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略歴

二度とない人生だから
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坂村真民 『命のことば』その一





『念ずれば花ひらく』


苦しいとき
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうしてそのたび
わたしの花がふしぎと
ひとつ ひとつ
ひらいていった






『こちらから』


こちらから 頭を下げる
こちらから 挨拶をする
こちらから 手を合わせる
こちらから 詫びる
こちらから 声をかける


すべて こちらからすれば
争いもなく なごやかにゆく


こちらから 「お〜い」と呼べば
あちらからも 「お〜い」とこたえ


赤ん坊が泣けば お母さんが飛んでくる
すべて 自然も人間も
そう できているのだ


仏さまへも こちらから 近づいて行こう
どんなにか 喜ばれることだろう





『 二度とない人生だから』


二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけてゆこう


二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないように
こころしてゆこう
どんなにか
よろこぶことだろう


二度とない人生だから
一ぺんでも多く
便りをしよう
返事は必ず
書くことにしよう


二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう


二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう


二度とない人生だから
のぼる日しずむ日
まるい日かけてゆく月
四季をそれぞれの
星々の光にふれて
わがこころを
あらいきよめてゆこう


二度ない人生だから
戦争のない世の
実現に努力し
そういう詩を
一編でも多く
作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる
若い人のために
この大願を
書きつづけてゆこう





『一本の道を』


木や草と人間と
どこがちがうだろうか
みんな同じなのだ
いっしょうけんめいに
生きようとしているのをみると
ときがくれば彼等が
人間より偉らいとさえ思われる
彼らはときがくれば
花を咲かせ
実をみのらせ
じぶんを完成させる
それにくらべて人間は
何一つしないで終わるものもいる
木に学べ
草に習えと
わたしはじぶんに言いきかせ
今日も一本の道を歩いて行く





『花』


花には
散ったあとの
悲しみはない
ただ一途に咲いた
喜びだけが残るのだ





『悟り』


悟りとは
自分の花を
咲かせることだ
どんな小さい
花でもいい
誰のものでもない
独自の花を
咲かせることだ





『利他の心』


どんないい果物でも
熟さなければ
たべられない
それと同じく
どんな偉い人でも
利他の心がなければ
本ものとは言えない





『ねがい』


いつかは
その日がくる
その日のために
一切が生きているのだ
飛ぶ鳥も
咲く花も

その日は
明日かもしれない
いや
その日の
夕方かも知れない

それゆえ
その日は
つゆくさのつゆのように
うつくしくかがやきたい





『わたしは墓のなかにはいない』


わたしは墓のなかにはいない
わたしはいつもわたしの詩集のなかにいる
だからわたしに会いたいなら
わたしの詩集をひらいておくれ


わたしは墓を建てるつもりで
詩集を残しておくから
どうか幾冊かの本を
わたしと思うてくれ


妻よ 三人の子よ
法要もいらぬ
墓まいりもいらぬ
わたしは墓の下にはいないんだ


虫が鳴いていたら
それがわたしかも知れぬ
鳥が呼んでいたら
それがわたしかも知れぬ
魚が泳いでいたら
それがわたしかも知れぬ
花が咲いていたら
それがわたしかも知れぬ
蝶が舞うていたら
それがわたしかも知れぬ


わたしはいたるところに
いろいろな姿をして
とびまわっているのだ
墓のなかなどに
じっとしてはいないことを知っておくれ





『生きているからには』


生きているからには
しょぼしょぼとした目なんかせず
生き生きした
魚の目のように
いつも光っていようではないか
生きているからには
くよくよした泣きごとなんか言わず
春の鳥のように
空に向かって明るい歌をうたおうではないか


生きているからには
できるだけ世のため人のため
体を使いあの世へ行った時
後悔しないように
発奮努力しようではないか





『七字のうた』


よわねをはくな
くよくよするな
なきごというな
うしろをむくな
ひとつをねがい
ひとつをしとげ
はなをさかせよ
よいみをむすべ


すずめはすずめ
やなぎはやなぎ
まつにまつかぜ
ばらにばらのか





『 こころ 』


こころを持って生まれてきた
これほど尊いものがあろうか


そしてこのこころを悪く使う


これほど相すまぬことがあろうか


一番大事なことは
このこころに花を咲かせること


小さい花でもいい
自分の花を咲かせて


仏さまの前に持ってゆくことだ





『 愛 』


落下してゆく石は
さまざまなことを知った


どんなに海が深いかを


どんなに愛が
底知れぬものであるかを






『つみかさね』


一球一球のつみかさね
一打一打のつみかさね
一歩一歩のつみかさね
一座一座のつみかさね
一作一作のつみかさね
一念一念のつみかさね


つみかさねの上に
咲く花
つみかさねの果てに
熟する実


それは美しく尊く
真の光を放つ






『 一つ 』


一つの光を
みつめて行くのだ
一つの道を
たずねて歩くのだ
一つの事を
つづけて進むのだ
他を求めようとせず
ただ一つを目指し
それを深め 極めるのだ





『時間をかけて』


あせるな


いそぐな


ぐらぐらするな


馬鹿にされようと


笑われようと


自分の道を


まっすぐゆこう


時間をかけて


みがいてゆこう





『三弁の花』


華厳経は心に花を咲かせよと


お説きになったお経である


慈悲


誠実


柔和


この三弁の花を小さくてもいい


咲かせてゆこう





『両手の世界』


両手を合せる


両手でにぎる


両手で支える


両手で受ける


両手の愛


両手の情


両手合したら 喧嘩もできまい


両手に持ったら 壊れもしまい


一切衆生を両手に抱け





『 生きる 』


生きることの
むつかしさ


生きることの
ありがたさ


生きることの
うつくしさ


まかせきって
生きることの
よろこびに
燃えよう





『明るい心で』


明るい心で
明るい顔で
接してゆこう


暗ければ
暗いほど
元気を出して
明るいほうを目指して
生きてゆこう


天に
星が輝いているではないか
道のべに
花が咲いているではないか
空に
鳥が飛んでいるではないか


しっかりしろ
しっかりしろと
せみたちが鳴く
けんめいに鳴く





『 三 学 』


いかに生きるかを学べ


いかに愛するかを学べ


いかに死すかを学べ





『 闇と苦 』


闇があるから
光がある


光があるから
楽がある


闇を生かせ
苦を生かせ





『 感 謝 』


美しいものは
美しい目でながめ


優しいものは
優しい心で接し


その日その日を
送ってゆこう


過ぎてゆく月日を
宝のように大事にして


一度ぎりの人生を
完うしよう


病んで以来
やっとそういう
素直な気持ちを
抱くようになったことを
感謝しよう





『新生の自分』


自分の変身とは
生きる姿勢を
変えることだ
自分のためばかりに
生きてきた
この身を
他の人のために生きる
姿に変えることだ


醜い虫が
あの美しい蝶になる
あの変身を
じっと見つめて
新生の自分を
作ってゆこう





『命がけ』


命がけということばは
めったに使っても
言ってもいけないけれど
究極は命がけでやったものだけが
残っていくだろう


何に命を賭けるか。


それが男の生き方だと、ぼくはいうんです。


女の人は子供を育てるのがあるから、
女の人にはいわんけども、
男は何に命を賭けるか。


マイホームは男の命の賭け方とちがうんや、と。
ぼくはマイホームなんていうのは大嫌い。
男はもっと大きな一つの天地、
宇宙の心をわが心として
もっというなら、宇宙のため、地球のため、
人類のためというような、
外の世界の幸せ、外の世界のために
命を賭けるというのが男の命。


そのために男というものがある。
これは僕の持論です。





『一本の道を』


木や草と人間と
どこがちがうだろうか
みんな同じなのだ


いっしょうけんめいに
生きようとしているのをみると
ときには彼等が
人間よりも偉いとさえ思われる


かれらはときがくれば
花を咲かせ
実をみのらせ
じぶんを完成させる


それにくらべて人間は
何一つしないで終わるものもいる。


木に学べ
草に習えと
わたしはじぶんに言いきかせ
今日も一本の道を歩いて行く





『 木 』


花を咲かせる一本の木
それがわたし
自分を知りたいなら
一本の木を
じっと見つめてください
木はあなたに どう生きたらいいかを
考えてくれるでしょう





『 本気 』


本気になると 世界が変わってくる
自分が変わってくる
変わってなかったら
まだ本気になっていない証拠だ
本気な恋
本気な仕事
あぁ 人間一度こいつを つかまんことには





『 四訓 』


川は流れていなくてはならぬ
頭は冷えていなければならね
目は澄んでいなくてはならぬ
心はもえていなくてはならぬ





『 馴れ 』


もっとも恐ろしいのは、この馴れ。
暁天祈願も、彼岸の祈りも、
馴れたら、もうおしまい。
初心忘るべからずというのも、
この馴れの恐ろしさを言っているのである。


ものを作る者に一番の危険は、
この馴れである。


「湯之盤の銘に曰く日に新たに
   日日に新たに又日に新たなり(大学)」


お互い毎朝顔を洗う時、そういう心でありたい。
信仰だけではなく、芸術もそうであるし、
ピチピチと生きている詩、
生きている文字、それが一番大切だと思う。


それにしても今は暖衣飽食に慣れて
頽廃の色があまりにも濃い。


「学道ノ人、衣食ヲ貪ルコトナカレ」
    (道元禅師学道用心集)


これは千古の鉄言である。





『貧しくてもいい』


「貧しくてもいい、才能がなくてもいい、
能力がなくてもいいけれども、
一つのことを続けていったら
必ず何かが生まれる」と。


だから人間はやはり、
自分の志を持って本気になって
生きることを続けていたら、
必ず天命が見えてくる。
先生の場合は、それが詩だったわけですね。


    ☆


ただそのためには捨てること、実行すること、
貫き通すこと、生き切るということが大切です。
それを先生は「念ずれば花ひらく」という
お母様の真言を通して、
我々に教えてくださった。
それが宇宙の根本生命に帰する
ということではないでしょうか。  


柿やりんごや桃と同じに
与えられた自分の命、
自分という人間を成熟させて、
人から喜ばれるものになっていきたい
というのが私の願いであり、祈りです。


大無量寿経の嘆仏偈(たんぶつげ)の中に、


「我行精進(がぎょうしょうじん)、
忍終不悔(にんじゅうふげ)」


という言葉があります。
私はこれを毎暁となえています。


わが行は精進して
忍んで終(つい)に悔いじ。


修行には完成はありません。
未完です。
成就するのではなく、
成就するのを乞い祈り願うのです。


そして、生まれ難き中を
人間に生まれてきたのだから、
生きがいがあるように、
自分を仕上げて死にたいものだと思っています。  





かなしみ』


かなしみは
わたしたちを強くする根
かなしみは
わたしたちを支える幹
かなしみは
わたしたちを美しくする花
かなしみは
いつも枯らしてはならない
かなしみは
いつも湛えていなくてはならない
かなしみは
いつも噛みしめていなくてはならない






『朝 夕』


かなしさを
かなしさとせず
さみしさを
さみしさとせず
み手に抱かれ
生きてゆく
一燈の下
一輪の部屋
朝の鳥鳴き
夕の虫鳴く





『たんぽぽの魂』


踏みにじられても
食いちぎられても
死にはしない
枯れもしない
その根強さ
そしてつねに
太陽に向かって咲く
その明るさ
わたしはそれを
わたしの魂とする





一 心 』


限りある命だから
蝉もこおろぎも
一心に
鳴いているのだ
あんなに
一心に
咲いているのだ
わたしも
一心に
生きねばならぬ






『 涙 』


感動して
涙がでるということは
なんていいことだろう
軽い体になり
血が清くなり
素直な心になり
生きていくことが嬉しくなる
ああ
南無光明無尽の涙よ





『 声 』


人間バタバタして過ごしていると
何の声もきこえなくなる
風の声
石の声
木の声
川の声
大地の声
地球の声
星星の声
みんな声を出して
呼びかけているのに
何の声も耳に届かず
ただカサカサと生きている
そういう
淋しさ
虚しさを
ほと感じませんか





『 力 』


生きていく力
詩を作り続けてゆく力
痛みに耐えてゆく力
弱さに打ち勝ってゆく力
世のため人のためになる力
そういう力を
授け頂くために
大宇宙の生命が
一番充実し躍動している
混沌未明の刻に座し
夜明けゆく天地の力を
吸飲摂取して祈る


ああ
わたしが切に乞い願うのは
観音妙智力
念彼観音力
自在の神力
迷える羊を救う
光明功徳の威神力
どうかこの力をお与えください





『二度とない人生だから』


一輪の花にも
無限の愛を
そそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳を
かたむけて
ゆこう





『しんみん五訓』


クヨクヨ
  するな
フラフラ
  するな
グラグラ
  するな
ボヤボヤ
  するな
ペコペコ
  するな




『すべてよし』


病気よし
失恋よし
失敗よし
泣きながらパンを食うのもよし
大事なことは
その事を通して
自分を人間らしくしていくことだ
人のいたみの
わかる人こそ
ほんとうの人間






『一途に生きているから』


星が飛び
花が燃え
天地が躍動
  するのだ
雲が呼び
草が歌い
石が唸るのだ
一心に生きているから
この手が合わされ
憎しみを愛に変えることが
できるのだ
   一途であれ
   

人生は
一度きり
だから
一つの道を
  一途に
   生きて
    ゆきたい


狭くともいい
一すじであれ
どこまでも
掘りさげてゆけ
天の一角を
見つめろ
いじけるな
あるがままに
おのれの道を
素直に
一途に
歩け





『 念 根 』


念は根である
祈りの根がしっかりと
大地に深く広がり
力を持っておれば
花は おのずと
大きく開き
念は必ず成就する
これは天地宇宙の
原理であり
摂理である
お互い
念の根を
しっかりしたものにしてゆこう





『軽いもの』


重荷になるものは
もう何一ついらぬ
年をとると
すべて軽いが
何よりも願いだ
軽い布団
軽い服
軽い履物
軽い食事
ただ軽口の人間だけは
敬遠しよう
そのほかはみな
軽いものが一番いい





『 導 師 』


苦しいことがあったら
木に聞いてみるがよい
わけても老いた欅(けやき)の木は
たいていのことは知っていて
いろんなことを教えてくれる
木は少年時代からの
わたしの導師である





『 サラリ 』


サラリと
流してゆかん
川の如く


サラリと
忘れてゆかん
風の如く


サラリと
生きてゆかん
雲の如く





『 生き方 』


わたしが尊ぶのは
その人の思想ではなく
その人の生き方だ
わたしが木を見て
感動するのも
絶えず天へ向かって
伸びようとしている
あの張りつめた
姿にある
若木は若木なりに
己を己れたらしめようとしている
人間は上のものを
わたしは木々に感じて
その前に立つのである
あの興奮はたまらなくていい





『 今 』


今を生きて咲き
今を生きて散る
花 たち


今を忘れて生き
今を忘れて過ごす
人間たち


ああ 
花に恥ずかし
心いたむ日々





『二つのもの』


陰あり陽あり
天あり


光あり死あり
男あり女あり
地獄あり極楽あり
すべて二つのものがある
そしたら必ず
この世がある
あの世がある
あの世の存在を信じ
禅を積んでゆこう





『つみかさね』


一球一球のつみかさね
一打一打のつみかさね
一歩一歩のつみかさね
一座一座のつみかさね
一作一作のつみかさね
一念一念のつみかさね


つみかさねの上に
咲く花
つみかさねの果てに
熟する実


それは美しく尊く
真の光を放つ


ほころびないもの


わたしのなかには
生き続けている
一本の木


わたしのなかに
咲き続けている
一輪の花

わたしのなかに
燃え続けている
一筋の火


ものみなほろびゆくもののなかで
ほころびないものを求めてゆこう
人それぞれになにかがある筈だ





『 さだめ 』


さすろうは
わが身のさだめ
散りゆくは
花のさだめ
悔やまず
嘆かず
すべてを任せ
身軽に生きよう


人生は
一度きり
だから
一つの道を
  一途に
   生きて
    ゆきたい


ただ生き
ただ死す
ただの二字に
一切が輝き
ただの
   二音に
万有が光る


あなたに合わせる手を
だれにも合わせるまで
愛の心をお与えください
どんなにわたしを
苦しめる人にも
すべてを許すまで
広い心をお授けください





『 病 が 』


また一つの世界を
ひらいてくれた
桃 咲く


大いなるひとに
導かれて
この果てしない道を
一筋に歩いてゆこう
捨てて
捨てて
軽くなり
鳥のようになり
どんな苦しいところでも
懸命に越えて
ゆこう


一途に生きているから
星が飛び
花が燃え
天地が躍動
     するのだ
雲が呼び
草が歌い
石が唸るのだ
一心に生きているから
この手が合わされ
憎しみを愛に変えることが
できるのだ
     一途であれ
        一心であれ


死のうと思う日はないが
生きてゆく力がなくなる
        ことがある
そんな時お寺を訪ね
わたしはひとり
佛陀の前に座ってくる
力わき明日を思う心が
出てくるまですわってくる


悲しみや苦しみの中から
信仰が生まれてくるかも知れないが

信仰のゆきつくところは喜びである
どんなに悲しいことがあっても
どんなに苦しいことが起こっても
それを喜びに変えてゆくのが
ほんとうの信仰であり信心である
どうして自分だけが
こんなつらい目に会うので
あろう
そういう心がいつも
どこかにあって信仰している
人があったら
それは
まだ本ものでもなく
また本当に佛さまの心が
わかっていないのである





『かなしきの
    うた』


     たたけたたけ
    思う存分たたけ
   おれは黙って
  たたかれる
   たたけれるだけ
 たたかれる

存在のために
真実のために
飛躍のために
脱却のために
たたけたたけ

いい気味だと
思うまでたたけ
忍従がなんであるか
圧力がなんであるか
価値がなんであるか
軽視がなんであるか

たたきつかれたら
わかるだろう
たたきつぶしたら
さとるだろう

     たたけたたけ
      とってかかって
     気のすむまで
  たたけ
     たたくだけたたけ





『タッンポポ魂』


踏みにじられても
食いちぎられても
死にもしない
枯れもしない
その根の強
そしてつねに
太陽に向かって咲く
その明るさ
わたしはそれを
わたしの魂とする





『ある赤い鳥のことば』


(一)
しんみんさん
世界一の気狂いか
大馬鹿者になれ
百尺竿頭
手放してしまえ
人間の笑いなど
気にするな


(二)
しんみんさん
トランプのキングをとってしまい
更に一をとってしまう力を持ちながら
なぜ不幸不運なのか
よく自分を見つめてみな
よく自分に問うてみな
今からでもいいよ
きっと浮び出ることが
できるんだよ


(三)
しんみんさん
お前さんの一等好きな
真珠の玉を
二つあげよう
これをてのひらにのせて
毎日海のこえをききな
大宇宙の
甚無類のことばが
きこえてくるだろう


(四)
しんみんさん
古木の紅梅を見な
息もとまるぐらい
艶な花をつけてるじゃないか
あれだよ
あの美化現象を
学びとるんだよ


(五)
とにかく鳥にも
偉い奴がいるよ
太陽でも食ってしまうのだ
わたしの同族だがね
自信も強いが
気概があるよ
あんたも酉歳だから
わたしのことばはわかるだろう
とにかく飛びたちな
そしてわたしたちの
自由世界の住人になるんだ


(六)
しんみんさん
前人未踏の道を行きな
悪魔たちさえ
感心するような意気込で
これからの苦難の道を
敢て行きな


(七)
しんみんさん
バッサリ貧乏根性を
切ってしまうんだよ
どん底に落ちて
貧乏根性がとれるなんて


面白いね
(八)
しんみんさん
息のながい詩人になりなさいよ
鉄斎のように
八十九才までも描きつづける
根気づよい人間になりなさいよ


(九)
しんみんさん
凡愚は凡愚でよいさ
悟れないところに
大悲があるんだ
いまのままで行きな


(十)
しんみんさん
軽くなあれ
軽くなあれ
タンポポの種のように
われわれ鳥たちのように
自在になあれ





『今日まで』
      

ほとけの
ひとすじの慈悲が
光を失おうとするわたしを
今日まで生かしてきた


ほとけの
ほのかな愛が
冷たくなろうとするわたしを
今日まであたためてきた


ほとけは
鳥となり
花となり
鳴く虫となり
わたしの詩心を
今日まで支えてきた


ああ
春を告げる
夜明けの雨の音にも
身近かにいます
ほとけの声を
聞く思いがする





『 ねがい 』

      
元気のいい時に
できるだけ多く
言葉をかけておこう
石たちに
草木たちに
鳥たちに
愛する人たちに





『椿山の朴』

       
つらつらととわのいのちの椿たちが
おとめのごとく咲き匂う山
その椿山に朴の木があるという
もう時刻は夕ぐれ
それに雨さえ降ろうとしている
でも朴はわたしの恋いびと
どうしても会わねばならぬ
車から降ると
木の杖をついて迎えていられたのが
この椿山のあるじ
岡田種雄さんであった
岡田さんは椿の花の蜜を
手のひらに受け
それを何度もなめられる
わたしもなめる
なんという旨(うま)さよ
踏みゆく路の落葉の美しさ
その音のよさ
やがて朴があった
もう裸木となっていたが下にはいっぱい
あの大きな葉たちが
思い思いに散り重なっていた
わたしは朴に額を当てて
会えた喜びを告げ
願文を唱えた
椿山にはまだ朴があると言われたが
もう山は暗くなっていた
山小屋でローソクの明りのもと
朴の葉に盛られた
天下一品の御馳走をいただいた
雨の音がしだした
思いを残し山を下りる


ああ
茨木にきてよかった
椿山にきてよかった
朴に会えてよかった
岡田さんのような
温かい愛の人に会えてよかった





『尊いのは足の裏である』


  一
尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である


一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの


しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ


  二
頭から
光が出る
まだまだだめ


額(ひたい)から
光が出る
まだまだいかん


足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である





『 川 』


菊池川は、わたしの少年時代の
思い出の川
五十鈴川は、青年時代
終(つい)の栖(すみか)は、重信川
川はずっとわたしに詩心を
与えてくれた
山は父であり、川は母である
川は、海に達する





『鳩寿第14号』


永遠を思い
一瞬を思い
撫林(ぶなばやし)の
中を行く
わが生よ
美しくあれ
※ 「撫」は手偏ではなく木偏です





『芭蕉のお墓』


今年も庭に
たんぽぽの花が
群生して
満開に咲いた
去年
芭蕉の墓に
お参りをした
その時
庭のたんぽぽの種を持っていき
芭蕉のお墓に
ふりまいた
今年は
その種から
芽が出ているだろうか





『タンポポ堂』


今年もタンポポ堂には
タンポポが
いっぱい咲き
しんみんさん
しんみんさんと呼ぶ
わたしの何よりの喜びよ





『朴の花の咲く限り』


朴(ほお)の花の
咲く限り
稲荷(いなり)
喜久夫(きくお)さんは
生きておられる
砥部に来て
よかったのは
この人に
お会いしたからである
対面五百生
まったくその通りの
お方であった





『朴からぶなへ』


朴庵例会の会長
稲荷喜久夫さんは
天国に行かれ
わたしは
朴(ほお)と別れ
(ぶな)と共に
旅して行くことになった
これはわたしの
新しい出発だ
お互い
夢を持とう
古国(ふるぐに)の
阿蘇の幣立(へいたて)神宮には
大宇宙大和神という
神がいられる
わたしの余生も
少ないが
夢だけは大きく持とう





『 夢 』


百歳をめざせ
百歳を祈れ
人に笑われてもいい
夢は
大きい方がいい


白神山地の
??林(ぶなりん)の
なかで
わたしは祈った


四国から
青森まで
飛んで行った
わたしの夢を
わかってくれた
(ぶな)たちよ





『生きるのだ』


生きるのだ 
生きるのだ
百歳まで
あと四年
生きるのだ
しっかりと
生きるのだ
生きるのが
わたしの信仰
わたしの念願
鳥たちよ
わたしを助けてくれ
霊鳥(れいちょう)
カラスよ
わたしを救ってくれ





『希望と自信』


きょうは別人のように
希望と自信ができた
良い医師に出会ったからである
百歳まで生きる夢が
湧いてきた
ああ
出会いの不思議よ
ありがたさよ
観世音菩薩さまの
おかげである





『一本の棒』

去年(こぞ)
今年(ことし)
貫く棒の如きもの
これは高浜虚子の句
芭蕉も
そうであった
しんみんよ
お前の詩も人生も
貫く
一本の棒であれ






旅 烏 』


宇宙を
平和にする
旅烏(たびがらす)に
なる
それが
わたしの夢


そのために
わたしは
一日でも
長く生きたい






(九十六歳になった一月六日作る)


 『 この一年 』


平成十六年は
長かった
果して
十七年を
迎えることができるか
不安でならなかった
体の弱りから
心も弱り
ひどい乾皮症に
負けそうになった
生きるのが
わたしの信仰


生きるのだ
しっかと生きるのだと
観音経を唱え
危機を乗り越えた
ああ
酉年(とりどし)となり
鳥たちに守られ
生きてゆくわたし
重信川に群れ遊ぶ
鳥たちよ
わたしを守ってくれ
わたしを励ましてくれ





『 鳥に守られ 』
 

鳥たちに守られ
生きてゆく真民よ 
チベットから
来られた
鳥たちを守る
菩薩さまよ
わたしも
守ってください


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