柳 澤 桂 子   
 1938東京生まれ。お茶の水女子大学を卒業後、コロンビア大学大学院修了。慶應大学医学部助手、三菱化成生命科学研究所主任研究員をつ とめる。'78年病に倒れ、'83年研究所を退職しサイエンスライターとして、病床にありながら著述活動を行なっていたが'99年新薬の投与により奇跡的に快方に向かった。言葉によって呼び覚まされるイメージは無限である。じっとベッドに横たわったまま、口のなかで飴玉を転がすように、私はひとつひとつの言葉の広がりを楽しんだ。ひとつの言葉から流れ出るイメージは、もうひとつの言葉の醸し出すイメージと混じり合って馥郁(ふくいく)とした香りを放つ。イメージの色彩と香りのなかに、私は時のたつのも忘れて浸りきっている。/『癒されて生きる』より
              
はろばろの宇宙の中にぽっくりと吾という穴が穿たれており
冬樹々のなかでいのちは立っている眠れば死ぬと思うがごとく
身の透ける白魚が白く濁りゆくわが存在ははかなかりけり
眠る間も銀杏は散るか満たされし夢のごとくに黄金敷き積む
病まざればかくありなむと思わるる生に劣らぬ生を生きたし
一口のパンが喉を通った日私は真紅の薔薇になった
藍深き空より御手の現れてわれ抱かなと思う時の間
在り処さえおぼつかなくて自意識は脆い日差しに薄く光りぬ
黄光にひたりて眠る蚊の意志のかたくなにして億年を経る
うぐいすの初音したたるこの星に許されて在りこの春もまた
柔らかい夢のなかから絞り出し流したような露草の青
飛ぶものも動かぬものも這うものも秋立つ庭にともに息づく
冬樹々の息も凍れる暗き夜に刹那は重き音をして過ぐ
雨の日を家の囲いに守られて魚になれない私がいる
澄む水を恋いつつあえぐ魚のごと自我のはざまに悲しく生きる
流転してゆく身のひとつしらじらとあたりは暮れて押し寄する月
生き代わり死に代わりつつわがうちに積む星屑にいのち華やぐ
さらさらと崩れゆくもの内にしてそのかそけさに秋の日溜まり
生きるという悲しいことを我はする草木も虫も鳥もするなり
樹の息をわが息となりわが息を樹が吸い込みて夜は更けゆく
散るまでの束の間さえも永遠のごと花ふかぶかと咲き静もれる   
ひそかにも青磁の翳りふかまりて花ほととぎす咲き盛るなり
                   
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  色即是空 空即是色
  遠離一切 顛倒夢想 究竟涅槃
              
      生命科学者  柳澤 桂子 著

人はなぜ苦しむのでしょう
本当は野の花のように
私たちも生きられるのです
もしあなたが
目も見えず 耳も聞こえず
味わう事もできず 触覚もなかったら
あなたは自分の存在をどのように
感じるでしょうか
これが「空」の感覚です

すべてを知り 悟った方に
謹んで申し上げます
聖なる観音は 求道者として
真理に対する 正しい智慧の完成を
目指していたときに
宇宙に存在するものには
五つの要素があることに 気付きました

お聞きなさい
これらの構成要素は実体を持たないのです
形のあるものは 形がなく
形のないものは 形があるのです
感覚 表象 意志 知識の
すべて実体がないのです

お聞きなさい
彼はこれらの要素が「空」であって
生じる事もなく 
無くなる事もなく
汚れることもなく
綺麗になることもないと知ったのです

お聞きなさい
私たちは広大な宇宙の中に存在します
宇宙では 形という固定したものはありません
実体がないのです
宇宙では粒子に満ちています
粒子は自由に動き回って 形を変えて
お互いの関係の安定したところで
静止します

お聞きなさい
形のあるもの 言いかえれば物質的存在を
私たちは現象として とらえているのですが
現象というものは 時々刻々変化するもので
変化しない実体というものはありません
実体がないからこそ 形を作れるのです
実体がなくて変化するからこそ
物質であることができるのです

お聞きなさい
あなたも宇宙の中で 粒子でできています
宇宙の中の 他の粒子と一つづきです
ですから宇宙も「空」です
あなたという実体はないのです
あなたと宇宙は一つです
宇宙は一つづきですから
生じたという事もなく
なくなるということもありません
綺麗だとか 汚いという事もありません
増す事もなく 減る事もありません
「空」にはそのような 
取るに足りないことはないのです

お聞きなさい
だから「空」という状態には
形もなく 感覚もなく 意思もなく
知識もありません
眼もなく 耳もなく 鼻もなく 舌もなく
身体もなく 心もなく 形もなく
声もなく 香りもなく
あなたをさわるものもなく
心の対象もありません
実体がないのですから
「空」には
物質的存在も感覚も
感じた概念を構成する働きも
意志も知識もありません
眼の領域から 意識の領域に至るまで
すべてないのです
真理に対する正しい智慧がないということもなく
それが尽きるということもありません
迷いもなく 迷いがなくなるということもありません
それは「空」の心を持つ人は
迷いがあっても 迷いのないときと
同じ心でいられるからです

こうして ついに
老いもなく 死もなく
老いと死が
なくなるということもないという
心に至るのです
老いと死が実際にあっても
それを恐れる事もないのです

苦しみも 苦しみの原因も
苦しみを抑えることも
苦しみを抑える方法もない
知る事もなく得るところもない
得るということがないから
永遠なるものを求めて
永遠に努力し
心を覆われる事もなく
生きていけます
心を覆うものがないから
恐れがなく
道理を間違えることがないから
永遠の平和に入っていけるのです

私たちがあらゆるものを
「空」とするために 削り取り
削り取ったことさえも 削り取る時
私たちは深い理性を持ち
「空」になる智慧を身に付けたものに
なれるのです

真理を求める人は 間違った考えや
無理な要求を持ちません
無常の中でくらしながら
楽園を発見し
永遠の命に目覚めているのです
永遠の命に目覚めた人は
苦の中にいて 苦のままで
幸せに生きる事ができるのです

深い理性の智慧のおかげで
無常のほとけのこころ
ほとけのいのちは 
すべての人の胸に
宿っていることを
悟る事ができました このように
過去 現在 未来の三世の人々と
三世のほとけとは
永遠に存在しつづけます
深い理性の智慧もまた
永遠にわたって
存在するということです

それゆえに ほとけの智慧は
大いなる まことのことばです
いっさいの智慧です
これ以上の まことのことばはありません
いっさいの苦をとりのぞく
真実で偽りのないことばです
 
その真実のことばは
智慧の世界の完成において
次のように説かれました

行くものよ 行くものよ
彼岸に行くものよ
さとりよ 幸あれ

これで 智慧の完成のことばは
終わりました

          柳澤 桂子 著 (NHK102chより)