藤森神社のあじさい

紫陽花苑もくじ

藤森神社の境内2箇所の紫陽花苑(約1500坪)には、40種類のアジサイ3,500株が植えられています。どんな種類があるのかいろいろ調べましたが、40種類すべての名前を調べることは、出来ませんでした。この紫陽花苑にも何種類か名前が書かれた表示板があります。タキイ種苗さんからも園芸のカタログをいただきましたが、そこには100種類もの名のアジサイがありました。中には、京都府立桂高校で改良された、「ニューバース桂」「ピクシー桂の舞姫」という品種もあります。

紫陽花苑の「ヤマアジサイ」

アジサイの原産地 アジサイそのものは日本そして東南アジアが原産地です。紫陽花苑内の「ヤマアジサイ」「すみだの花火」などが日本原産といわれています。手まり型のアジサイにも日本古来のものがありますが、ここにあるかどうかは分かりません。あじさいは日本から中国に渡り,そこから1790年にヨーロッパへ渡り,以来,欧米で改良が重ねられ,近代では青,ピンク,白などのあじさいの鉢物が,4月の復活祭(イースター)に盛んに使われています。日本で「ハイドランジア」と呼んでいる鉢物の系統は逆輸入したものです。
アジサイの分類 樹木の分類では、くユキノシタ科〉に属しています。
アジサイは丈夫な落葉低木で,高さは1.5〜2mになります。花は初夏,大きなまり状に小花が集まって咲きます。花の色は開花当初は薄緑ですが,次第に、白色,正開すると碧色、紅、白などになります。このように次々と色が変わるので,花言葉の「移り気」が出たものと思われます。青色の花の場合は、土壌が酸性の時には青の花色がさえ,赤系の場合、土壌がアルカリ性の時には赤系の色がきれいに出ます。(府立植物園では、西洋品種の赤い色のアジサイの色を出す為に今、土壌の改良に努力しています。)
 この小花の4片の花弁に見えるのはじつは萼(がく)で,本当の花は中心にある粒状のものです。花期が長く,盛りをすぎても萼片は晴緑色をおびて残り,ドライフラワーとして利用出来ます。つゆ時の雨で多くの花が痛められる時,あじさいは雨の中にますます美しく澄んだ色になり,すばらしい花です。
花言葉:花色の変化から「移り気」「心変わり」などの花言葉もあります.。「 一家だんらん」「家族の結びつき」を象徴する花でもあるという人もいます。
薬用:花は解熱、葉は瘧(おこり)に特効とされました。
注:以上は、藤森神社の社務所、この庭を管理している造園業者「山田造園」さらに、この紫陽花苑を造られるときに苗木などの多くを納めたタキイ種苗などにお聞きしまとめました。「山田造園」のタカスギさん、タキイ種苗の鈴木茂さんにはとてもお世話になりました。そして、タキイ種苗株式会社出版部が発行された「たのしい園芸 花言葉全集」、「図説日本草木名彙辞典」も参考にさせていただきました。

府立植物園のあじさい園(6月22日午後)

「アジサイ園」について 府立植物園の掲示板より
アジサイは、東アジアと南北アメリカに自生するアジサイ属の植物で世界に40数種、日本に10数種が自生しています。
日本のアジサイは18世紀後半ヨーロッパへ渡り、品種改良されたのち西洋アジサイとして日本に里帰りし、今日鉢花として人気かありますか、日本のアジサイも野趣味あふれる風情が新鮮さを呼び、最近見直されています。
 このアジサイ園では、正面に日本のアジサイをヤマアジサイ系・ガクアジサイ系などの系統別に配し、カキツバタをはさんだ東側には西洋アジサイ(ハイドランジア)を花型(テマリ型・ガクブチ型)と色別に分けて植栽・展示しています。130品種・約2,000株。

アジサイの沿革 府立植物園の「アジサイ」についての説明板より
江戸時代  オランダ商館員として長崎にきた西洋人のうちクレイル(Cleyer)やマイステル(Meister}がもつとも早く日本の植物に興味を示した。
1609年  ドイツ人 ケンペル(Kaemper)2年間日本に滞在し、何百種という日本の植物のことを記した著書を残した。この中にvulgo AdsaiとかAnsaiという文字が見られこれが何であるかは、はっきりしないが、ケンぺルが日本でアジサイを見たのは確かである。
1775年   スウェーデン人 ツェンベリイ(Thumberg)は何種類ものアジサイの標本を本国へ持ち帰った。かれはこれらをガマズミの仲間と見て、Viburnum macrophyllaと命名。しかし、のちの学者によって、Hydrangeaと訂正。
1789年   イギリス人 ジョセフ パンクス(Joseph Banks)は中国の揚子江でホルテンシアのアジサイを見つけてこれを生きたままロンドンのキュー植物園へ持ち込んだ。その大きなテマリ型の花の美しさは人々を驚かせ、珍しい東洋のバラともてはやされ、2年後には早くもアメリカヘ渡り、たちまちヨーロッパに広がった。実生が「ジョセフパンクス」
1823〜1829年  ドイツ人 シーボルト(Philipp Franz von Siebold)はいちはやくハイドランジアの分類に関する論文をまとめ、本国の学術雑誌に発表。のちに植物学者ツッカリーニ(Zuccarini)の協力を得て、これに手を加えたものがFlora Japonica(1835年)である。シーボルトが日本で見た青いアジサイの一種に愛人の「お滝さん(本名 楠本 滝)」を記念してotaksaの名をつけたことはあまりにも有名。べニガク、コンガク、フイリガクなどの生品を持ち帰る。二度目の来日の際もミナズキなどを持ち帰った。
●幕末から明治にかけて多くのアジサイ属の珍しい種が日本でさがしだされ、ヨーロッパに渡つた。

アジサイの語源 府立植物園の「アジサイ」についての説明板より
諸説入り乱れている。はじめて文字の世界に現れるのは 
「万葉集」759年 現存する最古の歌集 2通り  味狭藍  安治佐為
「新選字鏡=僧昌住 著)」894〜900年 安知左井
「倭名類聚抄〈源順 著〉」930〜937年 安豆佐為
アジサイに何か漢名をあてはめる必要に迫られたとき、唐の詩人白楽天の詩の中から日本のアジサイとは全く別植物の「紫陽花」を持ち出してきた。以来、アジサイは「紫陽花」となった。おかげで、アジサイは中国渡来の植物との誤解が多い。
(〈湯浅 浩史氏は千年の誤用と表現 2001.6:22朝日新聞〉
 「紫陽花」は、中国の招賢寺という寺にあった名の知れぬ山樹に咲く花で、色は紫、芳香を放つ仙界の麗花であった、と言われ、日本のアジサイとは何の関係もない。
一般的に有力な説
 集真藍(あづさあい〉・「あづ」は集まるの意 ・「さ」は意味のない接頭語 ・「藍」は青の意

Q&A
京都府立植物園技術課 松谷茂さんへの質問とその回答
Q 藤森神社のアジサイの名前を調べたいのですが?
A お尋ねの藤森神社のアジサイの名前ですが、たいへん申し訳ございませんが、はっきりとはわかりません。
アジサイは大きく分けて、ヤマアジサイ系統とガクアジサイ系統とヒメアジサイ系統に分けられます。拝見させていただきました藤森神社のアジサイですが、たくさんの種類に驚きました。これらの系統の花がいろいろあり、はっきりとした名前ははわかりません。府立植物園のアジサイも最初に導入したときにアジサイについている「ラベル」が決め手となります。中には導入の途中でラベル落ちするものもありますが、それは残念ながら展示しません。ラベルはついているが、どう見ても全く違っている場合もあります。その場合も展示しません。
アジサイの花(よく目立つのは花びらではなくガク片ですが)には変異がたいへん多く、それが魅力にもなっているところです。日本で自生しているヤマアジサイだけを見ても一重のガク片、八重のガク片、白色のガク片、ピンクのガク片、白色から紅色に変色するガク片などたいへん多くの種類が日本各地には分布しています。それらの違いに「名前」をつけているのが現状です。
私は、自生のヤマアジサイはヤマアジサイとして、原産地をきっちりとしておくことが大切で重要なことと思っています。
一方西洋アジサイはそのほとんどがヨーロッパで人工的に品種改良されたものですので、それなりに名前をつけることは必要となってきます。ただ、はっきりいって、明確な差がよくわからないものが多くあります。

Q 大体どんな分け方をするのでしょう?
A 花型には、ガクブチ型(中心部分に両性花がありその周辺に装飾花、いわゆるよく目立つガク片のある花)とテマリ型(ほとんどが装飾花でモップ型とも言われます)があります。

Q 西洋アジサイの場合は?
A 西洋アジサイの場合、花について記述した参考書がほとんどありませんので、外国で発行している図書などを参考にし、正しいことを確認した後、植栽し展示しています。参考書にないものは、確認できていないながらも展示しています。間違いか正しいかわかりませんが、もし間違いがわかればその時に展示をやめるか正しい名前に換えます。

Q 藤森神社の紫陽花苑には同じようで色が違うのもありますね。?
A 写真を拝見させていただいていると、実生(みしょう)も中にはあるのでしょうか。同じ場所のアジサイでも年によってガク片の色が変わる場合があります。いろいろ奥が深くたいへんですが、またおもしろく楽しいものです。 
以上文責 村上敏明 2002.6.30


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