ミスタースポックバルトス大司教
ウォルフガング旧神が地に降りられてからもしばらくの間、バルトス旧神は神の国に留まっておられました。おりしも神は「The Mix」を人に与えるべく、欧州各地でその聖なる御姿を現されていました。神を真摯に追及しておれば難解であったかもしれぬ「The Mix」を、その顕示の前に神が自らその講釈を行っておられたのだと考えるのが自然でありましょう。ただ結局日本までの足を伸ばされるはずがギリシャのあたりでフローリアン神がいつものごとく「もう、イ・ヤ♪」と気まぐれを起こされ、引きこもられてしまったのがなんとも悔やまれるのでありますが。ごくまれに「The Mix」は鹿のフン、などと不敬極まりない呪詛を吐く哀れなる毛虫どもが日本におるわけですが、それはこの不幸な出来事のせいなのです。
この聖なる講釈の数々を私的に映像化した資料が数多く存在します。これより前の御顕現が盛んに行われた時代、ビデオなどの機器はそろっておらず、ゆえに神を目の当たりにするにはそれ相当の努力と修行が必要でした。しかし、現在では神の御姿は磁気テープ類に記録され、民に広くゆき渡るようになったというわけです。なんといい時代でしょう。田中角栄、かっくええ。済みません、ハズしましたね。
なんかかわいいですよね、このバルトス大司教。
さて、そこで拝むことができる神々の御姿のなかに、ヴォルフガング旧神を見つけることはできません。その代わりにフリッツ大天使が静かに舞い降りておられます。さらにほとんどの資料は、バルトス旧神も消え去られた後のもので、ヘニング大天使の存在を見るにとどまるのです。たまにフェルナンド大天使が気が触れたかのようにひたすら何かをお叩きになっている恥ずかしい資料もあるのですが。しかしながら、ごく初期の資料にはきっちりバルトス旧神が映っております。神としての最後の御姿は、ただただ静かであられ、たまに聖膝がカクカクと動くだけのアンビエントな存在でした。
何故、バルトス旧神は神であることを御止めになられたのか。それは、偉大なる2神、ラルフ神とフローリアン神が民に対し関心を失われつつあったことが原因であったようです。バルトス旧神は、積極的な民の救済を主張なさって、2神と対立するに至ったのです。やがてバルトス旧神は次の言葉を残して神の国を後にします。
「庭にドラえもんがいるけど、10年間も道具を出そうとしない。僕はキテレツでいいから、なるべくたくさん道具を出してみようと思う。」
かくして、人に善なる魂のあり方を説くべく、まず人の世界でバルトス大司教は「ラインゴールト」なる小さな宣教会を率いたマントイフェル教主代理、そして神の国から連れてきたロボヴォックス君を御伴に、「Elektric Music」宣教会を設立します。これには絵師として名高いあの宣教師シュルトも参加したのでした。エレクトリックの「c」が神聖ドイツ語的表記の「k」に置き換わっていることを見ても分かるように、これは神の意志をそのまま引き継ぎつつ、より民に近いものとして世界から熱烈な歓迎をうけます。時は1993年、ご降臨から2年下ったバブル崩壊後のことでした。
ESPERANTO / ELEKTRIC MUSIC
01. TV
02. Show Business
03. Kissing the Machine
04. Lifestyle
05. Crosstalk
06. Esperanto
07. Information
08. Overdrive
出版年:1993/編集者:バルトス&マントイフェル/出版元:SPV
神を信仰するものはみな、この教訓集を涙を流して受け取りました。神々が実現した様々なユートピアをベースとして描かれる8つの寓話は神の御心そのもの。「The Telephone Call」で、すでに以前私達は(当時まだ神であった)バルトス大司教の御声に親しんでいます。神の訓示との違いは、あえていうならば少しだけ民にわかりやすいような筋書きを採用しているということくらいです。
まず最初に私達にバルトス大司教が示されたのは05の寓話でした。これは予算の都合もあり限定5000部だったので、私も含め多数の民が手に入れられませんでした。このときはじめて描かれたもみあげ濃きマントイフェル教主代理の御姿は、何かを思い出せそうなお顔をなさっていますがそれが何か思い出せません。神の謎です。
マントイフェルっち。
やはり、何かに似ておられます。
しかしバルトス大司教よりもさらに私達の祖先に近い。
次に01と04。前者は絵付きの板に刻まれておりました。後者は神の意志を正当に受け継ぎつつ発展させた、あまりに慈悲深いものでした。その内容のために、すわり小便する者が続出したほどです。かくいう私もこれに最初に触れたときはたいへんでした。この掲示が下品になるような事はあまり書きたくないので割愛しますけれども。
そして教訓集です。これは最初「SPV」なる出版所から発行されました。メジャーな団体ではないため、手作業で、紙の表紙にシュルト師が絵を描いて売っておられました。
タイトルは「エスペラント」。「希望」を意味する名の、世界共通語を目指した人工言語ですね。でも全世界で一番話されている言語は中国語なのに、ローマ字バリバリでヨーロッパ中心主義だったからアジア方面からシカトくってうまくいかなかった夢だったのです。開発者の名前が「ザメンホフ」なんて放送禁止寸前だったことも一因でしょう。ともあれ、この言語の名をタイトルにもってきたということは、すなわち神聖ドイツ語を棄てよという宣告に他ならないのです。故に主に英語で各詩編は語られております。
バルトス大司教は、神が常に先導する訓示のあり方に疑問を持っておられたようです。03ではあろうことか、マジメの上に糞がつく(おっと、失敬)神をガリベンしてきたOMD教会の牧師マクラスキーをその大役に仰せ付けます。しかしマクラスキーは神の研究ではそこそこ優れた業績を残しているものの、神の有名な寓話「Neon Lights」を「あなたといっしょのゆめをみるの。」などの言葉が飛び交う林真理子もロケット大噴射のベタな恋物語として間違って紹介するなど、あまり当てにならない方だったのです。案の定ここでもベタな声でベタな説法を繰り広げ、聴く者どもから熱意を奪いさりました。あまりにあんまりだったのでOMD教会には99年、神罰が下り、消滅の憂き目に遭っています。それを防ぐべく、バルトス大司教はOMD教会の存続に尽力したのですが。(下記参照)
都合8編の断章によって語られたこの説話集ですが、神を心に抱く者ならば必須ともいうべき素晴らしさです。音、速さ、どれをとっても有り難味に満ちており、乱れた人の世を救うべきものであることを確信しております。
ところで、マントイフェル宣教師は何をやったんでしょうね。どうでもいいか。
さて、この説話集が世に出たあと、下賎の者どもがこの宣教会を利用して利益を得ようとやってきます。「わーなー」と名乗るその団体は、「SPV」から出版権を金にものをいわせて譲り受け、世界的に売り出そうと企むのでした。プラスチックの箱に入れ直されたこの教訓集はしかし、なんとも格好が悪かったのです。人類の祖先のような御姿であるバルトス大司教が、未だ消え去らぬ神の力で彼らに利益を与えまいとなさったのでしょう。
さて、暫くの後この教訓集は日本においては再編集を加えられ出版されます。
ELECTRIC MUSIC
01. The Young Urban Professional
02. Sunshine
03. Another Day
04. Friends
05. Call On Me
06. Together We Can Do It All
07. Out Of This World
08. Only A Dream
09. Shallow Grave
10. Falling
11. Sunshine(Reprise)
12. The Long Way<bonus tracks for Japanese edition>
13. Call On Me Acoustic Mix
14. Sunshine Acoustic Mix
15. Sunshine Dream Mix
16. Sunshine Electro Mix
出版年:1998/編集者:バルトス/出版元:SPV+Nippon Crown
しかし1998年、バルトス大司教が再びこの世界に現れたとき、全ての状況は一変しておりました。まず、マントイフェル宣教師やシュルト牧師の御姿がどこにもみあたりません。それぞれ、別の道をお歩みになっておられるようです。そしてなによりも、ここで大司教は神としての御姿を忌み嫌われたようで、半身であったはずのシンセサイザーをあまり御使いになられませんでした。そして、民の作る物語にならって説話を御作りになられたのです。それを、神聖ドイツ語による神の印であった「ELEKTRIC」という名を「ELECTRIC」と、英語式に直されておいでです。この説話集における方法論としては、全ての音をコンピューターでシュミレートする(ギターのアップピッキング/ダウンピッキングすら!)という形で、神の手法を受け継いでいたにも関わらず、それは表面的には民の営みとほぼ変わらぬようなものとなっていました。それは神にとらわれすぎ、人間としての精神を失った民をもう一度力づけんとする積極的な語り掛けだったということです。
けれども、神を熱烈に崇める者どもにとって、これは裏切り同然にとられてしまいました。神でなければ単なるエテ公。そんな見方が世にあふれました。私としてはもう少し大司教の意を汲んでもよいと思われるのですが。確かにあまり心に響くような説話集ではないのです・・・けれどもそれは、民の営みが如何に平々凡々としたものであるかを批判されているということなのでしょう。「びとるずとか、好きッスよ」なんて大司教の御言葉は、額面通りに受け取ってはいけません。びとるずのパクリが世に溢れる現代だからこそ、そうした営みが実にどうでもいいうんちくんであることを身をもって私達に御伝えになっているのですから。
神に身を奉げる者どものために、冒頭の「The Young Urban Professional」だけ、ロボヴォックスくんに語りを任せておられます。こればかりを繰り返し楽しむ私は修行不足であるに違いありません。
ちなみに、最近大司教は人の世の食べ物をいたく気にいられ、かなり御太りになられたとのことです。そりゃあコーヒーばかり食べる神の国での生活は私達凡下の輩には到底理解できぬものなのですが。
ESPERANTO_plus / ELEKTRIC MUSIC
【plus成分】
09. Lifestyle Radio-Style
10. Lifestyle Club-Style
11. Lifestyle Phone Me-Style
12. Lifestyle Edit-Style
13. Crosstalk Intercomix
14. Baby Come Back
出版年:1998/編集者:バルトス/出版元:Nippon Crown
「ELECTRIC MUSIC」制作のあと、バルトス大司教は「ESPERANTO」を日本向けに丁寧に手直しされたのです。主にそれは日本で手に入れることが困難であった抜粋本、これに採録された小説話をあまねく編纂するという目的が大きかったわけです。けれども、大司教はそれにあきたらず、本編の内容にも多少の変更を御加えになっておられます。ただ、それは近年の大司教の神離れを反映し、オリジナルが纏っていた神の荘厳さをとりさった、丸みのあるおだやかな書式になっているため、オリジナルの方が格段、偉大に感じられます。余計なことすんな、サル!ただ、収録された小説話の数々は手をくわえられていないため、その違いがわかりやすくなっています。
「Lifestyle」の再解釈「Club-Style」、「Crosstalk」の再解釈「Intercomix」、そして雑誌においても発表された「Baby Come Back」などが新たに収めらていますが、とりわけ「Baby Come Back」は平凡な民の営みを神の手で再構成した、かなりキッツイ冗談の一発で、底抜けに面白いです。大司教もなかなかいいセンスをお持ちのようであり嬉しくてたまりません。語り手はロボヴォックスくん、こんな奴に愛を語られるというのがサイテーで最高です。
「Lifestyle」の「Phone Me-Style」は、抜粋本でドイツにて出版されたときには「Phenomena-Style」でした。なんでまたこんなチャチい名前になっちゃった。あ、でも電話=テレフォンコール=バルトス大司教だったか。てなわけで、まあよしとしましょう。でもこれ、なんだか怖いヴァージョンに思えるのは私の至らなさでしょうか。
なお、表紙は最初に出版されたものに忠実に、再び紙です。装丁にはバランスなど微妙な図案の変更がみられます。
15 MINUTES OF FAME
01. 15 Minutes of Fame Radio Edit
02. 15 Minutes of Fame Original Mix
03. 15 Minutes of Fame Club Mix
04. 15 Minutes of Fame Arty Mix出版年:2000/編集者:バルトス/出版元:BIG POP
バルトス大司教、突然のVirgin契約(正確には傘下レーベル「BIG POP」←その名前どうなんだよ)。そしてシングル教本発表です。もはや、教団の名前ではなく、本名です。そのサングラスどうよ。大司教に何があったのでしょうか。私どもを混乱に叩き込む一冊であります。
この教本より前、「Electric Music」発表後の大司教は、いよいよ布教を本格化させるべく民の前での講演にいそしんでおられました。しかし、その講演たるや、神の時代を思わせる、というか神丸パクリな講演でありました。神映像機の前で神シンセを操る。違いといえば、大司教がひとりぼっちだってことくらい。実際にそのステージを見ることは適わない日本などという遠い国の私どものところにも、その驚くべき情報は届きました。
また、遠き地のコンピレーションに「Tour de France」の再解釈を寄せたという話も伝わってきます。すっかり神づいてる大司教。どうしちゃったの?さみしいの?というか手にはいりません絶対。ふざけんなや。
私めの勝手な想像ですが、「Electric Music」のあまりの生主義に民がかつてないほど騒ぎ立てたため、大丈夫だよ僕は神だよコーヒー飲んでるよ機械だよ、というメッセージを送ろうとなさっておられるのではないかと考えられます。確かに、神を信ずる者であっても、あの教本を心底自分の世界に取り入れることが出来た上級者はほとんどいない様子でした。太ってボケたんじゃねえの?そんなことないよねー。(白々しい)
そんなこんなで、大司教は再び機械中心の講釈をなさるようになったのです。これは私どもにとって朗報であり、このまんまビートルズマニアになっちゃってゲストにポール=マッカートニーとか呼んで来たらどうしよう死のう、って悩んでた信者は一様に胸をなでおろしたものです。上記講演では、大司教はひたすら神の聖典をプレイなさったといいます。そして、姑息にもこの新教典を数度にわたって講釈されたというのです。くどいだろそりゃ。
そして、2000年にこの新教典はめでたく発行されるに至りました。ただ、大司教の御名前での発表であること、シングル教典であることなどから、日本の電気屋で見かけることはついぞありませんでした。わざわざかの国ドイツからのおとりよせ、となり、めんどくさいどころではありませんでしたが、これも神の試練でしょうきっと。そう信じてないとやってられません。
さて、内容です。電気そのもの、もう生音なんてみじんもありません。すばらしい。ああ神ってすばらしい。ロボヴォイス君も元気そうでなにより。けどやっぱり、神にくらべてポップですね。英語だし。御題を見ても解せるように、なんだか人気者に喧嘩売っておられる大司教です。
「最近さースターって昔みたいじゃないよね。オレラみたいなもんだよね。にんきものー。にんきものー。」
そんな講釈であります。以前も「Show Business」っていう講話をお創りになられていましたけれど、なんだかそういう世界に恨みでもあるんですかね。ちなみにジャケットはウォーホールをサンプリングしたデザインだとか。まあ、消費されるポップについての警鐘であると読むこともできましょう。
ま、それはいいんですけど・・・。大司教。なんかの曲に激ソックリですよ?こないだフジロックに来てた・・・昔大司教が一緒にお仕事した・・・(下記参照)これを書いてる私、明日はまた仕事です。関係ないけど。まさにブルーな月曜日。なんだそりゃ!!!それも含めての15分だけの有名人、なんでしょうか。喧嘩でもしたかな・・・。
ああ、なんで中年になると大司教も牧師も太りますか。頭文字がBで一緒だからですか。横から見たらBに見える体型ってことですか。ねえバーニー♪
◇
大司教がどさくさにまぎれて公式サイトを開設しておられます。なんだか神時代とずいぶん違う、オレイズム丸だしのサイトでちょっと驚きアッテンボローですが。ココですよココ。行ったらちゃんと戻ってきてくださいね。(懇願)
◇
バルトス大司教は世界中に赴かれ、直々に様々な団体に神の意を伝えるべく御指導を続けられております。特に、1990年代の半ばごろには盛んに活動をなされています。御指導のみの奉仕はあまたあり、ここで紹介するには紙数足らぬゆえ、大司教みずから率いて教示を作成されたもののみ、ここにお伝えすることに致しましょう。
Raise the Pressure / Electronic
バルトス大司教の率いておられる宣教会と良く似た名を戴くこの教団を、大司教は強く支援なさったのでした。それはニューオーダー教団のバーニー牧師があまりにもあまりな布教活動を繰り広げられていたからでしょう。いっつも鼻赤いし。しかし真剣そのものである彼の布教を、民は神の慈悲に満ちた暖かい目をもって受け入れ続けました。如何にその布教のやり方が拙くとも、それは常に神の存在を見据えたものでした。バルトス大司教の涙腺を強く刺激したとしてもおかしくありません。
さて、ニューオーダー教団が資金難から行き詰まり、バーニー牧師は近所のマー坊と一緒にエレクトロ肉という貧しくもつつましい頒布会を新しく編成して布教に臨まれます。この教本はその2回目の講話を収録したものですが、これが作成されるにあたり、牧師はバルトス大司教のもとを訪れ土下座して指導を請うたのでした。気前のいい大司教のことです、あわれなバーニー牧師を前にしたらあっさり気分はOK!で、監修を買って出られることとなりました。しかしながら大司教は、監修にとどまられずに、みずから神の半身であるシンセサイザーを操られ、民に教えを説くとはいかなることかを伝授なさろうとされたわけです。前に出すぎです大司教。残念なことに、全ての面で大司教の教えを実践できたか、というと、そこまでは至っておりませぬ。マー坊はまだ年若く、神の教えを理解するまでには至っていなかったのです。けれども、教本に採録された「If You've Got Love」「Dark Angel」「Until the End of Time」及びここから抜粋された単行本「Forbidden City」に共に採録されし「Imitation of Life」などにて、存分に大司教のおっしゃられんとしたことが理解できましょう。というか全開ですバルトス世界。矩形音で和音、とか。以降のバルトス大司教の教本よりも・・・(鼻水を流して悲しむ)。ことに「If〜」においては、ロボヴォイス君も参加しているようです。大司教の存在があってのこの教本だというか、乗っ取ってますね。ほとんど。あくどいにも程がある。
ともあれ、この教本の説話の半分近くは、神の世界に触れるに足る充実した内容をもっております。是非一度お目通しされんことを。
クリスタル最高ですね。あ、何でもありません。独り言。
Universal / O.M.D.
アンディ=マクラスキー牧師が運営するこのOMD宣教会は、深刻な影響力不足に悩まされておりました。1989年ごろ名門であったこの会は分裂、指導者がマクラスキー牧師だけとなってしまったのです。さすがに神を説くにはこの方だけでは荷が重かったとみえ、再開後最初の説話集「Sugar Tax」こそそれなりの知名度を得ますがその威光は昔日のそれとは比べるべくもなかったのでございます。そこでバルトス大司教は「ELEKTRIC MUSIC」におけるマクラスキー牧師の労をねぎらうかの様に、1996年出版の「Universal」において説話の作成に力をお貸しになりました。説話「The Sun & The Moon」、ならびに抜粋本「Walking on the Milkey Way」採録の「Mathew Street」がそれです。
けれどもこの時期、上述の様にバルトス大司教は神としてあった御自分のお姿を疎ましく思われたようで、一読してそれとわかるような形で大司教の功績を感じ取ることはできません。ここでは、Electronicの「Raise the Pressure」でみられるような神々しさは影をひそめています。また、大司教は自らシンセサイザーを操ることをなさいませんでした。2説話のうち、後者こそ大司教ならではの音を打楽器の様に鳴らす独特の構成を感じられるのですが、他の部分ではごくありふれた作りです。前者に至っては、どこに大司教が手を加えられたのか理解に苦しむほどです。
ちなみにこの「Universal」においては、窮状を見かねた昔の同志、ポール=ハンフリーズ牧師も説話の作成に加わりました。けれども、大司教の御尽力と同様、OMD会を救うまでには至らず、1999年に会はその歴史をまとめたベスト本を出版して消滅してしまうのです。
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