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| 札 所 | (本 尊) | (霊場本尊) | (住 所) | (歴 史 と 経 過 . 環 境) | ||
| 第1番 北南山 高野寺 |
金剛界大日如来 | 如意輪観音菩薩 | (函館市住吉町12−23) | 観音霊場中最南端の函館山の麓の住宅地の中にある。明治17年開創と古く、北海道開拓とともに歩んできた。寺自体も火災など、幾多の辛苦を乗り越えてきた。風格のある寺院である。 本尊は高野山よりお迎えした平安時代の重文である。 なお、第2番札所神山教会の納経はここでして貰える。 | ||
| 第2番 明光山 神山教会 |
弘法大師像 | 十一面観世音菩薩 | (函館市陣川町86) | 四稜郭から更に丘陵地帯に入ったところにある。この一帯が高野山に似ていたことから、明治36年高野寺の小山智道により、説教所として開創された。元の場所は更に数キロ山奥にある。 | ||
| 第3番 菩提院 奥の院 |
不動明王 | 千手千眼観世音菩薩 | (寿都郡寿都町字新栄町236) | 寿都から江差にかけてニシン漁のヤン衆で栄えた場所である。 明治24年京都の中山桂学により開創され、ヤン衆らの不動尊信仰が菩提院を発展させた。 この奥の院は、すこし小高い丘にある、こじんまりしたお堂で、通常は施錠されていて、納経は菩提院まで行かねばならない。 巡拝順路に気を付けないと、納経のため逆戻りする事になる。 近い将来観音菩薩を、本院に移転させる計画があるらしい。 |
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| 第4番 覚王山 金剛寺 |
大日如来 | 千手千眼観世音菩薩 | (虻田郡倶知安町北6条東3−3) | 羊蹄山の麓にある、広く・整然とした町並みの一角にある。 付近には酪農王国の名の通り、家畜の慰霊碑が多い。 明治35年尾道市の石井理源により開創された。 | ||
| 第5番 遍照山 本弘寺 |
大日如来 | 千手観世音菩薩 | (岩内郡岩内町東山11−3) |
ここはニシン漁の本場であり、雷電海岸から積丹半島までの海岸線は、北海道を代表する景観である。 明治33年肥田盛道が布教所として建立した。彼は「山本ラク」の霊場開創発願の理事長も引き受けており、彼女の発願の相談相手となっていた様子だ。 寺内は広く、大師堂内で88カ所のお砂ぶみもできる。 | ||
| 第6番 北明山 仁玄寺 |
大日如来 | 千手千眼観世音菩薩 | (余市郡仁木町西町7−1) | ここはなだらかな丘陵地帯のなかにあり、果物の生産が盛んな土地で、国道沿いには多くの販売所が年中ある。 明治22年徳島県出身者によって、大師堂がこの地に建立され、それが発展してきた。 広い境内には、北海道には珍しい欅の大木がある。 | ||
| 第7番 小樽高野山 日光院 |
聖観音菩薩 | 如意輪観世音菩薩 | (小樽市富岡2−22−22) | 小樽駅の裏の急坂の中腹にあり、ここからは小樽湾が一望できる(右写真)。ただ、大型車は境内まで登るのは無理である。 明治19年信者が建立した大師堂に、修験僧として名高かった和歌山の鷹尾了範がきて、小樽の赤岩山を修行霊場にして布教に務めた。 | ||
| 第8番 大網山 精周寺 |
大日如来 | 聖観世音菩薩 | (小樽市最上2丁目15−33) | 山の中腹に広がった住宅地の中程にあるが、周囲は樹木で覆われ、短いものの参道も整備されており、静かな寺域である。もう少し先のロープウエイ乗り場の汐見台からは、小樽湾が一望できる。 明治15年に大網精周が建立した懸錫所が基になっている。ここにはインドから請来した、「降魔成道釈尊像」が寺宝となっている。 | ||
| 第9番 成田山 新栄寺 |
大聖不動明王 | 不空けん牽観世音菩薩 | (札幌市中央区南7条西3丁目) | 札幌市内のすすきののど真ん中にある大寺である。ここは千葉県成田山新勝寺の札幌別院でもある。自動車交通安全の祈祷所も置かれ、多くの信者でにぎわっている。 明治18年頃成田山の信者らによって開創された。 ここの霊場本尊は金箔押しが施されておらず、生地のままである | ||
| 第10番 覚王山 立江寺 |
地蔵大菩薩 | 千手観世音菩薩 | (石狩市花畔1−1) | 大河、石狩川の河口平坦地にあり、バイパスも近くを走り、札幌まで近い。とても入植時には、鬱蒼とした森だったとは信じられない。 明治32年に富山県の村尾恵明が石の地蔵をお祀りしたのが基である。 ここには札所最大の梵鐘があり、境内には石仏が散在している。 | ||
| 第11番 和光山 弘清寺 |
十一面観世音菩薩 | 准てい観世音菩薩 | (夕張郡栗山町角田216) | 夕張川河岸の水田地帯に、この寺はある。この町には標高百十八メートルの御大師山という名の山もある。 明治26年に長野県善通寺から中村厚学がきて、この地に大師教会を設立したのが基である。 ここの両本尊はあくまでも穏やかで、参拝者のこころを和ませてくれる | ||
| 第12番 空知山 遍照寺 |
十一面観音菩薩 | 千手観世音菩薩 | (空知郡奈井江町南町一区) | 国道直線距離三十キロで有名な十二号線沿いにある。周辺の広大な地形にあってはそう目立たないが、境内には聖天堂もあり参拝者が絶えない。 また「馬魂碑」なるものもあり、太平洋戦争で徴用された軍馬の霊を慰めるために建立されたとのこと。 | ||
| 第13番 石狩山 真言寺 |
大日如来 | 如意輪観世音菩薩 | (深川市七条7番11号) | 深川は、屯田兵の入植以来、道内きっての穀倉地帯となり、真言寺はその町中にある。明治31年香川県の資延行晃が説教所を設立したのが基になっている。 ここに「北海道三十三観音霊場会」の事務局が置かれている。本寺の住職の資延憲英氏が、昭和60年に霊場会を発足させ、33観音霊場が蘇った。その真摯な思いは、参拝者の心を打つ。 ここには「山本ラク」さんの遺品が徳島の菩提寺から寄贈されている。特に「北海道33観音まんだらの版木」は、ラクさんの伝道にかける思いが、ひしひしと伝わってくる。 | ||
| 第14番 遍照山 丸山寺 |
弘法大師像 | 如意輪観世音菩薩 | (深川市一巳町大師) | 深川の平野に小さな丘がある。その麓にあるのがこの丸山寺だ。この山中には88カ所の新四国霊場がある。 この霊場で珍しいのは、各本尊に1体ずつ大師像が設置されていることだ(88所寺院には全て本堂と大師堂があることからすれば、当たり前のことかもしれない・・・)。 明治28年頃信者らにより開山した。 | ||
| 第15番 神楽山 春宮寺 |
大日如来 | 十一面観世音菩薩 | (川上郡東神楽町東1線12号) | 大雪山を望む牧歌的な土地である(右の写真は2290メートルの旭岳を麓から望む)。 ここの開拓は、ヒグマと豪雪の戦いだったらしい。 本堂は「アイダモ」の木で作られており、珍しい。境内には修行大師像と救世観音菩薩像が設置されている。 | ||
| 第16番 谷口山 金峰寺 |
大日如来 |
千手観世音菩薩 | (旭川市五条通十七丁目左3号) | 大きな旭川市街地にある当寺の本堂は、屋根の上に塔を建てたインド様式の建築物である。 明治38年谷口与三の寄進により設立された。 霊場本尊は大悲閣の2階の大広間に安置されている。 | ||
| 第17番 慈雲山 弘照寺 |
大日如来 | 十一面観世音菩薩 | (空知郡中富良野町基線北12号) | ラベンダーの丘で有名なあの富良野にある。すこし小高い境内からの見晴らしはすばらしい。 明治34年香川県入植者らにより、大師堂が建立されたのが基になっている。 広い境内も大きな松(たぶんエゾマツであろうと思われるが・・・)で覆われており、典型的な北海道らしい寺院である。 境内には6地蔵尊や修行大師像などが安置されている。 | ||
| 第18番 護国山 富良野寺 |
大日如来 | 如意輪観世音菩薩 | (富良野市本町11番10号) | 富良野市の町中にあり、境内には幼稚園も併設している。霊場本尊は、道の際の六角堂に祭られており、随時お参りできる。 明治40年に兵庫県の宮田俊人が布教所を建立したのが基である。 | ||
| 第19番 成田山 松光寺 |
大日如来 | 千手観世音菩薩 | (帯広市東六条南六丁目9番) | 碁盤の目の町の一角にあるこの寺の境内も広い。境内に点在する石仏の一体ずつにお参りするのも、また楽しい。 帯広で一番古い木造建造物である「不動堂」は、多くの参拝者を集めている。 | ||
| 第20番 大日山 密厳寺 |
大日如来 | 千手千眼観世音菩薩 | (中川郡本別町朝日町16−1) | 十勝平野(右写真)の馬鈴薯やワインの産地として有名な本別町にある。この寺の裏山の義経山から弁慶洞にかけて、八八カ所の石仏が置かれている。ここにもあの義経伝説が残っている。ここの涅槃絵図は有名 | ||
| 第21番 四恩山 西端寺 |
不動明王 | 聖観世音菩薩 | (釧路市米町三丁目2−10) | 釧路市郊外の寺社町の一角にある。整然とした境内の高台からは、ちょっと振り返れば海が見えるのも、すばらしい。 ここは函館高野寺の西端良純住職により開かれた。また北海道36不動第18番札所でもある。迫力のある不動明王とともに、地獄絵図もすばらしい。 | ||
| 第22番 護国山 清隆寺 |
大日大聖不動明王 | 千手観世音菩薩 | (根室市松本町2丁目2番) | 町中にありながら、威風堂々とした山門と本堂に歴史を感じさせる。境内には国後島から移植された、樹齢100年を越す千島桜が毎年咲き誇っている。福井県の細川卓静により開創された。 | ||
| 第23番 護国山 大法寺 |
不動明王 | 千手観世音菩薩 | (枝幸郡中頓別町字中頓別165) | 北オホーツクの海からすこし内陸に入ったところにある。どこまでも続く牧草地に牧舎や家屋が点在する。この寺は石川県出身の紺井英応氏が説教所を開いたのが始まりである。23番御尊体はもともと根室市の本城寺にあったが、廃寺のためこの地に移転した。 | ||
| 第24番 大慈山 弘道寺 |
大日如来 | 十一面観世音菩薩 | (網走市桂町2丁目3−1) | 網走市の山手住宅街の中腹にある。明治34年高野山より巡錫した、中畑真雄により開創した。 境内には威風堂々とした修行大師像と立派な鐘楼がある | ||
| 第25番 注連山 宝珠寺 |
大日如来 | 千手観世音菩薩 | (紋別郡上湧別町中湧別5−3) | 北のオホーツクのなかで、四季の彩りがもっとも美しい湖、サロマ湖(右写真)のちかくの平原のまっ只中にある。 明治42年、徳島県の米本龍厳により説教所が設立されたのが基になっている。 | ||
| 第26番 密乗山 大日寺 |
大日如来 | 聖観世音菩薩 | (紋別市潮見町1丁目3−34) | 流氷の町「紋別」に、明治34年高野山大師教会紋別支部を創立した。開基100年を記念して、平成9年に本堂等が新築された。 | ||
| 第27番 高野山最北大師 真言寺 |
胎蔵界大日如来 | 如意輪観世音菩薩 | (稚内市中央5丁目11−21) | 最北端の寺である。この360度のパノラマは、お四国の室戸岬や足摺岬に通ずるものがある。 大正2年に高野山大師教会稚内支部として開創された。 | ||
| 第28番 天塩山 弘法寺 |
弘法大師像 | 聖観世音菩薩 | (中川郡美深町字大手192) | 清澄なる鮭の川、天塩川にはぐくまれた田園地帯である。明治39年徳島県の服部智信が開創した。 本尊は江戸中期の作で、力強い尊像である。 | ||
| 第29番 清澄山 龍徳寺 |
大日如来 | 馬頭観世音菩薩 | (静内郡静内町本町4丁目3−1) | 競走馬の飼育で有名な日高地方の真ん中にあり、海に近い割には広々としている土地がらである。 馬頭観音は33観音中で、ここだけである。明治44年に大阪の仙田梁応により開創された。山門には立派な彫刻が施されている。平成7年火災により本堂が全焼し、平成10年再建立完成した。 | ||
| 第30番 高野山 日高寺 |
胎蔵界大日如来 | 千手千眼観世音菩薩 | (沙流郡門別富川東2丁目905−1) | 山門の前が、いや横も牧場で親子の馬がたむろしている。 明治44年に香川県の琢磨宥文が開創した。 | ||
| 第31番 三石山 円昌寺 |
大日如来 | 聖観世音菩薩 | (三石郡三石町字本桐131) | 襟裳岬にもっとも近い札所で、赤松並木の参道が迎えてくれる。 境内にはつつじとさくらの木が多くシーズンにはにぎわっている。 本寺は明治29年淡路の藤江龍長により開創された。 |
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| 第32番 新高野山 亮昌寺 |
秘鍵大師 | 千手観世音菩薩 | (虻田郡虻田町清水41) | 当地は駒ヶ岳と内浦湾を望み、洞爺湖への入り口でもある。 明治28年新潟県の村山亮昌により開創された。 境内には当時の開拓民の住居が再現されているが、あまりのみすぼらしさに驚く。 | ||
| 第33番 高野山 大正寺 |
弘法大師像 | 十一面観世音菩薩 | (室蘭市沢町2−6) | 港町室蘭の急坂の途中にある。境内は北海道の寺にしては狭いが、見晴らしがよく、湾が一望できる明治37年奈良県の松尾了山が開創した。 | ||
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