神様に勝敗を委ねる事ができるのです。
私には自信があります。
なぜなら全てが
神様の御手の中にあるということを知っているからです。
大切な事は私のベストを神様にささげることなのです。
私は勝つかもしれないし、負けるかもしれません。
しかしイエス様に焦点を合わせている限り、
いつも私の内にイエス様にしか下さる事の出来ない喜びがあります。

ご自分の人生について考えてみてください。
あなたの人生はどのような感じでしょうか。
満ち足りている。忙しい。楽しい。ストレスが多い。
前向き。後ろ向き。だれもが、ときには、
このような人生をすべて経験していると思います。
いつかはやってみたいと夢見ていること、
忘れたいと思っていることなど、いろいろあります。

聖書には、イエス様はすべてを新しくするために
来られたとあります。
すべてを白紙に戻してやり直すことができたら、
あなたの人生はどのよう見えると思いますか? 
希望をもって生きる・・・
もし、あなたが平安を望んでいるなら。
あなたの人生を清算する方法が一つあります。
完ぺきな人はいませんし、完ぺきな人生というものもありません。
しかし、私たち一人一人が、
神の御子、イエス・キリストを通し、
神様との個人的な関係を持つことによって、
完全なる恵みを経験することができるのです.

祈りを通し信仰をもって、今すぐキリストを受け入れてください。
祈りというのは、神様とありのままにお話するということです。
神様はあなたの心のうちを知っておられるので、
あなたが話す言葉よりも、
あなたの心の態度に関心を持たれています。

どうぞ以下のお祈りを参考にして下さい。

「主なるイエス様、あなたのことを個人的に知りたいのです。
私の罪のために十字架の上で死んでくださったことを感謝します。
私の人生のドアを開け、私の救い主としてお迎えします。」

この祈りは、あなたの心からの願いでしょうか。
今この場で祈ってみてください。
イエス様はお約束どおり、あなたの人生を導いてくださいます。

2015     「お父さん、頑張ろう」
御言葉:「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。
たといたくさんの物を持っていても、
人のいのちは、持ち物にはよらないのである。」
(ルカ12:15)

6月21日の日曜日は、「父の日」です。
みなお父様方は、
重たい七つの鎧を身につけてお仕事に頑張っています。
お仕事を終え、帰宅する時、
やれやれと、重たい鎧をさーっと脱ぎたくなりますね。
ところが、お家に帰えると家庭は家庭で、
様々な問題が待ち構えています。
休む暇もない、ストレスが溜まってばかりです。

夫婦の問題、親子の問題、経済の問題、健康の問題など、
山のようにのしかかってきます。
どこかに逃げて行きたくなりますが、本当の解決にはなりません。

アメリカの16代大統領リンカーンの言葉です。
「聖書は、人間にとってすべての必要な事が記されている」と。

イエス・キリストのお言葉です。
「無くてならぬものは多くはない。
いや、ただ一つだけである。」(ルカ10:42)

命より大事なものはありません。
その命のあり方、生き方を示し、
また解決を与えて下さるのが聖書です。
聖書の御言葉によって、
様々な思い煩いにも勝利していけるのです。
聖書は、お父さんを力強く応援してくれます。

聖書を開いてみましょう。
今まで見えなかった世界が、見えてきます。
何が大切かも、分かってきます。
あらゆる迫害にも、長い歴史の中を耐えてきた聖書です。
そして、聖書から今も生きておられるイエスにお出会いしましょう。

【あかしのコーナー】 

           
「ベテルチャーチの
チームによる恵み」
          
 右手薬指が痛くて、にぎり拳をするのも痛かったけど、
集会の時、祈っていただいたら痛みがとれ、
スムーズにまげられるようになった。
 その後、時々痛みを感じることがあるが、
すでに癒されたと信じ、あまり気にしないようにしている。
                 永岩寛子 姉


AにするかBにするか、大変迷っていました。
相談にのっていただいて、
「イエス様は、あなたのことをよくご存知ですから、
ゆだねたら良いですよ。」
と答えをいただいて、
「そうか」と思い、おゆだねしました。
迷いが消え、喜びに満たされました。
 結果は、良い方向へ主が導いて下さいました。
また、歯が痛かったのですが、これも聖会中に良くなりました。
                  木山節子 姉


 私の職場では、前任の所長が起こした
問題で会社の存続に危機を感じていました。
行政処分がどのように下るか、
まだ見当がつきませんが、毎日イエス様に祈っていました。
今回ベテルチームが来られ、祈ってもらった事により、
大きな励ましを受けました。
「あなたの仕事は、祝福される」。
 主イエス様に感謝です。
イエス様が、最善の方法で導いて下さる事を確信しました。
                  立川明美 姉

 
     


「神戸のギャザリング」
に参加して

                     橋本 守 牧師
 5月のゴールデンウイーク、
私たちは高速を利用して神戸で開催された
「ホームカミング」(ギャザリング)に参加してきました。
4日の朝、9時半からの集会に間に合うように、
夜中に車を走らせました。
午前の集会に十分間に合いました。
 集会が進むにつれ、主の臨在も濃くなってきて、
疲れがあったものの、その疲れも感じないほど豊かな臨在でした。

 このギャザリングを通して、多くの事を教えられました。
一つは、国や信仰や考えなど様々な違いはあっても、
キリストにあって一つの家族だということです。
そこには、愛による赦しがあり、
互いが建て上げるという恵みがあります。
礼拝は、歌による賛美だけでなく、ダンスもあり、
祈りもあり、主の臨在にまるで天国のようでした。
メインの講師や司会者がいるわけではなく、
聖霊の導きを大切にします。
二つ目は、一致を大切にします。
集会が始まる前1時間、「コア」も時を持ちます。
初めてこういうのに出席しました。
中心に導いているデミアン師が取りまとめて、
示されていること等、集っている教職者たちから引き出します。
色んな意見も出ました。
それを加味しながら集会に臨むのです。
今回のギャザリングで、日本の打ち破りが宣言されました。
世界31カ国からたくさんの方が集い、
世界的グローバルな大会に発展しています。
                      

2015 5     「神の超自然的力によって」
御言葉:「わたしの仕えているイスラエルの神、
主は生きておられます。」
(列王記17:1)

この五月は、母の日があり、また、
二つのコンサートがあっていそがしくなります。
気候も春から夏へ向かう新緑の季節で
一番気候の良い時でもありますね。
一見平和に見える日々ではありますが、
世界はめまぐるしく変化し、
様々な出来事で混乱した時代であります。

昔、イスラエルでは非常に混乱した時代がありました。
そういう時、彗星のごとく、預言者エリヤが出現したのです。
当時の王たちに、神の言葉を語っていきました。
神は、エリヤと共におられ、
数々の不思議、しるし、奇跡をもってその民に語っていかれました。

混乱した今日、世界にそのような人物は現れるのでしょうか。
この日本も、国のリーダーたちに
神からのメッセージとして大胆に語る人がいるでしょうか。
 聖書を読んでいきますと、教会に与えられた使命の一つに、
この世に向かって神の言葉を語り、
この世を罪の腐敗からきよめ、
救い出していく使命があることが分かります。

 あなたの生活はいかがですか。
様々な罪の情欲におぼれていることはありませんか。
また、どうしてもやめられない悪癖に苦しんでいることはないですか。
聖書は、生ける神の御言葉です。
聞いて信じる者に力強く働き、造り変える力があります。
素晴らしい神の力を体験しましょう。


【あかしのコーナー】 

            「神様の御計画の中で」
     
                                安堂大貴兄
私は、イエス様を救い主として受け入れる前、
さまざまな罪を犯していました。
高校卒業後、その時付き合っていた1つ年上の彼女を追って
東京の英語の語学学校に入学しました。
翌年、彼女を追って、アメリカに留学しました。
そして胸を躍らせ夢を持ってアメリカに留学したはずが、
ほんの遊び心で手を出したドラッグに中毒になり、
留学中5年間ずっと辞めることができずに、
せっかく入学した芸術大学を中途退学して帰国してしまいました。
すっかり廃人になった僕は2年間、
仕事もせず佐世保の実家にひきこもり、
いつのまにか鬱病のようになっていました。
病院で精神安定剤をもらって最初は飲んでいましたが、
はっきり精神的な病気なのかわからないまま薬もすぐ飲まなくなりました。
いろんな本を図書館から借りてきては読んでいました。
ある夜中、本を読んでいると白い壁から
悪魔のような二つの目が壁に浮かび上がってきて、
こっちを見られているような気がして怖くなりました。
しばらく眠れず布団の中で怯えていました。
そんな中で近所の新聞配達やいろいろアルバイトやパートをしながら、
バイクや山登りをするようになりました。
その頃、地元の友達を通して今の妻と知り合いました。
妻はアメリカ人の父と日本人の母との間に生まれ佐世保で育ちました。
付き合って3か月半後に婚姻届を出して夫婦になりました。
結婚すると同時に仕事を辞めました。
僕は神様を信じていませんでしたが、
妻がクリスチャンで神様のことを話してくれました。
ある晩一人で祈って
「夫婦の仲がうまくいかずどうすればいいですか?」
と神様にすがりました。
そうするとある日、神様が私たち夫婦に子供を与えてくださり、
義父の行っていた教会に行くようになりました。
職業訓練に行きながら通院に付き添い、
無事に妻は出産することができました。
男の子で聖主(せす)と名前をつけました。
子供が生まれる1か月くらい前、クリスマスの頃に仕事が見つかり、
造船所に勤める事になりました。
慣れない仕事と職場の先輩や人間関係に苦労しました。
ストレスからか精神的に不安定になり、
家族に当たったり、おかしくなっていろいろ家族に迷惑をかけました。
神様がご存じだったのでしょうか、
息子が1歳になる前に三重県の津市に出張が決まり、
単身赴任することになりました。
それから津市のべテルリバーサイドチャペルで
家族と離れて洗礼を2009年12月20日に受けました。
僕の洗礼式に家族は来たかったのですが
都合が悪く来れませんでしたが、このことを家族は喜んでくれました。
それから約2年間、津市の造船所で働いて、横須賀、
下関、福岡そして大分と各出張先の教会を転々としています。
神様と出会い、教会生活を続けて行く中で
本当にたくさんの神様の恵みを頂き、
豊かな神様の愛する兄弟姉妹たちに助けられ、
今も家族から離れて礼拝を守ることができていることに感謝します。
これからもイエス様を信じて
想像をはるかに超えた
神様の御計画の中を歩むことができることを感謝します。 

2015 4     「死に打ち勝つ力」
御言葉:「もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、
よみがえられたのである。」
(マタイ28:6)

みんな長生きをしたいですね。
「死んでしまえば、何にも無くなる」という人も、
やはり長生きはしたいものです。
「死後の世界は何もない」と言う人も、
やはり、自分が死ねば拝んでもらいたいので、
一生懸命亡くなった人を拝みます。

それは、無意識の中で「死後の世界」を意識し、
死にたくないという、死に対する恐怖があるからでしょう。
古代から、地の征服者たちは権力を得、
栄華を極めると、いつまでも死なない薬を求めたといいます。
しかし、それはかなわぬ事で、
どんな偉人も聖人も死にました。
力ある権力者も、死に対しては無力です。

ただ一人イエスこそ、
死の力・黄泉の力を打ち破って三日目に蘇られたお方です。

「それは、死の力を持つ者、
すなわち悪魔を、ご自分の死によって滅ぼし、
死の恐怖のために一生涯、
奴隷となっていた者たちを、
解き放つためである。」
(ヘブル2:14・15)

死に打ち勝たれた勝利の主イエス様は、
信じる者に永遠の命を与えて下さいます。
それは、死んでから分かる命ではなく、
生きている今に体験できる命なのです。
信じる者たちの霊の中に、キリストの復活の命が注がれ、
それはまるでしぼんだ花が水を得て生き返るように、
生き生きと内に溢れる喜びとなって湧き上がるようになるのです。
これは、誰もが求めて得ることが出来るのです。


【あかしのコーナー】 



            「ベテルの祝福」
     
                                橋本 愛 師

 米国のベテルチーム
去る3月、カルバリチャーチではカリフォルニアの
Bethel church(べテル教会)から
4人のチームをお迎えする祝福に預かりました。
アメリカ・中国・ブラジル・オーストラリアという多国籍チームです。
言葉の心配がありましたが、実際にお会いすると、
同じ神様の家族としての一致を感じ、皆がすぐに親しくなりました。
信仰の一致は、国を超えることを改めて実感しました。
国も文化も違う者達が、共に礼拝する光景は天国の前味のようでした。
このチームの働きは、ある意味で非常にシンプルなものでした。
ただ、神である主イエス様の前に静まって礼拝し、
その御言葉に傾聴し、聴いたままのことを語りまた行います。
彼らは素晴らしい方々でしたが、
しかし私たちと同じ普通の人々でした。
その普通の人に主の聖霊が臨まれる時に、
主の御業が現されます。
ベテルチームは、主の大使として、
数々の祝福を流し出してくださいました。
その祝福の一つは預言の言葉でした。
預言とは、訓練された人が主から聞いた御言葉を、
主が示される人にそのまま伝えるという働きなのですが、
集会や祈りの中で預言が語られました。
預言の言葉を受け取った人はもちろんのこと、
周りでそれを聞いている人々も深く慰め励まされました。
私達夫婦もまた、預言の言葉をいただきました。
その言葉から、主が私達夫婦を覚えておられ、
これからも祝福をもって導いてくださることが
分かり大きな喜びをいただきました。
主に心から感謝をささげます!
またもう一つの祝福は、預言的な絵を描く働きでした。
集会の賛美の間、チームの方々は預言の言葉を聞く時と同じく、
主の御声に傾聴し、また主が見せてくださる情景やイメージを受け取り、
それを描きます。
そしてその絵を、示された人に与えられた
イメージや言葉とともに渡します。
この働きもまた、人々に大きな励ましや喜びをもたらしました。
 また一人一人に手を置いての按手の祈りもなされました。
癒しを必要とする方々が多くおられたのですが、
その場ですぐに癒された方も多くあり、
会場は、主の癒しの御業に喜び湧き上がりました!
ベテルチームの方々と数日を共に過ごしましたが、
彼らは非常に自然体でした。
そして主と人々の前に、とても謙虚な姿勢をもって仕えておられました。
その姿が印象深く残っています。
彼らを送り出すのは、寂しくもありましたが、
同時に深い喜びをもって送り出しました。

久留米ベテルキリスト教会チーム
その数日後、今度は福岡の久留米べテルキリスト教会から
吉田一誠先生とスタッフ、中高生の総勢10名のお客様をお迎えしました。
一泊の小学生・中高生向けのスプリングパーティーという集会を持ち、
ゲストとして来ていただきました。
 このべテルキリスト教会の中学生たちは、
普通の元気な中学生たちです。
しかし、礼拝が始まると、喜びをもって主を礼拝し、
身体いっぱいで賛美し、熱心に心をささげて祈っていました。
その姿は、とても自然で、聖霊の恵みと喜びに満ち溢れていました。
 ベテル続きの3月でしたが、
どちらのべテルチームにも共通していたことは、
一人一人が主イエス様を心から愛して礼拝し、
その御言葉に傾聴し従っていること。
そしてそのような彼らを通して、
聖霊による主の御業がなされたということです。
同じ祝福が、このカルバリチャーチにも今すでに与えられています。
これからなされる主の御業に期待し、
委ねつつ、証しとさせていただきます。


2015年 3     「実を結ぶ人生」
御言葉: 「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
もし人がわたしにつながっており、
またわたしがその人とつながっておれば、
その人は実を豊かに結ぶようになる。」
(ヨハネ15:5)

三寒四温。次第に春になってきました。
この次期は、様々な節目の時で、卒業、退職、進学等
大きな人生の変わり目でもあります。

時代も、政治においても、
今、大きなうねりのように変化してきています。
今までテロとは関係が遠かった日本ですが、もはや、
対岸の火事という訳にはいかなくなってきています。
また、最近では、何の関係もない小学生や中学生が、
無残にも殺されるという、痛ましい事件が起こっています。

大分カルバリチャーチでは、ジョイミックといって、
月一度土曜日の午後、
子どもを対象にした楽しいプログラムの集まりをしてきました。
しかし、最近は、ほとんど子どもの集まりが悪くなってきています。
休みの時など、外をあるいてみても、
子どもが遊んでいる姿をあまり見なくなりました。
お家の中で、ゲームをして遊んでいる子どもが増えているようです。

日本の将来が、本当に心配になってきます。
何も出来ない子、また、
社会に対応出来ない子どもが増えてきていますね。
人間として、人格的成長が見れなくなる恐れがあります。
ゲームなど虚構の、中身のないものではなく、
もっと大切なもの、もっと大切な生き方を教える必要があります。

聖書は、人間としての正しい生き方を教えており、
イエスを信じる信仰により、
豊かに実を結ぶことが出来ると約束しているのです。



【あかしのコーナー】 

            「成人を迎えて」
     
                                小平友里恵 姉

20年間、主と共に生きてこれたことに感謝します。
私は、クリスチャンホームに生まれ、
母親のお腹の中にいる時からイ
エス様の大きな愛に包まれて生きて来ました。
生まれた時からクリスチャンという恵まれた環境で育ちましたが、
10代半ばから後半にかけて信仰に悩むことが多かったです。
クリスチャンである自分が、
他人から見てどのように思われているか、
不安になったり、行動に制限があり、
ストレスを感じることもありました。
しかし、その悩みを祈りの前でさらけ出し、
頼ることのできるお方はイエス様ただ一人だけでした。
 短大に入り、クリスチャンである私の生き方を
すんなり受け入れてくれる友達もたくさんでき、
自分から何か発信できることがあるんじゃないかと
考えるようになりました。
 「教会は、こんなところなんだよ。」
「こんな楽しい会があるんだよ。」と、
友達に積極的に話したり、
悩みを抱えている友達のために祈るようになりました。
昔は、自分の信仰に自信がなく、
いつも自分のための祈りばかりしていた者でしたが、
二十歳を迎えた自分に
イエス様が大きな力を与えて下さったのだと思います。
 来年の春から、違う大学に編入するという道を
イエス様が与えて下さいました。
 「短大2年生は、実習の毎日なのに、
編入試験の勉強などする時間はない」と、
厳しい判断をする先生が多い中で、
昼は実習生、夜は受験生の毎日で、
体力的にも精神的にも、限界に近い日々を送っていました。
 そんな時、日曜礼拝の橋本先生のメッセージの中で、
「主は、私たち一人ひとりに最高の時を用意して下さっている」
「神様のなさることは、すべて時にかなって美しい」
と、語って下さいました。
 その時、イエス様が私の人生の良いことも悪いことも、
相応しいタイミングで計画されていることが分かりました。
受験に落ちるかもしれないという恐怖や不安がなくなり、
イエス様にすべてを委ねようと考え、
楽な気持ちで試験を受けることができました。 
 合格の通知が来た時、
これがイエス様が用意されている
最高のタイミングであることが分かり、
感謝のあまり、涙がこぼれそうになったことは、
今でもその感覚を覚えている位です。
 今年の春からまた、新たな環境で生活をするので、
とても不安ですが、
いつも私の隣にはイエス様がいると思うと、
どんどん新たなことにチャレンジしていきたいです。
 20年間ずっとカルバリチャーチで、
家族と一緒に教会に通っていたのですが、
これからは、一人で違う教会に通うので、
自分の本当の信仰が試されるのではないかと思い、
とても楽しみです。どんな時でも、
共にいて下さるイエス様に感謝します。


2015年      「恐れない人生」
御言葉: 「すると、イエスは彼らに言われた、
『わたしだ、恐れることはない』。」
(ヨハネ6:20)
            
日本人が、ISIS「イスラム国」に人質として捕らえられ、
一人の方は、殺害されたようです。
もう一人の方、後藤さんが助け出されることを祈ります。
彼は、クリスチャンであります。
彼は、世界の紛争のある地域へ行って、
そこで暮らしている弱者、特に子供たちを対象に取材し、
それを全世界に発信して来ていました。
様々な事を、恐れていたのではこのような仕事は出来ませんね。
それにしても、遠い世界の出来事のように感じていたテロも、
この日本でも身近な出来事になってきました。

私達の平凡な生活の中でも、いつ何時、
災いがくるか分からない時代になってきました。
 
イエス様の弟子たちは湖で舟を漕いでいたのですが、
嵐に遭いました。
その湖上を歩いて近づいてきた
イエス様を見て幽霊だと恐れたのです。
その弟子たちに、

「わたしだ、恐れることはない」と、
イエス様は声を掛けられたのです。

嵐はおさまり無事岸へ着くことが出来ました。
人生に嵐はつき物ですね。
様々な問題に悩み苦しみ、そこから色んな恐れがやってきます。
「恐れ」がやってきますと、
勇気や忍耐や正しい決断など持つ事は出来ません。
ピンチを切り抜けるアイデアも生まれません。
イエス様は、「恐れることはない」と、
私たちに語って下さっています。
今もしあなたに恐れる事があるなら、
「イエス様」と呼びかけ祈ってみましょう。
主の平安が来て勝利するでしょう。


【あかしのコーナー】 

            「あなたは神に愛されている」
     
                                橋本守 牧師

イエス様は、愛の関係において重要なメッセージを伝えています。
「第一のいましめはこれである、
『イスラエルよ、聞け。
主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。
心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、
主なるあなたの神を愛せよ』。
第二はこれである、
『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
これより大事ないましめは、ほかにない。」(マルコ12:29〜31)
 このイエス様のメッセージから、
以下の愛の関係を、三つあげることが出来ます。

1.神との愛の関係
             2.教会における兄弟姉妹との愛の関係
   3.未信者との愛の関係

 私たちが愛し合うためには、「愛」を知らなければなりません。
でも、その「愛」は何処から来たのでしょうか? 
「神は愛である」と聖書は、言っています。
ですから、「愛の関係」を持つためには、
この神の愛を知る必要があるのです。
そのために、神がまず私たちを初めに愛して下さったと
聖書は言っています。

「わたしたちが神を愛したのではなく、
神がわたしたちを愛して下さって、
わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、
御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」
(第一ヨハネ4:10)
 
神は、御自分の愛を、イエス・キリストを通して現して下さいました。
それが、十字架の刑、すなわち、
私達の罪の身代わりとなって下さった、
そこに最高の神の愛が示されたのです。
これを「アガペーの愛」と言います。
 愛する皆さん、一人残らず神に愛されているのです。
私たちの罪は、全て赦され、神との愛の関係が、
イエスにあって回復したのです。
この神の愛を知りましょう。
知識で知る以上に、体験しましょう。
子どもが母親にギューっと抱きしめられて愛を感じるように、
私たちも皆、そのように神の愛を感じることが出来ます。
 神が切実に一人ひとりを愛していることは、
旧約聖書からも見ることが出来ます。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。」
(イザヤ43:4)

「主は遠くから彼に現れた。
わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。
それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた。」
(エレミヤ31:3)

神に愛されていることを知って、私たちも神を愛していきましょう。

2015年 1     「神の愛を知る」
  御言葉: 「愛する者たちよ。
わたしたちは互に愛し合おうではないか。
愛は、神から出たものなのである。
すべて愛する者は、
神から生れた者であって、
神を知っている。」
(第一ヨハネ4:7)
    
明けましておめでとうございます。
今年も、この月報「箱舟」のご愛読をよろしくお願いします。
新しい年に、
夢と希望をもって今年も前進してまいりましょう。
しかし、やはり今年はどのような年になるであろうかと、
心配もきますね。
特に近年は、情報過多の時代です。
インターネットなどで、
世界中の様々な情報が目に飛び込んできます。
そういう中で、間違った情報に心が奪われ翻弄されてしまうのが、
現在の実情でありましょう。
何がまことで、真実で大切なものであるのかを
見失ってしまうのではないでしょうか。
人間にとって何がもっとも大切なものか?

イエス様は、「なくてならぬものは多くはない。
いや、ただ一つだけである。」と言っています。
 
あなたを愛している神様がおられるのです。
神の愛は、子を愛する親の愛を、大きくしたような愛です。
あなたのどんな罪も赦して下さいます。
そのため、イエス様は十字架で罪の身代わりとして
罪の裁きをお受けになられました。

 神に愛されている。
このことを知るなら、また、満たされるなら、
魂に大きな平安と喜びがきます。
神様の愛が、あなたを生かし、命に溢れさせて下さいます。
真にあなたを生かすもの、それは、神の愛です。
私たちは、神様の全てを知ることは出来ませんが、
愛によって、神を知るのです。
そして、この神の愛は、信じて求めるなら体験できるのです。


【あかしのコーナー】 

            「2015年に期待すること」
     
                                橋本守 牧師

明けましておめでとうございます。
2015年の幕が開けました。
戦後70年を迎えました。
イスラエルのバビロン捕囚の期間も70年で、
イスラエルは、バビロン捕囚から解放され、
エルサレムに帰ることが出来ました。

 これにちなんで、日本も戦後70年になるので、
神はこの日本をも解放して下さるに違いないと期待をするのです。
つまり、霊的束縛から解放され、
大いなるリバイバル、
いまだかつてなかった
魂の収穫がなされるのではないかと、思う訳です。
 
しかし、だからと言って教会の大切な使命、
本質を見逃していけないと考えます。

「それゆえ、あなたがたは行って、
あらゆる国の人々を弟子としなさい。」
(マタイ28:19)

これは、イエス様の弟子を作るようにという命令です。
弟子訓練というのではなく、イエス様のように、
愛の関係による弟子作りを心がけて行こうと願っています。
私の一番苦手なところです。コツコツと、
一人ひとりをしっかり愛して関係作りを築いて行く。
育てて行く。
こうして、未信者にもっと門戸を開いて宣教の拡大を
図って行きたいと願います。
主の助けを祈ります。
   


2013年 1     「勝利している教会」
  御言葉: 「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、
         わたしたちは、これらすべての事において
           勝ち得て余りがある。」(ロマ8:37)
    
 昨年の暮れ、総選挙があり自民党が再び政権を取り、
安倍内閣が発足しました。
経済対策を打ち出しデフレ脱却をめざしています。
円は値下がりし、株は値を上げ、
景気の対する期待感が現れています。
期待感を持つだけで、このように数字に現れてくるのだと、
つくづく感心しています。

そう思うと、私たちの気持ちの持ち方によっては
様々な結果を打ち出すこともあるのですね。
聖書には、「未来完了形」の表現がかなりあります。
それは神様の約束の真実なこと、
その確かなことを示す最高の表現として用いています。
確かに私たちの人生には、様々な不幸な出来事が起こります。
「あの時、あのことがなければどんなに良かったか・・・」と、
後悔することが多いでしょう。
 ロマ8:37には、「しかし」とあります。
つまり逆転の人生が有りますよ、と宣言しているのです。
 神様の愛は強烈です。無限です。
どんな人も、神は愛しておられます。
神の愛を信じ、その約束の御言葉に信頼していくとき、
立ち塞がった困難に対し、
荒野に道を設け砂漠に花を咲かせて下さいます。
今年の教会のテーマは、「勝利している教会」です。
神の約束に固く立って、たとい戦いはあっても、
神の教会と一人一人は
既に勝利をしているという意識と信仰をもって進んでいきます。
今年もよろしくお願いします。


【あかしのコーナー】 

           「イエス様の愛と恵みにふれ」
         
       
                          荻本美由 姉 姉

  私は子どもの頃より、愛に不足した環境に育ちました。一度は聖書を
手にした時期もありましたが、まだ子供でしたので聖書は難しくて神様に
ふれることが出来ませんでした。
 けれど、その頃からずっと本当の神様を知りたいと思い続け、他の宗教
や仏教等の信仰を長い間続けてきました。しかし、そこに本当の幸せが
ない事に気づき失望していました。当時は役職についていましたから、私
を慕う方々に、本当の事を告げる事も、嘘をつく事も出来ずに辞めさせて
いただく事にしました。そして、昨年の初めからメニエル病、父の他界、
娘の入院、交通事故とたくさんの気付きを与えられてきました。
 交通事故では、正面衝突で車は廃車となる大きな事故ではありました
が、奇跡的に外傷はなく打撲だけですんだのです。
 この一年間だけで、立て続けに色々な事があるには何か理由があるは
ずだと思っていた所に、知人より神様とイエス様の話を聞き、私がもとめ
ていた本当で唯一の神様である事を確信し、神様の愛に触れ、このカル
バリチャーチへと導かれました。
 そして、二回目に訪れた祈祷会で、異言と聖霊様が降りてくる体験を初
めてしたのです。その時の体験や感動を忘れることはないでしょう。
 ずっと求めていた神様でしたから、洗礼を受ける事にも迷いはありませ
んでした。
 日々、聖書を読み神様やイエス様の思いを知る事が出来たからです。
 洗礼は、私の肉体の誕生日でもある12月13日にお願いしました。洗礼
の日を待つ一ヶ月半の間に、どれだけ今までの自分が罪深かったかを反
省させられました。利己的で高慢、傲慢で思いやりの無い、愛の無い人
間だったと・・・。そんな私を赦して下さるなんて、調子が良すぎると落ち
込んだ日々もありましたが、それでも神様は、私の祈りを聞いて下さり、
何度か聖霊様を感じ、神様のイエス様の愛の深さに感謝し、感動し、涙し
ました。
 洗礼式の前日も何度となく聖霊様を感じて、私を祝福して下さっている
のだと思い、とても感謝することが出来ました。
 13日、無事に洗礼式を終え、これまで牧師先生をはじめ姉妹の方々に
祈って頂いていた事を知り、改めて感謝申し上げます。
ありがとうございます。
 まだ数日しか経っていませんが、心の座をイエス様に座って頂くように
なってから、どんな状況においても動揺する事がなくなりました。自分の
感情を客観的に見て冷静に判断し、コントロール出来るようになったので
心穏やかに過ごせています。
 高慢や傲慢にならず、正義感によって人を裁く事をせず、赦し、誠実に
謙虚に愛に溢れ・・・そんなふうに自分が変われたらと思います。全てを
主イエス様に委ね、生きていきます。
ここに、証させて頂く機会を与えられた事を感謝致します。

    



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